第五十二話 北方平定作戦②
「大帝を倒のに必要な条件は二つに一つだ」
大帝に挑む少し前。シェルターの中での簡易的な作戦会議。固唾を飲んでシャーロックの言葉を待つ一同の前で、冒頭、彼はこう告げた。
「一つは、屍人の主人が意識を取り戻し、大帝の自我を完全に封じること。コレが一番手っ取り早いな。こっちの被害も少なくて済む」
「却下だ。と言うより、そんな綱渡りのような作戦をお前に求めていない」
「…おいおい、急に元気になりやがって。まだ話の途中だろーが。おいワトスン。この仏頂面をもう少し痛めつけてやれ」
わかりきった失策を挙げるシャーロックに対し、速攻でノーを叩きつけるレンジ。それに苛ついた表情を浮かべたシャーロックだが、彼自身もこの作戦を実行しようだなんてことは微塵も考えていなかった。
理由は二つ。
まずマリアの状態がほどほどに悪いこと。昏睡状態であるのもそもそも問題だが、仮に彼女が目覚めたところであの傷の具合だ。背中をバッサリと斬り開かれ、アナスタシアの能力が無ければ既に出血多量で息絶えているかもしれない。
意識を取り戻したところで、大帝の自我を掌握できる程の胆力は最早無いであろう。
もう一つは、目覚めてもマリアが味方側に付くとは限らないこと。レンジが「綱渡りのような作戦」と言ったのはこちらの理由が主である。
マリアは自分の意志で大帝を甦らせた。それは紛れもない事実である。
アナスタシアの説得によって心が揺らいだとしても、目覚めた時にそれがどうなっているかはわからない。それに、レンジやシャーロックと言った、マリアにとって憎き仇敵もここには揃っているのだ。ともすれば、目覚めさせることがリスクとなり得るだろう。
これらの条件から、第一の策は考慮するべきでは無いと結論付けられる。
無論それは、シャーロックやレンジだけで無く、この場の全員が理解していた。(アンデルセンを除いて)
結局、「時間が無いっすから、早くしてくださいよ」と、呆れたワトスンがシャーロックへ声をかけたことで、作戦会議は再開される。
「まぁ、そうだな。事実、二つ目の方が本命だ」
「それはなんだ。勿体ぶらず早く言え」
「あーうるせぇな、わかったから黙って聞いてろ。大帝を倒す手段、それはな。ハルトと爆弾女の合わせ技だ」
「……?」
一同の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。「何を言い出すかと思えばそんなことか?」とレンジが発したが、それは他の面々も同様の心情であった。
そんな作戦であれば、シャーロックやアンデルセンが合流する前から考えている。あの巨体を破壊出来るサイズの爆弾をマヤウェルが作り、そこに光の力を付与して打ち出す。寧ろそれしか方法が無いとすら考えていたほどだ。
されど、その作戦は実行不可能であった。
「う〜ん。私の能力知られてるのもなんか癪だけど〜、期待され過ぎてるのもなんか嫌かもな〜。それが出来ればもうやってるのよ〜」
マヤウェルのエネルギーは度重なる戦闘を経て大幅に減衰しており、彼女の言葉通り大帝を破壊出来る規模の爆弾をまず用意できない。
神核解放を行い、有り余るエネルギーを利用したらどうだろうか。との意見も出たが、神核解放はマヤウェルクラスの実力者であっても未知の領域。アンデルセンが神核解放を成し得たのはある種の奇跡であり、マヤウェルも同様に、確実性に欠けることは間違い無い。
そもそも、超大な規模の爆弾を用意できたとして、それをここで放ったならばどうなるか。ほぼ確実に、全員が道連れに吹き飛んでしまうだろう。
ポチの時越えを上手く利用すれば数人は生きて帰れるかもしれないが、では近隣国家の市民はどうなるか。環境への影響はどうなるのか。
それらを考えると、おいそれとゴーサインを出すことはレンジには出来なかった。
大帝を放置したならば北方全土が更地になってしまうのだから、その程度の犠牲で済むのなら実行するべきなのかもしれないが…
だが、そんな一同の不安げな表情など気にせず、シャーロックは言葉を続けた。
「誰が大帝をぶっ飛ばせるサイズの爆弾を作れと言った?俺が言ったか?そんなこと」
「?でも、大帝を破壊するなら、結局とんでもない規模の爆弾が必要なんじゃ…」
「ハルト。お前までそんな勘違いしてんのか?よく考えろ。環境を利用するんだ。大帝の能力、お前らも資料で見てんだろ?」
「資料で見た、大帝の能力……?」
「……なるほど、そう言う作戦か」
ハルトより先に、一足早くレンジが答えに辿り着く。
それを見てシャーロックはニヤリと口角を上げた。
「なんだ。わかってんじゃねぇか」
「あぁ。だが、突飛なもんで言われるまで考えもしなかった。つまりお前は、大帝の握る剣と全く同様の爆弾を作れと言いたいんだな?」
