第五十九話 その男の名はガイル
「はぁ…はぁ…。マジか。どんなとこを通るのかと思ったら、なんでこんな山道を…」
ガイル。とか言う荒くれ者を帝国軍に連れ出すため、ジャックさんの遠征に同行している俺とポチ。
まぁ、遠征と言っても全く堅苦しいものでは無く、一泊二日の小旅行みたいなもの。ガイル率いる義勇軍が本拠地としている離島。そこはアストランから程近い距離にあり、波も穏やか。長距離の激しい移動になることは無い。
ジェットが積まれた少人数用の小型船にて帝国を出発、数時間で到着した後に説得が始まる。そして結果がどうあれすぐに帝国に帰還する。そんな予定だ。
もちろん説得にはそれなりに気合いが入るだろうが、ジャックさんが帝国を長くは空けられない以上、無理に粘ることはきっと無い。北方の道程のように激しい疲労も無いだろう。
と、そう思っていた俺は今、肩で息をしながら鬱蒼と木が生い茂る山を登っている。
いや、山と言うよりかは寧ろ崖に近い…かな。
「なんだ。もうへばってんのかハルト。そんなんじゃこっからやってけねぇぞ」
「いや…ちょ。へばるも何も…山登りするって聞いてなかったから…、心の準備がぁ…」
「いいだろ、こっち通った方が近いんだから。ショートカットってやつだ。だがまぁ本調子じゃねぇってんなら担いでやる。いつでも言え」
「こっちの方が近いから」とジャックさんが言い放ったことで突如始まった過酷な登山。
オクトモアに到着するまでは和気藹々、何不自由無く進行していたものの、到着してからの行動は全くもって予想外。まさかまさかの連続だ。
離島とはいえ数多くの人間が拠点として暮らしている場所で近隣の大陸とも近くアクセスも良い。そのまめそれなりに道は舗装されているのだ。別に山登りをする必要は無い。
それどころか、「盗難されちゃまずいから」と言う理由でジャックさんは小型船を担いで斜面を登っているのだが、別に鎖で繋いで放っておけばいいじゃあ無いか…。最悪の場合は帝国側が異変を察知して迎えに来るだろうし。
俺とポチも船に積まれていた荷物を担いでその後ろを追っているのだが、正直言って規格外の人物が考えることはまるでわからない。一体どうしてその行動に行き着くのやら…。
「大丈夫ですか?ここまで来たら引き返す方が面倒ですよ。頑張りましょうハルト」
「お…おう…。ハァ…ハァ…。まさかこんなことになるなんて…。なんかこの人、アンデルセンに知性を足した代わりにより無茶苦茶にした感じだ…!」
ふとアンデルセンの姿を脳裏に浮かべて懐かしむ。
能力以外は割と常識の範疇だったアンデルセンと比べると、ジャックさんの行動は正しく想定外の連続で無茶苦茶だ。
正直言うと、もう帰りたい。せめて余暇の期間ぐらい、アナやクモナとのんびり飯でも食っていたかったってのが本音だ。
とは言え後ろを振り返れば既に海岸が遠くに見えるほど登ってしまっており、波音もいつの間にか消えている状況。
かれこれ三十分はクライミングに近い登山をしているため、ポチの言う通り引き返す方が面倒ではあるだろう。
(…しかし。こんな状況になると、日頃の研鑽や食事管理が形として出てくるよな…。単純な体力勝負じゃポチと戦いになら無いぞ…)
ポチは常日頃から食事や生活リズム等、自分の管理にストイックだ。その結果がここで表面化してきている。
何せ俺は疲労困憊であると言うのに、ポチは殆ど呼吸も乱さずひょいひょいとジャックさんの後ろを着いていくのだ。流石の俺も、自分の鍛錬の甘さを実感した。
やはり対人戦闘とこー言うシンプルな体力勝負は訳が違うのだろう。
戦闘中はドーパミンも出てるし、覚悟も違う。死ぬ気でやっている時ほど底にある力は発揮されるし、後退する場所が無いからこそ本気になれる。
