第三十四話 アンデルセン孤独な闘争①
「シャーロック。貴様は侮れん奴だとは思っていたが」
冥界領域の出口寸前、脱出間近であったクモナやシャーロック、アンデルセンを迎えたのは、他でも無いこの冥界領域の主人。そして、ここ数ヶ月北方で起こっていた屍人動乱の首謀者。
即ち、かつての大帝イヴァンの娘、マリアであった。
左には十代そこらの男児を引き連れ、右手には禍々しいオーラを放つ黒い十字架を手にしている。
そんなマリアを前にして、シャーロックやクモナは一瞬にして硬直した。
それはマリアが恐ろしかったからと言うよりも、もう自分たちの逃げ延びる道がほぼ全て途絶えてしまったことへの恐怖だ。
前方には屍人の主人。後方には大量の屍人と黄金の龍。
そしてここは、その屍人が自由に行動可能な冥界領域。
唯一動こうとしているアンデルセンも、シャーロックに静止される形でジリジリと後退りする。
無闇に動けば、前方後方から挟み撃ちを喰らい、文字通り終幕を迎えるからだ。流石のアンデルセンも、冷や汗を垂らすシャーロックの横顔を目にしてその事実を理解した。
マリアは、そんなシャーロックに凍り付くような声で静かに言葉を投げかける。
「甦ってすぐに自分の境遇を理解し、そして自身に能力をかけた。推し量るに“これ以降目の前の人物からの凡ゆる命令に従順しない”と、そんなところではないか?」
「そこまで予測できていて、俺を野放しにしたのか?」
「私は貴様がもう少し利口だと思っていた。だから生かしておいた」
「利口ね。残念ながら俺は昔から不良だったもんで、そんな言葉とは無縁な人生さ」
「そうか…残念だ」
「残念?ははっ、元々何とも思ってない癖によく喋るな。ところで主人様よ、あんたがいつも引き連れてるそのガキは何なんだ?最後に聞いておきたくなぁ」
シャーロックが指差す先にいるのは、マリアの左に控える男児だ。
マリアと同じ髪色に粗野な目つきの男児は、ガキ呼ばわりされたことで苛立ちを露わにしシャーロックを睨んだ。
マリアはそれを気にせず、淡々とシャーロックに向かい合う。
「貴様なら予想がついているんじゃあないか?」
「…予想ねぇ」
シャーロックは思っていた答えが返ってこず思考を止めた。
この場で帝国側の人間が誰も動けなかった理由。それはその男児の能力や特性が明らかになっていないからだ。
常にマリアと共に行動し、同じ髪色眼の色であることから男児の素性に関しては当然予想はついている。が、であるのならばより警戒度は上がると言うもの。
無論、何も理由が無く、ただマリアが生前の寂しさを紛らわすため屍人として甦らせた可能性も無きにしも非ず。シャーロックたちが警戒し過ぎているだけの可能性もある。
しかしながら、そうだとしても用心するに越したことは無かった。
故にこそ、先程の会話で何かしら明らかに出来れば御の字とシャーロックは考えていたのだが、
(さて…であればどう出るか…。あの手を…使うか?)
思案するシャーロック。
対して、痺れを切らした男児は地団駄を踏みながらマリアに縋りついた。
「姉さん!もういいじゃん!コイツらは裏切ったんだよ!?なんでここに帝国の奴らがいるかはよくわからないけど、全員殺しちゃえばいいじゃん!!ね!姉さん」
「おいおい、姉さん姉さんってガキじゃねぇんだから黙っとけよ。俺は今、その姉さんと話をしてるんだぜアレクセイ?」
「っー、シャーロック!!お前無礼にも程があるぞ!!姉さんがその気になればな!お前の首なんてすぐに飛ぶんだ!!」
「ふっ、ヤるのはお前じゃねぇのかよ。脳みそまでガキのまんまか」
シャーロックは挑発をやめない。
その真意は挑発を重ねることで激昂したアレクセイに能力を使わせることにあった。
しかしその思惑とは裏腹に、アレクセイは姉に諌められ後ろに退がった。
怒り心頭に発したアレクセイだったが、姉に言いくるめられると借りてきた猫のように大人しくなり、すぐに叫ぶことをやめる。
「シャーロック。貴様がアレクセイを探りたいように、私もそこの者共のことを知りたいのだ。なぜ冥界領域に侵入できたのか。そして何故そこまでして逃そうとするのか?私が貴様を利口と呼んだのは無駄な行動をする男では無いと思っているからだ」
「そうか。教えたら逃がしてくれるのか?」
「あぁ。私は裏切り者だけ始末できればそれでいい。帝国の兵士はどうあれ潰す。けれども、今だけは見逃してやってもいいかもな」
マリアの言葉。その裏に隠された真意を読み取ろうと思案するシャーロック。
