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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU
第一章 北方攻略編

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第五十三話 北方平定作戦③

 






「もっと低く、鋭くだ。ポチ」





 エルギン侵攻の前日。兵士たちが待機していた支部の外には、夜更け期まで剣戟の音が響いていた。




 剣戟を繰り広げていた人物は二人。第二部隊の隊長にして帝国軍最強の剣士であるローラと、彼女に指南を受けているポチだ。




 ポチは美食家シュウに時越えを対処された経験から、格上の神格者相手では更なる速度と、それにより生み出される攻撃力が必要だと考え、彼女に居合抜刀術を師事していた。




 剣術の達人ローラ。彼女の愛刀『薄緑』は反りが無く、極めて薄層且つ軽量。普通に振えばその軽さ故に、刀身は衝突の衝撃に耐えられずすぐに折れてしまうだろう。

 されど、その刀は速度を生むことには殊更に適しており、超速で振るう技術さえあれば敵に防ぐ術を与え無い恐ろしい刀剣となり得る。




 その刀の性質から鍔迫り合いにすらならないローラ。彼女は通称『鉄落とし(かねおとし)』と呼ばれる。ポチの目指す地点はそこであった。





「私の刀と、ポチの剣は重量が違う。振り抜き方、刀の入り方。当然速度も、威力も、用途も違う。一概に“こうだからいい”と教えられることは少ない」





 されどローラは語る。刀剣にはやはりそれぞれに適した形があり、それを極めるのが一番であると。




 ポチが所持するクアウトリの剣『翡翠の剣』。これはローラの刀とは違い、敵を叩き切ることに適した剣だ。よって居合術には適していないのだと、ローラはポチへと教えを説いた。





「が、ポチ。君の求めるものも理解はしている。何者にも防ぎようのない速さだろう。であれば一つ、共通して言えることがある。それが“低く、鋭く”だ」





「低く…鋭く…」





「そうだ。徹底的に低さを求めろ。脱力し、地面と一体化するぐらいにな。そして肉体が大地に触れそうになった時、瞬時に力を解き放つのだ。コンマ数秒のズレもなく全身に力を入れろ。鋭利に、前方へと飛び出すのだ」





 ポチの求める更なる速度と攻撃性能。防御不能の斬撃、剣戟。

 それらを手に入れるのは生半なものでは無い。それをポチは重々承知している。




 けれども、彼女は自身の研鑽を急いだ。二度とハルトを失う訳にはいかないからだ。

 帝国に属する者として、ただ一人の人間に肩入れすると言うのは些か武徳の欠如した行いかもしれないが、やはりポチにとっては彼のために戦うと言うことが最も重要である。




 より一層、今すぐに強くならねばならない。その焦りが、作戦決行の前日夜更けまで修練を積む理由であったのだ。




 そんなポチのことを気遣ってか、ローラが口を開いた。





「まぁ、ポチ。君は私の何倍も才能がある。すぐにでも目標は達せられるだろう。重要なのは低く構え、鋭く前へ出ることだけだ。私に教えられることはそれぐらいだな」





「…ありがとうございます。それで十分過ぎるぐらいです。すみません、こんな夜遅くまで」





「いいぞ。私も強い仲間が増えることは嬉しい。ただ気を付けろ。剣道の最も大きい敵は“雑念”だ。低く鋭く出ようと、雑念があっては何も斬れん」





「雑念…」





 雑念と言う言葉に反応するポチ。彼女はその言葉に覚えがあった。





「どんな攻撃でもそうだ。言うなれば迷い。葛藤。そこから躊躇いが生まれる。そして特に剣道においてはその躊躇いが如実に斬れ味に影響を及ぼす」





「それは…どう対処すればいいのですか?」





「どんなことが起ころうと、どんな状況になろうと、ブレることの無い不動の精神性を持て。例えハルトの身に何が起きようと、冷静さを失うな。それが状況を打開する鍵になることをゆめゆめ忘れるな」





