第五十一話 北方平定作戦①
「アンデルセン!!!!!」
「おっす!久しぶりだなぁハルト!あれだぜ、声かけてくれて助かったぜ〜!お陰でこのとーり!ここに戻って来れたってわけよ!!」
シェルターに隠れる皆の元へ帰還したアンデルセン。彼はもちろん一度殺され屍人として甦っているわけだが、シャーロックやワトスン同じく、マリアの支配力が無くなったことで自我を取り戻していた。
時は少し遡り、エルギン本城が崩壊するその瞬間。そこでアンデルセンは自我を取り戻していたのだ。
城の崩壊でハルトが無傷だった理由。それは意識が深淵から目覚めたアンデルセンが、ハルトのことを庇ったからに他ならない。
それによって彼は身体がバラバラに砕け散ってしまったが、再生能力によって肉体を修復。無事皆の元へ、素の状態で戻ってくることが叶ったと言う具合。
日光の下ではあるものの、アンデルセンは『再生の神格者』た。やはりその能力は日光や光の力による消滅を相殺する。生じる痛みも無痛症であるアンデルセンには効果を成さず、結果、万全の状態でアンデルセンは味方として復活してきたのであった。
「うるせぇよ…いきなり現れやがって…、いきなり意識を戻しやがって…!!」
ハルトはぼんやりと滲む視界でアンデルセンの姿を見る。
先程までとは違う、確かな自我。その声色、口癖、雰囲気、立ち振る舞い。視点の動きから歩き方まで、どれもこれもが傀儡であった頃とは違う。
その変化に、ハルトは堪え切れなかった。
まだ何も解決した訳では無いが、アンデルセンが自分たちの元に戻ってきた喜び。それは他全ての目的や脅威を一瞬忘れてしまう程だ。
そんなハルトの前で腰に手を当てて立つアンデルセンは、目の前の青年に大らかに微笑むと、戯けたように自分を見る帝国軍の面々に語りかける。
「なんだぁ?あー、あれだぜ。みんな死体でも見たかってぐらい目を丸くしやがって。そんなに時間経ってないだろ??」
「……経過した時間の問題じゃないだろう。マヌケ」
「っ!おいおいアニキ!よく見りゃめっちゃボロボロじゃねぇかよ!!誰にやられたんだ!?」
ハルト同じく感傷に浸り、珍しく合理的な判断も何も無いと言った様子のレンジを他所に、いつもの調子で彼に駆け寄るアンデルセン。
その光景は数週間前に見慣れた当たり前の景色と同じであった。
北方に来る前、或いは北方に来た後、ハルトがよく見たこのやり取り。お調子者のアンデルセンが鉄面皮のレンジを振り回して繰り広げられる問答の応酬。
屍人になってもアンデルセンの性格とある種の楽観さはまるで変わらない。柄にも無く目頭を押さえるレンジだけが以前の光景とは違うが、それもまたハルトにとっては微笑ましい景色であった。
ーーーされど、大地を揺らす振動は止んでいない。
当然のことだが、アンデルセンやシャーロックが参戦したからといって事態が解決した訳では無いのだ。
(…と、そうだよ。喜んでばかりもいられねぇよな。大帝をどうにかしなきゃってのが本題なんだからよ。気を取り直さねぇと)
ぐいっと無理くり涙を拭うハルト。久方ぶりの再会にテンションの上がるアンデルセンから、シャーロックへと視線を移した。
シャーロックは一瞬驚いたような表情を浮かべたが、すぐにニヤリと口角を上げて口を開く。
「ほーう。随分と切り替えが早くなったなぁハルト。悪くない」
「感動ばっかしてても始まらねぇからな。あんたが出てきたってことは何か作戦があるってことだ。あの化け物を倒す作戦が」
「おう、ますますいいぞ。そこにいるレンジとやらよりも頼もしくなったんじゃねぇかぁ?なぁ?」
「黙れシャーロック。さっさと作戦を伝えろ」
ハルトとの会話の最中、レンジに視線を向け、嘲笑のような笑みをこぼすシャーロック。
遅れていつもの調子を取り戻したレンジは、不機嫌そうにシャーロックの言葉をピシャリと退けた。
「そうだぞ。僕様たちがここでダラダラしてる訳にもいかないだろ。智将と呼ばれるあんたの意見が聞きたいところだ」
「なんだぁ?シェルター作って隊長気取りかよ。だが、まぁその通りだ。お前の力も必要だからなぁ」
後ろからシャーロックへ声をかけたシペトテック。唯一アンデルセンとの再会に感情を揺れ動かさなかった彼だが、シャーロックにシェルターを作り出したのが自分だと看破されてやや目を丸くした。
