幕間①
北方での戦いが終わって数日後。
とある島の廃城にて不穏な空気が立ち込める。
肌を突き刺すように鋭いのに、何故か纏わりつく。瘴気にも似た密度のある圧迫感。
その不穏さの出処は、古城三階辺りに位置しているとある部屋だ。
中央に配置された重厚なオーク材の長机に、磨き上げられた銀の燭台。どこかの国の紋章が飾られた壁と、天井からぶら下がった豪勢なシャンデリア。
冷たい湿気はあれど塵や埃はまるで見受けられず、剥がれ落ちていたであろう深赤色の壁紙も、ひび割れかけていた大理石の床も、全て綺麗に修繕されている。まるで廃城とは思わせない整頓された部屋だ。
集ったのは五人の男たち。
上座の背後に空いた大きな窓から覗く月光。シャンデリアと燭台の蝋の灯火。二つの光が各々の表情をぼんやりと照らした。
一人は鋭利な刃物のような視線を方々に向け、貧乏揺すりで苛立ちを隠さない男。
彼の眼球は色が反転しており、額から左眼へと乱雑にかき上げられた前髪は蛇の鱗のように爛々と眼光を反射していた。
ギラついた真紅の皮のジャケットと、首元に見え隠れするタトゥー。例えるなら粗暴なロックミュージシャンと言ったところが。
その対面に座るのは長身痩躯の神父だ。両頬あたりまで伸ばされた顔周りの髪は光を反射させる程流麗な金色をしており、スータンを着用している美丈夫。
十字架のネックレスを首に下げ静かに瞑目したその姿からも、彼の落ち着きようが伺えると言うものだ。
同様に、隣に座る黒いローブの人物も沈着している。
足元まで伸びたローブのフードを顔の前で留めた異様な風貌。
そのため表情はまるっきりわからず、その人物の性別すら不明であるが、泰然とした態度は余裕さを表していた。
「息災でしたか?ジャスティン」
「………」
「あぁ、そうでしたか。それは苦労しましたね」
「………」
そんな黒いローブの男に、神父は和楽した会話を交わす。
片方は目を閉じたままで、片方は無言。どうやって意思疎通を取っているのか不可思議な状態ではあるものの、この二人は親密な関係性のようだ。
しかしながら、二人の対面は明らかに温度感が変わる。ローブの男の対面に座るのは、見るからに歪んだ性格の持ち主。
ややウェーブがかったブラウンの髪に太めの眉。サングラスの奥に見える赤色の眼と、安定しない瞳孔。夏場だと言うのに分厚いダウンパーカーのチャックを首元まで閉め、怯えと殺意の間で身体を揺らす。時に口端から涎を垂らす姿は正に飢えた獣のよう。
されど、場にいた誰もが彼の挙動に口を出すことは無く、苛立つ蛇の様な眼の男もその存在を気に留めない。それはこの人物が集結した七人の中でも有数の力を持っているからであろうか。
否、或いは彼の隣に座る人物が いつでも静止できると言った顔つきだったからかもしれない。
「ーーー落ち着け。誰もお前を襲うことは無い」
「えぇ…えぇわかっていますとも…。よーくわかっています。別に怖いことはないんですよ…今のところはね…」
その人物は落ち着かないダウンコートの男を静かに静止した。
シンプルな貴族服に身を包み灰色髪を眉上で短く整えた様相。そして先の会話で見せた穏健な言い回し。クマのある窪んだ双眸でその場を臨察しながらも、空気を保つことにも余念が無い。
同時に、衣服の上からでもわかる鍛え上げられた頑強な肉体、そして机の上に置かれた両方の拳で常に放っている圧力。
ダウンパーカーの男の実力はともかくとして、彼が全体の抑止力になっていることはまず明白だろう。
上座から見て右側にいる二人に落ち着きが無くとも、彼がいるから問題ない。各人はそう判断しているのかも知れない。
さて、そんな状態の部屋に入場してくる人影がもう一つ。
どこからともなく、一瞬のうちに音も立てず、予兆も無く。長めの黒髪を大きくかきあげた男がその場に参上する。
「ーーー失礼。呼び出した俺が遅れた。だがまぁ、許せよ。そんなに長引くものじゃあないしな」
この集団の長と思わしき男は、上座に座るなりどかっと脚をテーブルに乗せる。
そして椅子の後ろ脚を軸にクラクラと体を揺らしながら手の上で二つの球を転がし、全体を睥睨した。