マリアの言葉は、自分とワトスンがここに残りさえすればそれ以上の追撃はしないことを意味している。
その言葉をそのまま受け取ってしまえば、この状況はなんら問題なく切り抜けられるものの、されどマリアが嘘偽りなく先の言葉を吐いているか。それがシャーロックにとって悩みの種であるのだ。
ハルトは光の神子だ。その力は屍人にとって最もノイズとなり、最大の敵になる可能性を秘めている。北方帝国再建を目論んでいるマリアがそれを放置することは些か考えにくいことであろう。
とは言え、下手に刺激をしたことで乱戦になることは出来る限り避けたい。
そのために爆薬は大量に仕込んできたシャーロックであったが、周囲にいるのはクモナやハルト等再生能力を持たない人間だ。アンデルセンや屍人であれば巻き込めたが、普通の人間がいる以上は極力その選択を取りたくは無かった。
(で、あれば。か)
熟考した末、シャーロックが出した結論。
発した言葉。それはーーー
「アナスタシア」
「……なんだ。何を発するかと思えば、貴様」
「アナスタシア。お前には、そこにいるアレクセイの下に妹がいたなぁ。そいつは生死不明でどこにいるかもわかっていなかった。弟をわざわざ甦らせるような奴だ。妹のことも探していたんじゃあ無いか?」
「何が、言いたい…?」
「そうだな。恐らくお前が躍起になって探していた妹。それがーーーコイツだ」
クモナが背負うほぼ裸の少女。
ダッキに痛めつけられた後に気を失い、上着だけを羽織った姿のアナをシャーロックは指差す。
「一眼見て、そうなんじゃあ無いかと思い、名前を聞いて確信した。まだあくまで仮説の域を出ないがなぁ。おいクモナと言ったか?そいつを起こしてやれ」
「え!アナをかよ…。まぁ必要だってんなら…」
こんな状況でかわいそうにとボヤきつつアナのことを優しくゆするクモナ。
度重なる破裂音でも起きなかったアナだったが、幸か不幸か、クモナがゆすると意外にもあっさり目を覚ました。
虚な眼。やや翳りが見える眼の色は、先程ダッキにされた仕打ちを示しているのであろうか?
どうあれ、苦しげに僅かに開けたアナの視線と、疑念を滲ませながらもどこか期待をしていたマリアの視線がぶつかる。
そして、発せられた言葉はーー
「ーーーーおねぇ…様々……?」
「っ……。アナ、スタシア……」
皮肉にも、ダッキにより心を抉られたことにより、アナは記憶を取り戻していた。
何の因果の巡り合わせか、誰が画策した訳でも無く。偶然ここに、大帝の三人の子が揃ったのである。
そして再び、運命は流転する。
「っーーー!!!」
クモナの腹部をアレクセイの拳が打ち、更に勢いそのままシャーロックに向かって蹴りを放つ。
アナを庇いながら倒れ込むクモナ。シャーロックはどうにかアレクセイの攻撃を防ぐが、ハルトを背負ったままではアレクセイの猛攻をいなすことは難儀であった。
同時に、マリアの背後に控えていた三人の屍人も臨戦態勢に入る。
アンデルセンが刀を構えると、今度は背後のネズミまでもが待ってましたとばかりに動き出した。
停滞していた時が一気に動き出し、マリア率いる屍人の軍勢は戦端を開く構えを取る。
「……、前言撤回だシャーロック。アナスタシアをそこまで痛めつけた罰、確実に取らせてやる」
「……何か勘違いしてるなぁ。俺はコイツらを助けようとしてるんだが」
「貴様がか?利用しようとしているの間違いだろう。どちらにせよ裏切り者は始末しなければならない。それに元より、全員捕えるつもりだ」
「えっ、えっ?どうしたんですの…なんで私は…。どうしてこんなところにおねぇ様が…??」
事態を把握出来ず呆然と混乱の中で立ち尽くすアナ。
クモナが「大丈夫…」と声をかけるものの、内心はまるで穏やかでは無かった。
それはアンデルセンも同じである。
ようやくハルトを見つけることが叶い、更に脱出間近と言うところまで来て乱戦の気配が漂ってしまったこの現状。
アンデルセンは、シャーロックに不安げな視線をむけた。
「おいシャーロック…。あれだ、これは大丈夫なんだろうな…??」
「いや、アテが外れたな…。コイツを引き合いに出せば出口を開けるかとも思ったが…。いや…どちらにせよか…」
「おいおい勘弁しろよ!俺は頭がよくねぇからよ!お前が頼りなんだぜ!?」
シャーロックは目の前のアレクセイをいなしながら、顎に手を当て逡巡する。
どうあれ、マリアは自分たちを逃すつもりは無い。
それがわかっただけでも御の字。そう考えるしか無かった。
(となると…次なる策は。俺の力次第ってところか?)
