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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU


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第三話 オレンジ髪の快男児

 



 ハルトは、仏頂面の男とアンデルセンに連れられ北方を後にした。

 まるでハルトの意見など鑑みずに半ば強制的に連行されたため、当然ながら彼の気分は良くない。



 しかし、その気分に反して、帝国への道行は快適なものであった。



 帝国の支部は世界各国に複数箇所存在しており、それらの支部を経由した三日の旅。その旅はハルトに負担のないスケジューリングを組まれており、疲労が溜まることは無かった。




(くそっ…。予想に反して妙に快適なのがすげぇムカつくな…)




 宿代わりに使っていた帝国支部も豪華な作りで、所々に光沢のある石造りのロビーにハルトは入った瞬間圧巻された。

 賓客用であろう部屋のベッドもふかふかで、雪国では無いのに北方と同じような毛布の厚さだ。



 無論支部に併設されている浴場も管理が行き届いている。「まさかこんな規模の風呂に入れるなんて…お湯を沸かす手間も無いのか!?」とハルトは本音をアンデルセンに漏らすほど驚いた。



 車の形も性能も元いた街では見たことの無いレベルで舗装の甘い道でも快適な乗り心地。

 すぐにでも逃げ出してやろうと思っていたハルトも気勢を削がれる。




「…はぁ…何だかうまく丸め込まれているような感じだ…」




「ん?何だぁハルト。あ、あれか?不味い食いもんでもあったか?だったらそうだな!俺に渡せよ!俺がいくらでも食ってやるからな!」




「いやほんと、せめて飯ぐらい不味けりゃ良かったんだけどなぁ。そうじゃ無いから困ってんだよ。想像の何倍も待遇が良いもんで、もう帰るわとも言いづらい…」




「んー。まぁそうか。無理やり連れてきたことは悪いと思ってるよ。ただ、あぁあれだ、お前の身の為にも帝国に来ることは間違った選択じゃ無いとは思うんだよな。だからとりあえずは一回来て、なんか違うなって思ったらその時好きにすりゃいいさ」




「…言われなくとも。あぁ、調子狂うな…」




 ハルトにとって脱走の二の足を踏ませる要因、その極め付けはこのアンデルセンのフレンドリーさだった。



 今までの人生で母親と育ての親以外とほとんど会話もしてこなかったハルトが軽口を叩けるような雰囲気にアンデルセンは会話を進めている。



 狙ってやっているわけでは無くシンプルに天然なのだが、寧ろハルトにとってはそれが心地良かった。元来ハルトは明るい性格であるからだ。



 気を遣わず、しかし程々に思いやりを感じる男。ハルトは黒髪の男とは対照的にアンデルセンには好印象を抱いていた。

 三日前のことも忘れ、とりあえず帝国に行ってからこれからのことは考えれば良いかとすら思ってしまうほどに。




「ま、総隊長や天帝様がそれを許すかはわかんないけどな!」




「何でも良いよ。…俺は何でも良いんだ。これから俺がどうなろうと別にどうだって良い。死のうと生きようと、さしたる問題じゃあ無いんだよ」




「む?それは良くねぇな。お前が辛い思いをしたのは良くわかるが、それは良くないぞハルト。お前が生きてるのはほんとに…えーと、そう。ぎょーこーってやつなんだぜ?

 お前がどんな人生を生きようが勝手だけどな、死ぬつもりで生きるなんてのはあんまり良くねぇと俺は思うぜ。それならそうだ!なんか目的とか、夢とか作るか!」




「…んなこと、言ったってなぁ…」




 ハルトは頭を抱える。ハルトは時々こんな風にアンデルセンの快活過ぎる性格と天然さに振り回されていた。



 当然、ハルトは今の自分の境遇についてある程度理解している。が、目的や夢と言われると難解だったのだ。

 父親から神格者の力を引き継いでいるが、その力が帝国に敵対している反体制派に目の敵にされていること。それが理由で実の母親は襲撃され、育ての親は自分の情報を隠匿し、帝国は保護しようと考えている。と。