しかしシペトテックの発言は芯をついている。アンデルセンの登場にばかり気を取られている場合では無いのだ。刻一刻と迫る破滅のカウントダウンにどうにか対応しなければならない。
大帝は歩みを止めていないものの、現状こちらのことを全くもって脅威だと認識していない今こそ状況こそ、得難い好機である。
十全の体勢を整えて大帝と対峙する。今がその最後のチャンスなのだ。
一同は固唾を飲んでシャーロックの次の言葉を待った。
「よし、仕切らせてもらって悪りぃが、ぼちぼち始めるとするか。これが北方動乱最後の戦いにして、下手すりゃ世界の命運を分ける決戦。
あの馬鹿げたデカさの巨人をぶっ倒す。“北方平定作戦”を開始する」
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十八年前の北方大戦。北方統一及び、北方帝国建国を目論んだ大帝が敗北した理由は大きく三つ。
一つはシャーロックの存在。
本来であれば天地が翻っても負けるはずの無い戦力差。美食家、鮮血女帝、黄金龍と言った名うての神格者の配下。帝国の隊長格と比べても見劣りしないレベルの強力な同盟者たち。しかし彼ら彼女らは、徹底的に弱点を調べ上げ、奇跡的に最適解を取り続けたシャーロックの計略により討伐される。
それほどまでに彼が立案した作戦と、それを叶える実行力は大帝にとって脅威であった。
シャーロックの頭脳と、ある種のカリスマ性は北方の歴史上で見ても、あるいはより広域に目を向けたとしても、特異点以外の何者でも無い。
結果として北方神格者連合にも甚大な被害は出したものの、シャーロックら有力な人物らは一人も欠けることなく、じわりじわり。這い寄る蛇のように大帝の首を絞めた。
大帝は死ぬ直前までシャーロックの策略を看破出来ず、結果として“相打ち”にまで持っていかれてしまったのだ。帝国の助力も借りずに大帝を収めるとは、誰も予想しなかった展開であろう。
二つ目は病。
大帝は病を患っていた。否、正確には病を罹患させられた。
大帝は方々に敵を作り続けた男。力のみを正義とする在り方は時に、内側にも敵を生み出した。
その内の一人が彼の私設兵団オプリチニキの隊長。外部から連れてきたため謀反の恐れも無く、大帝が最も信頼していた男。『冬の眼』ジェントリーだ。
初期、順調に進む北方帝国建国への道に安堵した大帝は躍進よりも保身を優先した時期があったのだが、退屈を極端に嫌うジェントリーはそれを許さない。
表向きは野心も無く、ただ冷徹に命令を遂行するだけの機械として認識されていたものの、退屈を疎むその性格だけは一貫していたのだ。故にジェントリーは、冷結能力で大帝を蝕んだ。
決して、直接的な攻撃を加えた訳では無い。元来大帝が肺に患っていた僅かな炎症。それを見抜き、冷結能力で悪化させ、病として成立させただけだ。
言うなれば謀反とも、反乱とも違う。自身の命の終わりを察した大帝が焦燥を抱き、早々に北方統一作戦の決行に踏み切るように仕向けただけ。
彼の思惑通りに大帝は動いた。焦燥に駆られ、決断を早め、蹂躙を激化させた。されどその病の代償として、北方大戦の最終決戦時には格下の相手にも遅れを取ってしまったが。
三つ目。近隣諸国の援助。
大帝の躍進によって脅かされる危険性を孕んでいた北方周辺諸国。特にエルギンから程近い西大陸に位置する小国は、大帝が勝利してしまった後、次の標的にされる可能性を危惧していた。よって直接兵力を動かすことはあらずとも、兵器の供給及び、経済的支援。そして財源の遮断等、北方神格者連合に援助を行う。
帝国はこの時期、反帝国主義や影の神子、そして裏に巣食う悪魔教団との戦いに支援が出来なかったが、周辺国家による後援だけでも、大帝にとっては十二分に向かい風となった。
特に数百基の対巨獣用ミサイルや数百トンを越える量の爆薬は、北方神格者連合のみでは用意できなかった代物だ。
下手をすれば四桁トンにも及ぶ爆薬がただ一人の人間に用意されたことからも、誰もが大帝を疎ましく思い、排除するべき対象として見ていたことがよくわかる。
少なくともこれらの要因と不運、そして環境的逆風が重なり、大帝の野望は阻止されたのであった。
