第六十四話 Can you live while dead?
「ウッソだろ、おい…」
ひと足先に模擬戦を始め、ひと足先に模擬戦を終えたポチとソウシ。
歪みあいながらも渋々拠点の教会へと戻ったところ、丁度そのタイミングでハルトとガイルの戦いが終わった。
激しい衝突音と共に舞い上がる土煙は、二人の間で激闘が繰り広げられた証拠。
未だ勝負の結果は見えないものの、ソウシはハルトがそこまで善戦するとは思っていなかったため、まず開口呆然とする。
その隣で何を見たのか、満足げな顔を浮かべたポチがソウシに目を向けた。
「ほら。言ったでしょう」
「うるせぇよオンナ。何を言って……、いやっ、ハァ?おいおいいくら何でも…だろ?」
ポチの言葉にぶっきらぼうな返答をするソウシ。ただ、彼の顔には明らかな驚愕の色が表れていた。
土煙が晴れた先で彼の目に映った光景はそれ程までに衝撃的で、予想外のものだったのだ。
訓練場には地面に膝をついたガイルの姿と、その眼前に両脚で仁王立ちするハルトの姿があった。
「え?…ちょいちょい。…ま、まさかガイルさん…。嘘っすよね?そんなガキに負けたんすか?」
「あ?もう終わってたか。
いや、負けてねぇよ?コイツを良く見ろ」
「は?……あっ!このガキ!トんでるぜ!」
「え!?!?」
最後に立っていたのはハルト。しかし彼は猛烈な勢いでエネルギーを消耗したことと、突貫による激しい衝撃。その二つの要因によって気を失っており、直後顔面から地面に崩れ落ちる。
結局のところ、訓練場でのエキシビションマッチを制したのはガイルであったのだ。
瞬間、先程までしたり顔だったポチが血の気の引いた顔に変わり、時越えを発動。倒れ込んだハルトを受け止めた。
「ハルト!大丈夫ですかハルト!!」
右腕でその身体を抱き、すぐさま胸に耳を当てて心音を確かめ生存を確認。ひとまず生きていることに安堵しつつ、依然目覚めないハルトを案じて大声で彼の名前を呼び続ける。
「ハルト!起きてください!」
「おい、大丈夫だポチ。ただ失神してるだけだから命に別状はねぇよ。ガイルが殺しちまいそうになってたら流石に俺が止めてる」
「っジャック総隊長!!そんなこと言ってないで早く治療出来る人を呼んでください!!」
「は?いやだから大丈夫だって…。ほら、そんな揺すってっからもー起きてくるぞ」
焦るポチに対してやや能天気なジャック。普段ならポチ同じくハルトの怪我に大焦りするところ、今回は何かを察したのか、特別問題にしなかった。
そしてジャックの言葉通り、そのすぐ後にハルトは目を覚ます。
「あっ!ハルト!!大丈夫ですか!?」
「………んぁ、お。ポチ……?ん、ここはどこ。私は誰…?」
「っ!ほらっ!やっぱり記憶が!!きっと脳に障害が!!」
「…一時的な混濁だよ。ハァ仕方ねぇなぁ」
目覚めてすぐと言うこともあり、まだぼんやりと虚ろな目をするハルト。
焦点が定まらず、訳の分からないことを口にした彼に対してポチは未だ動揺が収まらないと言った様子だが、そんな彼女を払いのけ、今度はジャックがハルトに問いかけた。
「おいハルト。お前はハルト。俺はジャック。あんなんでボケてちゃこの先やばいぞ。早く帰ってこい」
「ん…お…。ぉ、おう。あ、ジャックさん」
「うし戻ったな。それでいい。ほらポチ。また抱き抱えてやれ」
「……ホッ…。安心しました…」
そうしてようやく正気を取り戻したハルト。再びポチの腕に頭を乗せると、今度は正確な頭と言葉で状況を整理する。
勝敗を確認するためにハルトがまず見たのは、すぐそばの地面に座るガイルの姿だ。
彼の衣服は若干土埃が付着しているだけでほとんど汚れておらず、その肉体にも傷が無い。息を切らしている訳でも無ければ、再び軍服のようなジャケットを羽織り、地面に胡座をかいて座っている。
それは即ち、ハルトの攻撃がまるで効いていなかったことを意味しており、「そっか。ダメだったか」と長い嘆息と共に一言溢した。
が、それに対して「そうでもないぜ」とガイルが慰めの言葉を発した。
「捉え方次第じゃお前は勝ってたよ。最後に立ってたのはお前だしな」
「…でも、ガイルさん全くダメージ受けてないじゃないですか。多分あれでもだいぶ手加減してくれてたみたいだし」
「そうだな。けど元々、この戦いはどっちが強いかを決める戦いでは無かったろ?意地を相手に見せつけた方の勝ちなんだよ。それで言うと俺はお前に魅せられた」
「え。…俺に…、魅せられた?」
魅せられた。と言うガイルの言葉に胡乱な気持ちを抱くハルト。
どうあれ一発もガイルへと攻撃を当てられていないのだから、どんな捉え方をしようが自分が勝利した気分にはなれなかったのだ。
北方であれだけコテンパンにやられて強くなると誓った以上、ハルトにとっての勝利は、相手を再起不能まで下すことでしか無かった。
「なんだ。まだ理解してないってかよ。さっきお前が言ってた言葉だぜ?」
「俺が言ってた言葉って言うと、俺とガイルさんが似てるって話か?」
「そうさ。俺もお前に昔の自分を重ねちまったんだ。お前と戦って、お前が本気だって気付いて、そんでお前を認めちまった。
今考えるとお前の言う通り、“皆を守るために頑張る”じゃなくて、“皆がいるから頑張る”って状態だったんだと思うよ。それを今の今まで気付かなかった」
