第四十五話 窮鼠①
「やばいやばいやばい〜!僕様の子達が〜!!」
インチマリンによる城内侵攻組の分断、それを逃れたシペトテックであったが、対するジェントリーとの相性は絶望的であった。
シペトテックがどれだけ種を蒔き穀物の神の能力で大地を侵食していこうと、ジェントリーの霜の神の能力がそれを悠々と防ぐ。
植物にとって、特に穀物に至っては氷点下の温度など致命的だ。種子から冷結し、凍りつき、ものの数秒で生命活動を終える。
シペトテックの力は穀物を瞬時に育成し、育成した穀物にて索敵、或いは地表のテクスチャを塗り替えると言うもの。やがて塗り替えたテクスチャを使用し敵を拘束、洗脳、敵の神経をも穀物で侵食し自由を奪う凶悪な能力だ。
が、それも凍ってしまえば何の意味も成さない。
シペトテックは初めジェントリーと相対した際、「お前如きに僕様の子達を止めれないでしょ」と余裕綽々であったが、その読みは大きく外れ、倨傲は彼の顔から引き剥がされていた。
逆にジェントリーはまるで表情を崩さず、植物のようにどこまでも鷹揚と、何食わぬ顔でその場に佇む。
生物による攻撃一辺倒のシペトテックは、ジェントリーにとって警戒を上げる程の相手では無い。
確かにクアウトリ家の血を継ぎ、実践経験もマヤウェル同様に豊富だが、やはり能力の相性が絶望的に悪かったのだ。
(どうしようどうしよう。意気揚々と来ちゃったけど、このままじゃヤバいよ!僕様がコイツどうにかしなきゃなのになー!)
ローラとアシュラ。ハルトとアンデルセン。クモナとワトスン。その三つの戦場とは違い、両者の実力は拮抗していない。実力差、経験値の差ともにシペトテックがよもや負けることは無いだろう。
それでも、現状シペトテックに打つ手は無いのだ。何とか第三者による介入を待つ以外には現状を打破する術が無い。
と、思われていたその時。
「おーいシペたん!首尾はどうだーい!」
「っ!その声は!」
彼が待ちに待った援軍がようやく現れる。
突如後ろから発せられた声にシペトテックが振り返ると、そこには巨大な砲塔を携えて走り来るマヤウェルの姿があった。
ゆさゆさと綺麗に整えられた長髪と、乳房を揺らしながら走るマヤウェル。
身の丈より遥かに巨大な砲塔が得意の武器であるにも関わらず、何食わぬ顔でそれを担いだ彼女はかなりのスピードでシペトテックの元へと駆け寄った。
シペトテックにとって願ってやまなかった援軍の到着。
しかしながら、シペトテックは即座に「まずい」と感じた。胸中に不安が走り、彼女がいきなり爆弾を放つのではと肝を冷やす。その不安の原因は、マヤウェルの能力である。
当然、シペトテックの懸念をマヤウェルも感じており、文字通りにこの場の空気感を把握している。
そのため、爆弾を放つことはしなかったのだが。
彼女は初め、爆弾で木っ端微塵、瞬発力で勝るシペトテックはどうにか爆発を防げるはず。なんて脇の甘い作戦を画策していた。されど氷点下での爆発となれば話が変わると瞬時に理解したのだ。
理由は単純。氷点下では空気の密度が高く、衝撃はある程度速度を落とすものの威力が高まるから。
まずもって爆発の勢いが拡大することは、自分やシペトテックを巻き込んでしまう可能性が上昇することを意味していた。
それだけでは無い。爆弾の外側の部分は、冷結している空間ではガラスのように弾けてしまう。即ち爆弾による殺傷力が上がると言うこと。
もしシペトテックが穀物の力で爆発の衝撃を防げたとしても、散弾の如く散った金属の破片は鋭利な弾丸として彼を襲うだろう。
無論、屍人であるジェントリーはそんな爆発を喰らえど肉体を再生させることが可能で、結局は足止め程度にしかならない。
シペトテックの犠牲を持ってして、ようやく足止めが叶うとなるならば、それは不釣り合いなディールであると言えよう。
故にマヤウェルは爆弾を放つこと無く、シペトテックの隣に控えた。打開策が無いことは無いが、準備が必要である。そのためにも今は時間を稼ぐ必要があるのだ。
「てことで〜シペたんはさ、岩人間を探してきてよ。ここは私が受け持つぜ〜」
