第四十九話 崩壊
(目覚ましてくれって言っても…通じねぇよな…)
アンデルセンと対峙するハルト。見慣れたアンデルセンの猛攻を躱しながら、どうにかして彼を元に戻す手段は無いものかと考える。
声をかけ続ければ意識を取り戻すだろうか?光の力で意識だけを浄化させることは可能だろうか?望み薄ではあるが、シャーロックが何かしら策を巡らせているだろうか?
自分が必死に彼を肉体を、精神を叩けば、アンデルセンは元に戻るだろうか?
否、それらは夢物語だ。屍人として現れたアンデルセン。その姿から分かることは、完全に意識を掌握されてしまっていることと、彼が一度殺されて、屍人として甦生されたということのみ。
あらゆる策を弄したところで、何か思案したところで、彼の耳にハルトの言葉は届かないだろう。行動原理は主であるマリアの命令。ただそれだけだ。
あの日、殿として戦場に残りマリアに殺された彼は、文字通りもう戻らない。戻ってこない。
「…しかし、よぉ…、こんなにも変わるもんなのか?なんか強くなってない??アンデルセン…」
屍人として甦ったアンデルセン。ハルトの目測通り、彼の戦闘能力はあらゆる面で向上していた。
と言うのも、彼の直線的且つダメージを顧みない単純明快な戦闘スタイル。屍人となって余分な意識が排除されたことで、そのスタイルがより強力なものに昇華されていたのだ。
手に持つ幅広の刀は、以前よりも万力を込めて振るわれる。肉体が壊れること、或いは情によっての手加減することなどは最早無い。
その両脚は常に前へ前へと動き続け、その拳は常に敵の元へと放たれる。攻撃を喰らう前に自身の肉体を斬り離し、胴と下半身が離れた状態で動き回る異常な戦い方は以前のアンデルセンであれば出来なかった離れ業であろう。
逆に彼をどうにか元に戻したい。否、できる限り傷つけたく無いと考えるハルトは、徐々に押されてしまっている。
覚悟はしてきたはずだった。彼が命を落としていることも、この場に現れるであろうことも、わかっていたはずだった。
されど、この二ヶ月。最も自分の近くで自分を育ててくれた相手を、身内がいなくなった一人きりの生活を支えてくれた男を、ハルトは進んで攻撃することができない。
もっと言えば、敵に利用され、顔つきも、戦い方も何もかもが変わり果てた彼の姿を見て、その覚悟はひっそりと確実に揺らいでしまったのである。
されど、ローラのコネクトが切れたことからわかる、こちら側の局所的な劣勢、苦戦と苦境。唯一屍人に対抗し得る手段を持つハルトの力は、これより更に必要になってくることだろう。
シュウとの戦いでは、自分の力不足から全滅の危機に陥った。
ダッキとの戦いでは、自分の油断から敗北を喫した。
あの村は、自分の甘えが崩壊させた。アナスタシアは、自分の弱さのせいで辱めを受けた。
そしてアンデルセンは、自分の過ちが殺した。
ハルトはアンデルセンの攻撃を捌きながら、苦渋を飲んだ過去を回想する。
生きて戦う仲間たちの足を引っ張ってはいけない。今も命を張っている仲間の足枷になってはいけない。
自分は一人間である以前に今は帝国の兵士だ。感情を責任で抑え込まなければならない時がある。その責務は真っ当しなければ。ハルトはそれを心から理解していた。
(………っし、しゃーねーよな。こればっかりは、俺がけじめつけねぇといけない問題だ…!…さぁ、本腰入れっぞ)
一旦距離をとり、パンパンっと両手で頬を叩く。ほんのり赤く腫れた頬はしかし、その目に宿る光と共に覚悟の表れであった。
そして拳を、改めて強く握った。光が集中し、まるでグローブかのように拳全体に纏われる。肉体の練度もさることながら、その光の内包量は、ローラの能力の加護もあり抜群に増加しているのだ。
ハルトの強さは、数週間前とは比べ物にならないだろう。
「いくぜ…アンデルセン!」
ハルトとアンデルセンの本格的な戦闘が始まる。
全速でアンデルセンへと向かう。その勢い、以前よりも爆発的な破壊力。
既に一般兵士どころか帝国の副隊長クラスの戦闘能力を有するハルトは、その気になればアンデルセンにも遅れを取らない。
頬を掠める拳と切り返し放たれる左脚の蹴り。パシッと手で受けるアンデルセンに光を放つ。その光が回る前にアンデルセンは肘から下を斬り落とすが、それ以上の光の放出でアンデルセンを吹き飛ばした。
光の暴風に押し返されるアンデルセン。追い討ちをかけるようにハルトはそれを追った。同時に、
「ちょっくら隙が出来たなっ、!」
連続していた組み合いの合間、そこで放たれた光弾は壁を駆けるアンデルセンを追跡し、その前方に待ち構える形でハルトは挟み撃ちを狙った。
確実に捉えた。そう確信したが、
「っー!おぉ!」
アンデルセンは身を翻し、光弾を刀で受け流すと、その軌道をハルトへと向けてその窮地を脱する。
光弾の炸裂によって一瞬怯むハルト。その隙を逃さず再びアンデルセンの連撃が走る。刀の側面に拳を当てどうにか斬撃を肉体に喰らわず切り抜けるが、壁面も、天井も、部屋の四面全てを床のように捉え追跡してくるアンデルセンの猛攻に、大業は繰り出せずにいた。
先ほどのような隙は無い。止まないアンデルセンの拳を、刀を捌くので精一杯だ。
(ちくしょうアンデルセン…屍人になってより一層むちゃくちゃ度が上がってるな…!)