「笑えるだろ?」と渇いた笑みを浮かべるガイル。
彼はハルトとの対話と戦いの中で、過去の自分を追憶したのである。
あの日、全てを失ったこと。
全てを失い、自分の自信を打ち砕かれた時、差し伸べてくれた人と互いを支え合おうとせず、自分の守れる範囲だけ全力で守ると言う方向にシフトしたこと。
ガイルはその時、強くなってより多くの人を守ろうとも考えなかった。強くなって仲間を殺した敵に復讐しようとも考えなかった。帝国に入り、互いを磨き合おうとも思わなかった。
なまじ頭が働く分、やけに冷静に、自分と仲間に期待することを諦めたのだ。
(まぁその時点で俺は、死んだようなものだったのかもしれないよな)
ただ必要とされている実感が欲しいから、己可愛さに人助けをする。
けれどまた全てを失うのは怖いから、自分の守れる範囲を自分で設定する。
退化は無い。けれど成長も無い。それこそ死んでいるように生きている状態。
ハルトの実力を確かめると言う名目で試合をしたが、その実、ガイルがハルトに対しての苛立ちをぶつけたかっただけなのかもしれない。
「…きっと、自分が選ばなかった選択肢の先で成長しているお前を見て、絶対にこっちの方が正しいってムキになっちまったんだ。俺はお前を否定したくなったんだな。
でも、お前を否定するってことは過去の自分を否定することにもなる。それは、俺に感謝してくれた人たちに失礼だ。だからなんと言うか、認めたって言うより、認めざるを得なかったと言うか」
過去の自分の否定。それは認められ、賞賛され、求められた、ガイルの遠い日の思い出すらも否定してしまうことに他ならない。
最後の最後、寸前のところで自分を否定しきれなかったガイルは、それすらも失念していた自分に嫌気がさした。
それと同時に…
「でもまぁ、ありがとうなハルト。なんとなく失ってたもんを取り戻せた気がする。
お前となら、頑張れそうな気がするよ」
忘れていたものに気付かせてくれたハルトに、感謝の気持ちが芽生えた。
「いや、こちらこそ。すげぇいい特訓になったよ。…てか!俺となら頑張れそーってことは…」
「はん!馬鹿野郎、それはもーちょい先だ!」
感謝の後にきっぱり断る。急に揚抑を効かせた語り口を展開したガイル。
まるで梯子を外されたかのようにハルトは肩を落とした。
「別に全部断ってる訳じゃないさ。ジジイが人が足りねぇ人がたりねぇとウルセェからな。その時が来たら協力してやる。
ただ、本格的に帝国に行くのはまだ先のことになりそうだって話よ」
「えぇー…どーしてさ」
「いいか。確かに俺はお前を認めた。だがそれはお前の生き方を認めただけだ。強さを認めた訳じゃねぇ。
ちょっとばかし様にはなっていたが、お前の戦い方はまだまだだからな。もっと本格的に強くなってもらわねぇと、背中を預けるなんて不可能なんだぜ」
と、ハルトを庇いつつ、発展途上な戦い方を指摘したガイルだったが、「素直じゃねぇ奴だな〜」とジャックから茶々を入れられる。
「うるせーぞジジイ。とにかく次、もいっこ功績上げて俺んとこに連れてこい。
気をつけろよ?ハルトはこれでいてまだ危なかっしい部分もあるんだ。下手な方向に育てんじゃねぇぞ」
「んなこたぁわかってんだよ。こっから始まんだからな、あの偉大な父親への道は。
それよりやけに優しいじゃねぇか。色々と吹っ切れたか?」
「あぁジジイの説得で吹っ切れなかったものが、サクッとな。死んだように生きんのはもうやめだ」
「ほざけ、大馬鹿野郎が」
茶々を入れた側のジャックが綺麗なカウンターで返され悪態をつく。
そしてぶつぶつと文句を言いながらその場を離れるのだったが、ハルトやポチはそんなジャックの口角がやけに上がっているのを目端で見ていた。
それもそのはず。ジャックはガイルが帝国で保護されている一月の間を知っている唯一の人間なのだから。
運命に絶望し、これ以上なく人生を諦めた時のあの顔をジャックは知っている。そこからの懸命な対話によって多少は元に戻ったが、とは言え帝国を出た時のガイルの目には光が無かった。
それが今はどうだろう。ハルトを見るガイルの目には、確かに光が灯っている。ハルトの光が、ガイルの心を照らしている。
ジャックはガイルの元の姿を知らないが、昔のような輝きを取り戻したとすら感じた。
(……似ている…か。そう考えれば、この関係性もそうなのかもな)
続けてジャックは回想する。ジャックが荒くれ者だった当時、ハルトの父、ライトニングに拾われた時のことを。
特別目的を持たずにただ暴れ回っていただけのジャックは、ライトニングと出会って、その光に触れ、そして帝国へと加入したのだ。自分の力を誰かのために使おうとその時初めて決意したのだ。
それはまるで、ハルトとガイルの関係のように。
「ーーー笑ってたな。ジジイ。遂にボケたかな」
「いや……、どうでしょう…。でも多分…嬉しいんだと思いますよ。
「そうか?そんな人だったかな。
…まぁいいや、腹減ってるだろ?もうすぐ夜だしよ、飯でも食って泊まってけ」
そうして、各々が充足感を感じながら、陽は暮れていく。
日帰りのつもりが一泊することになってしまったが、それもそれでいいか。とハルトは思うのであった。
この時、次なる敵が動き出したことをまだ誰も知らない。