裏を返すと、こんな感じで立ち止まってもどうにかなる場合は本気になりにくいもの。つい数ヶ月前まで普通の暮らしをしていた俺は、こう言う時に弱かった。
いや、それもこれも自分の甘さであって、直さなければならない部分なのだけれど。
「……ちくしょう…そうだ、負けてられっか…!こんなことでへばってられるかってんだ!!よっしゃやるぞぉ!」
「その息だ。俺も常にその思考を持ってやってる。だから強くなれるんだ。ライトニングさんの息子ならこんなところで終わる訳が無いだろう??」
「あぁ、もちろん!俺はあの巨人を倒したんだし、マジにこんなところで終わらないはずだ!」
「ふふん。ハルトはそうで無くては」
小舟を担ぎながらもグイグイ先を急ぐジャックさん。その姿に俺は若干怖気付きながらも、握った拳を膝に叩きつけて気合いを入れ直す。
そうして、妙に誇らしげなポチと共に、上へ上へとぐんぐん山を登って行った。
そうとも、俺は大帝を打破したんだ。一人で倒した訳では無いけれど、本来戦場に出て数ヶ月の人間がアレと戦って生き残るだけでも大金星じゃあないか。
そう考えるとなんだか自信が湧いてきたぞ。俺はまだまだやれるってそんな感じがする。こうしている間にも、反帝国同盟や悪魔教団の動きは活発化しているんだ。ウジウジ悩んでいる暇は無い。
「ふふふん。ふふん。久しぶりにハルトと二人、お邪魔虫のいない任務は快適です」
「お邪魔虫って。さてはアナのことを言ってんのか…。まぁ歪み合うのもほどほどにさ、仲良くやってくれな?俺、アナがいるからってポチのこと不要だとは思わないぜ?」
「っ!キュン…」
俺の言葉に頬を赤らめるポチ。滅私奉公が基本の彼女的には、“必要とされなくなる”と言うのが一番恐怖なのだろう。
ポチが俺に固執する理由は今のところ答えてくれていないのだが、どうもアナのそれとはまた別の理由がある気がする。クモナも確か同じようなことを言っていたっけ。
なんであれ、クモナやアナだけで無く、何よりポチの助けがあっての今の俺なのは間違いない。
だからこそやはり、その期待に応えるように努力はしなければと思うものだ。
と、そう考えていたその時ーーー
「あぁ…。…なんだぁこりゃあ。ほんと、一体どう言う状況なんだ??」
だいぶ先の方から聞き馴染みのない声が聞こえる。
声の主人は軍服のような服を纏い、その上からでもわかるほどの鍛え上げられた肉体と、大木ほどの太い両腕を持っている。
左頬あたりまで伸びた痛々しいまでの大きな傷痕。見ると左脚は靴を履いておらずサイバーパンクな義足をはめていて、如何にも荒々しい見た目だ。
だと言うのに、俺は直前までその気配に気付けなかった。
敢えて気配を隠している訳では無いのだろう。恐らく、日常的に警戒している。だからこそ、ここまで大きなエネルギーを持った存在に、声を発するまで気が付けない。
北方でいろんな人物を見てきたからこそわかる。ここまで異質で大きなオーラを保持しているにも関わらず、それを察知させないとは、シンプルに卓越した技量だ。
恐らく、獣の感性を持っていた美食家を軽々越える程に。
(……アイツの発してるオーラ…。悪人じゃあ無いにしても、怒気にも似たエネルギーが爆発的に溢れてやがる…。まさかアイツが)
鍛え上げられた筋骨隆々な腕を組み、仁王立ちして俺らの先に立ち塞がる声の主人。
彼の存在に気付けば自ずと感じ取れる、強大な威圧感。ジャックさんやイヴァン大帝ほどでは無いにしても、流石に常人ならざる純粋な力の圧を彼は放っていた。
目の前の大男が味方であろうと、敵であろうと、或いは全く関係のない第三者であろうと。近寄ることを躊躇うほどには、その存在の圧力は強大だ。
重力がそのまま真正面から押しかかってきているかのような、実体を持った威圧感とも言えるだろう。物理的にも近寄り難い。
