第六十五話 悪魔教団
「何を、しているんですか?」
ハルトとガイル。そしてポチとソウシの模擬戦が終わって数時間。
ガイルの計らいで夜食が帝国軍の三人に振舞われたのだが、すっかり吹っ切れた様子のガイルと元々酒好きのジャックが先陣を切ったことで、辺りはいつの間にやら宴会ムードになっていた。
そんな宴会ムードにハルトは巻き込まれてしまったが、ポチは元よりストイックな食生活なため早々に離脱に成功。
ぼんやりと今日の戦いを脳内で反芻しながら、ふらふらとオクトモアの街を散歩していた。
そんな散歩の道中、遠くに聞こえる宴会の音に混じって不可思議な破砕音が聞こえてきたため立ち寄ってみたところ、そこでとある男の姿を見つける。
それは、大量の木で造られた案山子に向かって刀を振るい続けるソウシだ。
(……クソガキ…)
ソウシの姿を見たポチは昼のことを思い出して憮然とした顔を浮かべたものの、ハァと嘆息を吐いた後にこれも何かの縁と考え、自分から彼に話しかけにいったと言う流れ。
だが当然ソウシは、軽佻浮薄で人を不快にさせる言動の人物であり、
「あぁ、見てわかんねー?特訓してんだよ特訓。てめぇこそなんでここにいんだ。あれかー?飲み会でジジイたちの相手が疲れたかー?」
「…ハァ。私は今、話しかけたことを凄く後悔しています。何か学ぶことがあるかと思い来てみましたが、やはりあなたと話すとイラつくだけですね」
と、ポチは速攻で話しかけたことを悔やんだ。
やはり噛み合わないかと考え踵を返そうとするポチ。
しかしクルッと向きを変えたところで彼女はふと、あることに気がついた。
「……刀の持ち方が、変わっている…?」
そう。ソウシは昼戦った時とは明らかに刀の握り方が違ったのだ。ポチはそこに気がついてもう一度ソウシの方向へと顔を向ける。
昼は順手。刀を抜いた瞬間の持ち方のまま戦闘を展開していく。
そのため突きを主体としたソウシの剣術では腕の伸縮に腰の捻り。そして脚のステップが主な動きとなり、体力を過分に消費してしまう動きであったと言えよう。模擬戦ではその弱点をポチに突かれて敗北した。
しかし今は順手と逆手を交互に使いこなしている。
確かに刀を時折持ち帰る都合上、以前よりか多少速度が落ちてしまっているが、そのデメリットより、無駄な動きが少なく体力の消耗が少ないメリットが上回っていると言えよう。
(速度はこの動きを続けていれば自ずとついてくる。そんなものはこの時点では些細な問題なのです。
驚くべきなのはこの成長速度。恐らく故郷で見た技術をいくつも思い返し、自分の弱点を補填するようなものをトレースして剣術に組み込んだ。一見簡単そうに見える変化ですが、考えが形になるまでが早過ぎる。この方やはり、センスがずば抜けていますね…)
ポチはその変化に感嘆した。
相手が相手。素直に褒めるのは癪に触るものの、同じ剣士としてどうしてもこれには賞賛を送るしか無かったのだ。
「んだよオンナ。まだ見てんのか?オメェの大好きな主人様のとこに向かわなくていいのか?酔ってる時が狙いどきだろー??」
「ハァ…。ホント、その口調さえ治れば、あなたに師事したいとすら思うのですが…」
「人としては全く尊敬できません」と心の中で呟くポチ。声に出すとまたとやかく言われるので、とりあえず自分が大人の対応を見せることにした。
同時に、少しばかりの疑問が生まれる。
もう恐らく話すことは無いからこそ、この機会に聞いておきたい話題があった。
