第五十八話 帰還。新たな旅路
「ふー…、今日も今日とて疲れた…」
北方での大戦から早二週間。俺はリハビリと称した特訓を連日連夜続けている。
帝国に帰還して、治療を受けて、北方での出来事や敵の情報についてレポートを書いて。ドタバタしてたらなんか身体も回復してきて。
やっぱり神格者の肉体ってのはスゴイもんだなと思ったのも束の間、「回復したなら体を動かせ間抜け」とあの鉄面皮に言われ…
結局一週間前から以前のように特訓の日々が始まっている。
組手の相手は、俺よりも早く回復していたポチ。流石はクアウトリ家の血筋、ポチは北方から帰還してきてすぐに肉体の鍛錬を再開していたらしい。
途轍もない胆力だなと褒めると、「ふふん。北方での戦いで、私に足りないものがたくさんわかりました。戦闘面でも、プライベートでも」とよくわからない言葉で濁された。
まぁ、みんなの調子が戻ってきたのは良かったと言えば良かったかな。
それこそレンジやローラ隊長は負った傷が深かっただけに心配だったのだ。
ローラ隊長はコネクト能力の酷使と、戦闘で利き腕に負った深傷が原因で、以前のような抜刀術の行使は難儀するそうだし、レンジに至っては能力そのものを消滅させられ、更には弟のように可愛がっていたアンデルセンを失う始末。
当然他の面々も含め、誰も彼もが満身創痍の状態だったのは間違いない。
けれども、皆それを表に出さない。いや、表に出さないと言うよりも、その状態でも出来ることをやらなければと言う感じで、前を向いて修練に励んでいる。
そう考えれば、俺ものんびりしていられないなぁと思うものだ。
(ま、ここにいつものうるさい奴がいないのは、なんか寂しいけど…)
「おっ、ハルト。精が出るな〜」
「お、クモナ。それにアナも」
「ムッ…」
そんなことを考えていると、後方から聞き慣れた二人の声がする。ふと、声のする方向に振り返ると、中庭の端の方でクモナとアナが覗いていた。
「二人ともマジでタフだな。俺なんて疲れ果てて三日三晩ずっと寝てたぜ」
「まぁなぁ。今はなーんか、頑張んなきゃなって感じなんだよ。クモナたちも混ざるか?」
「混ざりたいとこだけどやめとくわ。言い訳すると、まだ帝国のあれこれにも慣れてないし。もちょい身体を慣らしたいってとこ」
「そっか。まぁそりゃ一週間そこらじゃ慣れねぇよなぁ。俺もそうだった気がする…」
甦る、二月ぐらい前の記憶。帝国に連れられてきて早々、唐突に始まった修行の日々。アンデルセンにコテンパンにやられて、毎日筋肉痛で体を痛めていたっけ。
今となっては懐かしい記憶だけれど、クモナやアナみたくもう少しのんびりしたかったなぁと当時は思っていたものだ。
そう。クモナとアナは北方での功績が認められたことと、神格者であることが評価され、正式に帝国に迎え入れられた。
今のところはまだ客人としてではあるものの、聴取や身辺調査等を終えれば、いずれは俺と同じ部隊に編成される予定。とりあえず現在は帝国本城内を自由に歩き回ることは許可されているみたいだ。
なんで街に出ちゃいけないのかはよくわからない。天帝様とジャックさんの反応を見る限り、クモナの能力に理由があるのだろう。
なんとなく理由はわかる気がするけれど、一旦それに関しては考えないことにした。
何故なら、他に考えなければならないことが沢山あるから…
「ねぇハルト。特訓が終わったならお昼を食べに行きましょう?私、まだこちらの食事には慣れなくて…ハルトにいろいろと教えて欲しいのだわ」
「…ムッ。それは出来ません。義兄様…いえ、ハルトはこれから総隊長に呼び出されているのです。貴女に付き合っている暇が無いぐらい忙しいのですよ」
「でも聞いたところによると、時間は決まっていないのでしょう?だったら、お昼を食べてからでいいと思うのだわ」