肉体が砕けるのも厭わず、ガシガシと壁面へと脚を突き刺し移動するアンデルセン。彼自身の能力と屍人の再生能力が合わさり、爆発的にその速度が向上したが故の芸当だ。
ハルトが光の煙幕を放出し一時的に視界を奪おうと画策するも、それを察知したアンデルセンは腕ごと刀を投げつけ、その腕が再生する際に発生する肉体を引っ張る引力を利用して移動。
当然、防御に回るしか無いハルトは技を放つことが出来ない。
屍人になったが故に向上したが再生能力と、自我を失われたとしても肉体に残る生前の直感力。そしてそれらを踏まえた荒々しくもトリッキーな戦い方。
生前のアンデルセンと幾度も打ち合い修行を行なっていたハルトでさえ、瞠目し、受け切ることがやっとな状況だ。
「っチ!!なんだよ全く!屍人になって前より強くなってんじゃねぇよ、アンデルセン!!」
「………」
再生の引力を利用して急接近するアンデルセンに恨み言を言い放つ。
しかしその声は無論、彼には届かない。
振りかざされた刀の斬撃を紙一重で避け続けるハルト。アンデルセンは彼を切り離した腕で拘束。そのまま放たれた右脚の蹴りはハルトの腹部を打ち付け、彼を激しく壁面へと吹き飛ばした。
追い討ちのように放たれる拳の雨。胸と頭の前で腕を交差させ攻撃を防ぐが、壁へとめり込むハルトは背中に強烈な痛みを覚える。
そして壁にヒビが入ると、そのまま部屋をぶち抜く形で両者の戦闘は広範囲へと展開していくかと思われた。
「……オッケー。それでいい…。一瞬びっくりしたがよー、その動きはよく知ってる。その直線的な動き。アンデルセンはこうじゃなくっちゃな」
されどその予測とは裏腹に、ハルトは右拳をコツンと、アンデルセンの胸部に押し当てる。
そして今まで防御に回していた光の力、纏っていた光さえも全てを拳に集約させた。瞬きすらも許さない速度で拳に集められたその光は、これまた予備動作など殆どなく拳の方向へと射出される。
まるで砲弾、否、ミサイル弾の如き速度と圧力で放たれた光は、アンデルセンがハルトに教えた技の一つだ。
「大神の槍マイナーチェンジ版だぜ」
空気を裂き放出される圧倒的な初速、圧倒的な破壊力を持った一矢。即席とは言え光帯は鋭く、アンデルセンの胸部を正確に貫いた。
“マイナーチェンジ版”とハルトは言ったが、侮ることなかれ。ハルトの技量が大きく向上したことにより、修行をしていた頃、或いは北方に来てすぐの頃の大業に即席の技の威力が匹敵している。
言わば、ただの突きと同じ感覚で当時の溜め技を放てる感覚。出来る限りアンデルセンの肉体を損傷させず、一撃でアンデルセンを倒すことを考えていたハルトは、アンデルセンの攻撃が直線的になるのを待って技を放った。
屍人と化したアンデルセンもどこか愕然とした表情を浮かべる。先ほどまで続いていた殴打も止み、反動で地面に尻をつくハルトと、胸に大穴を空けて目の前に立つアンデルセンどちらも静止していた。
これにて、甦ってしまったアンデルセンの侵攻も終わる。ハルトにとっては過去の自分の行為と後悔にケジメをつけ、また一歩前に進める。そして北方を平定し、成果を得て帝国へと帰れる。
……はずだった。
「……って、おい、おいおい…。おいおいおい!なんで再生してんだよアンデルセン??今俺は、お前を光で貫いたはずだろ!?」
胸を光によって貫かれ、塵が舞うように消滅するだけだったはずのアンデルセンの肉体は、予想に反してじわじわとその胸の空洞を埋めていく。
肉がウネウネと蠢き、空洞を補修していった。
静止していたアンデルセンの動きも再開され、足がハルトの方向へと進む。目には生者としての光は戻らずとも、消滅を待つだけの屍人のそれとは別の闘志と殺意。二つの意志が宿っている。
そう。アンデルセンは光の力で攻撃されても、肉体を再生して継戦可能であった。
(…そうか!屍人の再生機能は光の力で攻撃すれば無効化出来る…。けど、アンデルセンが持つ『再生の神』の能力は無効化出来ないんだ!)