「まぁ、そうは言ってもそれが一番難しいのだがな」とローラは続ける。




 しかしポチは、彼女の言葉にすとんと何か腑に落ちる感覚を覚えた。




 確かに今までの失態は自身の冷静さが欠如した結果であったかもしれない。目の前の光景に動揺し、精神がブレたことによって適切な動きが出来なくなること。それには身に覚えがありすぎた。




 よって、彼女はその言葉を心に刻み込む。




 この先、目の前にどんな脅威が待ち受けようと。例え守るべき対象に不幸が降り掛かろうと。それを打破するための不動の精神を持とうと決意した。




 まだまだ歳若く、経験の浅いポチであるものの、そのセンスは本物。クアウトリ家でも有数の才覚を持ち合わせている。

 そして先の精神性がそこへと加わった時、ポチは更なる成長を得ることだろう。




 ローラの言葉通り、成長の時は、予想以上に早く訪れることとなった。






  ============







 遂に帝国軍の軍勢を敵と認めたイヴァン大帝。

 彼の動きを先ほどよりも鈍化させるため、シャーロックはコストをフル稼働させて空気の膜を張った。




 結果、大帝の動きを先刻よりも鈍らせることに成功。横凪ぎに振るわれる大剣も速度を落とし、避けれる程度にまで緩徐になっていた。





(左だ!拳が落ちてくるぞ!)





 そして、帝国軍側にはローラがいる。彼女はやや遠方の地点より大帝、及び戦場を常に視認し、どこにどう避ければ効果的であるかをコネクトにて伝令していた。

 彼女の肉体はアシュラとの戦いで大きな傷を負ったが、『愛の神』の力は健在。それも相まって、速度の落ちた大帝の攻撃を退避することは然程難儀なことでは無かった。




 継続して大帝の脚元に纏わりつく穀物の拘束と、踵から脚を侵蝕せんと広がる影の展開も大帝に動くことを封じ、その場に留め続ける。

 彼は四方八方へと顔を向け、刀を振るい、拳を振り下ろすが、速度だけでは無く威力も大幅に減衰していたため初撃と比べれば幾分対処しやすい。いくら恐怖の巨人と言えど、その場から動けないのでは意味が無いのだ。





 更には頭脳を乗っ取ったインチマリンの“石を操作する力”にて瓦礫を組み直し、大帝の死角を作る。そしてそれらの一部から事前に作成していた地下シェルターへの導線を作っておけば、大帝からの超破壊的な攻撃があったとしても地中深くへ逃れることは可能だった。




 あとはどこまで時間を稼げるか。それのみである。




 マリアが目を覚ますまで。或いはマヤウェルが作成した大帝の剣と寸分違わぬ爆弾。そこにハルトが渾身の力を込めるまで。

 それまでは階下にいる数人で大帝の歩みを止めなければならない。





(しっかし馬鹿でかい肉体に分厚い皮膚だなこりゃ…。ポチやワトスンの攻撃ですら、薄皮一枚裂くのでやっとじゃねぇか。とてもじゃねぇが正攻法で勝てる相手だとは思えねぇ!)





 度重なるポチとワトスンの脚部に向けた攻撃。大帝は時折り脚を無理やりに動かして気色ばむが、その表情とは裏腹にダメージはまるで無に等しい。

 あくまで二人の攻撃は大帝の注意を引くための行動ではあるのだが、こうも効果が無いと凡そ手応えなどは感じ得ず、大帝の巨大さと剛健さを強調していた。




 大帝にとっては脚元を飛び回る羽虫に過ぎない。滅ぼすべき障害として認知したとは言え、あくまでその脅威度が彼の中で上がった訳では無いのだ。




 殺そうと思えばいつでも殺せる小さき存在。その数が多いが故に煩悶の時間を過ごしているだけ。

 敵の存在は歯痒くも、自身の命を脅かすことは断じて無いと判断している。





 それで言えば、脚元の敵よりも多少厄介な存在が一つ。

 急造された石の建造物から大帝に飛びかかり、ヒットアンドアウェイを続ける()()()男。アンデルセンだ。




 シペトテックが操作するインチマリンの石の神の力。それによって組み立てられた瓦礫の山は、大帝から身を隠すための遮蔽物の役割だけで無く、空中から大帝の上半身や頭部へと飛びかかるアンデルセンの()()の役割も兼任していた。





