幕間②
「ーーーそうか。そんな退屈な結末か」
帝国側の軍勢と屍人側の軍勢が繰り広げた、北方の命運をかけた戦争。それはやがてあらぬ方向へと舵を切り、最終的に帝国側の神格者対大帝一人と言う構図になった。
結果、国一つを更地にするほどの戦闘を経て帝国側は勝利。大帝は消滅。
同じく屍人の主人であるマリアも死亡し、彼女は最後の力でアンデルセンやシャーロックと言った屍人の残党を消した。
即ち、全ては終わったのだ。
有力な屍人は漏れなく消滅し、残るは運良くエルギンから逃げた数名の屍人のみ。力を持たぬそれらは蓄光型照射機のみでも数日の内に方がつくだろう。
遂に北方は、平穏を取り戻したと言える。
恐怖に支配されていた市民は解放され、大帝が侵攻を始めて以降およそ二十年に渡って停滞していた冬の大陸は激戦の果てに暖かみを得た。
ーーーさて、そんな激戦を眺めていた人物が一人。
『霜の神格者』にして“冬の眼”と呼ばれた男。ジェントリーである。
首だけになり消滅を待つだけだった彼は、能力で自身を永久凍結し遠方から戦闘を眺めていたのだが、大帝が打破されたことに退屈そうな表情を浮かべると、氷の中で嘆息を吐いた。
「屍人じゃなければ、奴が勝ってたな。所詮、屍人は屍人。俺も含めてか…。くそっ、退屈に変わりねぇじゃねぇか」
やはり彼の心中を満たすのは人生への倦怠感である。
退屈で刺激のない毎日。間延びした時間の浪費。屍人として目覚めた時も徒然なる時間を過ごした。
それを凌ぐために大帝を使い刺激を求めたが、前回は大帝の本領を見る前に倒され、今回はその大帝が戦闘に敗れたため、結果暇つぶしにもならない。
彼は大帝が勝利し、その破壊の道程を眺めることが出来ると無い胸を踊らせていたが、そうはならなかったのだ。
(あの時もうまくいかなかったしな。大帝を買い被りすぎていたか)
あの時。そう、十八年前のあの大戦。
敢えて事の真相を語るならば、十八年前の大戦の引き金となったのはジェントリーであった。
大帝の身体を蝕んだ病の正体。それは他でもないジェントリーの冷結の能力だったのである。
大帝は北方を支配するべく力を付けていたのだが、帝国を始めとする敵対勢力への対策を練るために途中から動きを慎重にしていた。
当然と言えば当然の行動だ。帝国はその時、反帝国主義との戦いに明け暮れてはいたものの、下手をすればジャックのような猛者が大帝を止めるべく出陣してくるかもしれない。
しかしそれを良しとしなかったのがジェントリー。
及び腰になっている訳では無いのだが、足元を確かめるように深慮を巡らせる大帝に飽きてしまったのだ。
故にジェントリーは、大帝に気付かれぬよう慎重に慎重に。霜で内部を侵蝕する。
重要な臓器のみに焦点を絞り、その機能をじわじわと失わせることのみに心血を注ぎ、まるで病に蝕まれたかのような現象を大帝に発生させることに成功した。
そうなれば大帝は焦燥から侵攻を早めるだろう。先が長く無いと考えた大帝は、そこから決死の猛攻を始めるだろう。
ジェントリーはそう考えた。
そして、ジェントリーの策略は実を結ぶ。
大帝はその後侵攻の頻度と規模を拡大し、一刻も早く北方全土を掌握するべく活発化したのである。
霜による冷結は活動に支障の出ない範囲に設定していたため、大帝の強さが大幅に減衰することは無い。大帝はジェントリーの目論見通り大暴れし、最終的に北方全土を巻き込む大戦争を引き起こした。
とは言え、それが自分の目で観測できないのであればまるで意味がない。前線にいなければ退屈は凌げないどころか、自分が死んでしまっては元の木阿弥。
生前シャーロックの策略に嵌り、大帝よりも先に命を獲られたジェントリーは、今度こそ大帝の暴をその目に焼き付けんと躍起になっていたのだ。
その結果があまりにも彼にとって退屈なものになるとは知らずに。
「結果がこれじゃあな…、何もここまでする必要は無かった。とりあえずこれをどうにかしねぇと」
大帝が勝利すると信じての永久凍結。屍人側が勝利すれば、首だけになり活動不能に陥った自分もどうにかこの先を作れるだろう。
と、考えていたのだが、さて屍人側が敗北してはそれは中々に難儀する話だ。
退屈を凌ぐためにどうこう。では無く、まず自分がこの場から動く手段を考えなければならない。
残されたエネルギーで周囲の物質を冷結させ、滑るように移動するか?