「では、私が付き添います。私とハルトの二人が呼び出されていますので」
「………」
問題その一。それはいつの間にか犬猿の仲になっているポチとアナの関係性。
いつから…いや、冥界領域を脱したあたりからと言うのは覚えているのだけれど、どうしてこんなに不仲になっているのだろう。
そりゃあいくら鈍感な俺でも、理由は何となくわかる。
冥界領域を脱出した後、「あんな姿を見られたら、責任を取ってもらう他ないのだわ」とアナに言われた時に色々と察したものだ。
ただ、ポチも色々と世話を見てくれてる訳で、急に現れたアナが立場を脅かしてきたなら、心穏やかでは無いのだろう。
結果として二人の会話は常に口論じみたものになってるって話。
とは言え、目の前でやられると流石にバツが悪い。どっちを優先するとかそう言う話で無くて、シンプルに仲良くして欲しいよね。同じ部隊に配属されるんだから。
あとそもそも、俺は酒と女が苦手だ。
「…てことでクモナ。どうにかしてくれ」
「ん〜、罪な奴だぜ。俺は知らんぞー」
「いや勘弁してくれよ。ジャックさんに呼びつけれれてんのはホントなんだからさ。油売ってる場合じゃ無いのはマジなんだってば」
問題そのニ。ジャックさんからの呼びつけ。
実際ジャックさんも性格的にはアンデルセンと似たり寄ったりで、竹を割ったような性格。まず思いつきで俺を呼びつけることが多い。
急に呼びつけて盃を交わしたり、外に飯を食べに行ったり。北方で疲弊した俺を気遣ってくれてのことだろうが、急に呼び出されるとびっくりするんだ。
今日も今日とて、昼過ぎにジャックさんの執務室へと来るように命じられた。それもポチと二人で。いつも通り理由は明かされずに。
一体どんな用なのか。ともかく気持ちは中々に落ち着かない。せめてどんな用事かわかっていれば気楽にいられるんだけどなぁ。
「しゃあねぇな〜。ほらアナ。割とリアルに今日は用事あるんだってよ。なんだかんだでいっつも飯は一緒に食ってるじゃあねぇか。今日は我慢だ我慢」
「もー。クモナはあっちの味方をするのかしら?」
「そー言う訳じゃねぇけどよぉ…。今日だけよ、今日だけ」
「ふふん。そうですよアナスタシアさん。今日は我慢です」
「むっ…ちょっぴりムカついたのだわ…。じゃあもういいです。私帰ります。でもハルト、夜は待っていますから」
「あっ、アナ…。おいおい結局かよ」
ふいっとそっぽを向いて帰って行くアナ。
俺は知っている。これは追いかけて欲しいってことなんだよな。
でも俺は知ってる。これを追いかけるとだいぶ長引くってことも…
「はぁ、全くハルトは手がかかるなぁ。仕方ねぇ、俺があっちは面倒見とくから、とっとと総隊長さんのとこ行ってきな」
「悪いクモナ。ごめんよ…」
「いいよ。その代わり夜はちゃんとアナのとこ行ってやれよな。あと、ごめんじゃ無くてありがとうな。また追い詰めんなよ?」
「あ、あぁ。ありがとう、クモナ」
俺の言葉に、サムズアップしたクモナがアナの後を追う。
それを見て俺は、やっぱりみんなに助けられてるなぁと実感した。
そうさ。大変は大変だけど、クモナの言う通り前を向いてやってかなきゃ。レンジやローラ隊長、それにまだまだ体調が元通りになっていないマヤウェルさんたちも、次の作戦の準備をしているらしい。だったら俺だって負けてられないさ。
人間関係もそうだし、これから始まるであろう任務もそう。もうあんな風に落ち込むことは無いようにしなきゃならない。
(…じゃなきゃアンデルセンに、顔向けでしないしな)
「?ハルト。どうしましたか?」
「……いや、何でも無いよ。俺たちもジャックさんのとこに行こう。アナにも悪いし、とっとと終わらせなきゃな」
そう呟いて俺は、陽の当たる中庭を後にして、汗を流しに浴場へ向かう。
ジャックさんのところに向かうために、準備を整えた。
