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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU
第一章 北方攻略編

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第五十七話 それぞれの北方攻略

 






「おねぇ様…私……」




 ハルトの光が大帝を貫いたその頃、やや戦場から離れた荒野にマリアとアナスタシアは佇んでいた。





「いいの…。もう、いいのよアナスタシア…」





 佇む。と言っても、マリアはアナスタシアの腕の中でぐったり力無く抱き抱えられているだけ。

 大帝の動きを止めるため、瀕死の身体で能力を行使した影響は極めて大きかったのである。




 復活した大帝に斬り伏せられたマリアは、アナスタシアの能力によってどうにか命を繋いでいたものの、そこから覚醒することは本来不可能であったはず。

 何せ背を斬られ、滂沱と血を流し、気力も何もかも流出した後であったのだ。シペトテックのシェルターは劇的な環境変化からも姉妹の身体を守ったが、それが回復に直結する要素かと言われればまた別の話。




 兎も角、如何に神格者であっても、如何にアナスタシアの能力が万能でも、マリアは数日の間、動くことすら許されない状況だった。




 が、妹の声に呼応して奇跡的に目覚めたマリアは、あろうことかその身体で能力を行使した。それも自身よりも圧倒的格上の存在である大帝を縛るための行使。




 当然代償は、マリアの命の終わりと言った形で現れる。




 それ故に、先ほどまで監視のため付近で待機していたレンジもその場を離れ、二人きりの状況を敢えて許している。

 また、それを理解しているが故にマリアは生きながらえることを既に諦め、アナスタシアに能力を使わないように懇願した。





「もう……やめてね、アナスタシア。()()()()()も終えたし、もう私のことはいいからね…。

 これが罰だったの。これが身の丈に合わない野望を抱いてしまった者への罰なの…」





「でも……、おねぇ様…」





「……ふふ…。こうしていると、あの頃を思い出すわね…。あの時とは位置が逆だけども……」





 項垂れるマリアは、息も絶え絶えに幼少期を思い出す。




 大帝からの折檻で肉体的にも精神的にも擦り減ったアナスタシアを抱き抱え眠ったあの頃。

 声をかけて励まし、小さな腕で優しくゆすり、一緒に眠りについたあの日のこと。




 今、腕の中にいるのはマリアであり立場は逆転していたが、大犯罪者の自分がこうも穏やかな最期を迎えていいものかとも思った。





(…(あの男)も消滅したみたいだし、あの鉄面皮が私を生かす理由は無い…。けれど最早死にゆく私に敢えてトドメを刺す理由も無い…、と言うことかしら……。まぁ何にせよーーー)





 マリアは既に色を移さない視界で空を見上げる。




 空は冥界領域のような薄紫色の曇天では無い。落雷と豪雨が襲い来る脅威的な荒天でも無い。

 今や空は、雲の陰から陽が望む普段通りの晴天であった。





「…今は割と…満足しているの……。成せなかったことは沢山あるし、後悔も、懺悔したいことも山程あるけれど…。最後にあなたのために動けたことは…、すごく満足しているのよ……」





「おねぇ様……。……私も…、私も最後にこうやっておねぇ様とお話が出来て…、とても…とても嬉しかったのだわ…」





「……そうね…。私がこんなに穏やかな死を迎えるだなんて、本来許されないのにね……」





「………。…えぇ…、そうかも…知れません……。でも、おねぇ様が私のおねぇ様であることは揺るがぬ事実なのだわ。おねぇ様がいつも私のことを思ってくれていたのは、紛れもない事実なのだわ…。だから…だから……」





