第六十話 オクトモアでの一幕①
なんか読んでくれる人が増えてる…
ありがとうございます
「着いたぞ。ほら、ここに入って一旦休めよ。何しに来たかは大体予想つくからな」
結局、ガイルの能力で宙に浮かされた俺は、そのままフヨフヨと空中を漂いながら義勇軍の本拠地に到着する。
小さな離島は自然豊かなカルデラ地形になっており、内側は窪み、外側は断崖絶壁。防衛機能としてこれ以上ない形をしていた。
火山活動もずっと前に停止しているようで、窪みの内側は一つの都市として体を成していると言えよう。
そんな都市の中央部分。巨大な建造物群が義勇軍の拠点である。
地上五階建て程度の建造物が点在しており、商店や温泉のような行楽地もちらほら。丘を利用したワイン畑や中規模な農場なども所狭しと並んでおり、ここが小さな離島であることを感じさせない程の発展具合だ。
火山島であった名残か、地面は石灰質で砂利が多いものの、しかしその上に建っている石造りの建物は盤石。
どうやら、およそ百年近く前、ここには文明が栄えていたとのこと。人口流出に伴う島民の減少により殆ど捨て置かれるだけだった島を義勇軍が譲り受けたような形らしい。
「すげぇなぁ…予想以上の栄え方だ…。外から見てた時には、中がこんなふうになってるとは思わなかった…」
「まぁ建物やら何やらは昔住んでた奴が作ったものだけど、畑や温泉は俺たちが再開発したものだ。この島は孤立しているから、肉以外は基本、自給自足の生活をしているって訳よ。と言っても、反対側には港もあるから流通には困らないけどな」
「ちょ。え、港あったの?じゃあ尚更なんで山登りしたんだよ…」
「さぁな。お前らのボスに聞きな。見ない顔だがお前新入りだろ?ジジイには気をつけた方がいいぜ?歳の割にめちゃくちゃだ」
「こっちの方が近い」ってジャックさんの言葉は、「港を経由するより山登った方が早い」ってことだったのか。
いや、待て待て勘弁してくれ。あるんだったら港を使ってくれ。ガイルさんの言う通り、やっぱりジャックさんはやることなすことメチャクチャだなぁ…。
まさか、これに着いていけなくて帝国を出たって訳じゃあ無いよね…?そしたら説得もクソも無いけど…。
「ほら、そこ座れよ。一応もてなすぜ」
高めの建造物に囲まれた場所にあるドーム状の建物。かつては教会か何かであっただろう形状のそこが、ガイルさんの自宅らしい。
中は普通の石造りの教会で特別変わっている部分はないが、かつて礼拝堂だった大広間にはそれぞれ形の違うテーブルや椅子が複数個置かれており、そこが会議場などに使われていることが容易に想像できた。
ガイルさんの部屋はその奥。礼拝堂の横から入る中サイズの部屋。そこにはコーヒーミルや酒のボトルが棚に並んでおり、一気に生活感が感じられる。
俺たちは入って暫くは無言で突っ立っていたが、ガイルさんに促される形で床に置いてあるクッションの上に腰掛けた。
「おう。じゃあ失礼。俺はコーヒーで」
「まだ何か出すとは言ってねぇだろジジイ。まぁいいけど…。で、二人はどうするんだ?」
「俺も同じので。ポチは?」
「私は水で結構です。お気遣いありがとうございます」
ジャックさんはと言うと、ガイルさんの部屋に入るなり寝台横の椅子にどかっと腰掛ける。
腕置きのついたアンティークの椅子がミシミシ音を立てたが、ガイルさんはいつものことだと言わんばかりにため息を吐いて、コーヒー豆を物色し始めた。
「結構良いものを揃えているんですね」
「お、やっぱり女にはわかる??まぁ方々を飛び回ることが多いからな。お土産みたいなもんだ。…っと、豆が足りねぇな。ソウジに取ってきてもらうか。
んで、ジジイ。話って何だよ?もう断っていいか?」
「おいまだ何も話してねぇぞ。ふざけんな」
「だいたい何しに来たかわかってるって言ったろ?どうせまた帝国に戻ってこいとか言うんだ。嫌なこったね。俺があそこに戻ることはねぇんだよ」
ジャックさんが話し始めるより先に、キッパリと断るガイルさん。
彼は先んじて一杯分のコーヒーをジャックさんの前に置くと、早く飲んで帰れとばかりに手を振った。
されど当然、ジャックさんはそれで退くような男では無く、
