第三十九話 エルギン再戦①
「では、今一度作戦を整理する」
エルギンへと突入する一日前。レンジの一言で、北方にて最後の作戦会議が始まった。
最後、と言うのはさて敵に勝利することによる“最後”となるのか、それとも作戦が失敗し全滅することによって“最期”となるのか。それは現状の帝国軍の面々にはわからない。
しかし、各々覚悟を決めた目つきをしており、迷いなどは欠片も感じられなかった。
それはハルトも同様である。
底の底まで精神を破壊された後、クモナの言葉でどうにか再び立ち上がることが叶ったハルト。彼の目は光を取り戻し、前を向いて歩き続けるための力を蓄えている。
今、ハルトの隣にはポチとアナが構え、作戦会議に列席している。
両隣を陣取って離さない二人はどこか険しげな表情だ。
(あー。モテモテだなぁハルトは。しっかしなんもかんもモテるっていいことばっかじゃねぇよな多分。今後は波乱が起きそうだぜ)
そんな三人を見て、クモナは嘆息を溢した。
そう。ハルトの相棒的ポジションとして確立した地位を持っていたと考えていたポチは、彗星の如く現れ、ハルトの女を自称するアナに対して敵意を向けていた。
逆にアナも、ハルトの隣を常に保持し続けようとするポチに対して仄かな敵愾心を抱いている。
二人が火花を散らして睨み合う理由は、アナの発言にあった。
「あんな姿を見られてしまったんですもの。もう責任を取ってもらうしかありません。いいえ、問答無用で取ってもらうのだわ」
戻ってきたハルトがアナに対して謝罪した際、彼女が言い放った返答がこれだ。
彼女はダッキによって凌辱されたことを気にしていない訳では無いものの、それをハルトの責任であるとは考えていない。
そのためハルトが謝罪をしてきた時、特別何か要求するつもりは無かったのだが、記憶を取り戻しほんの少しばかり“悪どさ”も思い出してしまったアナは、ポチのいる場で先の言葉を宣言したのである。
「いいえ、ハルトは私の義兄様です。ハルトの隣は妹である私の場所なので、それだけは把握しておいてください」
と、アナに対してカウンターを打ったポチであったが、それを軽く受け流し飄々としているのがアナ。彼女は、まさか数日前にあんなことがあったとはまるで思わせない強い精神性を持ち合わせていた。
そうして今日も今日とてキャットファイトが繰り広げられていたと言う具合。
そんな二人を他所に作戦会議は進行する。
「敵は大帝の子であるマリア、アレクセイ。大帝の側近ネズミ、ジェントリー。マリアが外部から連れてきた正体不明の屍人が三人。それと北方神格者連合のワイルドハント。敵の手に落ちたことも考えるならシャーロックとワトスンもか」
「まぁー話を聞く限り神格者連合の三人はそこまで留意しなくて良さそうかな〜。馬が合わない屍人は精神を制御されてるみたいだし〜」
「ハルトの話を聞く限りそうだな。やはり喫緊の課題はあの兄弟だろう。何せ能力が厄介過ぎる」
マリアとアレクセイ。二人の能力は直接身体能力を向上させるようなものでは無かったものの、それ故に搦手の観点で厄介この上ないものであった。
まずマリアの『冥府の神』の能力。死体に触れることで屍人を作り出す他、不可侵且つ脱出不可能な冥界領域を生み出す。冥界領域はクモナの力で屍人の偽装をするか、ハルトの光の力で無理やり穴を開ける以外で突破する選択肢が無く、二人がいなければ最早打つ手がなかっただろう。
しかしながら本当に厄介なのはアレクセイの『復讐の神』の方であった。
自身や自身の大切なものが被った不利益と同等のモノを、自身の尺度で対象から奪い取ると言うこの能力。
シャーロックが能力を奪われたことと、無痛症のアンデルセンが痛覚を感じていた異常な事態から、無法そのものであるとレンジは考える。
もし彼の前で姉であるマリアを傷つけようものなら、戦況がこちら優勢であったとしても全てひっくりかえりかねないだろう。下手をすればその瞬間、全滅しかねない。
「よって、奴は真っ先に俺が暗殺する。それ以外に選択肢が無いだろう。元より屍人であるのだ、そこに文句は無いな?」
レンジは自分が暗殺の任を果たすと明言すると同時に、アナの方へと視線を向けた。
「…えぇ。それに関しては仕方のないことですわ…。元より屍人は無法の存在。本来この世に存在してはいけませんもの」
「それに関しては、か。姉の説得の場が叶うとは期待はしないことだな」