「一つ、いいですか?」
「やだねー」
「そうですか。時に、あなたは人助けを進んでするようなタイプの人間には見えません。それに故郷の国もあるのでしょう?剣術を極めたければその国で努力した方が都合がいいのでは?」
断られようとズケズケとそのまま問いかけを続けるポチにソウシは心底嫌そうな顔を浮かべるも、全く目を逸らさず粘り続ける彼女の視線は、刀よりも鋭い。
「いえ、義勇軍のことを馬鹿にしている訳では無いのですが」と保険は入れつつ、視線を外すことはしなかった。
粘った理由として、ソウシは挑発的で神経を逆撫でするような惹起な人物ではあるものの、根っこはそこまで人でなしでは無いと判断しているからだ。
でなければガイルの命令すら聞かないだろうし、ところ構わず、それこそジャックにも噛み付いているだろう。
それはそれで自分が舐められていることと同義なのでポチにとってムカつくところではあるのだが、しかしこっちが根負けしなければ対話にはなると踏んでいたのである。
その目測通り、ソウシは徐々に動きの速度を緩めていく。
そしてようやく、キツく結んでいた唇を解いた。
「正直いらねぇーんだよ。故郷なんて」
「いらない?」
「元々無かったも同じだってことだ、一回で理解しろよ。神樹ヤマト王のことは知ってんだろ?」
「ん。えぇ」
神樹ヤマト王。極東に大昔からある島の王。
彼自身も千年程前から生きていると言われているが、その実、殆どの時間は眠っており、約十年周期で目覚めては周りの島々や大陸を巻き込んだ暴走をする。第三者目線から見ると迷惑この上無い王だ。
ポチはソウシの昼の発言から、彼がその属国出身の武士であると予想していた。
「ヤマト王の国。確かに粗暴な話しか聞きませんが、殆どの時間は休眠しているとも聞きます。故郷を出る強い理由にはならないのでは?」
「あ?ヤマト王を知ってんならよ、“祭り”のことも知ってんだろ。俺はそれが嫌で気持ち悪いから逃げ出した。それだけだばーか」
「…祭り。あぁ、神樹祭のことですか」
神樹祭。これはヤマト王が目覚める度に周辺の島々が開催する祭りのこと。
ヤマト王を再び眠らせるために数多の国々が結束し、有力者が武具を持ってヤマト王へと立ち向かう。それがある種の祭り、文化として大昔から継承されているのだ。
しかし、どうやらソウシはそれに対して不満があるようで、
「それを強制されてるやつの気持ちを考えたことあんのか?お前は人の気持ちわかんなそうだもんな。ぜってーコミュ力低いぜ」
「ムッ。あなたにだけは言われたくありません。ですが名刀を持っていて、更に強制されている…と言うことは」
「はー。んだよ、コミュ力低い割に察しはいいのかよ。マジだるいなお前」
ポチのことを突っぱね、この話はもう終わりだと言わんばかりに再び鍛錬に体を戻した。
そう。八荒の名剣と言う世界的に稀少な刀を持ち、そして祭りを強制される立場。その二つを鑑みるに、ソウシの元の身分は自ずと確定してくる。
ポチはそう推察すると、「なるほど」と独り言をこぼしながら顎に手を置いた。
ソウシの背景と、底意地が悪いものの、何となく善寄りの雰囲気を感じる理由が判明したからだ。
「納得したならもう帰れよ。こちとらお前みたいに立派な国の立派な一族に生まれた訳じゃねぇんだ。お前見てるだけでイライラしてくんだよ」
「そう、ですか。では、なぜ人助けをしているのかについてはまたの機会に。是非今度は故郷にでも連れて行ってください」