「そうだ。逆に言えばそれしか無い」
大帝の握る剣。隊長五十メートルを越える大帝と下手をすれば同等サイズの大剣。
されどそれは、元々全長三メートルほどの剣である。
無論、その時点で十二分に巨大ではあるのだが、現在のサイズと比べると比較にもならない。
では何故、剣までもが巨大化しているのか。それは大帝の『巨人の神』の能力の一つが理由である。
巨人の神の力。それは自身を巨大化させるだけで無く、自身が身につけているもの、及び自身が触れているものを一時的に同等の尺度で巨大化させることが可能なのだ。
故にこそ、大帝が身につけている黒いローブも、大帝が所持していた大剣も、同じサイズになっている。
されどそれは、あくまで一時的になもの。
大帝が身につけていたものや武具は、手から離れた数秒後に元のサイズに戻る。
例えば剣を落とせば地面に落ちた時には巨大なままであるが、ニ、三秒もすると元の三メートル程のサイズに戻る。そうなれば全長五十メートルをゆうに越える大帝の視界には一時的に収まらなくなるのだ。
よって、大帝に剣を手放させ、そして視界から消えた隙に大帝の剣を模した爆弾とすり替える。先の作戦も実現可能なのだ。
されど問題は、どうやって大帝に剣を捨てさせるか…である。
「とは言え…ナァ…。あの大帝に、どうやって剣をを手放させるんだ?それこそ剣を手放すぐらいの衝撃を与えるとか、キツいでしょ…?」
「あぁ。そりゃ結局元の木阿弥だ。だが、安心しろ。そこでハルト、お前の出番なんだよ」
「俺の?」
「外からが無理なら。内側からやるんだ。わかるか?」
シャーロックの作戦の真意。それは…
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「ほぉ…帝国の虫ども。無謀にもこの我に剣を向けてくるか」
顔面にマヤウェルの砲撃を喰らえど、まるで何も気にすることなく言葉を発するイヴァン大帝。
蚊でも止まったかの如く、軽く顔の煤を払うと、そのまま時計塔の頂上にいるマヤウェルの姿と、その隣に立つもう一人の存在を視界に捉えた。
「シャーロックか。懲りぬ奴め」
「あぁ。わりぃな。今回は完封勝ち出来ると思ってけしかけちまった」
「愚かな。あの時と何も変わっていないとは」
大帝を煽るシャーロック。されど大帝がそれに反応することは無い。圧倒的強者故の傲岸不遜。そして泰然自若とした態度を崩すことは無く、大剣を片手に携え静かにシャーロックを睨め付けた。
発したのはほんの少しの怒気。周囲を飛び回る羽虫に煩雑さを感じ発した、僅かな攻撃の予兆。大帝にとっては羽虫や鳥の囀りにただ反応しただけのこと。
別段、すぐさま何かが起きる訳では無い。すぐさま猛攻が繰り出される訳では無い。文字通り大帝は、羽虫を払うための抵抗をするだけ。
しかしそれも、帝国戦力にとっては致命的な攻撃になり得ることを、シャーロックは痛い程に知っていた。
「貴様はあの時から何ら変わらん。相応の力を持つ割に我の思想に殉じず放浪する愚かな男。邪魔だ」
「…来るぞ。構えろ」
大帝が剣を構える。両手で剣の柄を持ち、大きく振りかぶった。
雲を裂き、空を劈く、大剣の巨大さ。それが五十メートルを越える大帝の手に握られていると言うのだから、誰が見ても絶望を感じ得ないだろう。山脈を直下から見上げる時のように、その切先の頂点は人の目に視認できない。
そこから今、振り下ろされようとしている攻撃は、最早抗いようの無い破壊を示唆している。
圧倒的質量。圧倒的パワー。空を覆い尽くすその体躯。剣を振り上げたこの巨人の進撃は、誰にも止められない。
振り下ろされた大剣は、空だけでは無く大地を割るだろう。
大帝の姿に、帝国の面々はそう感じた。
ーーー故に、抵抗する。
「……。何だ、下にも虫が潜んでいたか」
大帝が剣を振り翳したその時。大帝は、両脚が踵からがくりと地面に呑まれる感覚を覚える。
踵骨は全身の骨の中で最も巨大で、その体のバランスを保つ要となる部分。歩く時、走る時、飛ぶ時。果てには攻撃を放つ時にも、あらゆる場面で踵は起点となっている。
裏を返せばこの部分を取れば、どんな人間も機動力が大幅に減衰すると言うこと。
当然、あまりに巨大過ぎる大帝の踵だ。そこらの三階建の建物と同等のサイズで、異常なまでの皮膚の分厚さを誇っている。それを崩すのは容易では無いのだが、
「俺の影の力なら、触れる必要も無い。あのデカブツがどんだけの重量であっても、飲み込んでみせるぜ」
クモナの影は、その質量、巨大さ関係なく、まるで大地に発生したブラックホールかの如く大帝の踵を呑啖した。
(とは言え、とんでもない重量だけどな!?なんて馬鹿げたデカさなんだ!吸引し続けるので精一杯だ!少しでも手を抜いたら一瞬でお釈迦だぜ!?)