「…………」





 ポツリ、ポツリと。アナスタシアの涙がマリアの頬に落ちる。




 もう十二分に泣いたはずなのに、最後の言葉を捻り出そうとすると、枯れたはずの涙がまた湧き上がってきたのだ。




 徐々に緩やかになっていく心音を自分の耳で聞きながら、マリアはアナスタシアの頬に手を当て、その涙を拭った。




 生気が籠っていない青白い手。元々透き通るような白い肌の持ち主であったが、それとは別の様相を、例えるならば物を写さぬガラスのような姿を今では見せている。




 されど、姉としての使命感から、壊死して動かぬその手で妹の涙を拭う。

 マリアは最期の最期まで、三兄弟の長女と言う立場は貫き通したと言えよう。





「………泣かないで…アナスタシア。……こんな私に、最後まで付き合ってくれて…ごめんね……」





「………いえ…、謝らないでくださいおねぇ様…。私は、私はおねぇ様の妹で良かったです……」





「……。うん…私も、良かった……。そうね…、最後までありがとう……アナスタシア……」





「えぇ…。私こそ、ありがとう…ございました…。おねぇ様…!」







 ーーーアナスタシアの言葉を最後に聞き入れるとマリアはほんのりと口角を上げ、そうして満足げな表情で目を閉じた。




 やがてアナスタシアの頬を拭っていた腕を落とし、そのまま最後の呼吸を終える。




 一人残されたアナスタシアは、静かに涙を落としながら、啜り泣いては顔を拭う。






 ーーーここに、一人の女が死んだ。




 北方を再び魔境へと陥れた首謀者であり、反帝国同盟に与した咎人であり、力を求め続けた哀れな道化であり。

 何より、アレクセイとアナスタシアにとって代え難き姉である一人の女。




 マリアは変わり果てた生まれの地で、その儚き人生に幕を下ろした。






 =============







「そう…か……再生者(リジェネレーター)。貴様が待っていたのはこれか…」





 マリアが息絶える数分前。

 最大規模の大神の槍(グングニル)が大帝とアンデルセンを貫いた直後、胸部から首下にかけて大きく貫かれた大帝は肉体の消滅を受け入れ、敗北を認めるかの如くその場に倒れ込んだ。




 上半身を半分以上と顔面の三割強が光の力で抉られては、流石の大帝も最早これまで。

 完璧に大帝の核を貫いたハルトと、その隙を生み出すべく奮闘したアンデルセン。二人の勝利である。




 光の力によって貫かれようと、再生を始めるアンデルセンの肉体。

 それを見た大帝は「やはり貴様を殺す手段は無かったか」とポツリと言葉を落とした。





「そーだぜっ、ハァ…へへっ、あれだ!ようやく完全勝利ってやつか!?」





「あぁ。貴様らの勝利だ。我は再び、シャーロックに嵌められたと言う訳か。全く、彼奴が我と組めば、確実に世界を獲れたと言うのになぁ」





「!んだぁ?まだやる気か!?」





「喚くな羽虫が。我の野望がどれも達せられなかったことは口惜しいことこの上ないが、我は敗北を認めれぬ程に無様な生き様は見せん」





「ん?お、おぉ〜潔いじゃねぇーの!俺ってばもっともっとやられるもんだと思ってたぜ」





「いや、この被害状況見えてる?俺ら十二分にやられまくってんだけど……」





 飄々としたアンデルセンの言葉に思わず突っ込むハルト。

 それもそのはず、アンデルセンは能力の特性上ケロってしているものの、環境的、又は人的な被害はかなりのものなのだ。




 マヤウェルは力を使い果たして暫くは動けそうに無い。後遺症が無ければ良いが、下手をすれば今まで通りの能力の使用は厳しいかもしれない。

 シペトテックも度重なる能力の酷使と全身の複雑骨折で最低一月は戦線に復帰できないだろう。




 ポチは長年共に歩んできた剣を折られた。レンジは能力を失い、神格者としての特性を失った。

 ローラはアシュラによって受けた傷が深く、少なくとも以前のように刀を振ることは難しい。ただでさえ激化する戦況に人員不足な帝国軍全体の戦力は、これを機に大幅に減衰したと言える。




 無論、ハルトとクモナも能力と体力を使い果たして疲労が限界まで来ている。これ以上の行動は不可能だ。




 そして地形の話をするならば、エルギンの街、及び周辺の町や村が、大帝の能力により跡形も無く消え去っている。

 避難が済んでいたから良かったものの、これが平時であれば万単位の市民が犠牲になっていたのは間違いない。




 奇跡的に、誰も命を落とすことは無かったが、誰も彼もが死力を尽くした結果、その被害は甚大であるのだ。





(いや、若干一名…死んじまった奴がいるんだが…)





 そんなことを考えながら、ハルトはアンデルセンの顔を見る。




 大神の槍によってアンデルセンの腹部に空いた大穴は、案の定ジワジワと閉塞してきている。

 彼が本来持つ再生能力と屍人の再生能力の併合はやはり、あらゆる攻撃からの復活を成し得るのだ。




 例えハルトの大技であっても結果は同じ。大帝の言葉通り、今のアンデルセンを殺す手段は無く、封印する以外に対処方法は存在しない。





「ん?どうしたハルト?」





「っ、いや。別に…」





 であるのならば、アンデルセンはこの先どうしていくのか。それがわからないハルトはアンデルセンの問いかけに思わず口篭った。




 陽の光でも、光の力でも、屍人による攻撃でもダメージを受けない。

 それどころか屍人の主人が死のうと屍人は健在である。




 この世ならざる存在へと変貌したアンデルセンは、世界の規範からすれば許されざる存在。ただ、文字通り無敵であるからこそどうしようもないのだ。





「………。なるほどな」





「…?何だ、まだ何か…」





 そんな中、何か納得したような表情で誰かを嘲笑する大帝。

 その姿にハルトは疑問を抱いた。





「いや。敗北したとて、我は我が歩んだ道に一片の後悔も無い。懺悔も無い。我は力を求め、領土を求め、世界を欲した。結果として今回は敗北したが、その我が行いを悔い改めることも断じてない。…だが、」





