第六十二話 八荒の名剣と、経験の差
ムンムン。本業が大変。
でも週三ぐらいは投稿します。
「剣や刀は、持ち手によって宝具にも鈍にもなり得る」
これが兄様が教えてくれた言葉。
多分、私が能力頼りの戦い方になっているのを見てそう助言してくれたんだろう。
例えどこまで能力を駆使したとしても、最終的に敵を捉えるのは私が持つこの剣なのだ。それを蔑ろにするような心持ちではいけないと言うこと。
きっと兄様はそう言いたかったんだと思うし、私も肝に免じてより厳しい鍛錬を積んだ。
私の剣は、翡翠の剣。クアウトリ家の直系にのみ与えられる伝統的な剣。
前任者が剣を手放すとそれを研磨し、修繕し、或いは一度砕いてから職人が打ち直し。やがて次の世代へと翡翠は託される。
そうして何百年も受け継がれてきたのがこの翡翠の剣だ。触れるだけで歴史の重みをビシビシと感じる、そんな武具だと言えるだろう。
けれど私には、歴史の重みよりも物理的な重みの方がのしかかった。
元よりクアウトリ家の人間は他よりも筋力や身体能力が秀でて生まれるため、それに対応した重さで翡翠の剣は作られていたのだ。
無論私はクアウトリ家の人間。それを持って戦えるだけの才を持って生まれたとは思う。兄様に助言していただいた後も武器を振るうことは難なく出来た。
けれど…
(……私は、どこまでいっても“女”だ…)
男性よりも体力や筋力が劣っている。どれだけ鍛えても、女性的な身体になっていく。成長するに連れ現れる肉体の変化が、剣の重みを直に感じさせる。
多分翡翠の剣は女が握るようにはデザインされていないのだ。クアウトリ家に女性が殆ど生まれないこともその要因の一つだろう。
そもそも、肉体の性質的にも戦いに向いていない女が戦場に立つなどあまり無い話。それも含めて、私には翡翠の剣が重かったのだ。
でもそんな時。私が苦しんでいる時こそ、兄様は声をかけてくれた。
「世界には、名刀と呼ばれる刀剣が幾つもあるが、歴史に名高い最上級の八振りは他と比べて一癖も二癖もあるものだと聞く。翡翠の剣に負けずとも劣らぬ癖がな」
「…私には、それを扱える程の技量が無いと言うことですか?」
「逆だポチトリ。初めからその癖に対応できる剣士などいない。月並みな言葉だが、皆、血の滲むような研鑽を積んでその刀剣と向き合っている。少し難儀したぐらいで才能が無いと諦めるのは先決が過ぎるぞ。
その目で見て学ぶといい。熟達した者たちが振るう刀剣の扱い方を」
「見て…学ぶ……」
“見て学ぶ”と“聞いて学ぶ”には雲泥の差がある。もっと言えば、“やって学ぶ”と“見て学ぶ”の間にも途轍もない差がある。って兄様は言っていたっけ。
見て学ぶ。次に打ち合って学ぶ。何度も何度もひたすらにそれを繰り返す。何よりも実戦経験を重視し愚直に努力を続けた兄様らしい教えだ。
それで言うと、先の北方での任務で私はたくさんのことを学んだし、実感した。
自分の長所、短所。得意な相手や苦手な相手。性格。目指すべき場所。
まだまだ足りない、剣の腕。
足りない足りないと口にするのは簡単だ。口にした後、そこからどう鍛えるかが重要だろう。
だからこそ、私は強者と戦える場所を望む。どんな相手であろうと糧にして、私はより一層強くならなければ。
そしてハルトの懐刀として、全力で彼を支えるのだ。
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「私の相手はあなたですか。先ほどの珈琲の方」
目の前に立つチャラついた風貌の人物を見て、ポチがそう呟く。
現在彼女は、ハルトとは別の場所でとある相手と模擬戦を行うことになったいたのだ。
こうなったのは、ガイルが先刻ポチに言い放った言葉があったから。
時は少し遡り、ハルトとガイルが模擬戦を行う少し前。
ハルトの後をついて教会を出ようとするポチに、ガイルが一言声をかけていたのである。