(此奴の再生能力は異常だな。何度吹き飛ばせど瞬時に肉体を回復させて戻ってくる。胆力のみで言えば、他に類を見んだろう。下の虫どもと比べて、程々に面倒だ)





 大帝へと抗戦を続けるオレンジ髪の快男児。彼は屍人になったことで増幅した膂力と、二重に作用する再生能力を駆使し、間断なき怒涛の攻撃を繰り返す。




 その継戦能力と不撓不屈の精神性は、あのイヴァン大帝をして「面倒」と言わしめるほどのものであった。

 攻撃性能も、アンデルセンの方がポチやワトスンと比べてやや上だ。光の力を纏った幅広の刀剣は大帝の皮膚を確実に切り裂いた。




 加えて、大帝に一息もつかせぬ為に繰り出されるはハルトの光線だ。




 彼は、マヤウェルの爆弾に光を宿すという重要な任務がある為に前線には出ていない。万が一にでもハルトが狙われては作戦自体が全て瓦解するからだ。




 されどダッキ戦で見せたような“ホーミング機能付きの光線、光弾”は身を隠しながらでも放つことが出来る。

 即ち、多少なりともアンデルセンの援護をすることが可能であるのだ。





「はっはっ!あれだな!!案外いけっぞ!ハルト!!もっともっと寄越せ!!」





 作戦が順調に進み、有頂天になるアンデルセン。

 ハルトはその声に応えるように光線の追撃を放つ。光線は大帝の皮膚を焦がすだけに留まるものの、されどその攻撃が屍人の肉体に有効であると言うことを大帝は感じ取っていた。




 初撃の規模には面食らったものの、シャーロックの軌道修正、出力調整と、大帝の攻撃の規模を身を持って知ったことによる危機管理能力の向上は、今や大帝相手にある程度戦闘を成立させている。




 このまま時間を稼ぐことが出来れば。大帝に作戦の真意を見抜かれることが無ければ。ともすれば大きな被害も無く、この敵を打破することが出来るかもしれない。

 そんな淡い期待を、帝国軍の面々はどこかで抱き始めていた。





(シャーロックの奴が無策で我の前に出てくる訳も無い。この光。これが奴の切り札だな)





 脚を取られて本領を発揮出来ず、空気の壁に阻まれ本来の速度を出せず、光の力で鈍い痛みを植え付けられ、物量によって攻め込まれるイヴァン大帝。

 しかし彼は依然として恬然とした表情を崩さない。




 生前敵対したシャーロックを高く評価しているからこそ無作為に動かないだけで、敵の密計を無視して動いて良いのであれば、この敵は即座に殺せるからだ。




 シャーロックであれば何か仕込んでいる。何かしら反撃の手段を用意している。それを大帝は、生前の戦闘で痛感している。

 故に迂闊に動くことはせず、あくまで冷静に戦況を見定めた。





(さて、であれば誰から落とすか。いや…全部か)





 黒いローブが不気味に揺れる。衣擦れの音は剣戟が皮膚を裂く音に掻き消されるが、しかし翻った裾から見える漆黒は不穏な風と共に、これが攻撃の予兆であることを知らせた。




 大帝は次の行動を決定付ける。




 鋭い眼光がまるで夜の森で獲物を待つ獣のように光った。双眸は静かに脚元の敵影を睨め付ける。

 否、その視界が捉えていたのは敵影では無く、先ほどの初撃によって地面に広がった()()()()()




 ズズズズ…と空気を押しながら左手を下へと下ろし、膝を屈ませる。

 帝国の面々は何か攻撃を仕掛けてくるのかと身構えたが、大帝の視野に彼ら彼女らは含まれていなかった。




 そして大地に触れる。大きく蜘蛛の巣状に広がったヒビに触れた。





 ーーードンッ。ガガガガッ!!!!!