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「で、ジャックさん。話って何ですか?」
中庭を出てから約三十分。足早に水を浴びて汗を流した俺は、すぐにポチが(勝手に)用意してくれていた服に着替えて執務室へと向かう。
既に扉に手をかけて待機していたポチに恐怖を押し殺した感謝を伝えると、俺はすぐに中に入って執務机手前の長机へ座るのであった。
「どうしたハルト、随分急かすじゃ無いか。折角来たんだからまずはゆっくり珈琲でも飲め。美味いのを淹れるぞ。それともあれか?飯でも食いたいか?持って来させるぞ」
「いや、嬉しい…ですけど。ちょっぴり急ぎ目で…。てゆーのも、待ってくれてる奴がいて…」
「ん?…あぁ、さては北方の皇女か?俺はそう言うのにとやかく言わんが、よく考えて動くんだぞハルト」
「あぁ…わかってます。ーーーって!違う違う!とりあえず早く話を!」
白髪混じりの黒髪をかきあげながら、のんびりと珈琲を淹れる大男。俺は見かけによらず繊細な動きをするジャックさんに驚きつつも、視線で会話の展開を催促した。
やれやれ。と言わんばかりに手を止めるジャックさん。
隣に座ったポチもやや気怠げな様子だったので、何か察してくれたのかな?
「ジャック総隊長。私は珈琲は不要ですので」
「あぁ、そうか。そんなに急いでんのか。話ってのはそんなに突飛な話じゃあ無いんだがな」
「いえ、私はカフェインは摂らないようにしているだけで」
「ん?うぅむ。まぁいい。とっとと始めるか」
相変わらず体作りにストイックなポチを側視し、ジャックさんは執務机手前、俺たちの対面に腰掛ける。
「そうだな、俺は口下手だからなぁ…どこから話すか…」
「…えぇ、話すこと決めてなかったんですか…」
「おう。だいたい俺の会話は勢いよ。そうだ。時にハルト。お前に階級については説明したことあったから?」
「いや、ジャックさんからは無いです。けどアンデルセンからさわりだけ聞いたかな?」
そう。帝国軍は一応軍隊だ。創設者の意向でそこまで堅苦しく階級分けはしていないものの、隊長や副隊長と言う役職以外にも、個々の力を測る指標が存在する。
それが“太陽の位”だ。それぞれの階位に応じて一から五までの太陽を模したバッジが配布されるシステムになっている。
新人の兵士はバッジが一つ。功績を重ねるごとにその数は増え、四つのバッジを手に入れると副隊長の任につける。更に五つ目のバッジを手に入れることで晴れて隊長としての任務につけるのだ。
更にその上。特等兵と言う位もあるのだが、それはジャックさんや一部の特殊な兵士にしか与えられない特別な称号なので、俺たちには関係ない。
…と、アンデルセンが教えてくれたっけ。
ちなみにポチはクアウトリ家所属なので階級は無し。アンデルセンはバッジ四つのニ等兵。レンジは五つの一等兵だ。
「しっかし、みんなランキングとか称号とか付けるの好きだよなぁ。なんかあれだっけ。世界の猛者たちにも位があるんだっけ」
「それはきっと“皇帝級”の話ですね。大兄様。ジャック総隊長。セプテムのユリウス王。神樹ヤマト王。それに反帝国同盟盟主のアンガス。この五人が世界の実力者です」
「それよそれ。ポチは物知りだなぁ」
「ふふん。そうでしょう。皇帝級に次いで大王級もいるんですよ。その話も聞きますが?」
「おいお前ら、急いでんじゃなかったのか?」
男の子なら誰でも興奮しそうな話題を話す俺たちを、ジャックさんが諌める。
若干むくれた顔をするポチを端目に、ジャックさんは珈琲を啜ってから話を続けた。
「まぁいい。それなら話は早いってもんだ。二人も薄々わかっているとは思うが、今帝国は人材難が喫緊の問題になっていてな。