否、移動できたところでその先に策が無ければ意味がない。この場所から移動できたとて、大帝によって更地となった元エルギンの街に取り残されるだけだ。
であれば誰かを呼ぶしかない。何者でも良い。誰かを呼びつけ、自分を運ばせるしか選択肢が無い。生き残った屍人でも呼びつけられればその肉体を乗っ取れるかもしれないから。
とにかく、誰か人を呼ばなければ。ジェントリーはそう思案していた。
ーーーその時。
「んん〜…愉快な光景。発見」
「?…、誰だ。お前」
ふと、ジェントリーの背後に佇む人影。
白い僧侶服を纏い、眉毛も睫毛も髪の毛も全て完璧に剃られた異様な頭部を備える青年。
目深くフードを被ってはいるものの風で靡くとその異様さが見え隠れし、なんとも言えない仰々しさを演出している。
一目で一般人では無いと判断するジェントリー。となればマリアの協力者か誰かかとも推測したがそれにしては面識が無く、流石の彼も一瞬たじろいだ。
(なんだ、コイツは…底知れない闇を感じる奴だ。まぁ同種ではあるんだろうが、正直言って近寄りたく無いぞ)
すぐに白い男を睨め付けるジェントリー。されど男は微笑を顔に貼り付けたまま、ピクリとも表情を動かさずに言葉を続けた。
「んっ、失礼。愉快故に、微笑。屍人はそんなことも出来るのですね」
「どこの誰だか…答える気はねぇってか。まぁ良い、どこの誰でもな。見ての通り俺は動けないもんで、とりあえずどこかへ運んでくれねぇか?」
「んん…、不可思議…。何故動けぬ状態になってまで生きようと思うので?不愉快。早く死んだ方が我らが主のためかと」
「我らが主?……あぁ、なんだお前、そう言うことか」
ジェントリーが何かを理解した様子で目を伏せる。
「…厄介なのを引き寄せちまったな。だけども、それを答えれば俺を動かしてくれんのか?」
「んん、初対面故に、まずは検討。そんなところ」
「そうかい。ま、端的に言えば、答えは“趣味”だ。
きっとコイツなら俺が予想してないことをする。そんな予想だにしない光景が見たいだけだ」
「…んん〜。それはそれは。初対面しかし、激しく同意。好奇心が故の行動に同意です。
知らないものは見てみたい。知ってるものも全部見たい。…やはり生きているのなら、前代未聞を見たい。その気持ちは抑えられません」
「まぁ。お前らほど、行き過ぎてはいないが」
ジェントリーの背後に立っていた僧侶服の男は、ジェントリーの発言を聞くと興奮したようにしゃがみ込み、彼の生首を覗き込んだ。
どうやらジェントリーの言葉が怪しき彼の心を掴んだようだ。
三白眼をぎょろつかせながら双眸を覗き込む男に、ジェントリーは溜息を吐く。
男が何者であるかある程度見当がついているからこそ、これ以上無駄な問答をしたくは無かったのだ。
シンプルに現状を脱するところまで自分を運んでくれればそれで良かった。
何故ならジェントリーが相対しているこの男はーーー
「まぁいい。で、運んでくれんのか?正直ここじゃなきゃどこでもいいが」
「んん…、あぁ失敬。そうでした。そう言う話でした」
「数秒前の話だぞ。もう忘れたのか?それともお眼鏡に適わなかったか?」
「んんん…。んんん…そうですね。そうですねそうですね。ーーー良いでしょう。運びますよ」
ニヤリと口角を先ほどよりも吊り上げ、取ってつけたような笑顔で応じるローブの男。
一瞬悩んだように見えたが、おそらく同意を得られたのだとジェントリーは安堵した。
もっと脅迫じみた取引も可能だったかもしれないが、相手が相手だったからこそあまり刺激するような真似はしたく無かったのである。
ーーーが、ジェントリーは直後に後悔することになる。
相手を侮っていたこと。相手を軽んじていたこと。あくまで大きな取引であれば対等にやれると油断してしまったこと。
何よりも相手の異常性と凶悪さを閑却してしまったことを。
「んん、決定。ではでは、どこでもいいと言うことで。一旦、海底。なんかでどうでしょうか?」
「……は??何を言ってやがる。どこでも良いとは言ったが、そう言う意味ではねぇだろ?」
「ん……、不可解。ではどう言う意味でしょう。安心して下さい。いずれ引き上げます」
「…チッ、意味がわからねぇ。俺はただ、人がいる場所ならどこでも良いって言ったんだよ。お前がどうしてここにいるかも興味がねぇが、どうせどこかへ行くならばそこへ運んでくれって頼んでるだけだ。なんの不都合もないはすだ」
「ん。同意。えぇ、それはそうかと」
淡々と。さも平然のように僧侶服の男は言葉を続ける。
ジェントリーが何を言おうが、気にも留めないと言わんばかりに。
「だったらっ、なんで一旦海に沈めるんだよ!いずれ引き上げるなら敢えて沈める必要がねぇじゃねぇか!?」
「んんん。はてさて。あなたがそれを言うのです?」
感情を露わにするジェントリーに、語気を強めぬままの男。
ここで既に、相手の性質を一顧だにしなかったことを悔やんでいたジェントリーであったが、しかしながら彼が更に悔恨の情を膨らませるのはこの直後の台詞。
黒いローブの男は、一層口角を上げ、目尻を落とし、より不気味な笑みをジェントリーに見せると、たった一言の言葉を彼に向かって放った。
「それはもう、好奇心故!でしょう?
首だけになっても死なないのでしょう?そして退屈を嫌うのでしょう?ならばそんな方が海底に沈んで何十年、何百年と経った後にどんな顔になるのか。それが見てみたいと思うのは私だけでは無いはず!やはり!知らないものは見てみたい…!やはり好奇心がっ、人を成長させるのですよ…!!」
「………。貴様ら……異常だ…!あまりにも!!」
「んん〜!異常性!!当たり前に良い響きです!褒め言葉でしかありません!!では!!!」
そこまで発すると、僧侶服の男はジェントリーの生首を両手でしっかりと抱え、荒廃した土地を後にした。
彼が何故、エルギンの街にいたのか。そして彼の目的はなんだったのか。それを知る者は、今ここには存在しない。
それどころか、彼の顔も所属も、その名前ですら、誰も知らなかっただろう。
だが、帝国はすぐに、彼の存在を知ることになる。
数ヶ月後に起こる大事件によって、彼の名前は世界中に轟くのだ。
ーーー大帝よりも数十倍悍ましく、数百倍禍々しい。正しく頂上的な恐怖の存在が復活するまで、後二月。