そうしてまた会う約束をして、ハルトの元へ戻ろうとする。
ーーーが、最後の一言を耳に入れたソウシはピタリと動きを止めた。
鍛錬に戻っていた身体を再び。しかし今度は苛立ったようにでは無く、まるで恐怖に硬直したような形で。
「チッ。そもそもよ。もうねぇんだよ。俺の故郷は」
「え?もう、無い?」
「俺が出た後、奴らにやられたんだとよ。反帝国同盟なんて可愛く見えちまうぐらい最低最悪な、あの教団に」
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「おい!飲め飲め!大量に飲め!男は戦って飲んでなんぼだろーが!ほらハルト!一気に飲むんだよ!!」
模擬戦が終わった後の宴会。これは正しく、俺にとっては最悪な展開になった。
「だからぁ、酒はあんまり得意じゃ無いんだってば!」
「あぁ!?なんだお前。俺と背中預け合うんだろ!?だったら飲まねぇとダメだろうが!」
ガイルさんはずっとこんな感じで俺に酒を飲まそうとしてくる。
アルコール臭のする口を大きく開けてガハガハ笑うその姿は先ほどの鬱屈とした雰囲気を感じさせないが、逆に明るくなりすぎて正直俺的には面倒くさかった。
最初は「ハルトは酒がそんな飲めねぇんだ」と静止していたジャックさんも、途中からはベロベロに酔っ払って、俺の父さんの話や昔の武勇伝を語り出す始末。
そんなこんなで大男二人は一時間もしないうちに出来上がってしまい、信じられないほどに盛り上がっていた。
最終的には二時間過ぎたあたりにジャックさんが先に寝てしまったことで、結局俺とガイルさんの二人が残されてしまったと言う訳だ。
「おいハルト!俺が注ぐ酒はマジィのか?」
「いやそーゆー訳じゃないけど、なんか酒飲んたあんたのキャラ変わり過ぎてるって言うか
「馬鹿野郎!酒はそーゆうもんだろうが!祝いの席だけのもんじゃねぇ!日頃の鬱憤やら何やらを晴らすために飲むのがいいんだよ!」
「とは言っても、俺はもう飲みたくないっての!ちょ、ポチー!助けてくれー!」
ポチの名前を呼んで姿を探すも、恐らく早々に宴会からは離脱したようでもうこの場にはその影も形もない。
あのストイックなポチだ。飲み会の類はそんなに好きでは無いのだろう。
とは言え、普段ならどこにいようとすぐに俺の呼びかけに答えてくれるはず。何か用事でもあるのだろうか。
こんな感じになるとは思ったいなかったし、いつも以上にポチが必要な場面ではあるのだが…。
まぁ常に付きっきりで世話を見て欲しい訳では全く無いので、自分の用事は優先して欲しいところ。とりあえずこの場はどうにかして切り抜けよう。
後はこの人が寝落ちてしまえばそれでいいしね。
「おい、とにかくな!お前は頑張れよ!?不満ばっか垂れるような軟弱者になるんじゃねぇぞ!!」
「うん。それはわかってるよ。しっかりやるさ」
「そうだぞ!不満ってのは努力してねぇ証だ。特に才能なんてものに不満ダラダラだなんて見てらんねぇ。
いいか?ある程度までの差は、才能じゃ無くて努力で埋められるんだぞ。凡人でも死ぬほどやればそこそこまでいけるってことだ!」
「努力…ね。そーな。確かに俺は凡人だし、そこそこまで行くためにもとにかく頑張んないと、ーーっておおっ!?あぶな!!」
と、早々に会話を終わらせたかった俺に、ガイルさんが突然酒瓶を投げつけてくる。
「馬鹿野郎が!!!