「……それも、理解はしていますわ。無理にとは言いません」
どこか所在なさげに俯くアナ。
屍人と言う存在はまったくもって許容することは出来ないが、対してそのために討伐しなければならないのが自身の姉であると言う事実は苦痛そのものである。彼女は頭を抱え、その二律背反の感情に葛藤した。
アナは当初、レンジや他の面々に対し身分を明かすついでに姉の説得を提案したが、それは満場一致で反対されていた。
(…わかってますわ…これは…仕方の無いことですもの…)
反対意見は当然だ。既にマリアの侵攻によって北方の罪無き民は虐げられ、帝国の兵士たちも数多く犠牲になっている。
昨日今日現れ協力者を名乗ったところで、その罪を挽回させられる手段をアナでは提示出来ないだろう。
が、またそれとは別の理由で、説得している暇など無いと言う結論にも至っている。
それは大帝の所在が不明であるからだ。
イヴァン大帝。言わずと知れた破壊と恐怖の権化。屍人の主人が大帝の娘であることから大帝も屍人として存在しているのではと皆が予想し、恐れていた。彼がいたならば作戦の難易度は急上昇するだろう。
大帝がいるかいないか。それは極めて重要な議題であるのだ。
しかしハルト脱出時にその姿は無く、シャーロックからも影や気配を感じ取れないとレンジは報告を受けている。
考え得る可能性は、既に復活しており遺体は手に入れているが、有事の際にしか動かさない固い意志がある。
または北方大戦の後に遺体が見つかっておらず、あのマリアですら掌握出来ていないか。この二つ。
マリアが実の妹であるアナを十数年間探し出すこと叶わなかったことから、後者の可能性も十二分にあるかと思われた。
(しかし、そんなことあり得るか?ハルトが逃げ出すことは有事中の有事である。手札にあるなら使ったはずだ)
脳内で一つの可能性を消すレンジ。残された選択肢はまだ大帝を掌握出来ていない可能性だ。
「大帝のことで頭を悩ませているのかな〜?」
そんなレンジの様子を察して、マヤウェルが言葉を発する。
「大帝がいたらー、それはこのメンバーでどうこう出来る問題じゃないもんね〜…。いざって時はどうにかしなきゃいけないんだけどー」
「だが、ここまでの状況から考察すると、大帝はまだ屍人として甦っていない線が有力だ。よって、大帝を使われる前にマリアは殺す。大帝の遺体が用意されていたのなら数実に破壊する」
「そうなるね〜。あの姉弟を真っ先に獲れば、幾分戦況は私たちに傾くと思うなー」
「あぁ、どちらにせよ早期決着を求められる戦いだ。真っ先に獲れなかったとしても、光の力の制限時間内に狩らねばならん」
そこまで言うと、「何分だ?」とハルトへ問いかけるレンジ。
マリアは生者であるから除外するとして、それ以外の屍人にはハルトの力ありきで対抗しなければならない。
ダヴィンチが開発した蓄光型照射機は開発により実用性と威力共に一月前とは比べ物にならない程増している。そのため雑兵相手であれば問題無いのだが、神格者の屍人はそうはいかないだろう。確実に光の力が必要になってくる。
となると、ハルトの光が保持されている間に神格者は打破しなければならず、ハルトの力量が最も問われてくる案件なのだ。
ハルトはその責務をしかと認識しつつ、今度こそ揺るがぬ決意を瞳に宿し顔を上げる。
「あぁ、だいぶ時間は伸びてきてる。だいたい三十分は確定で持たせることが出来ると思う。長ければ一時間いけるはずだ」
「はずでは困る。一時間は確定で持たせろ。今日はその分の休息だ」
「わかってる。クモナのおかげで割と吹っ切れたんだ。明日はイケるぜ」
「まぁ、レンジ。ハルトの光の力は日々上昇しています。美食家の時と比べたら五倍、六倍にまで膨れ上がっていますよ。そこは問題ないはずです」
「そうか。ならいい」
ポチの言う通り、迷いが晴れたことでハルトの光の力は増幅している。以前と比べればムラも無くなり、爆発的な成長とも呼べるだろう。
人は精神が安定するだけで活力が変化すると言うが、こうも顕著な例は滅多に見られない。
レンジもそれを知っているのか、追求をやめて手元の資料で敵の能力を今一度確認する。
レンジの隣に座る近衛の第二部隊隊長・ローラはレンジに「じゃ、まとめていこうか?」と声をかけた。
「あぁ。姉弟は俺が、最低でも弟は確実に殺す。的のでかいネズミはマヤウェルでどうにでもなるだろう。マヤウェルは後方に待機し、城外の一般兵の援護、そしてネズミを誘き寄せて討伐しろ」
