第四十一話 エルギン再戦③
レンジがアレクセイの暗殺に成功した頃。そして城内侵入組が城門目の前まで達した頃。
城外の戦況はと言うと、極めて厳しい状況にあった。
際限なく溢れ出る大量の屍人には第二部隊の一般兵で対応出来る。副隊長であるベンケイの統率力と戦闘力は本物であり、雑兵相手であれば何ら問題なかった。
金の鎧を着た屍人も散見されるが、それはマヤウェルの援護によって各個撃破。一般兵には光の力は付与されていないものの、蓄光型照射機で難なく屍人を撃退出来ている。
では戦況を劣勢にさせている理由。それは神格者の屍人の存在だ。
ネズミの黄金龍は縦横無尽に城外を飛び回り攻撃を仕掛けて来る。マヤウェルの援護爆撃により甚大な被害は出ていないが、もう一人の神格者屍人・トムの存在がその注力を割いた。
トム・ジュエリー。別名『世界一の宝石商』。彼が司るのは『宝石の神』だ。
自身が保有する宝石にそれぞれ固有の能力を宿し、それを砕くことで能力を発動させると言うもの。
かつての北方において、ネズミに比肩する財力を保持していた有力貴族の一人。ネズミのライバル的なポジションにあった彼は、今やそのネズミと共に帝国軍の軍勢を攻撃する。
「ん〜〜あの宝石…程々に面倒だなぁ〜」
マヤウェルはトムがいることで思うように援護が出来ず、不如意のために冷や汗を浮かべた。
宝石の能力は多岐にわたる。発火、発光、急冷、そして炸裂。或いは宝石自体の巨大化や重力操作まで。彼はその能力を駆使して、マヤウェルの爆弾を防ぎ続けていた。
ネズミとトムは城外の戦闘において最も厄介なのは敵の数ではなくマヤウェルただ一人であると判断し、二人してマヤウェルを狙う。
それもあり、マヤウェルは一定の位置から援護が出来ず、常に動き回って戦場に爆弾を放っていた。
「おいネズミ何してる!そんな雑魚共はどうだっていいんだよ。あの女を狙うぞ!」
「わかってますよ!あなたに言われなくともねぇ、私はあの女をとっとと殺さなきゃならないんです!あなたのチンケな宝石で邪魔しないでもらえますか!?」
「チンケだと〜!?この俺様の宝石をチンケと言ったか〜!?許さんぞネズミ!!お前こそ、薄汚れた金のせいで、そこの小汚い髭面に邪魔されてばっかりじゃねぇか!」
「何を〜〜!!」
しかし、犬猿の仲の二人は連携を取れない。
事実二人してマヤウェルを狙うが、戦闘経験豊富な彼女の爆撃に翻弄され、結果として彼女を殺せずにいた。
更にネズミはベンケイの猛攻を受け、時折停滞する。
刀、薙刀、鎖、槌、槍。様々な武具を駆使してネズミに一矢報いるベンケイ。神格者では無いにも関わらず並外れた戦闘力を持つ彼は、搦手を使わぬネズミと相性が良かった。
槌で金を砕き、鎖で絡め、鉈で叩き斬る。有効打を与えられているわけでは無いのだが、結果として足止めは成功している。
どうあれ、ネズミとトムの二人はどうにか抑え込めていると言えよう。
(この二人はまぁ、面倒なだけでー、もう少し時間が作れれば倒せるかなぁ〜。ホントに厄介なのはあれだよね〜…)
マヤウェルが真に警戒している対象。それは城の上部から弾丸を撃ち込んでくるワイルドハントの存在だ。
かつて北方帝国に敵対していた彼は精神を支配され自我を失っているものの、その狙撃の腕は生前と比べ全く衰えていない。
敵からの、主にマヤウェルからの反撃を防ぐため一定の場所に留まらず、城を動き回って彼方此方から銃撃を繰り返してくる。
頭を撃ち抜かれる兵士。武具を破壊される兵士。ホーミング機能付きの彼の弾丸は敵に逃げ場など与えない。
瓦礫の裏に身を隠そうとその瓦礫ごと貫通する。鋼鉄の盾で防ごうとすれど物理法則を無視して大きく湾曲した弾丸は、正確に敵を一人一人撃ち抜いていった。
アンデルセンの猪突猛進な戦闘スタイルとは相性が悪かったが、弾丸の速度にも、ダメージにも対応出来ない一般兵では成す術がないのだ。