無論、クモナの無言の嘆きの通り、簡単に引き寄せられている訳では無い。
他の部分へは全く影の力を使わずに、そして大帝の足の裏全体では無く踵のみに焦点を当てることでどうにか大帝の体制を崩すことに成功している。
それを可能にしているのはハルトを超えるクモナの能力応用術。そして何よりシペトテックの穀物畑による援護が大きい。
「気を抜くなよ黒いガキンチョ。力抜いたら終わりだからな。わかってる?」
「わーってるっすよ!気を抜かないように全力で気ぃ張ってんだ!黙っててくれっす!!」
シペトテックは穀物で大帝の脚を侵食し、彼の肉体を地面に見立てて大きく成長。大帝の歩みを阻害する。
ギリギリと縛り上げるように育つ穀物の茎葉部分と、エネルギーを吸い取る穀物の性質。攻撃性能は無いものの、クモナの影の吸引とのコンビネーションによって動きを止めることには成功していた。
更には肉体内部へも、徐々にだが侵蝕していっている。分厚い大帝の皮膚を突き破ることは難儀であるものの、大帝の筋繊維へと穀物を侵蝕させ、動きを徹底的に抑制する。
これは文字通り、大帝の足枷となるだろう。五十メートル。体重一万トンを越えるイヴァン大帝をも嵌める、二人による桎梏だ。
「ダメ押しだ。攻撃なんてさせねぇよ」
更に、二人の拘束に加えて、シャーロックの能力が発動する。
シャーロックの規律の神の力。十七のコストを使い、触れた物や生物に規律を敷く能力。対象の行動を縛ったり、物体に物理法則を無視させる命令を下したり、あらゆる面で万能な力だ。
今回シャーロックは、大帝周辺の空気の粒子に“停止”を命じた。それは即ち、大帝の肉体の周囲に薄い空気の壁が発生したことを意味する。
本来、大帝に直接、規律を敷くことが出来れば良かったのだが、シャーロックは本作戦で他の部分にも能力を使用しており、残されたコストは十一しか無い。そのコストでは、肉体を欠損させるほどの攻撃はおろか、大帝の動きすら縛ることができなかったのだ。
そもそも十七のコストが万全に残されていたとしても不可能なのだが、それはまた別の話。結局のところシャーロックに取れる最善の手段は、固めた空気で大帝の肉体を覆い、動きを鈍らせることである。
「そうか…。随分と準備をしてきたんだな」
あろうことか、剣を振り上げたままの体制で停止する大帝の肉体。空気の壁を押し広げ、剣を振り下ろそうとするが、踏ん張りの起点を失った身体でそれだけの力は生まれない。
加えて脚に響く僅かに鋭い痛み。ポチやワトスンによる剣戟が少しずつ大帝の脚の皮膚を斬り裂き、脚を両断するまでとはいかないものの、大帝の意識を下に向けさせることに成功していた。
「全員気を抜くなよ。全力で時間を稼ぎ続けろ!」
シャーロックの号令に、一同は更に拘束にエネルギーを回す。
勢いを増す帝国勢力の攻勢に、押されるイヴァン大帝。
彼の動きはギリギリと、錆び付いた機械のように鈍っていった。
「…シャーロック。今度こそ完封勝ちと宣った貴様の決意は、嘘偽りでは無かった訳だ」
大帝は眼科に視界を向け、いつの間にか大帝の脚元に位置を移していたシャーロックに言葉を投げかける。
大帝のことを最もよく知る者の抵抗。屍人として甦り、最早全ての弱点を克服したとさえ言える無敵の怪物に、シャーロックは初手から的確な猛攻で畳み掛けた。
ーーーされど、大帝はここまで、羽虫に対する情念しか発していない。
彼らを敵だと認識していない。立ちはだかる障壁だと感じていない。徹底的に撃滅せんと意識して攻撃をしていない。
ただ周囲を飛び回る虫を払い除けるべく動いただけ。即ち、大帝の本領はまだまだこれからなのだ。