 腹に響くような衝撃を全員が感じる。それと同時に耳を劈く轟音。建物の崩壊音や爆発音とも違う破砕音。これは正しく大地の悲鳴だ。




 シャーロックが「跳べ!」と言うより早く、大地の日々はメキメキと口を広げ、裂け目は瞬く間に広がっていく。

 突如として起こった轟音と、間髪入れずに肉体を襲った浮遊感に、一同はまるで何が起きたか理解できなかった。




 されど先ほどまで立っていた大地が消失していることはわかる。

 山積みだった瓦礫は大地の裂け目に飲み込まれ、大帝の立つ地面以外は全て粉々に()()()()()()





「おっ、おぉおおおおおおお!?!?」





「地割れ…かっ!コイツまた馬鹿げたことをしやがって!!」





 クモナの絶叫が木霊し、脚力に秀でたワトスンが何も出来ずに落ちていく。




 シペトテックは急速に成長させた穀物を地面の裂け目に広げ、クッションの役割を果たそうとするが、それも付け焼き刃にしかならない。

 シャーロックは珍しく焦りの表情を見せ、着地した稲穂の上で声を荒げた。





「全員!早く地上に上がれ!!!地割れは一時的に起こってるだけだ!!すぐ()()()()()に戻るぞ!!!」





「!?…そうっ、か…!確かに僕様の子達も押されてる感覚がある…!!」





 押される感覚。それは間違いでは無い。




 大帝は大地のヒビに触れ、それを巨大化させることで瞬間的な地割れを生み出した。無論、規模や破壊性能共に凶悪そのものであり、それ自体も一人間にとっては脅威以外の何ものでもないだろう。




 されど本当の恐怖はここからだった。




 大帝が触れたもの。身につけているもの。それは確かに大帝の大きさと同じ尺度で巨大化する。しかしながら、大帝の手から離れると数秒で元のサイズに戻るのだ。

 敢えて換言すれば、これはやはり()()()()()()()。もう数秒の間に、この大地に開かれた大口は()()()()()()のだ。




 元に戻ろうとする大地の力がどれほどのものか。それは誰にもわからない。だが、その力にたかだか神格者数人で抗える訳も無いことは自明であった。





「うっぉおおおおおおおお!!!!」





 絶叫しながらも、クモナが影の力をロケットのように脚から噴出させて地上に這戻ろうとする。

 続いてシペトテックは石を操作し地上への階段を急造。シェルターに隠れていたレンジを連れたアンデルセン、シャーロック共々、大地の閉塞から逃れるために石の階段を駆け上った。




 ワトスンは類い稀なる脚力で地盤の壁を蹴り上げ上へ向かう。ズンズンと迫り来る壁を右へ左へ蹴り登り、なんとか大地の裂け目から脱出。一足先に地上へと舞い戻っていたポチと合流した。




 大地の裂け目はまるで巨大な獣の顎のように地鳴りと共に閉じていく。

 土砂も、瓦礫も、街路樹も、つい数分前まで建造物だったモノも。あらゆる全てがパキパキと音を立てながら砕ける。空気は押し出され、噴出し、暴風となって大地の底から吹き荒んだ。




