第六十三話 不死身の男
「俺を、殺してみろ」
戦場に立つと、そう豪語するガイル。
戦争孤児であった彼が誇る、自分の他より秀でていると思える部分。それは“不死身さ”であった。
太く丈夫な骨。その外側を守るために発達した筋肉の鎧。体の奥から無尽蔵に湧き出る体力と、一線を画した自己治癒能力。言うなれば、異常なまでにタフな常人離れした肉体。
全てが奇跡的に噛み合ったことで、普通であれば即死であろう事故であっても生き存え続けた。
落差五十メートルの滝を自由落下してもケロッとした顔で家に帰った。十数トンの瓦礫が一身に降り掛かろうとそのまま戦場に向かった。
爆発によって左腕の肘から下が吹き飛ぼうが怯まず、脳の一部を損傷しかけるような衝撃を頭部に食らおうと死なない。まるでジャックを思わせるような途轍もない肉体強度を彼は誇っていたのだ。
その不死身さと、あり余る膂力。更には破壊を具象化したような能力を持ち、暴れ回る。
だからこそ、約十年ほど前の若かりしガイルには圧倒的な自負があった。
(……そうだ。かつては、俺もコイツのような目をしていたか)
ハルトを見てふとそんなことを考えたガイル。
自身の肉体に自信を持っていた彼は、かつてはその腕力を自分のためにも、他人のためにも平等に振るっていた。
生まれ故郷である西大陸の端のとある小国。そこの王国軍に入ったガイルは、若干二十三歳にして兵隊長の地位にまで出世。その一年後には圧倒的な人望と戦果を引っ提げ諸侯と同等の権威まで得る。
今まで険悪な関係性であった周辺国もいつしか丸め込み、寧ろ協調を提案してくる程に国は強大化。
それでいて人徳のある王は驕ることなく今まで通りの治世を維持した為、いつしか諸外国を牽引する立場にまで彼の祖国は成長した。
「ガイル。お前のおかげだ。私が生きている間にこんな光景が見られるとは思わなかった」
王はガイルの強さと人望に感謝し、勲章を与えた。
それを見た国民も、皆一様にガイルへ感謝の言葉を投げたと言う。
「ガイルや。ありがとうね。数年でここまでになったのはガイルのお陰よ」
「ガイルさん。あんたはこの国の誇りだ!いぃや、もっと言えば。あんたは男の誇りだ!」
「ありがとう!!ガイルたいちょう!」
老若男女。国民誰もがガイルに感謝した。
孤児ゆえに親の愛を受けずに育ったガイルは、それらの言葉に心を震わせる。
自分は必要とされているのだ。何者でもなかった自分が、ようやく何者かになれたのだ。
そう思うと、より一層。国のために力を尽くしたいと思うのが正常な人間の思考。ガイルは更なる国の発展のために尽力し、戦争を未然に防ぐべく、国をあけることが多くなった。
国を出て様々な諸外国を回り、卓越した交渉力でまとめ上げていく。
結果として貿易ルートは強化、西側諸国の結束力もかつてない程に高まり、“西にガイルあり”と言われるほど、自然とその存在感は増していった。
「あの国は、帝国の軍下に下ろうと考えている。あなた方の敵だ。アンガスさん」
そうして増長した存在感は、感謝と同時に敵や憎悪をも増やすもの。それが世界の道理である。
如何にガイルであろうとも。いや、仮にこれが天帝であったとしても万事上手くはいかなかった。
躍進するガイルとその国に、悋気を起こすとある国の王。隣国・ブナハーブンを統べる野心家の彼は、以前よりガイルの国を侵攻せんとしていた己の計画が頓挫したことに宿怨を感じていたのだ。
しかしながら、どうにか現状を打破しようとしても、今や彼の国の国力はガイル一人にも及ばない。嘘偽りの協調を持ちかける自分の毎日に吐き気がしても、彼自身にはどうすることも出来ない。
ーーーよって彼は、他の手段を取ることにする。
反帝国同盟を利用すると言うガイルにとって最悪の手段を。
「ほぉ。俺に提案してくるか。愚帝が偉くなったもんだな。で、見返りは何があるんだ?」
「あの国の国力だ。友好関係を結んでいるワシなら、滅びかけの国の実権は握れる。そうなればあの国を始め、周辺諸国丸ごと反帝国同盟に協力出来るぞ!」
「お前が?無理だな。お前は諸外国をまとめる程の器は無い」
「…ぐっ…。あぁ確かに…そうかもしれんな。しかし!あの国にいるガイルと言う男であれば別だ。