「おいハルト…起きろ」
「………くっ…うっ…。シャー…ロック??」
「悪いがこっから先は自分の脚で逃げてもらうぞ。お前を生かすための作戦だ、わかるよな?」
「あっ……つ、いや…もう、俺は…。。。」
アナ同様、状況を理解出来ないハルト。異なるのは最早立つことすら出来ない精神状態だと言うことだろう。
ハルトは既に、生きる気力を失っている。
アンデルセンを視界の端に捉え、皆が自分を助けに尽力していることを理解すれど、ハルトの気力は戻らなかった。
「降ろすぞハルト。まだ打つ手が残ってる以上やらざるを得ないからなぁ」
そんなハルトを無理やり地面に降ろし、はらりと大地に手を触れるシャーロック。
「何をしている?シャーロック」
「そうだな。俺の能力でここをこじ開けれるんじゃあねぇかと思ってな」
「冥界領域を?随分とおかしなことを言う。貴様の能力は人や物体の性質に規律を敷いて何かしらの動きを縛るもの。閉じた領域を開ける様なことは出来まい」
「そう思うか?じゃあそのまま何もせず、じっとしててくれ」
シャーロックの司る神、『規律の神』はマリアの発した言葉通り、触れた対象の行動を縛ることが主な効果である。
例えば人に触れ「動くことを禁ずる」と命じれば、その人物は指先一つ動かすことが出来ない。
砕けそうな岩に「瓦解することを禁ずる」と命じれば、その岩は崩れずにひび割れた状態を保持し続けよう。
つまり、冥界領域をこじ開けることは一見すると不可能に思えるが、物事の解釈を変えれば可能性はゼロでは無いのだ。
例えば冥界領域の出口を“扉”として解釈すれば良い。
そうすれば「扉を閉じることを禁ずる」と言う縛りを科すことが出来るだろう。
問題はこの能力はコストが限られていること。
十七つのコストがあり、敷いた規律を守る難易度によってそのコストは消費されていく。万一コストがオーバーしてしまった場合それまでに敷いたあらゆる規律が無に帰す。
現在シャーロックはマリアの支配から逃れるために十三のコストを使用している。残りは四つ。
だが、その内の一つで自身の肉体のリミッターを外し、三枠で敷くことが可能な規律の範囲を大幅に増やすことも可能である。つまり、冥界領域の扉をこじ開けることは現実的な手段ではあると思えた。
一方で、限界値を外すと言うことは事実的にシャーロックの肉体の消滅を意味し、失敗した場合はあらゆる希望が露と消えるだろう。
故にシャーロックはこの不安定な手段を最後まで取ろうとしなかったが、この状況になってしまっては最早打つ手がそれしか無いと判断。自らを犠牲に周囲を逃す選択肢を選んだ。
が、しかしーーー
(…おかしい…体内で、能力を練れている気配が無い…)
シャーロックは違和感を感じる。
自身の肉体に対して敷いた「肉体を憂慮した、力のセーブを禁ずる」と言う規律。本来であればすぐさま漲る力が血管を辿り全身を駆け巡るはずであった。
シャーロックが感じた違和感は、能力の不発だけでは無い。
神格者として発達しているはずの五感は衰え、疲労感が一気にのしかかり、逆に冥界領域の空気が肌に馴染むような感覚を覚える。
(なんだ、これは…。この違和感は…一体?)