「女も戦えるのか?ただ見てるだけじゃつまらないだろ?」とぶっきらぼうな声かけではあったものの、手持ち無沙汰であったポチからすれば僥倖以外の何ものでも無い。
二つ返事で了承し、教会から少し離れた第二の訓練場に向かった。
相手はガイルの懐刀であるソウシだ。
「んだよ。俺の相手オンナかよ。まぁオンナがちゃんと刀握れるってんならいいけどよー」
「…ムッ。礼儀がなっていない人ですね。でもいいです。無駄話をしに来た訳では無いので。木刀はどれを使えばいいですか?」
「木刀?は〜これだからオンナは!甘えんなよ、真剣に決まってんだろ〜!?脳みそお花畑オンナ」
「っ。……、この……!」
オンナに対して嫌悪感を露わにするソウシと、粗暴な言葉遣いに憮然とした表情を浮かべるポチ。
こんな具合で互いが互いに抱く印象は最悪だった。
毛先を遊んだ茶色い髪のソウシは、ポチと同じぐらいの身長で服装も柄シャツにハーフパンツ。ガイルとお揃いのサングラスを頭にかけたやけに南国風の風貌からも、年齢以上に見た目は若く見える。
唯一違和感がある部分と言えば腰に携えた真剣だろうか。
ソウシ同じく、やや小振りな刀。その鞘は柄シャツ同じく派手な装飾が施されていたが、そのキメ細かさや光を反射する煌びやかさから、一目で上等な物であるとポチは理解した。
(…認めたくは無いですが、あの刀はふざけた遊び道具。…では無いようですね。もしかすると、“八荒の名剣”の内の一つでしょうか)
八荒の名剣。それは世界に存在する刀剣の中でも指折りの刀剣八本を示す言葉。
それぞれが常人では扱えない程に荒々しく、されど御した時には比類なき力を発揮する、歴史と強さの象徴。歴代天帝に継承される“曙”と言う名剣を始め、その名前は世界に轟くモノである。
ポチは戦場に出て数年であるためその多くを情報でしか知らないが、ともすればソウシが携えている刀はその内の一つであるかもしれないと推察した。
「なんだよオンナ。人の刀を睨め付けやがって。すぐに見せてやっからお前も抜け」
「オンナ。と呼ぶのはやめてもらえますか?好きで女に生まれたわけでは無いです」
「お前の事情なんてしらねぇよ。俺の好きに呼ばせろよ。オ・ン・ナ」
「…力で、その口減らずを閉じさせるしか無いみたいですね。クソガキ。先に刀を抜く自信も無いくせに、偉そうにしないで貰えますか?」
「ぁあ?しにテェならシンプルにそう言えって!頭悪りぃーっなっ!!」
その推察の答えが出るより先に、戦闘が幕を上げる。
先に刀を抜いたのはソウシの方だ。
刀と剣がぶつかり、甲高い音が訓練場に響き渡る。
(ーーーっ!!)
思わぬ戦闘の開始に、後手に回ってしまったポチ。ローラ直伝の抜刀術にて速攻を仕掛けようかと考えていたが、早速出鼻を挫かれてしまう。
それどころかソウシが見せたその初速は、ローラの剣技を間近で見ているポチですら目を見張るものであり、一瞬、胸中に動揺が走った。
まるで短刀のような小ささであるからこそ出せるその速度。更には刺突を主体とした他に見ない剣術。
時間をかければ受け攻め予想出来ていたかもしれないが、それが無かったがための狼狽はやや大きい。
「はははっ!やっぱオンナじゃあ練習相手にすらなんねぇー!」
「チッ、ベラベラとこのクソガキっ!」
事実、攻めの蹈鞴を踏んだポチはその勢い。言わばソウシの刀が持つ無類の突貫力によって背後にジリジリと押され続けている。
抜刀術と刀の柔軟性から“初速で最速”を出せるローラの刀とは違い、ソウシの刀は造りの重厚さと小ささから“常に準最速”を出せる。
それ故に、勢いは落ちず、隙が生まれにくい。
平時はどんな相手に対しても先手を取れる能力のポチに対し、必ず先手を取れる訳では無いが先手を許してしまうとアンストッパブルな攻勢に出れる。そんな比類なき刀と言えるだろう。
その名は“炎鵬”。八荒の名剣の一つである。
(凄い勢い!このままじゃ押し切られるっ!……仕方が、無いですね…!)