(どんどん兵士が減ってくな〜。全部壊していいなら城ごと倒せるけど、みんながいる中それは出来ないしー、そもそも敵さんもそう簡単に壊させてくれないよね〜…)
マヤウェルは広範囲爆撃を空中で炸裂させ、なんとか弾丸による被害を最小限に食い止め続ける。大規模な攻撃手段を持たないことが唯一の救いかと安堵しつつ、しかし早急にワイルドハントを討伐しなければと焦燥に駆られた。
ネズミ、トム、ワイルドハント。城外の戦闘に参画している神格者を一手に引き受けるのは流石のマヤウェルでも至難の業であるのだ。現状マヤウェルには何か策を弄する時間は一秒たりとも存在しない。
故に、一人でも先んじて狩ることが出来れば戦況も動かせようもの。
(さー、もうそろ城に侵入できる頃だろ〜?頼むよーポチ。後数分も、この戦況は維持できないからね〜)
マヤウェルは脳内にてポチに激励を送る。
城内侵攻組。その内、最も機動力に優れるポチが、ワイルドハント討伐を任されている。
即座にワイルドハントの元へ飛び、反撃を許さずに狩る。そうしなければ城外の戦闘はより劣勢に追い込まれてしまうだろう。
同じクアウトリ家の人間としてポチを良く知るマヤウェルは、彼女の速度に絶大な信頼を置いていた。
ーーーが、マヤウェルの予想に反して、ことはそう上手く運ばない。
城内侵攻組は城門を潜った瞬間に出鼻を挫かれることになるのだ。
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「そろそろ城内だ!ハルト!今一度索敵を開始しろ!」
城門へと近付く侵攻組の一同。
ポチのすぐ後ろを駆けるローラがハルトに対して索敵を命じる。
既に侵攻からしばらく時間が経過してしまっている上、アレクセイの暗殺も成功したこの状況。敵が無策で待ち構えているとは考え難い。
何かしら態勢を整えてこちらの侵攻を妨害しようとしてくるだろう。故にこそ、ローラはハルトの索敵に従おうと考えた。
数秒後、力を温存するために中断していたハルトの索敵が再開される。
目を閉じ、歩みを遅め、そうして研ぎ澄まされる感覚。敵影を探すハルトの全神経は空気の揺らぎ一つ見逃さない。
断続的なエコーで生物の反応を探すように、空中に散布された光の粒子は確実に屍人の居場所を照合する。
本来、光の粒子による索敵はかなりのエネルギーを消耗する。シャーロックとの戦いの時のように常に光を放出し続けることはリスク以外の何ものでも無い。
が、ローラの能力によって強化されたハルトのエネルギー内包量は爆発的に上昇していた。故に、断続的な光の索敵を可能にしており、更に言えばその精度も向上させている。
そんなハルトが捉えたのは、三人の屍人の反応。
その内一人はハルトにとっては馴染みのある反応。ワトスンであった。
(ワトスン以外の二人は誰だ?戦闘能力で言ったらワトスンと同じぐらいかやや下か…ぐらいだけど…)
ハルトが索敵した残り二人の屍人。戦闘能力はハルトの予想通り、ワトスンと同等レベルだ。
だが、その能力が未だ不明である。
最前線に配置されているということは何かしらの意図があるはず。そう推測し、警戒値を上げた。
そして、その情報を皆へと伝えようと口を開いたのだがーーー
「ぁーーーがっ…!なんだ、急に…息が、詰まるっ!」
空気を吸い込んだ瞬間、喉の奥がひりつき、肺が急激に縮こまる感覚を覚える。
刺々しさを孕んだ空気は内臓を刺激し、息を吸おうにも吐こうにも難儀する状況。その状態で言葉を流暢に発することは到底不可能であった。
それだけでは無い。止まりかけていたのはハルトたちの呼吸だけでは無く、その両脚すらも、まるで地面に縫い付けられたかのように動かすことが困難になっている。
そう。これはジェントリーの能力、『霜の神』による空気や液体の冷結だ。