一瞬、能力のコストを見誤ったかとも思えた。その可能性も危惧していたシャーロックは自身の演算能力を疑う。
が、肉体の不調はそうでは無いことを指し示している。自身の頭脳を誰よりも自分で信頼しているからこそ、シャーロックは別の結論に辿り着く。
「まさか…これは…」
「ーーーそうだシャーロック。貴様は今、能力を失った」
シャーロックが言葉を発するより先に、マリアが結論を告げる。
「貴様は無策でことを起こす無能では無い。故に、奪った」
「なるほど…そのガキの…アレクセイの能力か……」
「そうだ。冥土の土産だとペラペラ喋るつもりは無いがな。良かったでは無いか、死に際に知りたかった情報を知れて」
「…おい。なんだよ。何が起こってるんだ??」
クモナが困惑の声を上げる。目覚めて間もないハルトやアナはもちろん、周囲の帝国の軍勢には何が起こっているのかまるで理解が出来なかった。
否、部分的に理解は出来ていたのだろう。シャーロックが画策していた何かが頓挫し、シャーロックが能力を失ったこと。それは認識していた。
受け止めたくなかったのはこの後に起こるであろう出来事だ。だからこそクモナは焦燥に冷や汗を垂らし、アンデルセンは覚悟を決めた顔を浮かべる。
シャーロックがなんらかの要因で能力を失ったこと。それは即ち、
「ではシャーロック。貴様に命じよう。今すぐ、アナスタシア以外の貴様の仲間を殺せ」
屍人の主人たるマリアの支配下に置かれ、逆らいようの無い絶対的な主従関係が復活したことを意味する。
同時に、待機していた屍人の軍勢が動き出す。
黄金龍がけたたましい音と共に立ち上がり、ワイルドハントは再びライフルを構えた。
数秒後、ハルトやクモナの首に、その牙が突き立てることは火を見るよりも明らかだ。
一貫の終わり。それは正しくこの状況のことを指すのであろう。
眼前にも、後ろにも、強大な敵が控えている。それを打破出来そうなシャーロックも封じられ、ワトスンはジェントリーによって身動きが取れない。ハルトやアナはそもそも能力を練れず、対抗策は全て尽きたと言えよう。
万事休す。意図せず始まったハルト救出作戦、或いはアンデルセンによる冥界領域からの逃避行はこれにて終わりを迎える。
帝国軍側の面々誰もが終わりを感じ取り、マリアの支配下に下ることを覚悟した。
ただ、一人を除いて…
「ーーーそうか…後何かできるとしたら、あれか?もしかして俺だけか…?」
絶望的な状況を目にし、襲い来る数多の死人を見るアンデルセン。
数も、戦力も、何もかも大差で負けている。冥界領域を脱する術も無い。更に守るべき対象が二人もいる上、こちらにおける頭脳が今、敵の手に落ちた。
これ以上助けは来ない。最早逃げ道は無い。希望も無い。
(けど…俺には…まだ出来ることがあるはずだ。じゃなきゃ俺が、ここに来た意味がねぇじゃねぇか!)
その状況でも、アンデルセンは諦めることをしない。何か策を、何か手段を。最後までハルトを救うことを諦めず、残されているであろう選択肢を必死の思いで探した。
そうして思い返すは、ジャックに鍛え上げられた時の記憶。
=============
「アンデルセン。お前、頭はダメだが、不思議なもんで発想力はあるな。神格者において、それは重要な要素だ」
「そうなのか?ジャックさん」
「あぁ。どんなに強力な能力を持ってようと、使い手と相性が悪けりゃ話になんねぇ。結局のところ、頭が悪かろうと相性なんだよ。そんでそれを使いこなせりゃ、より上のステージに上がっていける」
「より上のステージって。神格者ってだけでだいぶ普通の兵士よりつえーじゃねぇか。それにあれだぜ?俺は死なないんだぜ?じゅーぶん過ぎるんじゃねーの?」
「やっぱバカだなぁお前は。まぁいい。要するにだ、お前の力はまだまだ幅が広がるってことだ」
「幅が広がる?」
「いいか?例えば再生の能力を他の物体に作用することが出来るかも知れねぇ。そしたら殉職率は圧倒的に下がるだろうよ。もっと言えば時間遡行なんてのも出来ちまうかもな。再生ってのは元通りになるっつーことだ。それが時間に作用してみろ?どうだ、現実味を帯びてきたんじゃあねぇか?」
「いや〜ジャックさん。流石にそれはあれだ、不可能ってやつだと思うぜ?想像もしたこと無かったけどなー」
「まぁ言うは易しやるは難し。それを想像出来ても才能と相性、それに経験がねぇと実現性はねぇ。だが、お前には才能と相性の二つの条件は揃ってると見た。俺が想像させてやるよ。次のステージに行ったお前の姿をな」
「ぐぇー。何だよ今日はもうこれで終わりじゃ無いのか〜?」