「わざわざ来てくれたんだ。今年のワインも出来が良い。まぁそれでも飲んで、時間の許す限りゆっくりしていくといいさ」
「いぃや、俺はワインは飲まねぇ。上品なもんはあんまり良さがわからんもんでな。
それより、さっきの話の続きだ。報酬も前提案の二倍出すぞ。戦闘員は全員兵士として迎え入れるし、義勇軍の自治区もアストランに作る。何か他に提案はあるか?」
「ありがたい話だ。提案も文句も無い。けど、答えは変わらないね。
俺には世界を守るような気概が無いんだ。ジジイたちほど俺は立派な人間じゃねぇし背負えない。やりたいことをこの島でやれればそれで満足出来る」
「そうか。だったら正式に入軍しなくても構わん。俺の直属の兵士として呼ばれた時だけ動いてくれれば良い」
「いつに無く必死だな。そんなに最近は切羽詰まってんのか?あぁそう言えば、北方の方で得体の知れない化け物が暴れ回ってたとか聞いたぞ。そこで何かあったんだろ。前一緒に来た奴はどうした?」
暫しの沈黙が流れる。
一瞬、目を伏せて黙り込んだのを見るに.ガイルさんが言った「前一緒に来た奴」と言うのはアンデルセンのことなのだろう。
「……」
「ーーーそうか。悪い。それは大変だったな」
「…あぁ。正直言ってかなりの人員不足だ。肥大化する敵組織に対しても、世界の治安維持に関しても、このままでは対処しきれん」
「敢えて現実的なことを言うなら、何もかも救おうとするからだ。そんなことしてるから身がもたなくなる。いいか?みんながみんなジジイ程に強い訳じゃあねぇんだ。気概があっても、人には人の限界値がある。やれることは限られてんだよ。
っと、あぁソウジ。ありがとう」
ソウジ。と呼ばれた青年から追加のコーヒー豆を受け取りながらも現実的に反論するガイルさん。
繊細な手つきで、しかし荒々しい音を立てながら豆を砕くと、ふぅっとため息を吐いて湯気の立ったお湯を注いだ。
「いいかジジイ。俺が帝国に行かない理由は価値観の違いだ。何だか夫婦が別れる時みたいで気持ち悪いが、事実そこなんだ。
俺も、さっきのソウジも、ジジイみたいな生まれついての強者とは違う。自分の実力を弁えてる。それを越えて何かしようとした時、ダメになることもわかってる。だから手の届く範囲を守れればそれでいいんだよ」
「義勇軍を立ち上げ、世界の紛争地に出向くのは、身の丈にあった行為か?」
「そうだ。あんたらが手の届かない小さな犠牲を、俺たちは救う。適材適所ってヤツだ」
「だとしたら、余計にお前の力が必要だ。お前が帝国に来れば救える命は増える。帝国の庇護下に入れば、ここの住民たちの安全性も上がるだろう?今のままでは停滞だ。停滞はいずれ綻びを生むぞ」
「その分、敵は増えて危険性も上がる。俺たちはそれを望んでいない。停滞と言われても仕方ないが、課題が出た時に、また考えることにするよ。じゃあ、もういいか?ジジイ」
乱暴に自分のコーヒーを飲み干すと、ガイルさんは寝台横の窓へと近付く。
そうして、西陽が当たるその場所でワイン畑がある丘陵を静かに眺めた。
畑は、先日収穫が済んだのかやけに物寂しい雰囲気だった。
綺麗な緑色の中に、どこか哀愁を醸す色が散見され、風に吹かれて落葉が舞う。その光景はまるで、鬱陶しそうにジャックさんを見るガイルさんの心情を表しているようにも見える。
聞いていた話通り、義勇軍は守成を良しとする組織なのだ。
大国が見逃してしまうような小さな紛争を解決し、自らの手で救える命を救い、今いる住民たちを最優先で守る。その行動の規模は違えど、やっていることは帝国と同じ。しかしあくまでも最大の目的は、ここオクトモアに住まう住民たちの安全維持で、今以上は望まない。それが義勇軍の在り方である。
自分の手で、自分の届く範囲の人々を守る。換言すれば、義勇軍の在り方はガイルさんの信条であるのだろう。
(…似ている……)
「折角来たんだ。とりあえず後ろの二人も含めて、夜飯でも食っていくといいぜ」
「……似てる。やっぱり、俺と……似てるんだ。ガイルさん」
「……何だ?何言ってるんだ?」
だからこそ、声に出してしまった。