「ーーーで。次は何をしてくるんだ、シャーロック」
大帝は、そう言葉を発した。シャーロックに向けたその発言。されど巨大過ぎる彼の言葉を誰もが耳に入れる。
不穏過ぎる空気が立ち込める。心胆を震え上がらせるような不気味な攻撃の気配。恐怖と言うよりこれは絶望であろう。
大帝からすれば、ほんの少しばかり臨戦体勢に入っただけ。ほんの少しばかり攻撃の意思を見せただけ。されどそれでも、ここにいる全員を竦ませるのに十分であった。
スケールが違う。ここまで全ての攻撃、妨害工作を一身に受け、完全に停止したはずの大帝。しかしそれに相対している帝国の面々が指一本動かせない。
次の瞬間、自分達は自惚れていた、過信していたのだと気付かされた。
大帝はあらゆる対策を紙切れを切り裂くように無為にする。帝国の面々は「見込みが甘かった」と改めて、再認識させられる。
「まずい……」
そう呟いたクモナが上を見上げた時、大帝は振り上げた剣を逆手に持ち替えた。そして固定された空気を完全に押し切り、影の引力、穀物の拘束をあっという間に振り払い。
ーーー次の瞬間、思い切り地面に突き立てたのだ。
「っ〜〜〜!!!!!」
その一突きが地面に放たれた時、文字通り世界は跳ね上がった。
地響き、地震、大地の崩落。それらの言葉全てが生温い。およそ言葉で表せない程の衝撃が地面へと走る。
大地の地層そのものが波打ち、まるで津波のように四方八方の建物を薙ぎ倒す。砂塵と大地の礫は衝撃波と共に周囲に放たれ、巨大な亀裂は蜘蛛の巣のように広がる。遠方の山々で鳥が一斉に、慌ただしく空へと羽ばたいていく。
気付けば、廃墟とは言え建造物で埋まっていたエルギンの街には、夥しい量の瓦礫の山が発生していた。
これがただ剣を突き立てただけの攻撃。飛び回る羽虫を払うためでは無く、敵とみなした者を殺すために放たれた攻撃の一端。されど大帝にとって本気とは程遠い攻撃だ。
破壊の衝撃をなんとか逃れた一同も、視界を遮る砂埃が晴れた後に絶句した。
「じょう…だんじゃ無いぞ…。今の攻撃…、僕様がいなかったら全滅だ!」
インチマリンを乗っ取ったことで地中深くにシェルターを作る技を得たシペトテック。彼によって大帝の脚元にいた帝国軍の面々は退避出来ていた。
石のシェルターを地下深くに用意しておいたことで、どうにか途轍もない規模の破壊から逃れたのである。
とは言え、助かったことに安堵するよりも、破壊性能に絶望する感情の方が大きい。この破壊状況を目にして、まだやれる。まだどうにかすることが出来ると考えるのは些か無謀だろう。
少なくとも戦闘経験豊富で判断能力に長けたシペトテックやワトスンはそう感じていた。
ーーーが、ポチとクモナは違う。振動が止むと再び地上に舞い戻り、すぐさま先ほどと同じ妨害工作を繰り返す。
二人の他にもまだ地上で戦っている仲間がいる。ハルトも、アンデルセンも、マヤウェルも、大きく崩落した時計塔で自身の戦いを続けている。
そう考えると、一撃喰らっただけで早々に諦める訳にはいかないのだ。
既に、挫折も苦難も後悔も、この二月で余るほどに経験している。故に諦めることはしない。途中で投げ出すことはしない。
元より目的は大帝の撃破だ。打破して勝利するか、敗北か。撤退は無く、結末は二つに一つである。
「ほぉ、まだ歯向かってくるか。帝国の小虫ども」
「当たり前だろ。こんなんで挫けるような奴らは元より誘ってねぇよ」
クモナとポチに続き、シャーロックも大帝の前に再び立ち塞がる。
彼らの体躯は大帝に大幅に劣るが、意思の大きさだけは劣っていない。
再度固定した空気の幕を展開するシャーロック。
巨人との戦いは激化の一途を辿る…