 遂に左右の岩盤が閉塞し、ぶつかろうとする。僅かな隙間が石の階段をも圧縮し始めた。

 すぐにでも抜け出さなければ命は残らない。すぐにでも助け出さなければ圧死は免れない。誰もがそう感じたし、ワトスンはポチの能力を使い皆を救おうと考える。




 しかし、ワトスンの目の前に立つポチは上を見上げて動かない。メイド服の裾を土砂で燻ませながら、立ち竦んでいる。

 まだ階下から上がってこられていないレンジ一行を救出するためにも、ポチが動かなければならないのに、だ。





「ゼェ…ゼェ…。おい、クアウトリの。何ぼうっと突っ立ってやが…る…、、」





 そんなポチの肩に触れ、彼女を振り返らせようとしたワトスン。




 そして彼は、ポチよりコンマ数秒遅れて事態を把握した。事態の深刻さを察知した。




 ポチはただ呆としていた訳では無い。彼女は思考を急速に巡らせていたのだ。

 階下へ向かうべきなのか、それとも頭上から降り注いでいる新たな脅威を振り払うべきなのか。






「おいおい…おいおいおいおい……、マジか、こりゃあ」






 ーーー地面の亀裂目掛けて降り注いでいたモノ。それは、無数の巨大岩石であった。






「全員避けろぉぉおおお!!!!」





 イヴァン大帝は先刻、膝を屈め大地のヒビに手を触れた時、そこらに散らばっていた瓦礫を手にしていた。




 そしてそのまま起き上がり、瓦礫が手の中で巨大化したタイミングで脚元へと放り投げる。

 そもそも、元々の大きさが人間大の瓦礫の数々。それが大帝の手に触れたことによって五倍近くまで巨大化していたのだ。




 即ち、一個一個の岩石が大帝の拳よりも大きく、下手をすれば巨大な軍用車に匹敵するサイズ。まるで岩石の流星群。

 密度が高い分、軍用車よりも余程強靭な()となってポチやワトスンの頭上に降りかかる。




 ワトスンが叫べど結果は変わらないだろう。まるで手についた砂埃を払うような単調さで、大帝は岩石の雨を降らせたのだから。





「ーーーさて。どう出る、シャーロック。この展開を読んでいなかった訳ではあるまい。…まぁ、ここで終わってくれるとありがたいがな。今の我は、お前と遊んでいる暇はないのだ」





 岩石の流星群は大地へと降り注ぐ。




 地割れによって出来た亀裂。それが閉塞することによって轢き潰されたか。或いは降り注ぐ巨大な岩石によって押し潰されたか。それは大帝の目にはわからない。




 何せ、彼の視界には、脚元に舞う砂塵しか目に入らない。

 悲鳴も、絶叫も、人がひしゃげる悲惨な音も、彼の五感はまるで感知しなかった。





「峠だ。シャーロック」





 大帝は再び拳を振り上げる。先の地割れとその閉塞。そして無数の巨岩の雨。最早生き残っている可能性は万に一つも無い。イヴァン大帝はそう考えていたが、それでも追撃を加えんとする。




 敵はあのシャーロックだ。圧倒的な頭脳とカリスマ性を持ちながらも大帝と敵対し、絶望的な戦力差を覆して自身の進撃を止めた人物。その力は他ならぬ彼自身が一番よく知っていた。

 かつて自身に膝を着かせた彼の存在を侮る程、大帝は暗愚では無いと言うこと。




 よって追撃を加える。大帝はシャーロックだけでなく、シペトテックやアンデルセン、ポチら三人が持つ能力の特殊性も認識し、ある程度の警戒はしているからだ。

 ここで徹底的にトドメを刺さねば、何かしらの策を講じて抵抗してくることもわかっていた。




 その予測通りにーーー





「……ほぉ。粘るか」





()()()()、だけだ……デカブツぅ…!!!」





 シペトテックは石の神の力と、増殖した穀物畑の膨張力によって地割れが圧着するのをすんでのところで止め続けた。それはほんの数秒だけの時間稼ぎ。

 しかしながら、大地が閉じる際に発するエネルギーをほんの数秒でも相殺出来ているのは、一重にシペトテックの意地によるものだと言えよう。




 彼は今持てる自身のエネルギーを全てフル稼働させて他の皆が脱出する隙を作った。加えて、降り注ぐ岩石からも逃れられるよう、地面の浅い部分に石で窪みを形成する。

 それにより、ポチやアンデルセンを始めとする帝国軍の面々は猛攻からも生き残ることが出来たのだ。




 だが、当然ながら能力を二つもフル稼働させた副作用は激しい。

 結果として、シペトテックの肉体は文字通り限界を迎えていた。




 腕の骨は大地の外圧により全て砕け、度重なる能力の酷使により筋繊維はあちこちで弾けた。内臓部分の損傷も著しく、特に能力を二つ使っていることによる脳血管のショートは彼の顔を苦痛で歪ませる。