王族含め、他は全て殺して奴だけ生かせばいい!奴を傀儡にすればそれで周辺諸国はついてくるだろう!不要となればその時に始末するのは簡単なことでは無いか!?」
反帝国同盟の盟主 アンガスは、王の言葉を侮蔑の表情を浮かべながら聞いていたが、ガイルの名が出てきたことでやや顔色を変える。
会話相手の王には微塵も可能性を感じなかったが、ガイルの存在はまた別。アンガスですら、無視するべきでは無いと判断する程に彼の存在は影響力を増していたのだ。
王の目論見が成功しようがしまいが些末な問題である。だがガイルが帝国の軍下に下ることは、反帝国同盟にとって大きなマイナスになり得るだろうと判断した。
「……、そうだな。愚帝にしては上出来な案だ。いいだろう。敵の芽は、早いうちに摘んどかないとな。
ただし勘違いするなよ。あくまでこちらに利があるからやるのだ。貴様如きが我欲を出す場では無い。それにもし、ガイルを貴様が掌握出来なければわかっているな?」
そこまで言うとアンガスは、黙り込む王を端目にも入れず、すぐに姿を消した。
元より彼はそうするつもりだったのだ。
力を持つ国、それに加えて帝国の傘下に加入しそうな国を潰して回る。それは彼にとって日常に過ぎないことなのだから。
“国崩し”。そう呼ばれたアンガスがガイルの国を滅ぼしたのは、その対話の十時間後のことであった。
「敵襲!敵襲!!」
「どうした!?これが災害では無く襲撃だと!?一体そいつは、どこの誰なんだ!?」
「…申し訳ございません、私にはわかりませぬ…!ただ一つ言えるのは、敵が一人と言うことだけです…!!」
「なん……だと…!?」
衛兵の伝令。その内容は外の破壊状況とあまりにも乖離しており、理解し難いものであった。
大地は激しく隆起している。地割れも散見され、まるで大地震が直撃した後のような惨劇。
それに伴ってあちらこちらで上がる火柱。しかしその火柱も通常のものでは無く、風が都合良く巻き上がったことで巨大な火焔嵐となっている。
小規模な爆発も止むことが無い。各所で爆音が響いたかと思うと、直後に国民の悲鳴が空を劈き、その被害の大きさを実感させる。
それは正しく大災害だ。数百年前、隕石が国一つを一晩で更地にしたと言う歴史が残っているが、これはそれに匹敵する被害だと言えよう。
それら全てが、たった一人の人間によって齎されたものだとは、誰も思わない。
否、ガイルの戦闘力、及び神格者の実力を知っているものであれば何か感じたかもしれない。理解とは違う、絶望とも呼べる何かを。
国民は絶望を目に宿し、滅びゆく国を見つめる。同時に、誰もがガイルの存在を求めた。
国の希望にして、最強の神格者であるガイルを。
「ガイルは…ガイルは今どこへ…!」
「隊長は…まだ帰還されておりません…。カリラからは隊長が出立したと連絡があったので、今しばらく…」
「これが…今しばらく…?……無理だ…。一分たりとも持つものか…。こいつは国崩しの仕業だ…!歩く災厄が、来てしまった!!」
「ーーーあぁ。悪いな。呼ばれてないが、来させてもらった」
「!?」
されど到来したのは最強では無く、最悪だった。
ガイルの生まれ故郷。その王の間に、アンガスが見参する。
待ち望まれたガイルが祖国へと帰還したのは、その一時間後のことだ。
「ハァ…ハァ…ハァ!!」
斥力を足の裏から噴射し、まるでロケット砲の如く空中を飛ぶガイル。
祖国近辺に近づいてきた時に感じた違和感と、悲鳴によって増幅する緊迫感。その二つが彼を掻き立てたのだ。
空から燃える祖国を見た時の彼は何を感じただろうか。
憤怒か、憎悪か、現実逃避か、それとも悲観か。
何であれ彼は見てしまったのだ。自分がそれまで守ってきた人々の死の山を。自分に居場所をくれた人々の残骸を。
生まれ故郷の、変わり果てた姿を。
(……あり得ない…。あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない!!嘘だ!こんなの現実じゃ無い!!あり得ないんだよこんなこと!!!誰が…!!誰がこんなことをしやがったんだよっ!!!)