…とは言え、この目の前の大男は敵では無いだろうと俺は推測する。
何せ、俺の光の力はあの戦い以降かなり精度を増しており、最早いちいち光の粒子を放たなくとも悪性存在の索敵が可能になっているのだ。強敵であればあるほどに事前に察知できるはず。
そもそも、もし仮に外敵なのだとすれば、俺が動くよりも圧倒的に早くジャックさんが攻撃しているはず。
ジャックさんが警戒心を上げないところから見るに、この大男は彼が見知った人物なのだろう。
即ち、遠くに立ち塞がるあの男は…。
「おぉっ。なんだ、迎えにきてくれたのか?気が利くじゃねぇか」
「気が利くもクソもねぇって。さてはジジイおめぇ、自分がやってることの異常性に気付いてねぇな?」
「なんだ、何が異常だ?特に不思議なこたぁねぇだろ?」
「おいおい…呆けるにはまた早いだろうが」
平気で約五、六トンの小型船を担ぎながら、バッサバッサ木を薙ぎ倒して山を登るジャックさん。
その姿が異常なのは万国共通なようで安心する。
うん。これで神格者では無いただの人間だってんだから、それも驚きどころだよな……。
「ジジイが来ると目立つんだよ…。すぐに誰が来たかわかる。
たまたま俺が山の整備に出てたからいいけどな、ジジイを知らねぇ俺の部下だったら武器を向けられても文句言えねぇぞ?」
「そんときゃ拳で黙らせるぜ」
「それがおかしいって言ってんだよ!今日はオマケも連れてきやがって、何企んでんだか…」
「オマケ?あぁ、ハルトのことか??」
やはり俺の推測は当たっていたみたいで、大男は割とフランクにジャックさんと会話を続けた。
規格外のジャックさんの言動にツッコミを入れつつも、そこまで動じた様子を見せない。推し量るにかなり長い付き合いなんだろう。
別段、オマケって言われたことも怒る気にはならない。どこかこの大男の言葉は自然体な感じがして嫌味が無いのだ。
俺はぼんやりとそんなことを考えながら、再び山登りを再開したジャックさんの後ろを着いていこうと歩を進めた。
ーーーしかし、
「………ぉ、え?おぉ???」
歩を進めようとした俺の脚は、地面を捉えておらず、そのまま空気を蹴ってもんどりを打つ。
空を蹴る感覚。自重を感じない肉体。下から俺の身体を押し上げる風圧。まるで無重力空間に来たんじゃ無いかってほどに身体が浮つくこの感じ…。
見ると先ほどまで抱えていた荷物も、俺の肉体からフヨフヨと離れていっている。
ーーー間違いない。俺は今、全く自分の能力を使わずに宙に浮いているんだ!
「辛そうに見えたからな、拠点までは運んでやるぜ。お節介だったら言ってくれよな」
「お、おぉ、おぉおお」
全く慣れない、未体験の感覚だ。力を入れていないのに、光の力を放出している訳でも無いのに。それどころか脚を動かすこともしていないのに宙を進む俺の肉体。
一体、この大男は俺に何をしたんだ…??
いや違う、この大男の能力は一体…。
「おい急に能力を使うんじゃねぇ!ハルトが怪我でもしたらどうすんだ!?」
「強制的に山登りさせてた奴がそれを言うかぁ普通。まぁそりゃお望みとあれば降ろすけどよ。どうだジジイ、その小型船も俺が浮かせてやるよ」
そう言うと大男は、人を招くように人差し指をクイっと動かすと、ジャックさんが担いでいた小型船をも宙に浮かした。
朝飯前と言わんばかりにふいっと浮かして、そのまま山道を運ぶその姿。小舟も、俺も浮いている、何とも異様な光景であるが、想定していた荒くれ者の姿とはいささか見当違いのものだ。
(これが…ガイル…。ジャックさんの下を離れた、荒くれ者…??)
確かに風貌は如何にもな姿であったが、口調やその能力の繊細な操作からも、どこか優しさを感じる男。
それが俺から見たガイルの初見評であった。