「!」
これは模擬戦とは言え真剣勝負。このままソウシの攻撃を喰らい続けていれば自身の命すらも危ういと判断したポチは、時の神の力を発動し時を越える。そうしてソウシの背後へと瞬間移動した。
「…おいおい。なんだよ、キモい能力持ってんじゃーん。しかも背後取っといて攻撃して来ないとか、嘘。俺舐められてる?」
「あなたほど人を舐めたことはありません。ですが、能力を使った後に後悔しました。シンプルにあなたは剣術で下したくなったのです」
「仕切り直しって言いたいのかよ。主導権握るとか、見込みが甘いんだよなー!お前はさぁ!」
再びソウシの刺突がポチを捉えようと一直線に空を切る。
されど、二度も同じ手を喰らうほどポチは柔な育て方をしていない。
ソウシの刀が届くよりも先に抜刀の体制に入っていたポチは、その集中力を刹那の間に極限まで研ぎ澄ます。
本来女性の自分には重たく、圧倒的不意打ち能力を持っているのにも関わらずその速度を落としてしまいがちな翡翠の剣。
しかし抜刀の体制で時を越えることで、最速の状態をノーリスクで出すことが可能で、完璧な抜刀術は彼女のデメリットを消すだろう。
そもそも時越えをしなかったとしても、ただでさえ攻撃力の高い翡翠の剣は、速さが乗ることで威力も倍増する。
どうあれソウシの小さな刀では防ぎようが無い。
(ーーーって、思ってんだろーなーこのオンナ)
抜刀されたポチの剣がソウシの喉元へと届こうかと思ったその瞬間。
まるでそう仕組まれていたかのように的確に、剣の軌跡がソウシの数ミリ前を通過する。
「!?」
「…だから甘いって言ってんだ。刀ってのは、付け焼き刃でどうにかなるのかよ」
「そんな。今のは確実に…!」
当然ながら本気で首を刎ねようとした訳では無い。首に刃が当たった瞬間にその手を止め、模擬戦を終わらせる予定であった。
だが、同時に手を抜いていた訳では無い。北方で教わった通りの抜刀術を完璧な状態で決め切ったはずだった。
であるのにも関わらず、その攻撃をヒラリと、いとも簡単に躱してみせたソウシ。
抜刀の後、速度が落ちたポチの攻撃も、一撃。二撃。三撃。と容易く避け続ける。
「オンナには優しくしろって言われてるから教えてやる。
抜刀術ってのはな。俺の故郷の技術だ。そもそも刀発祥の地も俺の故郷な。だからどんな刀があって、どんな技術があるか。予備動作から全部わかるんだよ、ばーか」
ソウシの故郷は帝国に比肩する大国、“神樹ヤマト国”周辺に連なる五つの属国の内の一つ。
そこは昔から製鉄技術が発達しており、刀やそれに類する技術が生まれた地であった。
国のそこら中に武士がおり、そこら中に鍛治職人の村が点在しており。言うまでもなくソウシはそれを幼い頃からずっと見て、学んで、育っている。
つい数年前まで日常の中の九割以上が刀であったと言う訳だ。
そして、だからこそわかる。圧倒的に身体が知っているから感覚として敵の技術が視えてしまう。
他の剣士や騎士が血反吐を吐いて鍛錬した先に身につく感覚を、自然な形で身につけ、技術として昇華しているソウシには、ポチの拙い抜刀術など赤子の手を捻るが如く無効化出来るのだ。
「おいおいどーしたんだよ!大した技術もねぇのに、主導権握ったつもりになってたんだな!別にいいぜ能力使っても!どうせ俺には勝てないしな!」
(くっ…確かに…。これはっ、中々に厳しい…。小手先の技術じゃ通用しない!)