しかしながら、これだけの枷を一身に受けながらも、大帝が齎した被害は一千年以上の歴史を遡れど他に類を見ない。
以下は大帝個人による被害の実情だ。
判明しているだけでも死者は二十万人以上。大小合わせ六つの港が破壊され、十二の村が消滅。三つの村が半壊した。侵攻によって四つの国家がその機能を失い崩壊。河川はいくつも封じられ、山岳は一つ、地図上から消えたと言う。
自然災害を併発したことによる二次被害は計り知れず、約一万人の餓死者が発生。それにより病も随所で蔓延し、影響は四年に渡って北方を苦しめた。
被害は人的被害だけに留まらず、絶滅した生物は四種類。また、家畜や農場、工場が破壊されたことによる産業の衰退。経済的大打撃。他大陸国家とのパイプラインの事実上の消滅。
それらは周辺諸国が支援物資、もとい人材を派遣しようと数年で復興が叶うものでは無い。事実、十八年の時が経過した今でも、人が消失し、廃墟と化した村や街が多々存在する。件の屍人が自由に行動しやすかったのもこの背景が起因していると言えるだろう。
とにかく、大帝による被害は計り知れなかった。
北方中で大帝が憎悪されている理由も、その娘であるマリアたちが虐げられた理由も、この実情を知れば納得出来てしまう程に。
悍ましいのは大量の呪縛、桎梏を身に受け尚、この被害状況と言うこと。仮に大帝が万全の状態であったのならば、被害はこれだけでは済まなかったかも知れない。
『巨人の神』。それは止まることを知らない破壊の化身。恐怖の権化。
最早人の力で止めることは不可能。日光ですら、巨大過ぎる肉体を滅ぼせない。ジャックや天帝など、皇帝級と称される実力者がいてようやく対処可能な標的。
ーーーその巨兵が今、進撃を開始した。
「無様な景色だ。我が統べていた頃と、何ら変わらん」
地上約百メートル。その視点から大帝はエルギンの国を一望する。
大戦前と変わりない景色。人が死に絶え、文明が途絶え、何も生み出さなくなった無用の国。そんな国を踏み潰すことすら億劫だと言わんばかりに、大帝は進路を変えた。
エルギンを一瞥し向かうは、隣国バルメナック。
エルギンから近いため国民の避難は済んでいるものの、屍人の動乱以前は商業の中心地として栄えた国だ。当然、まだそこに居残っている民も存在する。
大帝がバルメナックを目指した理由は、ただ近かったから。
近くにある国から踏み潰し、破壊する。目についた生物から握り潰し、鏖殺する。大帝の目的は今度こそ北方を均し、自身の帝国を作り上げること。それ以外には何も無い。近くの大地から踏み平すのは、彼にとって朝飯を食べるのと同等に至極当然のことであったのだ。
帝国への伝達を任されたベンケイたちは、ひと足先に北方全土にある帝国支部へも連絡を回し、大帝の被害を少しでも軽減させることを画策しているが、文字通り大帝の足元にも及ばない人々が何か対策を練ろうとまるで意味のないことだ。
それこそジャックや天帝などの援軍以外は実効性に乏しく、ほんの少しだけ北方の人々の命を延命させる手段でしか無い。
人民の避難が済むよりも先に、大帝が北方全土を均すであろうことは、最早自明の理である。
大帝は眼下に広がる建物を一瞥すらせずに、一歩、また一歩と大地を揺らした。
「今一度。いや、今度こそ。我がこの地平をーーー……?」
その時、大帝が前方に光る対象を見つける。
眼下をまるで顧みず、目の前にしか意識を向けていなかったからこそ気付いた異変。
エルギンの時計台。城を除けば最も高い建物であり、本城が崩壊した今、唯一の高層建造物。
そこの頂上の物見台から、光を反射する鏡面が顔を覗かせていることを、大帝は視認する。
(なんだ、あれは)
「ーーーさぁ、作戦開始だ」
カーン、カーン、カーン…
ぽつりと作戦開始を呟いたシャーロック。鉄パイプによって叩かれた時計台の鐘。
その鐘の音が街中に響き渡る。それと同時にーーー
「っ!!」
あの大帝すら反応出来ない速度、誰の目にも止まらぬ速度で飛来した爆弾が、大帝の鼻先に当たり、大爆発を起こした。
これより、数ヶ月に渡った北方動乱の最終戦。甦ってしまった大帝を討伐するべく集った精鋭たちの死闘が始まる。
シャーロックが練り上げた“北方平定作戦”が、爆発と共に幕を開けたのだ。