戦闘経験豊富なローラは瞬時に違和感を察し、足元の空気を居合で薙いで冷却を防ぐ。
だが、一手遅れた他の面々は足元を凍らされ、その場に拘束されてしまった。
「総員脚にエネルギーを集中させろ!これは凍結では無い!止まることなく脚を動かせば脱出可能だ!」
索敵を開始し、確実に一瞬足が止まるタイミングを狙った冷却。完璧なタイミングで展開されていた霜から逃れる手段はまず無い。
それでも、ジェントリーの能力は体温を急激に引き下げる冷却であり氷の生成では無く、完全凍結とは別の芯からの冷結。
身体を休むことなく動かし続けること、そして体内エネルギーの循環を早め、冷結の速度を上回ってしまえば脱出は不可能では無かった。
現状、それを把握していたローラによる他の面々への号令。
しかしながら、それよりも先に展開は動き始める。
否、動き始めたのは城の形状で、
「巨石郡動」
帝国軍の面々がようやく冷結から脱出しようかと言った瞬間、突如として城内部の形状がガラガラと大きく変貌していく。
まるで生物かの如く、石造りの城壁や床が畝りをあげた。
破砕音が響き、岩壁はとてつもない速度で隆起する。凹み、砕け、更に再構築。やがて大広間は五メートル四方程度の部屋に分断された。
「なっ!みんなっ!!!」
ハルトの叫びは岩壁によって防がれ他の面々の耳へと届かない。
帝国軍の侵攻組はローラ。第二部隊の精鋭五名。シペトテック。ハルト。クモナ。アナスタシア。そしてポチの七組に分割されてしまったのだ。
(…私の周りだけ、やけに分厚いじゃないか…。これはそう簡単に打破出来ないか)
ローラの周りを取り囲むようにグルグルと回る岩壁。何層にも貼られて群を成す岩は、彼女の居合抜刀術による脱出を妨げる。
それだけでは無い。今や動いているのは壁だけでは無く、床すらも動き始めた。
低く畝る音と共に波打つように動き出す床。一つの部屋が部屋ごと城の中で位置をずらす。上下左右に常識を無視して暴れ回る岩の部屋の中では、体勢を維持することも困難であった。
これは『岩の神』の能力。インチマリンと呼ばれる、七十年前の北方辺境にて一代で国を築き上げた奇才が司る神の力である。
彼はその力を使い、城に招き入れた有力者たちを孤立させ殺害。証拠を残さぬ巧妙な手口と、能力の派手さに似合わぬ高すぎる警戒心により、何十年も栄華を保持し続けた。
そんな彼も現在、マリアによって甦らせられ働かされる屍人の一人。シュウが撃破されたことによって外部から連れられた三人の神格者屍人の内の一柱だ。
ジェントリーの監視の元、今回は帝国軍の侵攻組を分断する任を命じられている。
「ふぁ〜…。全く、何でワシが前線に出てこなきゃいけないんだ」
「ぐだぐだ言わずに働けインチマリン。この現代に、また領土が欲しいんだろう?」
「ひよっこに発破かけられたところでな〜…。まぁいいさ。ワシの仕事はとりあえず終わりだ。後はお前らでやれ。ワシは安全地帯に隠れているからな」
「勝手にしろ。だが、命令があれば動くことだ。お前の賢明さを信じているぞ?」
「うるさいわひよっこ共が」
仕事は全て終えたとばかりに、気怠げなインチマリンは城の奥へと消えてゆく。
貴族のジャケットを荒く羽織り、肩を落として猫背で消えゆく五十そこそこの老人からは、殆ど何の覇気も感じられなかった。よもや城内部をド派手に胎動させた人物だとは誰も考えないだろう。
ジェントリーはその後ろ姿を眺め嘆息を吐きながら、分断させた帝国軍の軍勢をどう処理するか考えあぐねる。
(奴がそのまま敵をすり潰してくれれば良かったものを、それ程のパワーは無いときた。全くもって使いにくい奴だ)
インチマリンへの恨み言を心中で呟きながら、どの敵から消すか頭を悩ませるジェントリー。
とは言え現状は計画通り、そしてマリアの指令通り進行している。岩の神の力で分断させた帝国軍の軍勢も、城内の各所に配置した神格者の屍人たちの元へと運び終えた。