 帝国に行けば自分の安全は保障されることもわかったいた。

 だがそれは()()()()()の安全である。ハルトを守るために戦い、犠牲になる人々の安全では無い。



 無論、それが親しくなった人物であればあるほどに精神は削られ続けることをハルトは過去の経験から確信しており、であれば、自分は一人でひっそりと生きるべきだとハルトは思うのだった。




(…そうさ。俺は夢や希望を語って良い状況じゃあ無いだろ…)




「ん、どうした?夢、あったか?」




 そんなハルトを他所に、相変わらず明るい調子のアンデルセンが会話を続ける。



 ハルトはしばらく悩んで、言葉を返した。




「…うん…そうだな。敢えて言うならってのなら」




「お、なんだ!?言ってみろ言ってみろ!」




「とりあえず今の目標で言うと、街を襲ってオヤジを殺した人狼の一派?を全員ぶっ殺してやりたいね。そうすりゃ気も晴れると言うか、仮に果たせなくても頑張った感あるしーー」




「いや、それはもっとダメだなハルト」




「うんうん。って……んぇ?」




 予想していなかったキッパリとした否定に、ハルトは目を丸める。楽観的なアンデルセンが初めてハルトを諌めた瞬間だった。




「…ふぅ、ハルト。お前はやっぱり大事なことを忘れてるな」




「大事なこと?」




「いいかハルト?別に俺はな、お前が死ぬ選択をしようと責めない。あれだ、人間生まれた場所や環境は選べないふじゆーな生き物だが、死ぬ場所や死に方は割と選べる。そうそう、人間に与えられた数少ない自由だからな。それをどう使おうと勝手なんだ。だからそれは責めない」




「え、だったら尚更、俺が復讐に行くのは自由じゃねぇか…」




「そうだ。もっと言えば、ふくしゅーが間違った選択だとも思わないさ。あれだぜ、親の仇を取る為に命を投げ売るってのは人としてせいじょーな行動だと思う」




 アンデルセンがビシッとハルトへ指を向けながらそう語る。



 一見すると説教じみた雰囲気だが、アンデルセンの目と指はしっかりとハルトのことを見つめていた。




「だがな!それはふくしゅーを成すに足る力を持っていればの話だ!それが無いのならただの…えー、そう!じぼーじき!それは自由な死に方では無くて、無責任な死に方だ!ハルト。お前の親御さんは、お前に無責任に死んで欲しいと願ったのか?」




「それは…そんなことは、無い…けど」




「生きて」。母の言葉をハルトは思い出す。

 ハルトにとって育ての親であるオヤジも、長年守ってきた自分が突然自暴自棄になって死んだら怒るはずだなとも思う。



 しかし、そんなことハルトはとっくにわかってた。

 その上で辛い思いをしないために逃げるのだ。それを理解してくれないのなら、アンデルセンもハルトにとってノイズになりかねない。




「それにだ。ハルト」




「…なんだよ。まだなんかあるのか?」




「俺はさ。あ〜あれだ、まだ面識?は浅いけど。()()、お前が死んだら悲しいぜ?」




「っ、なん…だよ。それ……」




 アンデルセンは何の前触れも無く、恥じ入る様子も無く、躊躇う素振りすら無く。さも平然と自分の思いを吐露する。



 そして、アンデルセンは既に、ハルトにとって大切な存在になりかけていたのだと理解した。



 自分を守ってくれた母親やオヤジと同じようなことを言ってくれる人間が目の前にいる。それだけがハルトにとって間違いようのない安心感なのである。




(……そっか……そう言うことか)