「それよりなんだ?急に俺の言うことを聞く気になったか?呼んで集まるだなんてお前たちらしくねぇじゃねぇか」
「ド派手にバカにしやがって。そりゃ烏があんな威圧感で話してきたらヨォ、誰だって来るってもんだろォ?まぁ来てねぇ奴らも複数人いるがなァ」
「ははっ、なんだお前。威圧感に屈するタイプだったかチャールズ?俺の知ってるお前はもっと単純だがなぁ」
「んだとォ?バカにすんのもいい加減によろォ?こっちはテメェのために集まってんだろぉがよォ!」
「怒んなよ。別に喧嘩をふっかけてる訳じゃあねぇだろ?なぁホシミヤ、ジャスティン?」
チャールズ。そう呼ばれたロックミュージシャン風の男が更に苛立ちを露わにしたのに対し、リーダー格の男は嘲笑を浮かべながら左側に座る二人に声をかける。
「知りません。私はただ、好奇心のままに動いていたらここに来ていただけなので」
「嘘つけ。相変わらず訳のわからねぇことを言いやがる。おい、お前がなんか言ってやらねぇと一生このままだぞコイツ」
「………」
「ん、あぁ。喋れねぇんだったか」
ただし、神父・ホシミヤの返答は芳しくなく、黒ローブのジャスティンは終始無言。なかなか煮え切らない会話が続く。
ホシミヤはと言うと相変わらず瞑目したまま穏やかな表情を崩すことは無く、ジャスティンに関しては誰がなんと言おうと我関せずだ。
結局、依然として話は進まず、ここに皆が集った理由もまだ判明していない状況。
そんな状況に苛立ちが限界を迎えたチャールズが、机を蹴り上げようとするのだが…
「おぉ、怖い、怖いなぁ。怒って暴れようとするなんて……」
ダウンパーカーの男が、チャールズに言葉をかけた。
「…んだと殺人鬼。文句あんのかヨォ」
「文句は無いが、駄目じゃあないか。今日も集合時間に遅刻して、挙句暴れ回ろうだなんて、自制心が無い。人としての品格の問題だ……」
「おい良い加減にしろよ殺人鬼。テメェが品格を語んるんじゃあねェ。悪魔教団のゴミ程じゃあねぇが、テメェもやっぱり気に入らねぇなァ。かっこよくねぇんだよテメェらみてぇに平気で人をぶっ殺せる奴はなァ!だったらこっちからぶっ殺してやるよぉ!」
「…それが、君の本音か……。嘘をつかない人間は好ましいけど、ここまで殺意を向けられたら、僕としても自衛のために刃を取らざるを得ないな……」
チャールズの憤懣を加速させ、神経を逆撫でする様な対話。
あろうことか、チャールズとダウンパーカーの男は互いに臨戦体制に入る。
一触即発。正しくそんな展開だ。
やれやれと言わんばかりに額に手を当てつつ、その展開を面白がりほんのりと口角を上げるホシミヤ。
されど、その対面に座っていた男は、二人のボルテージが上がったのを確認するとゆっくりと視線を動かした。
「ーーー少し。黙れ」
そうして、異様な圧力を発し続けていた貴族服の男が、一瞥と拳の圧力のみで二人を牽制する。
あと一歩で戦闘に発展していた両者も、彼の言葉にジリジリと引き下がった。
チャールズは憮然とした表情を浮かべ舌打ちするがそれ以上はせず、貧乏ゆすりをしながら椅子へと座る。
「とっとと始めろアンガス。コイツらの我慢が効かなくなる前に」
「おうそうだな。確かにお前の言う通りだ、レオ。俺に意見するのは心底気にくわねぇが、お前ならいい。始めるとするか」
チャールズを静止したレオと呼ばれる人物。
ここまで嘲笑的で高慢な言動しか取っていなかったリーダー格・アンガスも、レオの発言には素直に食い下がり、嘲笑的な笑みを抑えた。
そうしてしばらくの間、健身球をシャラシャラと回した後、やや表情を引き締め口を開く。
「この部屋が無事なうちにとっとと話そう。
単刀直入に言うとだ。とある存在が出てきたことをお前たちに話さねばならんかった。だからここに呼んだ。そこまではいいな?」
「とある存在だァ?」
「あぁ。俺が死ぬほど欲した存在だ。そんで、悲願成就のために必須のパーツでもある。
だと言うのに、あの女。俺にその存在を隠していやがった。俺に知らせろと言ったのにな。どう思うチャールズ。お前はそんなことしねぇよな??」
「あァ?なんだあの女って。また話逸らしやがってーーー」
「ーーーなるほど。あの小娘がここに来ていないのはそれが理由ですか」