 目、鼻、口。顔面の穴という穴から血が吹き出し、見るに耐えない痛切さだ。




 満身創痍のシペトテックは人生で経験したことのない頭痛に襲われる。まるで雷に打たれたかのような激痛は彼の意識を奪おうと強く頭を締めつけた。





「…っそ…!痛い痛い痛い!僕様がこんなんになるなんて最悪だ!!おい、何ぼうっとしてたんだポチ!お前がやらなきゃならねぇ仕事だったろ!」





「っ。!…すみません!」





「こっち向いてんなバカ!今のはたまたま防げただけだ!次が来るぞ!!」





 改めて臨戦体勢に入るポチ。刻一刻と大地に押し潰されるシペトテックは叫ぶので精一杯だ。




 即ち、次なる一撃は自分たちが防がなければならない。先程は絶望的な攻撃の規模に、ワトスン共々一瞬動きを止めてしまったが、同じ轍を踏むことはもう許されないのだ。





(そうだ。あんな醜態もう晒せない。何が起きてもブレない精神性が重要だと教わったはず…!

 私が、時間を稼がなきゃならない。私がやらなきゃならない。私が北方のために、ハルトのために刀を振るわなきゃならないんだ!)





 悍ましくも更に熱を帯びる大帝の猛攻。まだ本気など出していない彼の牽制程度の攻撃があの威力。それを真っ先に目にした彼女が一瞬立ち竦んでも、それを真の意味で責め立てる者はいないだろう。




 されど、彼女はそこに責任感を強く感じ、挽回のために強く剣の柄を握った。




 遺愛の達人。世界でも指折りの剣士であるローラから受けた指南。

 北方に蔓延る脅威を払うため。ひいては帝国の任務を果たし、ハルトを二度と失わないため。そのために積んだ修練をポチは脳内で反芻する。





(低く…鋭く…)





 頭上に迫る大帝の拳へ向かわんと、彼女は膝を弛ませる。そして額が地面につく程にまで深く姿勢を落とすと、体内に宿るエネルギーを極限まで溜め込んだ。





(低く…鋭く…!速さの臨界点へ!!)





 ーーーそして、抜群の初速を持って大帝の拳へ飛んだポチは、その意識と速度を携えたままに時を越え、





「…!どこからーーー!」





 大帝の拳を、手首から斬り落とした。





「っ!?」





 拳を斬り落とし、自由落下を続けるポチ。彼女が繰り出した攻撃の想定外の成果に瞠目するアンデルセンやワトスン。そして大帝。




 流石の大帝も、今まで殆ど気にも留めていなかった羽虫が牙を剥いてきたとなれば、多少なりとも戦慄を覚えようもの。まさか傷を負わされるとは、もとい肉体を獲られるとは考えてもいなかったのだ。

 ポチが一刀にて拳を斬り落としたのは、それほどまでに衝撃的なことであった。




 更に、一唱三嘆の如く場面は展開する。




 拳を失い動きを緩めた刹那、大帝は目にした。

 顔を上げた時、目の前に光り輝く光源があるのを。




 やや遠方に、今にも暴発しそうな収斂された光があるのを。





「…おっ…あれは、」





 光源は煌めき、星の如き閃光を放つと同時に、燐光一閃。空気の面で波光し、とてつもない質量の光帯としてイヴァン大帝の眼前に広がった。




 破壊、撃滅。その言葉を地でいく大帝が覚えた震慄。

 光の力を弱点とする屍人としての本能だろうか。それともノーマークだった相手が想像以上の力量を持っていたことに対しての驚嘆であろうか。




 それとも。屍人であるない関係なく、自身の命を脅かしかねない()()を感じたからだろうか。

 なんにせよーーー





大神の投擲(グングニル カスタ)!!」





 ーーー隙を突かれた大帝は光帯を防ぐ術なく、真正面からその攻撃を喰らうことになった。






「ぐっ…ォォ、オオオオオ!!!」





「ーーーさぁ。美食家の時も言ったが、こっからが第二ラウンドだぜ。イヴァン大帝!」





 ポチの渾身の一閃に続き、ハルトの渾身の一撃が大帝の上半身を打ち付ける。




 ここにハルトが戦線に復帰し、北方の命運をかけた戦いは第二ラウンドのゴングを鳴らした。







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