生存者を探せど、目に入るのは夥しい量の血とそこに浮かぶ肉片のみ。
彼は何も理解出来なかった。この国を滅ぼした人物が何者なのか、みんなを殺した人間の目的は何なのか。一体誰が自分に怨念を抱いていたのか。
ちょうどダッキに村を滅ぼされた時のハルトのように、何一つとして思考が簡略化されないのだ。それ程までに目に入る光景が絶望的なものだったと言うこと。
しかしながら、今そんなことを考えている暇は無いとどうにか正気を取り繕う。ガイルは共に遠征に向かっていた部下を引き連れ、瓦礫をかき分けて生存者を探した。
手を突き破ろうとする瓦礫の感触や血の匂いがこの光景が現実であると証明してしまうから。だからこそ、少しでも助けれる人がいないか国中を探し回ったのである。
ーーーそして遂に、崩壊した城の上で両者が相対する。
「…ん。あぁ、ようやく到着かガイル。遅かったな。既にこの国は俺のものになった」
その後のことを、ガイルは詳しく覚えていない。
国を攻めた理由。交渉が決裂した理由。それに加えて、王の最期が勇敢であったことや、他の諸国の王が愚鈍であることなど。
聞いてもいないのにツラツラと、様々なことをアンガスはガイルに語っていたが、どれもこれも怒り狂ったガイルの耳には微塵も入っていなかった。
彼の次の記憶は、帝国の寝台の上にて目覚めた時のこと。
左半身を砕かれ、多量の血を失いながらも、ジャックによって助けられ急死に一生を得たガイル。
彼は目覚めてしまったことをすぐに後悔する。自身の欠けている肉体が、あの光景が事実であったと知らせてきたからだ。
忘れるように勤めたその光景は、覚醒と同時に脳裏と瞼に張り付いた。一生取れない地獄の光景として、彼の精神を蝕む病として。
「…起きたか。お前も死んじまったかと思ったぞ。
安心しろ、俺は敵じゃない。俺の名前はジャック。帝国軍の人間だ。今帝国はお前のことを保護している」
「………お前も…?おいジャックとやら。他のみんなは…、俺の国のみんなはどうなったんだ?」
「あぁ…まぁそうなるか。起きつけ一番に伝えることじゃねぇと思うんだが」
「………まさか、俺だけ生き残ったのか…??」
ジャックとの問答で、全てを理解したガイル。
「何人か生き残りはいる」と告げられても、何の慰めにもならない。何せ国が跡形もなく滅んでしまったいるのだから。
そんなガイルに対してジャックは、帝国に滞在すること。及び帝国軍に入軍することを提案し、その選択を委ねたのだが、帰ってきたガイルの言葉はただ一言だけであった。
「……俺を…殺してくれ…」
ガイルが帝国を出たのはその一月後のことだった。
帝国の助けによって何とか正常な精神を取り戻した彼は、まずブナハーブンの王を殺し、生き残った者たちと同じ境遇の人々を集めて義勇軍を創立する。
そして義勇軍が拠点とする島に、かつての故郷の名を付けるのであった。