「、だが……?」





「この我が他者を殺すことを譲ったのは初めてだ。誇れ、再生者よ。そして噛み締めよ光の餓鬼」





「っ、…。何を……、言ってやがるんだ…」





 大帝の不可思議な言葉に、目を細めるハルト。

 だがそれと同時に二つの微細な変化がハルトの周りで起こった。




 一つは、レンジとワトスンの足音。

 あの特徴的な足音と、まるで忍者のような忍足がハルトの耳に入ってきた時、彼は二人の生存を確認する。




 彼らが近寄ってきていると言うことは何かしらの伝達事項があるのかとハルトは思案した。

 ともすれば、憎き大帝を自らの手で葬るためにこちらへ向かってきているのか?そうも考えたものだ。




 しかし、もう一つの変化の方がハルトにとった重要であり無視できない事項であったため、二人のことはすぐに思考から除外された。





 その変化とはーーー






「お、おぉ…。そっか。そうかそうか、こんな感じかぁ〜」







 アンデルセンの肉体が、塵となって消滅し始めていたのだ。







「っ!?…おい。アンデルセン…。え、どう言うことだよ」





 その変化に、率直な疑問をぶつけるハルト。




 だが彼の言葉に答えたのは、アンデルセンでは無くレンジであった。





「頼まれて、俺が命じた。“全てが終わった後、アンデルセンやシャーロック、ワトスンから屍人としての機能を消去しろ”とな。」





「……レンジ……、どうして…」





「どうしても何も、そもそも屍人は世界の枠外的存在だ。その生存は許可されない。そして他ならぬアンデルセンが作戦前に提案してきたことだ。俺に断る理由は無い。以上だ」





「相変わらず……言葉が足らねぇじゃねぇか、そんなん…」





 そう。屍人の主人が死のうと、屍人が消滅する訳では無い。

 だがしかし、屍人の主人が消滅を命じればその屍人は消滅する。




 そしてそれは、屍人側に抵抗する気力が無ければ、いとも簡単に達せられるものなのだ。




 屍人として甦りその性質を知ったアンデルセンは、全てが終わった後、マリアに自身を消滅させるよう作戦決行前のレンジに頼み込んだ。

 無事大帝を倒し終えた時。マリアがもし目覚めていたのなら、枠外の存在である自分も消えることが出来るから。




 それを聞いたレンジがどう思ったか、何を感じたかはハルトたちにはわからない。やはり合理的で言葉足らずなレンジからはその感情が読み取れない。




 されどレンジの発言の節々には哀愁が漂っており、それを察したハルトはそれ以上レンジを問い詰める気にはなれなかった。





「光の神子。俺やシャーロックさんもアンデルセンと同じ意志だ。そもそも俺たちは存在してちゃいけない外法の存在だからな」





「……そうか…。まぁ、そうだよ、な……。…うん」





「シャーロックさんからも言伝を預かってる。“これからも頑張れ”とさ。良かったな、あんまり人を励ましたりするタイプじゃ無いんだぜ?あの人」





「うん…。おう、…あぁ頑張るよ。任せてくれ」





 そう言ったワトスンも、既に右肩から腰にかけてが塵になって消えかけている。

 大帝は既に何も言わずに消滅したが、ワトスンも後数秒でこの世から消失するだろう。




 どうやら再生の能力があるが故にアンデルセンは他よりも消滅が遅いらしいが、とは言えそれも時間の問題。

 数十秒もすれば、彼の肉体は消える。ハルトはそれを理解した上で、何を話せば良いのかわからず俯いた。




 話したいことは無限にある。

 話したいこと、話しておきたいこと。謝罪も、感謝も、少しツッコんでおきたいことも。いくらでもハルトの脳裏に浮かんできたのだ。




 やはり十数秒では少なすぎる。ハルトの思いの丈をありったけ吐き出すには、あまりにも刹那的な時間である。




 ーーーだが、あれこれ思案している暇は無い。





「良かったじゃねぇかハルトぉ。ほんじゃまっ、あれだ。達者でなっ!」





「……あぁ。…ありがとう、な。アンデルセン。

 ………俺ってば、何度も何度も身の丈に合わない自分の力に打ちひしがれてばっかだったけど、そりゃ思い出したくも無いぐらい辛いこともあったけど、でも、みんなが…、アンデルセンがいてくれたからなんとかやれたんだ。今では帝国に来たことも、この力のことも後悔してない…」