アンガスとチャールズの会話に、神父ホシミヤが横槍を入れる。
「魔の者は兎も角として。野心があり、地位を欲するあの小娘がここにいないのは不自然。そう思っていたところ。もしや、帝国に動きが?」
「お前は聡明だな〜ホシミヤ。俺は聡明な奴は好きだ。会話がしやすい。そしてお前の推測通りのことが、つい先日まで起こっていたっつー訳だ」
「それはそれは……。…実に良い。実に良い展開です。
小娘は光の神子を捕捉していたが、それを自身の切り札にすべく存在を伝達しなかった。結果帝国に攻め入られ、屍人諸共自滅。きっと最期の瞬間には自分の力不足を嘆き、自分の選択を呪ったのでしょう。いや、排他した人々に謝罪でもしたかな?気になると言うもの…」
「っ。俺は聡明な奴は好きだが、気色の悪い奴は嫌いだ。まぁ俺が説明する手間も省けたと考えりゃいいんだが」
ホシミヤが恍惚とした表情を浮かべるのに対し、アンガスは顎を触り鬱陶しそうに顔を顰める。しかし言っていることは間違っていなかったため、そこまで痛罵することもなかった。
アンガスがこの場に自身の部下たちを集結させたの理由はホシミヤの言う通りであるのだ。
マリアがハルトの存在を自分達に隠し、その上で敗北しみすみす取り逃がしたこと。
ハルトを狙う理由も、何故ハルトが帝国にいることがバレているのかも、ここにいる六人以外には知る由も無い。が、とにかくそれだけが彼らにとって多大なる問題なのである。
アンガスは嘲る様な態度を完全にやめ、真剣さと威圧感を孕んだ口調で全員へ視線を向けた。
「いいか?この組織は自由を保証する。仲睦まじくやる必要も無ければ、必ずしも俺の命令を聞く必要も無い。…まぁ、聞かせるが。
ともあれ、敢えてそれを糾弾する必要も無かった。何故だかそうする必要が無かったからだ。だが、」
「……」
一瞬にして、部屋中の空気が棘を持つ。
「こうなってしまってはそうも言っていられん。元来逸れ者の集まり。俺とお前たちは同志、立場上対等だが、体裁上は俺が纏めねばならん。大願を成すまでは、ある種規律に似た何かを敷かねばならんのは組織の定めよ」
「つまり。背信は許さない、と」
「そうだ。だが俺に対する背信では無い。組織に対する背信だ。
俺たちがここに与しているのはただ一つ、目的が同一であるからで、それ以外には何も無い。故にこそ、その一つすら共有できぬと言うのであれば…。まぁ、後は敢えて言わんでもわかるな」
衣服の摩擦音すら聞こえてきそうなほどの緊迫感。
五人は依然として各々の調子を崩さないが、アンガスに対して意を唱えることもなければ、その言動に対抗心を燃やす者もいなかった。
それは血の気の多いチャールズも同様。誰もが沈黙を貫いている。
アンガスの言葉にはそれだけの冷ややかな怒りが内包されていたのだ。
しかし、その後しばらく続いた沈黙を破ったのもチャールズだ。
「…だったらヨォ…あのクソ野郎は何してんだよォ?」
彼が、ここに来ていないもう一人の幹部について言及する。
「ここに来ねぇってのは、それこそ一番の背信じゃあねぇのかァ??」
「奴がお前たちと同じ役割だと思うか?お前たちは同志だが、奴はまた別よ。揺動、誘出、声東撃西。取り逃がした光の神子を捕らえるため、既に手は打ってある」
「そうかヨォ。だったら安心したぜ。アイツはすぐ死ぬんだなァ?俺は悪魔教団のゴミどもは好かねぇからなァ」
「それに関しちゃ同意だな。だが、今は奴の存在が帝国にとって大きなノイズとなる。無論、それが俺たちにまで波及する前に処分するさ」
「そうかィ」
ひらひらと手を振り、ここにいないもう一人に対して憎悪の感情を向けるチャールズ。
そんな彼の様子を白眼視しながらも、しかしやや鋭い目つきでアンガスは注視した。
その視線にはなんの思惑と思案が内在しているのか。それがわかるのはまた数ヶ月後の話。
とにかく、アンガスは立ち上がると、会議は終わりだと言わんばかりに長机へと背を向ける。
「とにかく。時間は有限、長話は得意じゃ無い。時間は有効に使っていこうじゃあ無いか。
ーーー共に天帝を堕とすべく、死力を尽くしていこう。同志諸君」
そうして、彼は一人、廃城の部屋を後にした。