 ハルトは確かに、このオレンジ髪のあっけらかんとした男に救われているんだなと気がついた。

 打算的で無く純粋に自分のことを慮ってくれるアンデルセンのメンツを潰すのは、流石のハルトでも気が引ける。



 帝国へは、せめて行かなければ。




「……はは。何なんだよ全く。やっぱり調子狂うな…。でも、いや、俺を助けてくれたことも含めて。ありがとうなアンデルセン」




「ん?なんだ急に!まぁでも、あれだ、感謝されて心地良いっちゃ心地良いな!もっと言っても良いんだぜ?」




「はっ、何言ってんだか」




 たわいない冗談を交えながらハルトとアンデルセンは食事を終わらせて自室へと戻る。



 ハルトにとって妙に充実感があったような、モヤモヤが霧払いされたような、奇妙な一日であった。



 三日前のあの出来事を忘れた訳ではない。それどころか、黒髪のことも帝国のこともハルトは未だに信頼している訳では無い。もっと言えば、帝国の庇護下に下ることを決めた訳でも無い。 



 ただそれでも、これからもまだ生きていてもいいかなとさえ思えていた。

 ハルトはただ、アンデルセンの悲しむ顔を見たく無いと思ったのだ。




「あれだな!迷いが晴れたような顔してるなハルト!オッケーそれでこそだ!じゃあまた明日な!」




「はいはい。じゃあな、アンデルセン」




 相も変わらず快活なアンデルセンの言葉を軽くあしらい、ハルトは眠りにつく。



 久しぶりによく眠れそうな気がする。若干だが逡巡が解消されたハルトはそう感じて目を閉じるのであった。




 そう遠く無い日に、この選択を後悔するとも知らずに。




 ============




「まだ…まだハルトはつかねぇのか!?おぉいナオシ!!ハルトはいつここに到着すんのかって聞いてんだ!!」




 帝国軍本部。荘厳にして堅牢な造りの堂々たる巨城。そのほとんど最上階に位置する一際広大な部屋。そこの窓際に置いてある権威の象徴たる執務机は今や真ん中で激しく真っ二つに割られている。



 まるで瓦割りのような要領で割られた執務机。それを成したのは執務机の数倍の体躯を誇り、逞しい髭を蓄えた大男。



 筋骨隆々で山のような巨体、更には虎のように鋭い眼光。正しく人間離れした巨漢は怒髪天を突く調子で先程から荒ぶっている。




「今日は夜も遅いので、第三支部にて休んでいます。明日の昼までには帝国に到着する予定かと」




 ナオシと呼ばれたゴーグルを額に付けた男は淡々とした口調でそう答える。

 まるでいつものことだと言わんばかりに。



「早く…!一刻も早く連れてくるようにレンジとアンデルセンに伝えろ!車道が混んでいるのならお前が空挺で連れて来い!とにかく…とにかくハルトを速やかに俺の元に連れて来い!!明日の朝には天帝様と迎えの準備をしておく!!!いいな、ナオシ!!」




「はい、お任せを。俺があなたの要望に応えなかったことがありますか?」




「そうだなっ。だがッ、戯言は後だ!とっとと行け!!」




「…えぇ」




 ナオシはやや不満げな表情で部屋を出る。後には荒らされた部屋で一人立ち尽くす大男のみが残った。




「あぁ…ハルト!真っ先に、お前を…お前を俺が…!!」




 大男は、三日前にハルトの所在を知ってからと言うもの心が千々に乱れて落ち着かない様子で、常に何かに当たり散らしては吠える、まるで獣のような毎日を送っていた。



 しかしこの男。その粗暴さに反して帝国軍の総隊長と言う重役に位置する男だ。



 神格者で無いにも関わらず相対する敵を次々に薙ぎ倒し、一個軍団を瞬く間に壊滅させるその姿は正に怪物。大地を割り、空を割り、あらゆる防壁をものともせずに破壊し尽くす規格外の存在。



 人間の身の上で世界で四人しか存在しない『皇帝級』に数えられる人智を越えた傑物。

 帝国は実質的な王である天帝と総隊長であるこの大男の二枚看板で確立した地位を築き上げたとも言えよう。



 その名も、『超人』ジャック・ホーガン。敵対組織が何よりも恐れる破壊の化身、ジャック・ホーガンである。





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