「ん。そっか。そりゃあ良かったぜ」





「……ホントに、ホントに世話になった…。戦闘技術だけじゃ無い。不安とか迷いとか、そんなんばかりだった俺がここまでやって来れたのってアンデルセンが俺の心の拠り所になってくれたおかげなんだ」





「うん」





「………。っ…、だから…だから…、頼むよ……。まだ逝かなくたっていいじゃねぇか…!別に屍人だっていいじゃねぇか!一回死んだからなんだよ!別にこのまま俺たちと一緒に戦ってくれればいいじゃねぇか……!」





 ハルトが、抑え込んでいた心中の想いを吐露する。




 如何にアンデルセンと言えど、今度こそおしまいだ。主人の命により屍人として消滅すれば、もう二度と出会うことは無くなる。




 そう思うと、塞いでいた蓋が外れたかのように、本心を吐き出さざるを得なかった。涙を流し、激情に駆られて想いを吐き出し、アンデルセンのことを引き止めることしか出来なかった。

 それが世界の秩序を保つ帝国の兵士としてやってはいけないことだと理解していながらも、我慢することが出来なかったのだ。




 しかし、そんなハルトを穏やかな笑顔でアンデルセンは見つめる。





「……そっかぁ。ハルトはそんなに、俺のことをよく思っててくれたんだなぁ。嬉しいぜ。

 ま、でもあれだぜ。流石にワトスンの言う通り、俺がここにい続けるわけにはいかねぇからな……」





「………」





「…だからさ!最後は笑顔で別れようじゃねぇの!あれよ!しみったれた別れなんて俺ららしく無いぜ!笑ってさよならしてぇじゃん!なぁアニキ!」





「…。そうだな」





 腕を組んだままのレンジは、ふと微笑を浮かべると顔を落とす。




 ハルトは依然として俯いたままだったが、アンデルセンの快活な声に視線を上げた。




 潤んだ視界に、オレンジ髪の快男児の姿が映る。





「ま、そーゆうことよ。あれだ、みんな感謝してるぜ。アニキはまぁ、ほら。もちょいハルトに優しくしてくれな!」





「…善処しよう」





「ハルトもさ、あれだぜ?ポチだけじゃ無くて、アニキとも仲良くしてくれよな?ジャックさんとアニキのこと、よろしく頼むぜ?」





「………。おう。…あれだな。()()()()ってやつか。……まぁ、任せてくれ。俺、アンデルセンが安心できるぐらい強くなって…それで…それで……」





「うん」





「それで、…みんなを照らせるような存在になるから!!だからアンデルセンも見ててくれよ!!ずっと、俺のそばで見ててくれ!!」





 ハルトが思い切り、アンデルセンに向けた最後の言葉を口にする。




 ぐちゃぐちゃだった。思考も、表情もめちゃくちゃだった。

 ハルト自身、自分が言いたいことをどれだけ言えたかすらわからない程に。




 けれど、それでも良かった。アンデルセンとの最後の瞬間、ハルトは確かに笑っていたから。




 横ではワトスンも満足げな表情で消滅していく。

 そう、レンジもワトスンも、ここに集まった誰も彼もがどこか笑顔だったのだ。




 涙を流しながらも、不格好ながらも、それでも、()()()笑っていた。




 だから、これでいいと思えた。




 ーーー今は。今はこれでいいと思えた。







(おう。しっかり見てるよ。…そんじゃ、ありがとな。ハルト)







 アンデルセンの言葉は、既に塵となった口からは音声として発せられない。




 しかし、確かにハルトは聞いた気がした。




 風に乗って晴天に舞う塵を見ながら、確かにその声を聞いた気がした。




 言いたいことは言えた。聞きたい声も聞いた。

 故に、未練は無い。





「……」





「…どうする?しばらくここにいるか?」





 珍しく、人を慮るレンジ。

 だがハルトは涙を乱暴に拭うと、すぐに彼へと振り返った。





「…いや、帰ろう。……帰ろう…みんなで」





 ーーー未練は無い。迷いも無く、葛藤も無い。




 ただ、前を向いた青年の姿がそこにはあった。






 その日。永く澱んでいた北方エルギンの街に、久方ぶりの陽光が差した。







 

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