第二話 流転無窮
「ーーーろ。ーーきろ、おーーい、起きろ!起きろ青年!」
「ッ!?」
白髪の青年は聞き慣れない声に驚いて目を覚ます。
悪夢とは違う馴染みのないモーニングコール。
即座に、青年は不信感を目に浮かべる。
耳に入ってくる声も、視界に広がる天井も、高級感のある寝台の調子も、やや荘厳な部屋の空気感も。
何もかもが今までのそれとは違ったからだ。
一体自分はどこにいるのか?いや、そもそもそれは問題では無い。と。
「……そうだ。俺は、あの時。死んだ…はず……」
「あぁ?何言ってる!まだ夢見てるのか?俺らは屍人じゃ無くてちゃんと、えーとあれだ、生者だぜ?」
「……だから…どうゆうことだ?あの時感じた痛みは本物だ。流れた血も本物だった…。でも、今お前と話してるのも夢とは思えない、ちゃんと現実だ。だったら、俺が寝ている間に何があったんだ?そもそも、…お前、誰だ?」
訳もわからず、青年は目の前に座るオレンジ髪の男に問いかける。
襟足の長いオレンジ髪。モデルのように大きい目に整った顔立ちの偉丈夫だが、ガタイがよく背が高いこの人物は一体誰なのか。
「あ?そうか。そうだな!俺の自己紹介がまだだったよな!あぁあれだ、安心して欲しい!俺は怪しいものじゃないぜ!悪い奴でも無いからな!多分!」
「…何言ってんだコイツ。なんも自己紹介になってないぞ」
「待て待て、急かすなって。俺の名前はアンデルセン。帝国軍総隊長直属部隊のアンデルセンだ!よろしくな青年!」
「最初からそれを言えって……え。帝国、軍?」
オレンジ髪の言葉に青年は耳を疑った。
帝国。またの名をアストラン。それはこの世界で最大最強の兵力を持つ言わずと知れた巨大国家。その帝国にて、数多くの神格者で組織された戦闘部隊があるのだが、それが通称帝国軍だ。
そして、青年の父親が英雄とまで呼ばれて敬仰された場所でもある。
その帝国軍の事実上トップ、『総隊長』に直属でついている兵士だと目の前のオレンジ髪の男は言っている訳だ。
当然青年はその言葉を信じられなかった。
青年から見たアンデルセン評は、偉丈夫で強そうだが、それ以上に頭の悪そうな口調とチャラついた雰囲気。である。いきなり帝国軍のトップに仕えていると言われても信用は出来ない。
しかも何故帝国軍がここにいるのか、そして都合よくあの場から助けてくれたのか?そもそも何故自分はあの状態から生き延びることが出来てしまったのか。
青年の疑問は増えるばかりであった。
「いや、待てよ…。あぁ、そーゆーことか…」
神格者はそれぞれが持つ固有能力に加え、常人の何倍もの身体能力と、治癒能力を持つ。
その情報を育ての親から聞いていた青年は、脳内で合点がいく。
つまり、青年は父から『光の神子』なる能力を引き継いでいたのだ。それによって普通なら致命傷のあの傷からも生還出来た。
(にしたって臓物が下手したら溢れ落ちるような傷を自力で治すとか尋常じゃあない回復力だよな……。まぁ神格者とはそう言うものなのか…?)
「ん?どうかしたか青年?」
「いや、何でも無い。たまたま俺の父さんも母さんも帝国に縁があったらしくて。まぁただの独り言だけど」
「おっ、そうか。それは奇遇だな!では青年、とりあえずお前の名前も聞かせてくれ!そうさ、俺も名乗ったんだからな!お前の名前ぐらい聞いてもいいだろ?」
「…会話が無茶苦茶だな。俺もまだ、えーとアンデルセンだっけ。あんたのことは信頼してないけど。まぁ名前ぐらいなら…」
「いや、その前に。だ」
青年の自己紹介を誰かの声が遮る。
青年が寝台に座ったまま目を向けると、扉のところに音も無く一人の男が立っていた。
アンデルセンと同じ白い制服を着ている帝国の兵士。しかしアンデルセンとは対照的に黒髪で、仏頂面で、厳格な雰囲気を放つ細身の男は、淡々と言葉を続けた。
「目覚めたのなら、まずあの街で何があったのかを説明しろ」
「…そーゆうあんたは、誰なんだ?」
「?自己紹介は時間の無駄で不要だと示したはずだが、直接言わねば伝わらんか?」
(………あぁ、よし。今の問答でわかった。俺はコイツのことが嫌いだ)
青年は一気に嫌悪感を表情に表す。
無神経で気遣いと言う言葉の欠けるこの人物が自分とは相容れないのだと、たった一度の会話のラリーで理解した。
(そもそも、誰が助けてくれと願った。俺はもう全てを失って、全てがどうでも良かったんだ。
オヤジは恩には恩で返せと教えてくれた。だから助けてくれたことには感謝している。ただ、誰が助けてくれと願った?俺にはもう、生きる理由なんて無いのに…)
「おい、聞いているのか?時間の無駄だ。喋れないのなら喋れるようになってから呼んでくれ」
「おいおい〜アニキ、そんな言い方はねぇじゃねぇか。あれだぜ?コイツだって相当ダメージ受けてるはずなんだ。あぁそう、精神的なダメージってやつ。そんなにすぐに話させなかったっていいじゃんかよ〜」
「…いや、いいよ。気遣いありがとうアンデルセン。でも、必要なんだろ?帝国様とそこの無愛想な奴には。状況報告もあるんだろうな。いいぜ。別に喋れない訳じゃない。必要だってんなら喋ってやるよ」
青年はそう皮肉っぽく言い返してから、心底癪だが全部喋ることにした。
あの日起こったこと。街の惨状も、そこにいた敵の姿も、思い出したくない光景の数々を事細かに説明する。
何故ならもう、青年は帝国に行かないと決めたからだ。半分自暴自棄になっているとも言えるだろう。
青年の父も母も元々帝国にいた人物だ。運悪く助かってしまった青年は、もしかしたら次は帝国で過ごすしか無いのかなとも考えていた。事情と身の上を説明すれば恐らく住居ぐらいは提供してくれそうなもの。
だが、それ以上に目の前の仏頂面の世話になるのが嫌だった。
大前提、やはり青年は自分の人生などどうでも良かった。
これ以上生きて、また自分が原因で不幸なことが起きたとしたら今度こそ耐えられないと思っている。
(…この拾ってしまった命は…一人で静かに捨てよう…)
そう決心して、青年は昨晩のことを事細かに話し始めた。
「さ、これで満足か。満足だってんなら俺はここを出るよ。世話になったみたいだな。もう会うことは無いけど、一応感謝しておく」
「ーーー?、おい待て。誰が満足したと言った」
「は?何だって?そんなに俺の嫌な記憶をほじくり返したいのか?本当に嫌なやろーー」
「そこでは無い。アンデルセン。いつでも動けるようにしておけよ」
黒髪の男はやや先ほどよりも威圧感を増して青年に向かい直す。アンデルセンすらどこかピリついた様子で臨戦体制に入っていた。
(…何か、めちゃくちゃ怒らせちまったのか…?)