お前はまだまだ雑魚だが、過小評価すんのはやめろ!それは本当に極めた先で自分の実力を思い知ってからだ!それまではどこまでもやれるつもりでやるんだよ!」
「え、えぇ。?別に過小評価してる訳じゃ…」
「お前はセンスも持ってるモノも人と違うだろうが!もっと使い方を工夫しろ!自分の力と向き合え!いいか!死ぬ程努力するんだよ!そこそこで終わる訳がねぇからな!」
「…もーなんなんだ…つまり何が言いたいんだよこの人…」
小声で嘆くも、ガイルさんの勢いは止まらない。まるで海賊かのように直便でワインを平らげ、そのまま肩を組んで無理やり俺に酒を飲ませようとしてくる。
俺は結局、殆どのワインを溢して咳き込むが、それを見て彼は今日一番の大笑いをしていた。
全く、こんなことになるならとっとと帰っておくべきだったかな。筋骨隆々な大男にガッチリ肩を組まれてしまっては逃げ出すことも出来ない。
なんだかんだで俺の知らない時代の話は面白くて居座ってしまったが、どうやら選択を誤ったようだ…。
(……けど、そうだよな…。センスも持ってるモノも人と違う。か…)
しかし、俺は。どこか学びはあったような気がしていた。
自分の力がそれほどまでに特別なモノだと言うことをぼんやりと忘れていた。忘却していたと言うよりも、何となく考えていなかったんだ。
それがあろうとなかろうと、俺を認めてくれて助けてくれる仲間がいるから、別に考える必要が無かったとも言える。
帝国に拾ってもらう前は、俺を中心に巻き起こる不幸が故にこの力のことを恨んだ。
帝国に拾ってもらった後は、俺を必要としてくれることが嬉しくてこの力を認めた。
そして一度挫かれてから自分を見つめ直して、この力なんて関係なしに俺を必要としてくれる人のために、一人の人間として強くなることを誓った。
でも、この力も含めて俺なんだ。父さんから受け継いだこの力が、確かに俺の一部なんだ。
だからもっともっと、それを意識していっても良いのかもしれない。
自分のことを一兵士としての側面だけで捉えるのでは無く、光の神子としても捉える。それは驕りでも何でも無いだろう。
普通の自分も認める。そして光の神子としての自分も認める。平穏に生きたいけれど、強くならなくてはならないこの二律背反の感情を咀嚼する。そうしてようやく、また一つ強くなれるのかもしれない。
(ガイルさん同様、きっと俺も無意識のうちに蓋をしていたのかもな。また同じように挫けるのが怖いから、無意識にこの力を遠ざけてたのかも…。
でも、そうだよな。この力があるからダメ…じゃ無くて、この力があるからこれが出来るって考え方をしなくちゃ)
そうしなくては、恐らくこれ以上強くはなれない。
今回のガイルさんとの戦いだって、実力で勝てている部分なんて一つも無かったのだから、もっともっとより一層強くならなくては。
「ガハハ!!だからとりあえず飲め!強くなりたくば飲め!!ガハハハ!!」
「げぇー!良いとこだったのに結局その流れかよ!てかこの人酒強すぎるって!」
と、決意新たに穏やかな心持ちになっていたところに、再びガイルさんのバカ笑いが差し込まれる。
けどまぁ、今回はこれで良いのかとも思えた。
普段張り詰めてばっかりなのだから、たまにはこんなことがあっても良いのかもしれない。明日の身体の状態は、明日の自分に任せよう…。
「ーーーならん」
「?」
やや投げやりに酒瓶を手にし、観念してそれを飲み干そうとした俺を静止する強張った手。
ジャックさんだ。
「お、ジジイ起きたか!だったらジジイももう一発……。………おいどうした、ジジイ」
彼は先ほどまで酔っ払って寝ていたとは思えないほど、ピリついた表情を顔に浮かべている。醸し出す雰囲気も、凡そ宴会に参加している者のそれでは無い。
いくらへべれけでいようと流石のガイルさんもそれを察したようで、バカ笑いを収めてやや真剣な眼差しをジャックさんに向けた。
大盛り上がりだったはずの宴会場に冷気が走り、沈黙が満たされる。
それは何か有事が起こったと知らせるに十分なものであり、俺はつい、聞いてしまったのだ。
「ジャックさん。何か…あったんですか…?」
「あぁ。しかしそれを説明している暇は無い。即刻、ポチをここに連れてこい。帝国へ帰還する」
「おいおいジジイ。帰るのはいいが、何があったかは聞かせてくれ。反帝国同盟の連中がまた動き出したのか?」
「…いや、今回の敵は、うちの隊長であるローラの故郷を襲撃。ローラは待機命令を無視して第二部隊を引き連れ事故現場へと向かった。
まだ定かでは無いが、襲撃の悲惨さと残忍ささから、今回の敵はーーー」
その後、ジャックさんが発した言葉は、一気に緩んでいた空間を引き締め、平穏な日常をガラガラと崩してしまう。
「悪魔教団。奴らで間違い無いだろう」