「了解〜〜」
「ジェントリーとワトスンは能力的にも一人確実に取られる。ジェントリーは相性的にクモナに、ワトスンはローラに任せる。ワトスンは十中八九精神を縛られているだろう。容易い敵なはずだ、速攻で頼む」
「了解だよ、レンジ隊長。狙撃手はどうするかい?」
「ポチに任せる。城内へ潜入したら真っ先に討伐しろ」
「はい。了解しました」
「不明な三人の屍人に関しては能力や素性がわかり次第即座に共有する。万が一、想定外が起きようとそこは問題ないはずだ。ハルトの索敵に従って各々の敵を討伐するように。城外の指揮はベンケイに一任しよう」
「承知」
第二部隊副隊長・ベンケイ。無精髭を生やした剛健な見た目の大男。男勝りで姉御肌な性格のローラと比べてもその屈強さは見劣りせず、長年ローラを第二部隊にて支え続けている。
よってその信頼度は十分。乱戦が予想される城外の戦闘もおおよそ問題無いと言えた。
「レンジ、僕はあれか?不明な三人の屍人が明らかになったら動き出す感じか?」
「そうなる。以前にも伝えたが、正面突入組は入った瞬間、ローラ率いる第二部隊。シペトテック。ハルトとアナスタシア。そしてクモナの五分隊に分かれるのだ。相性次第で振り分けてくれ。頼むぞローラ」
「あぁ、任せてよ。私の能力なら即座に対応出来る。それよりも問題は、彼かな」
「……」
彼。ローラの言ったその言葉が誰を指しているのか、ハルトにはすぐにわかった。
アンデルセンである。あの時敵地に残ったアンデルセンは神核解放で力を使い果たし死んだと考えられている。
もしかすると再生の力次第で生き残って捉えられている可能性も無きにしも非ず。ハルトはその可能性に期待しているが、望みは薄いだろう。
となると、遺体を利用されている可能性も有り得てくる。
神核解放を未熟な状態で使うと身体が消滅すると言われているものの、さてどの時点で心臓が止まり死を定義されるか。それによってはアンデルセンが敵として現れることも大いに考えられよう。
万が一そうなった時、それに対応出来るか。それをレンジは問われていた。
だが、下唇を噛むレンジよりも先に、ハルトが口を開く。
「……俺が、俺がやりますよ」
「ほぉ。出来るのか、ハルト?」
「えぇ。今の俺なら出来るはずだ。それにこうなってしまったのは俺の責任。俺が終わらせなきゃならないと思う。駄目…かな?」
「…いや、出来るのならばそうしろ。お前が責務を果たせ。頼めるかローラ。もしアンデルセンが発見されたならばハルトをそこへ向かわせろ」
「いいよ私は。ハルトに自信があるなら委ねよう」
「…はい。やります。もしアンデルセンが敵として現れたなら、俺がアンデルセンのことを終わらせます」
「いいね。腹括ったカッコいい男は好きだ」
皆の前で覚悟を口にするハルト。そしてそれに対し、ウインクをするローラ。
その覚悟を再確認して、最後の作戦会議は終わりを迎えた。
突入は明日の明朝。冥界領域が恐らく移動していないことはエルギンに張り巡らせているシペトテックの植物にて確認している。よって、ハルトの光の力で領域を無理やりこじ開け、一斉に突入する予定だ。
敵が動き出す前にこちらから仕掛けるのである。
とは言え、敵が無策なはずも無く、不測の事態は幾らでも起こりうるだろう。正体が明らかになっていない敵が複数いる以上、想定通りにいかないことは皆承知している。
しかしながら、総員、やはりその目と言葉に迷いは無かった。
特にクモナは、ハルトが懊悩していないことに安堵しつつ、ハルトと共にいる歓びを噛み締める。
「ま、もしかしたらアンデルセンのことだ。生きてるかもしんねぇし、屍人になってても好き勝手やってるかもだぜ?」
「そう…だよな。あぁ。俺たちの目的はまずそこだもんな」
あの時、クモナに諭されたハルトは雪原で、「アンデルセンを取り戻しに行く」と言った。当然その言葉をハルトは忘れていないし、その思いも変わっていない。
ハルトは屍人の主人を討伐する以前に、アンデルセンを救出しにいくのだ。
淡い期待。一縷の望み。気休め程度の夢。それでもハルトは自らの言葉に責任を持って、戦地へと赴く。
きっと明日は何かが変わる。ハルトとクモナはそんな予感がしてならなかった。
そうして夜が更け、朝日が登り始める。
遂に、数ヶ月に渡った北方動乱の最終章が幕を開けた。