ハルトの推測通り、光の力で屍人の機能を封じることが出来ても、元来持っている再生機能は封殺出来ない。
思い返せば前例はあった。
シュウやダッキのように、元々神格者としてのレベルが高く高度な治癒能力を有していた屍人は、若干光の力の効果が薄かった。神格者としての治癒能力と光の力の破壊力がぶつかり合い、部分的に相殺されていたのだ。
そして、アンデルセンはその更に上。治癒能力では無く再生能力を元来持ち合わせている。
ーーー即ち、現在のアンデルセンは、彼が自らの意思で自らの再生の権能を停止させない限り、無敵であった。
「っんな、バカな…!流石に無法すぎるってんだよアンデルセン!?んなのどうしろって」
アンデルセンの名を冠した心を持たぬ殺人兵器。屍人たる彼は対ハルト戦において三度目の猛攻を開始する。
先ほどと変わりない進撃。ハルトが技を放つよりも先に激しく殴打し、足蹴し、打擲し、執拗に彼を追い詰める。
変わったのは追い詰められているハルトの心境であろうか。彼はアンデルセンの肉体を出来る限り傷つけたくないと思案していたが、それは見込みが甘過ぎたと猛省する。
屍人の再生能力とは別で再生能力を有するアンデルセン。彼を消滅させる手立てはその肉体を一瞬の内に、跡形もなく滅却すること。
加減など以ての外、怯む隙すら与えず、目、口、肉体。あらゆる全てを消滅させる他ない。
だがしかし、それはハルトにとって非常に酷で、非情な要求である。
肉体に、余すことなく痛打を加えられているハルトは、それとは別で、思考に痛みが走るのを感じた。
(…くそっ、アンデルセンめ…。なんでこんなによぉ…、こんな皮肉ねぇだろ!倒すべき存在になっちまって前より強くなるなんてよ……。ちくしょう…!俺は、お前を傷付けたく無いんだよ!!)
この期に及んで、未だに攻撃の手に迷いが残るハルト。彼は自分の未練たらしい矮小さと、こんなにも往生際の悪い自身の性格に、嫌気がさした。
勢いは目に見えて、落ちていく。
勢いは落ちる。されど戦況は動く。
ハルトが逡巡している最中にも、ポチは城内を駆け回り、ローラはアシュラに苦戦を強いられ、アナスタシアはマリアの説得に動いていた。
刻一刻と変わり続ける戦況の中、自分に辟易としながらも彼が思ったこと、
(……後悔はしねぇ…、二度とヘマはしない…。もうあんな思いはしないって決めた…!…だから…、だからよぉ!)
アンデルセンのことをよく知るハルトが、この戦闘で後悔しないように。後で自責の念に苛まれぬようにやらなければならないと思ったこと。それは。
「…だからよぉ、戻ってこいよ!!アンデルセン!!」
「………」
それは、心の底から叫ぶことだった。
思い返せば、アンデルセンと会ってからしていなかったことだ。
戻らないとわかっている。仲間の足を引っ張ってはいけないこともわかっている。何度も失敗し、後悔したことも鮮明に思い出す。いち早くアンデルセンのことを倒し、仲間の元へ向かわねばならないこともよくわかっている。
それでもハルトは、叫ばずにはいられなかった。
「これで届かなかったら諦めるよ!だからっ!だから今戻ってこいアンデルセン!!!俺のせいだけどよ…俺のせいなんだけど!いつまでもいいようにされたまんまでいいのかよ!?なぁ!?」
自分勝手甚だしい、まるで子供のような訴え。
「いいようにされてんなよ!いつものアンデルセンだったら、そんなの気にしないじゃねぇかよ!俺の失敗をまた笑い飛ばしてくれって!なんてことねぇって励ましてくれって!また、稽古つけてくれよ!!なぁ!!」
「………」
一瞬緩んだアンデルセンの攻勢。
ハルトの声が、先ほど空いた部屋の穴から抜けていく。
枯れた空間に響き、空気を震わせ、アンデルセンの耳へと届く。
「約束だったろ!また一緒に修行するって!だから!戻ってこい!!戻ってこいよ!!!アンデルセン!!!!」
戦闘の最中、鼓膜を破らんばかりの咆哮が、大気を震わす程の絶叫が。熱気が、衝撃が。確かに、一直線にアンデルセンへ。
ハルトの思いはアンデルセンの魂へと届くか否か。マリアの支配から彼を解放させることは出来るか。
結末は、数秒ののち明らかになる。
ーーーしかしその瞬間、
「………!?」
ーーー激しい揺れが二人を襲い、城は崩壊した。