「岩人間?あぁ、僕たちを分断させた奴か。でもいいのかマヤウェル。僕様ほどじゃ無いにしても、君も相性悪いだろ?」
「んー、心配ご無用。シペたんよりは相性良いから〜笑。とにかく今は時間をかけてる暇無いんだよね〜」
「…どうした。いつに無く焦ってるじゃん?…何か、あったのか?」
「うん。まぁ、ちょっとね…。大帝がさ、復活したっぽくてさ〜」
「!?!?」
目に見えて動揺するシペトテック。それもそのはず、マヤウェルの言葉が本当だとするのならば、帝国軍が最も恐れていた事態が起こってしまったと言うことだ。
きっかけさえあれば大帝の能力にて自分達は木っ端微塵に轢き潰されるだろう。二人はそれを恐れている。
同時に、まだ大帝が顕現していないことを鑑みると玉座の間にて何かあったのだと推測できた。
復活はさせたものの切り札として懐に忍ばせているのだろうか。何にせよ、今のうちに大帝以外の厄介事を全て片付けておく必要があることは確実だ。
それを把握したシペトテックはすぐさま能力の展開を停止し、踵を返してインチマリンの索敵を行う。
「わかった、じゃあ僕様はすぐに岩人間を探し出す!マヤウェルも気をつけてよ!」
「うーん。まぁぼちぼちね〜」
一旦、その場から退避しようとするシペトテック。
ジェントリーは彼を逃すまいと大地の凍結を進めるが、
「させないよ〜〜?」
マヤウェルは地面の石畳にあるものを放つ。
それはミサイルのような形状で地中を潜航し、奥深くにて爆発する爆弾。
冷結していない空間で爆発することで二次被害を防ぎ、されど地面を破壊することで冷気の逃げ道を作る完璧な作戦。
その策を理解したジェントリーは、ドヤ顔のマヤウェルを苦々しい顔で見つめ、これより起こりうる爆発から逃れるように自身の身を小さく屈めた。
ズゥゥゥッンンン!!!
大気を押し出す衝撃と、大地を揺るがす轟音が一気に押し寄せる。
瓦礫と砂埃が舞い散るのと同時に、二人の身体は浮遊感に襲われる。
つまるところ地面の崩落。城の外からでも観測できるほどの激しい破壊状況。その直上にいた二人は木の葉のように舞い上げられ自由落下を始めた。
「空気の読めねぇ奴だよ、折角分断したとこだったのになぁ」
「連れないな〜初対面なんだからそんなこと言うなよ〜。ま、少し遊ぼうぜ〜?」
顔を上げた時、既にシペトテックはインチマリンの索敵を終えその場にはいなかった。
即ち、マヤウェルとシペトテックのスイッチは成功。
ジェントリー対美貌の爆弾魔の戦いが始まる。
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「さて、そろそろ誰か来る頃かな」
冥府に作られた仮初のエルギン本城。各々が各所で戦闘を繰り広げる中、この男は地下深くにてその身を隠していた。
およそ八十年前の貴族服をダラっと羽織り、熱々のコーヒーが入ったカップを口に近づけるインチマリン。カップを持たない手で不格好に伸びた髭を弄るが、その風貌はまるで年季の入った骨董品のようで、どこか慇懃さを感じさせた。
天井部分から吊り下げられた橙色のランプ。床に敷かれた高貴な真紅のラグ。テーブルも椅子も、何なら書斎までもが完備されたこのシェルターは上階の激しさとは裏腹に、静けさと風雅さを帯びている。
ここはまるで、どこか古城の一室のようだ。
「光の神子が索敵してくるか…。それともあの素早い少女が襲撃してくるか…。はたまたあの穀物がまたこの城を侵食するか…。さて、どれも悩ましいところだ」
冥界領域の更に地下。と言うと中々理解に難儀なものであるが、兎も角、彼がいるのは地下である。
例えハルトが位置を割り出そうと、余程の破壊力が無い限り地下への道は切り開けない。ポチやローラであっても同様。何層にも張られた石の壁を全て切り開くのは不可能に近いだろう。
シペトテックの穀物畑の侵食であれば話は違うかも知れない。が、それも勘付いた瞬間に地下シェルターの位置を移動すれば良いだけの話。
つまるところ、何があろうとインチマリンの安全は確保されていると言う訳だ。例え大帝が暴れ回ろうと、地下深くにいる彼には振動しか伝わらない。