あの時の自分と、ガイルさんのその信条が、やけに重なって見えたから。
「…俺も、俺もそうだったんだ。自分の力は特別だって知って頑張ってみたけど、結局ダメで。自分が原因で周りの人が傷付いて、大好きだった仲間も死んで、もう全部投げ出して逃げたくなった。いなくなりたくなった」
「あぁ、まぁ境遇は似ているかもな。だがそんなの戦場じゃよくある話だろ?」
「そうだ。あるあるさ。けど違うのは、その先で選択した生き方だ。
ガイルさんに何があったかは知らないけど、俺も全部自分の責任だと思ってた。だから自分の責任が取れる範囲のことしかもうしたくなかったんだ。だけど、それだけが選択肢じゃあ無いと俺は思う」
声に出してしまった手前、もう誤魔化しは効かない。俺は、ガイルさんに自分の考えを真正面から言ってみた。
自分でも、一回りも年齢が上の男にこんなことを言うのはおかしいような気がする。しかも出会ってまだ数十分だ。まともに話をしてもいないし、ガイルさんの素性も、過去も知らない。
俺が似ていると思っているだけで、実際はもっともっと重たい出来事があったのかもしれない。
けれど、何となく境遇は同じだと思ったし、だとすればあの時クモナがかけてくれた言葉を俺も言うべきだと思ってしまった。
あの時、逃げようとしていた俺を引き留めてくれたクモナの言葉。そしてその後を支えてくれたポチやアナの存在。それがあったから俺はまだここにいれるし、戦い抜くことが出来たのだから。
「ジジイとは違う切り口で来るか…。だったら教えてくれ。お前が言うその選択肢ってのは、一体何なんだ?」
訝しげな顔をしながら、けれどどこか諦観まじりに俺に問いかけるガイルさん。多分ほとんど俺に期待してないんだろうなぁ…。
俺だって、拒否するガイルさんを無理やり帝国に連れ戻すってのは賛同できない。別にやりたいようにやるべきだし、生き方が決まってるならそれでいい。
けれどまぁ、俺は説得しに来たんだし。言えることは言ってみようじゃないか。
「選択肢…そうだなぁ…。綺麗事だけれど、生きる希望を見るけること。…かなぁ。
守りたい人を見つけるとか、目的を定めるとか。勿論良いことなんだろうけど、もっと単純に、この人と一緒に頑張ってみようって思えるような対象を見つける。それが俺が選んだ選択肢かな」
「ほぉ。それは何が違うんだ?この人がいるから頑張ろう。と、この人を守るために頑張ろう。は同じように聞こえるけどな」
「俺もそうだったし否定する訳じゃあ無いんだけど、“この人を守るために”ってのは凄く自分本位な気がするんだ。自分が全ての責任を負って自分だけで頑張るって宣言しているようなものだと思う。
でも“この人がいるから”ってのはまた違う。お互いに頑張るし、お互いに責任を負うし。互いに背中を預けて、互いに強くなって、互いを生き甲斐にしてやってくんだ。自分本位じゃなくて、対等に…」
「そうか。まぁその歳でそれが言えんのは立派だ。けど綺麗事だな」
ガイルさんは、俺の眼前にビッと指を立てる。
ムッとした顔のポチを全く気にすることなく、ジリジリと俺の目の前までにじり寄ると、そのまま言葉を続けた。
「戦場で必要なものは何か。戦場で生き残るために必要なものは何か。それは強さだ。それ以外でも何でも無い。ただひたすらに強いこと。それのみが必要だ。
互いに切磋琢磨して強くなろうとする。それは良い。だが、そんなことを言っている間に人は死んでいく。それはわかるだろう?」
「…。うん」
「となればより強い者が皆を守らねばならない。それ以外に無いのは帝国の在り方を見ていてもわかるはずだ。
とは言え、その強い者の力にも限界がある訳で、だとすればお前はどうする?守る範囲を狭める以外に選択肢があるか?」
達観しているような、諦めているかのような、どちらとも取れない声色で話続けるガイルさん。
それを聞いて、俺は理解した。この人が抱えている悩みの根源を。
この人の過去について知った訳では無い。この人の交友関係が明らかになった訳でも無い。けれどこの人が抱えている悩み、そしてどうしてジャックさんの元から離れたのかも、どうしてジャックさんが連れ戻せないのかもわかった気がする。