数分もすれば戦況は屍人側優勢の形に推移しだすだろう。
天秤は傾く。潮目は変わる。ジェントリーの目には、現状がそう見えた。
「……、待てよ。ワトスンはどこへ消えた?」
ふとジェントリーは、視界から消えたワトスンの不在を不審がる。
マリアやジェントリーとしては、一人確実に潰せる能力を持つワトスンをより厄介な相手に当てようと考えていたのだ。
よって外で猛威を振うマヤウェルにぶつけようかとも思案していた。
が、ワトスンはその言葉を待つ前に消失した。流石のインチマリンも敵味方の分別のつかぬ程の体たらくでは無いため、まさか巻き込んでしまったとも考えにくい。
更に言えばワトスンは背信の前科があるために自我を封じられているのだ。基本的には万が一にも離反は無い。
「となると、誰だ。誰がワトスンを…」
「ーーーおい。僕様たちを分断させたのは、お前か??」
突然の声に、思索にふけていたジェントリーが顔をあげる。
すると目の前に広がっていた光景は、先程のそれとはまるっきり変貌しており、
「何だ…はた、け…。畑か、これは」
「質問に答えろよ、お前。僕様の子達に目を奪われるのは仕方ないけど、僕の言うこともしっかり聞いてくれない?」
ジェントリーの視界は稲穂や穀物の葉の緑で染まっている。城内だと言うのに、陽が届かないと言うのに、辺り一面は畑が広がり、土と隙間風によって靡く稲穂や細葉の数々が異様な雰囲気を醸し出していた。
その光景を作り出した張本人はシペトテックだ。
彼の司る『穀物の神』の力は空間そのものを塗り替える力がある。岩壁に囲まれようと、岩盤が流動しようと、時間さえあればその岩ごと土に変え、自らの得意とする領域に塗り替えることが出来るのだ。
その力によって、岩壁に囲まれた部屋が動き出す前に抜け出せたシペトテック。彼は隣にいたポチの部屋をも自身の領域に塗り替えて脱出させ、そして今、ワサワサと穂を掻き分けながらジェントリーの前に現れる。
シペトテックの能力はジェントリーの能力と非常に相性が悪い。
しかしながら既に分断されて時が経ち、周囲に味方がいない状況。まずは目の前の敵を打破すること。それをシペトテックは優先した。
「チッ。マジかよ。一人抜け出してきたのか」
「一人?随分見積もりが甘いなお前。でも、どーでもいっか。こっからサクッと殺すし」
「…いい気になってんな。植物なんて俺の敵じゃねぇんだよ」
(が、口ぶりからしてもう一人抜け出してったのか。姿は見えなかったが、どこへ消えたんだ?)
不測の事態ではあれど、ジェントリーは目の前の敵の能力を推測し、自身の敵では無いと判断する。速攻で打倒できるかは別として、まず足止めは問題ないだろうと。
(まぁ、マリア嬢さんが把握してりゃそれでいいんだが)
しかし、シペトテックが言う通り、ジェントリーの見込みはやや甘かったと言える。
理由としては、シペトテックの他に脱出したのがポチであったこと。マリアが冥界領域内の生者の存在を把握できるように、ハルトも屍人の居場所を把握できること。
加えて、帝国軍の軍勢はローラをアンテナとして脳内で情報の共有が出来ること。
それはつまり、ポチがワイルドハントを狩る土壌が、文字通り整ったことを意味していた。
「さぁ、随分と血気盛んな奴だが、どこまでそのガキンチョめいた強気な口調を続けられるかな?」
「黙れよお前。僕様の子達を凍らせようとしてるのがどんだけのことなのか理解してんの?さっきも言ったけど、すぐ殺すから。そんで岩の能力使いも探し出して殺すよ」
分断された他の面々よりひと足先に、ジェントリーとシペトテックの戦いが始まる。
そしてそれと同時に、紆余曲折はあったものの、ポチがワイルドハントの討伐へと駆け出した。
戦況は双方まるで予想通りには動かず、荒波を立てて進行していくのだ。