「終わるわけねぇだろ。お前相手ならぶつ切りにしちまっても心は痛まねぇしなぁ。教えてやる、神格者には更に上の状態があると。全てを極めた先に成せる大業があるってことを」
==============
「さぁアレクセイ。あなたがこれ以上加勢する必要は無いわ。アナを連れて、先に城へ戻っていて頂戴」
完全に包囲された帝国の一行。遂に味方側から剥がされてしまったシャーロックはハルトの傍に控え、今にも襲い掛からんと拳を握った。
屍人側の勢力は際限が無く、仮にシャーロックを打破し、黄金龍の猛攻を凌いだとしても、マリアが外部から引き連れてきた新たな神格者の屍人が三人控えている。更には閉ざされた領域。脱出不可能な冥界と言う名の地獄。
マリアが悠々と歩を進め、アレクセイを先に戻すことも納得出来てしまうほど、それほどまでに屍人側のアドバンテージは大きかった。
「ねぇ……、おねぇ様…何を、しようとしているの……?まさか…」
「安心しなよアナスタシア。妹のお前を悲しませることをねぇさんがする訳無いだろ?」
「いいえ…アレクセイ兄さん…それは…。でも、ハルトとクモナは…私の大切な……」
「いいの。アナスタシアはそんなこと考えなくていいわ。どちらにせよ、また会えるから」
アレクセイに担がれたアナスタシアは抵抗しようともがくが既にその力は無く、すぐにアレクセイに拘束される。
マリアはその姿を見ながら、静かに思案した。
シャーロックがその身を賭しても救おうと考え、アナスタシアがこの状態になってもここに残ろうと決意させた人間。あの白髪の青年が何者であるかを。
(まぁ、良い。これが終わったらシャーロックからあの青年が何者なのかを聞き出すだけ)
手中に落ちたシャーロック。彼からであれば青年が何者なのかを聞き出せる。
もっと言えば当の本人を殺し、屍人として甦らせた後に聞き出せば良いだけの話であった。
どうあれ誰一人として生きて帰すつもりはマリアには毛頭無い。
これより先に行われるのはこの上ない蹂躙である。
「さぁアレクセイ。巻き込まれたら嫌だわ、アナスタシアを早く連れて行っーーー」
そうしてアナスタシアを退避させようとしたマリアだったが、その目に映ったものは衝撃の光景であった。
「ーーーアレクセイ?」
アナを担ぎ、急ぎ城まで駆けようとしていたアレクセイ。彼が抵抗するクモナを払い除け、歩を進めようとした瞬間、瞬く間に地面へと崩れ落ちた。
肉体が落ちたのでは無い。筋肉が、眼球が、髪の毛が。何もかも人として形作るものが消失し、骨だけとなって、まるで糸の切れた人形のように文字通り崩れ落ちたのだ。
そしてそれは、他の屍人も同様である。
黄金を纏ったネズミも、黄金龍のガワだけを残して地に伏せる。ハルトたちの背後から襲来していた大量の屍人も一人残らず骨と化していた。
更にはマリアが新たに連れてきた屍人もそうだ。
背後に控えていた屍人も三者三様に抗う間も無く、音を立てて崩れ落ちていた。
「何だ…何が…起こっている…!?」
瞠目するマリア。たった今優勢に立っていたはずの自身の牙城が一気に崩落した気分であった。
不可解なのはそれが起きた原因。白髪の青年の力でも無い。黒髪の青年の力でも無い。
盤面をひっくり返したのは、即ち
「あれだ、どうにか…成功したみてぇだな!」
「貴様………。何をした!私のアレクセイに何をしたのだ!?」
怒号を飛ばすマリア。
アンデルセンはハルトを守るように、マリアの目の前に立つ。
自信満々な彼の目には、諦念などどこにも感じられない。ハルトや他の二人をここから逃すこと。それのみを考え能力を酷使する男の姿がそこにはあった。
やがて空の色までも変わり始める。
今まで暗い紫色に染まっていた空は、徐々に普段の明るさを取り戻してゆく。
退廃していた地面には草木が芽生え、エルギンの街の建物群が聳え立ち、人の生きた文明の痕跡がようやく回復していた。
換言すればこの状況。辺り一帯の景色も、生物も、元の姿に戻っているのだ。
形勢は逆転した。流れが一気に変わった。
屍人の群れは骨と化し、残るはマリア一人だけとなった。
アンデルセンの再生の能力はある人物の最後の足掻きにより限界を超え、神格者の到達点への扉を無理矢理にこじ開けたと言うこと。
「まさか…お前…。そのレベルの神格者だったのか……!?」
本来、人の身では扱えない神の力の本領。
神格者における最後の大業にして奥義。
リミッターを外し、限界を超えた先にある更に上の一手。
それがーーー
「神核、解放ッ!!!」
アンデルセンの言葉と共に、冥界領域がひっくり返った。