きっと、ガイルさんは強すぎるんだ。強すぎるが故に共に歩む人はおらず、互いに背中を預けて、互いを磨き合えるような人もいない。実力的に対等な存在がいないのは孤独と言う他ないのだろう。
その上ガイルさんは知ってしまっているんだ。自分の力量も、そして自分よりも遥かに強い人物の存在も。
ジャックさんがいるからこそ自分の力不足を嘆き、自分の力量を理解し、けれども責任感が強いために戦わざるを得ず、守るべき対象を狭めると言う苦肉の手段を取った。
戦いの残酷さも、悲惨さも、目を背けたくなるような現実も。幾度となく経験したからこその選択。
俺のことを甘いと断じるのも当然だ。
だが、であれば甘いと言われた俺だからこそ言えることがあるだろう。
対等な訳もないが、俺が言える言葉はもうこれだけだ。
「わかったら、大人しく飯でも食って帰ってくれ」
「ーーーだったら。…だったら、俺があんたの希望になって見せるよ」
「………。ハァ??」
鳩が豆鉄砲を食ったような、素っ頓狂な顔を浮かべるガイルさん。
思わず笑みを溢しながら、「何言ってやがる」と俺をあしらった。
「不満ですか?俺も強くなって、一緒にみんなを守ってみせる。ジャックさんじゃあダメだってことは、あんたと対等に動ける人がいればいいんだろ?」
「不満まみれだ馬鹿野郎。さっきの話を聞いてなかったのか?
お前如きじゃ帝国に行った先で増える危険に対処できねぇ。それどころか守る対象も増えるんだ。お前なんかがどうにか出来ると思ってんのか?」
「確かに今は出来ないかもしれない。けど、いずれ出来るようになる」
「笑わせんな。夢を語るのは勝手だが、現実味が無きゃ話になんねぇ。何か功績でも引っ提げてから来るんだな」
「……あぁ。功績なら…、ある。先の北方の戦いで、イヴァン大帝を倒したって功績が!」
「っ!!はっはっはっ。冗談も休み休み言えよ!あの巨人はとっくの昔に死んでんだろうが!しかもあれを倒すだと!!あの化け物は下手するとそこのジジイクラスだぞ!?」
半ば怒りに任せ、机を拳で叩くガイルさん。
その衝撃でコーヒー豆が飛び、ビリビリと今まで感じていなかった圧が俺たちに飛来した。
しかし当然ポチやジャックさんは動じない。俺一人で大帝を倒した訳では無いにせよ、その言葉には虚偽が無いからだ。
その様子を見て察したのか、ガイルさんはジャックさんに視線を寄せる。
「おいジジイ…なんだダンマリ決め込みやがって。まさか、このガキンチョの言ってることが本当だってのかよ…?コイツが…あの大帝を…??」
「そうだ。敵の能力で生ける屍として復活した大帝を、ハルトと、そこのポチが倒した。これは紛れもない事実だ」
「はぁ?ウッソだろ…。俺だって話で聞いてただけだが、あの大帝は一個レベルが違うはずだ」
「だからこその功績だ。どうだ?少しは気持ちが変わったか?」
不敵な笑みを浮かべるジャックさん。横に目をやると、やはり満足げに口角を上げるポチがいた。
だいたいポチの性格はこうだ。俺が評価されると満足そうな表情を浮かべ、逆に侮辱されている時はムッと眉間に皺を寄せる。非常にわかりやすい性格。
しかし対照的にガイルさんは、あんぐりと口を開けたまま、頬の大きな傷をかいている。きっと俺が大帝を倒したと言うことに納得がいっていないんだろう。
ジャックさんの言葉を信用したい気持ちと、俺の功績を認めたくない気持ちの間で葛藤しているような気がする。
俺はこれ以上は何も言うまいと彼の言葉を待ったが、対するガイルさんはしばらく顎に手を当てて考え込んだ後、ようやく口を開いた。
「お前が…大帝を…。それが本当だとしたらとんでもねぇことだぜ。まぁジジイが言ってるから嘘じゃあねぇんだろうけど」
「うん。本当だ」
「そうか…。おいガキンチョ。お前名前は?」
「ハルトだ」
「良い名前だな。
……わかった。それじゃあ一旦、お前外に出ろ。お前のさっきの宣言がどこまで本気なのか、試してやる」
「お……、ん。…ぇえ??」
数回の問答の後に発せられた一言に、今度は俺があんぐりと口を開ける。
そうして突如、どこか納得したような表情を浮かべるガイルさんとの模擬戦が始まるのであった。