増長する反帝国同盟。昨今再び活動が活発化している悪魔教団。その上、我々と相互援助条約を結べていない強国も相乗的に武力を増していて目が離せん。今回の戦いでローラやレンジは深傷を負い、アンデルセンは死んだ。現状戦闘向きの二等以上の兵士があまりにも足りん訳よ」
「ううん………」
「すまん。責めるつもりは無いぞ。数年ぶりにあの用意周到な反帝国同盟の幹部を打破できたことは喜ばしいことだ。ただし、それと人員不足はまた別で考えなければならんのよ。階級が上の兵士にしか任せられないこともあるしな」
「確かに…そう、ですよね」
ジャックさんが言った人員不足の話。それは俺にとってやや耳が痛い話である。
今更後ろ向きになることは無いが、俺がもっと力を付けていれば何とかなったことかもしれない。そう考えるとこの人員不足、自分がどうにかしなければとも思うのだ。
現状一等兵のローラ隊長とレンジがその力を減衰させ、二等兵だったアンデルセンは死んだ。反帝国同盟の幹部は確認出来ているだけでも後四人いるそうなので、このままのペースではまずいと素人目でも理解出来る。
とは言え、まだ俺は三等兵。先の戦闘での功績が認められて二回級昇進したものの、まだ部隊を率いることが出来る立場では無い。
(となると、今の俺に出来ることは。ジャックさんの話を聞くことぐらいか…)
しかし、その話と俺たちを呼びつけたのには何か関連性があるのだろうか?
そんなことを考えていると、まるで俺の思考を代弁するかのようにポチが言葉を発した。
「ふぅ…。言いたいことは理解出来ます。それで、私たちはどうすればいいのですか?」
「なんだ結局、急ぎ過ぎだぞ。まだ部屋に入ってから二、三分じゃあねぇか。…まぁいい。俺も事務作業ばっかじゃなくて、トレーニングしたいしなぁ」
「どうすればいいのですか?」
「チッ。わかったよ。とにかくお前らには頼みたいことがある。俺と一緒に外に出るんだ。とある奴を呼び戻しになぁ」
「…とある、奴?」
とある奴。そう言ったジャックさんが眉間に皺を寄せてこめかみを抑える。
まるで我が子のことを話すかの如く面倒くさそうに、しかしどこか情があるような表情で。
「数年前。反帝国同盟にやられた国の、戦士隊の生き残り。単細胞で昔の俺を見てるようでなぁ。一度は帝国で面倒見てやったんだが、どうも馬が合わなかったようでこっから抜けた奴がいる」
「えぇ、ジャックさんの下にいて馬が合わなかったんですか?じゃあそれ今でも無理なんじゃ…」
「いぃや。あの野郎が抜けたのは、まぁ半分ぐらいは俺の責任だ。俺にライトニングさんみたいなカリスマ性がありゃあぁはならなかった。だが今は、その息子がいるだろ?」
「んん…俺、かぁ。ホントに俺がいてどうにかなるもんなんですか?それ」
今の話だけを聞いてると、俺がいたところで説得できる未来は見えない。
ジャックさんの元にいても帝国を離れた兵士。それはもう荒くれ者に他ならないだろう。無愛想なレンジや、快活なアンデルセンとも違う。不良の気配を俺は感じる。
隣のポチは「大帝を倒したハルトがいれば、絶対大丈夫です」と太鼓判を押してくれるが。いやいや、俺にそこまでの力は無い。
ネガティブになってるのではなくて、正直会いたく無いなぁと言う気持ち。
「どうにかするんだよハルト。じゃなきゃこの先ジリ貧だ。俺らはあの野郎を連れ戻さなきゃなんねぇ」
「うう…でも、ジャックさん。あの野郎ってのは結局、一体どこの誰なんですか?」
「あぁ、あの野郎の名前か?あいつの名前はガイル。曲がったことが大嫌いで社交性のない大馬鹿もんさ。今はここ帝国の近くの離島、オクトモアとか言う場所で義勇軍を立ち上げて暴れ回ってる」
「う、うぇー?」
俺は思わず、感情を顔に思いっきり出してしまう。
ジャックさんにも従わない、社交性が無く、荒くれ者のガイルさん。
兎にも角にもお会いしたくない。そんな存在を連れ戻す旅が今、始まろうとしていた。