青年は狼狽える。しかしそれを気にせず黒髪の男は言葉を続けた。
「いいか。まず一つ。お前が街で目撃した人狼は昨今北方の街を壊滅させて回っている凶悪な人狼の群れの一端。そしてかつて殺され尽くしたはずの北方帝国の兵士。すなわち屍人である」
「屍人…?さっきもそんな単語を聞いたな…。人狼ってだけでもよくわかんねぇのに、いやそれはなんかの能力なんだろうけど、じゃあ屍人ってのは何なんだ…」
「まず聞け。次に、屍人は通常攻撃では殺すことが出来ないものの、陽の光か同族の攻撃。或いは対魔の権能を持つ光の神子の力であれば消滅させることが出来る。
つまりだ。お前がその人狼を目にして、しかも殺して生き延びている。その事実が不自然だ。それを説明してもらわねば困る」
「ん?あぁ何だそんなことかよ」
青年はこの場が修羅場にならなくてほんの少しホッとする。
同時に自分が屍人であり、帝国を騙して懐に入ろうとしている存在と勘違いされていることを理解した。
まとめるならこのピリついた空気の理由は二人の怒りではなく、不信感が生み出したものであった。
青年はなんだそんなことかと嘆息を吐きながら、自身の素性を明かす。
「いや、さっきお前が自分で答え言ってたじゃん。俺がその『光の神子』なんだよ。多分。自覚なんてこれっぽっちも無いんだけどさ…」
「……?どう言うことだ?」
「だから!俺がその光の神子?って奴なんだと思うわ。俺の父さんもそうだったらしいし、俺がその力を継いでても不思議じゃ無いだろ?帝国軍の兵士なら父さんのことも母さんのことも知ってるんじゃないのか?」
「………なるほど。」
覇気のない気の緩んだ返答。無愛想だった男はここで初めて表情を崩し、ポカンと目を丸めて青年のことを見続けた。
アンデルセンもキョトンとした顔を浮かべ、時が止まったような沈黙が続く。
しかしこの沈黙は当然と言えば当然のこと。何しろ青年が帝国と関連のある人物であることも、光の神子であると言う情報も。全部彼の育ての親が死んだことで曝露され始めた情報だからだ。
二人からすると、忘れていたはずの情報が青年と出会ったことで甦ってきているのだ。
しばらくの沈黙の後、今度は二人の動揺と驚愕の声が場を満たした。
「ちょ、待ってくれ青年!え、こんなことあり得るのか?アニキ!!あぁあれだ、なんでこんな大事な情報を忘れちまってたのかな!?しかもそれが、こんな急に!?」
「…この状況、認めるしかあるまい。おいアンデルセン、至急本部に連絡しろ。それとハルト。すぐさま服を着替えろ。今すぐ出るぞ」
「出る?どこへ?」
「決まっている。帝国へだ。お前はさっきここから帰るとか何とか言っていたがそれは許されない。今からお前は俺とアンデルセンが保護して帝国へ連れ帰る。これは絶対の決定だ。早く準備をしろ」
「はぁ…?」
いや、そんなの納得いく訳ないだろ。と青年は口にする。
散々冷徹な態度で接せられた青年は最早怒りにも似た感情を抱いた。
が、同時に先ほどの黒髪の言葉に違和感を感じる。
「ーーーっ!?…いや、待て待て待て…!何でお前っ、さっき!俺の名前を呼んだんだ!?何で…お前なんかが、俺の名前を知ってるんだよ!?!?」
「ハルト。お前の名前は帝国に十数年勤めているものなら誰でも知っている。ただ何らかの要因で忘れていた。
それもこれも、お前が知っていることは洗いざらい全て帝国で話してもらおう。その代わりーーーお前の疑問も帝国に来れば大方明らかになる。まさか、この期に及んで来ないとは言うまいな?」
黒髪の言葉を皮切りに、ハルトの運命が音を立てて動き出した。