「うん。まぁ、大丈夫そうだな。私はゆっくり、昼寝でもするか。今が昼か夜かわからんと言うのは別にして」
彼がここまで安全に固執すること。それは一重に彼の性格故だ。
彼は生前から、深謀遠慮な男。
懐疑心の塊で人を信じず。臆病で自らの手を汚すことも一切せず。されど自身の野望のために姑息に手を回す野心家。
危険があればすぐに身を隠そう。命が脅かされたならば背を向け全力で逃げることも厭わない。
しかしその性格が、彼の北方での地位を押し上げたとも言える。
結局、一度目の人生は病に倒れたインチマリンだったが、彼はこの二度目の人生をより謳歌することを決めている。
屍人の主人たるマリアには逆らえない。しかし最低限の命令を聞き受ける以外は自由であった。
時折、城内の石を動かすだけで、“敵を侵害している”と判定されるため、マリアに叱責を受けることも、消されることも無い。
後は悠々と地下シェルターにて上階の人間が滅ぼし合うのを待つだけだ。彼は別段、屍人側の勝利を願ってもいなければ、帝国側に勝って欲しいとも考えていないが。
まず屍人の主人が死ねば晴れて自由の身。そうなれば、屍人の身体に生前の知識、経験。一度目の人生以上の自由は確約されているようなものである。と彼は考えていた。
「さて、そろそろまた動いておくか…ーーーと…。何だこの音…?」
自身の安全を確実なものにするため、数分ぶりに動き出そうとするインチマリン。だがそんな彼は上階の不自然な音に気付いた。
それは先ほどジェントリーに向けて放ったマヤウェルの爆弾の音。けたたましいまでの爆発音。
マヤウェルが城外にいたことを認識していたインチマリンは、彼女の登場に驚いた。
つまるところ城外にいた二人の神格者は討伐されたことを意味しよう。それは屍人側が劣勢であることと同義だ。
だが、それはさしたる問題では無い。屍人の主人が討伐されることは彼にとって問題のないことである。後は目覚めた大帝が光の神子さえ殺してくれれば、インチマリンを感知するものはいなくなるだろう。
では彼が真に恐れた音は何か。それはーーー
「チッ!!この音!また穀物の侵食か!!」
シペトテックの穀物畑による侵食である。
マヤウェルの援護によってジェントリーとの戦闘から離脱することが叶ったシペトテックはすぐさま索敵を開始。
最初に出会っていた記憶と匂いを材料にその位置を算出した。
そしてインチマリンが地下深くにいることを確認してからは、下へ下へと能力を発動。十、二十にも張られていた石の防壁は、瞬く間に、まるで豪雨の後の大地のように侵食されていった。
インチマリンは冷静さを取り戻すと地下の石を駆動させ、地下シェルターを横へと移動させる。
確かにシペトテックの能力は万能に近いが、流石に能力が作用する距離には限界がある。とりあえず逃げ仰ることだけで言えば可能なはずであった。
ーーーそう。つい数秒前までであれば可能であったのだ。
「なっ…!動かない!!地下シェルターが、雁字搦めにされている!?嘘だろいつの間に!?」
その実、シペトテックはインチマリン以上に用意周到であったのだ。
地下に身を隠していることがわかった瞬間、マヤウェルが放っている爆弾の爆発音に乗じて、種子を地下へと放っていた。そして今、その種子から地下茎の如く穀物の侵食が始まる。
敢えてわかりやすくインチマリン周囲の石を侵食することで、他部分の侵食には気付かせなかった。否、そもそも気付けるものでは無い。人間の足音や戦闘音なら難なく聞き取れるが、ただ種子をそこに置くだけの音を拾える訳も無かった。
「まずいな…。このままではーーー」
「そっか。このままでは、何がまずいんだ?」
「…くっ…。もうここまで…!」
頭を抱えて懊悩するインチマリンの背後には、既に地下シェルターまで地盤を侵食し終えたシペトテックが、天井からひょっこり顔を覗かせている。
「…驚いた。まさか、十数秒でここまで到達してくるとは…。…だが、まぁ問題は無いんだよ。私の『石の神』の能力は自分の意思に応じて石を操る。今、この城を形成している石は全て僕の意思と繋がってるんだからね」
「あのさぁ、まず僕様の質問に答えろよ。駄洒落みたいな能力をツラツラ説明して欲しいだなんて、僕様は言ったか?」