「なんか考えてんの?ほんと甘々なオンナ。もうつまんないから降参していいよ。どうせガイルさんもとっくに終わってるだろーしさ」
(………。でも、そうか。この方は…)
三度、ソウシの猛攻に襲われるポチ。
ボルテージが上がってきたのか極限まで距離を詰め、弾丸のように鋭い刺突を幾度となく繰り返す。
そこに逃げる隙はやはり無く、反撃を繰り出そうともまずもって十分な距離が無い。抜刀術のための納刀など以ての外。仮に時越えをしようとも、あの目に捉えられてしまったら意味がないだろう。
ソウシは、今までポチが出会った剣士、武士の中で最も反射神経が優れていると言える。
完璧なタイミングの時越えで無ければ対応してくる可能性があった。
(ローラ隊長は圧倒的な初速と抜群の対応力が。レンジには距離や空間を測る正確な演算能力が。ワトスンとか言う屍人にはどれだけ何があってもブレない盤石な足腰が。そしてこの方には恐らく人生単位で育まれた敵の動きを予測出来る感覚がある。比類なき反射神経とも呼べるモノが…。だけど、他の人にはあって、この人には全く無いものが一つある)
時越えに対応してくる可能性がある。それを考慮しつつも、ポチは冷静さを取り戻して全く焦りを見せなくなっていた。
ーーーそれは既に、ソウシの弱点を知っているから。
その証拠に、十数秒の猛攻の末、ポチの剣がソウシの刀の側面を叩く。
「…お、ぁあ??」
体勢を崩すソウシ。利き足である左脚をガクリと曲げて、攻撃に隙が生まれる。
間髪入れまいとソウシは体勢を立て直そうとするも、それより先にポチの剣の柄が彼の眉間を打った。
「どっ、ぁあっつ!」
痛みに顔を歪ませ、遂に後方へと後退りする。
彼の目は未だポチを捉え次の動きを予測しているのだが、もう遅い。
意地でも倒れまいと繰り出した刀も難なくポチに躱されてしまう。
刺突も、薙ぎも、何もかもがポチには届かない。
気付けば先程の速度はまるで無く、ソウシの額には、大粒の汗が浮かんでいた。
「ーーーはぁ。さっきの言葉、そっくりそのまま返します。あなたは甘いんですよ」
「っ!!!この…ヤロー…っ!」
そんなソウシを、憐れむかの如き目でポチが見つめた。
「確かに、あなたの刀剣に対する感覚は凄まじかったです。きっと刀の形や、敵の筋力などでも次の動きやその人の癖を見抜くことが出来るんでしょう。
ただ、それは見ているだけです。自分の肉体でやっていないことは、口では言えても実行出来ません。
恐らくあなたは、実戦に殆ど出たことが無いのでしょう?」
「…くっそ…、なんで、ゼェ…ゼェ…。わっかんだよ…っ!」
「わかりますよ。実戦経験が死ぬ程にありますから。敢えて真剣を選んだのも、憧れからでしょう?私は真剣で無くとも、実践同様いつも死ぬ気で鍛錬しています。多分、今回の勝敗を分けたのはそこの差です」
そこまで言葉を告げると、ポチは静かに、ゆっくりとした動きでソウシの喉元に剣を添える。
そして余裕な表情で、いつでも殺せると言わんばかりの捕食者の視線をソウシに合わせた。
忸怩たる思いを顔に浮かべるソウシも、既に立ち上がる力を残しておらず、ただ捕食されるのを待つだけの哀れな存在に成り下がっていた。
実戦経験が足りないことに加えて、軽く扱いやすい代わりに動きの激しい“炎鵬”を握っているのだ。体力の消耗は、他の人間が同じ刀を使った時よりも何倍も激しいと言うこと。
やはり八荒の名剣。ただセンスがあるだけでは使いこなせない。
実戦における体力の効率の良い使い方を知らないままでは、この刀の真価を発揮するには程遠い。
「ゼェ…ハァ……。チッ、…くそっ!くそくそくそ!っこの俺が!オンナにっ、負けるなんて!!」
「ムカッ。…だから、オンナと呼ぶのをやめてもらえますか?凄く不快です。
…あぁ後、思い出しました。言いたいことがもう一つあったんです」
「…ハァ…ハァ……。ぁあ?」
剣を鞘にしまい、今までに無い程に眉間に皺を寄せたポチがソウシを見下す。
その怒りの原因は呼び方では無く、先程のソウシの発言だった。
「あっちの戦いがとっくに終わった。なんてこと言ってましたけど、ハルトはそんなに柔じゃありませんから。
まずはその節穴な眼。早く実戦に慣らした方がいいですよ」
文を書くのはあまり慣れてません。
少しでも改善したいので、もし良ければコメント入れてください