「…そうだったっけか。どんな質問をしてたかな。すまない年寄りは忘れっぽくてね」
「何がまずいかって聞いたんだよ。その口ぶりだと何か策があるんじゃ無いの?」
「…あぁ、そうだ。確かにそう言っていたね。まぁこのままでは…ね」
わざとらしく手を叩いて見せるインチマリン。
腰の曲がって怯えた、生気のない顔。それにしては随分と彼は冷静であった。
それに対して苛立ちを隠せないシペトテック。
だが、彼が怒りを抑えずに言葉を言い終えるより先に、インチマリンが口火を切った。
「ムカつく奴だな。お前、僕様をナメてるのーー」
「巨石郡動」
彼の言葉と同時に、上階の石が胎動を始める。
先ほど、城内へと帝国軍が侵入した際と同じ技。城内侵入組を分断し、城の造りを内部からガラッと変えたあの大技だ。
それはかなりのエネルギーを使う上に、城を細部まで知らなければ発動の出来ないものではあった。つい先刻までであればなかなかこの技の発動は難しかったであろう。
とは言え、インチマリンは自身の生命が危機的状況にある時、座して待つだけの人物では無い。
シペトテックと会話を重ねたものの数秒で城内の状況を今一度正確に把握し、その石を動かす準備を整えていた。
「…いいか?さっきお前達が入ってきた時に全員轢き潰すことも出来たんだ。けど、それをしなかった。何故だと思う?」
「…」
「怖いからさ。人間だって手のひらサイズのデカい虫を叩いて潰すのは気が引けるだろ?勇気がいる作業だろう?意思が石と同化している私はその感触を直で味わうんだ。最悪だよ。
…とは言え、自分が襲われてるんなら話は別。手段は選ばない」
「……で?」
悍ましいことを宣うインチマリンに対し、不思議そうに首を傾げるシペトテック。
インチマリンは「やれやれ」と首を振りながら言葉を続けた。
「何クビを傾げているんだい?理解してない訳じゃないだろう?私は今、君のお仲間を人質に取っている訳だ。私を襲う動きを見せれば、即座に潰して殺すとね」
インチマリンの宣告。それは帝国側の軍勢を人質に取ったと言う宣言。
仮にシペトテックが動こうものなら、即座に上階にいる仲間を全滅させることが出来ると彼は宣言したのだ。
それは莫大なエネルギーを使う作業且つ、インチマリンにとっては忌避する行動であるが、彼が言葉に発した通り、追い詰められたこの状況ならば手段は選ばない。
穀物畑による侵食を止めたシペトテックを見ても、インチマリンの先の宣告は意味を成したと言えるだろう。
「あっそ。………ハァ、何を言い出すかと思ったけど、呆れた。お前、ホントに学ばないね」
だが、シペトテックが侵食を停止したのはインチマリンの脅しに屈したからでも、或いは諦念からでも無い。
「さっきからずっと言ってるよね。質問に答えろって。僕様はさ、僕様のことをナメてるかどうか聞いたんだよバカ」
「…ん、?……ぉ、お?」
そう。既に、攻撃は終わっていたのだ。故にこそ、シペトテックはもう動く必要が無かった。
「もうお前の頭に種子は打ち込んである。余程上階に気を取られて気付かなかったみたいだね」
「ぁ、つ、ぁあ。…ぉわ、た…し……。ぁっ、しゃべ…れンン」
シペトテックの種子は、先程の会話の際、この部屋に顔だけ侵入したその瞬間に既にインチマリンへと放たれていた。
それは雨粒よりも小さく、蚊が止まるよりも柔い衝撃で彼の頸へと定着する。
天井を既に侵食されたこの地下シェルターではそんなこと造作も無く、更に人質を取るために上階へと意識を向けていたインチマリンはその攻撃に気付くことは無かった。
後頭部に被着した種子は、彼の精神を奪っている。
最早喋ることすらままならず、がくりと膝を落とすインチマリン。
シペトテックは彼へと歩を進めるとその頭に手を置き、静かに敗者の姿に視線を落とした。
「大帝が目覚めちゃったんだ。だから、せめて城の全権は僕様のものにする」
そうして、インチマリンはその精神、自我ともに完全な形でシペトテックに乗っ取られる。
冥界領域内の城内。その構造を改築する権限はシペトテックへと受け渡された。




