第三十三話 黒冠、冬に来たる
エルギンの街の東側。かつての北方帝国本城、そして現在ハルトやアンデルセンが侵入している冥界領域付近に、現在人影が三つ潜伏していた。
帝国軍の兵士であるレンジと、天帝直属部隊“鷲の戦士隊”のミシュコアトル、そしてシペトテックの三人だ。
シペトテックの能力『穀物の神』の力によりハルトの居場所をざっくりと突き止めた帝国一行は、そこら一帯の都市や街。小さな村までもローラー作戦の如く捜索開始。ダッキによって襲撃されていた村も含め、あらゆる場所を再度探索した。
その際、敵の本拠地として報告されているエルギンの都市を今一度レンジを始めとした神格者で探索をしようと考えていたのだが、そう思案していた矢先、アンデルセンが周辺に滞在していたと言う痕跡をシペトテックが掴む。
なので三人はハルトだけで無く、アンデルセンも同時に捜索するために、このエルギンの街に来ていた。
シペトテックの『穀物の神』の力による捜索。
対象の“匂い”を覚えさせた種子を撒き、それが萌芽すると植物は対象の方向へと育ち始める。その動作を繰り返すことでやがて被捜索者の位置をざっくりと判別出来ると言うもの。
その能力に狂いは無く、確実な場所は分からずとも半径数キロ圏内までは位置を割り出せる。
エルギンの街には少なくともアンデルセンは存在すると三人は考えていたのだ。
しかし現実は違った。アンデルセンはおろか、人の気配すら影も形も無い。
「どう言うことだ?ここにいるんじゃあ無いのか?」
レンジは不審な目をシペトテックへと向ける。
決してシペトテックの能力を信頼していない訳では無いが、あくまでも管轄が違う。同じ国に属している違う組織の人間だ。レンジの胸中にやや疑念があるのは正直なところ。
そんなレンジに対して、同じく不機嫌な表情を表に出したシペトテックが言葉を投げる。
「僕さまの子たちはここを指してる。まさか、僕さまの子を疑うのか?帝国の兵士風情が」
シペトテックは不機嫌さを隠さず顔に出し、レンジを睨みつけた。
自身が生み出した植物を自身の子と呼称する彼は、ややボサついた灰色の髪にツバの広い深緑色の帽子を目深に被る。
長身痩躯で猫背な彼からはあまり威圧感は感じられないが、底知れない狂気じみたオーラは言葉尻と全身から放たれていた。
「ちょいちょい、こんなとこで喧嘩しないでよ〜。私面倒だよ〜、そー言うの」
それに対し、面倒くさそうに仲裁に入ったのはミシュコアトル。
気怠げに腰まで伸ばした灰色の髪に、どこか眠たげな眼で気の抜けた雰囲気の彼女は、抜群のスタイルを持っている割にややオーバーサイズの服を身に纏っている。
特徴的なのは上半身に背負っている大き過ぎる砲筒だろうか。白基調に金の装飾が施された見るからに豪勢なそれは、まるで戦艦の大砲だ。近代的な見た目ではあるが、そもそもその大きさの武具を担げるミシュコアトルの地力が伺えよう。
「ま〜誰もシペっちのことを疑ってないよ〜。不思議だね〜って言ってるのー。でしょ?レンジきゅん〜」
「気色悪い呼び方をするな」
「え〜酷いなー。ワタシは同じ部隊に編成された者同士、仲良くしていきたいと思ってるんだぜ〜?」
腰辺りまで伸びた髪をファサリと揺らしながら、飄々と、自分の調子を崩さず言葉を紡ぐミシュコアトル。
しかしながら、捉え所の無い雰囲気とは裏腹にその洞察力と経験値は本物で、エルギンの本城に潜む何かしらの違和感を感じ取っていた。
「そうだな〜…。まぁ死体を媒介に屍人を生み出せる能力ってのは前例が無いわけだけど、『冥界を生み出す能力』ってのも前例が無いよね〜。しかも屍人しか入れないんでしょ?これ、もし中で何かあっても私たちじゃあ気付けないじゃんー」
「そうだね。僕さまも同じことを思ってた。確かに光の神子やアンデルセンを指していた僕さまの子も、ここに来てからまるで反応していない。冥界に潜られたら感知できないって考えて良さそうだよ」
「問題は、ハルトきゅんとアンデルセンちゃんがどうやって冥界に潜ったかー。それと何で内通者の子から連絡が無いのかー、だね〜」
「万が一、ハルトが冥界領域に連れて来られたならばすぐさま使いを寄越すようにシャーロックに伝えてある。それに関しては問題ないはずだが」
「そいつ?本当に信用できるのか?聞いた話だとそいつも屍人らしいじゃん」
「…いや。間違いなく信用できる。はずだ」
数秒あけて返答するレンジ。彼は改めて、エルギンの本城を見渡す。
現在三人がいるのは本城含め、エルギンの中心部を一望できる時計塔の頂上だ。
北方大戦後から市民はこの都市から退避しており、文明は十数年前で止まってしまっているが、それでも頑強な造りである時計塔は崩れる気配が無い。
今もこうして、三人は何の心配も無く、エルギンの街を探索する際の拠点としていた。
だが、エルギンの本城に異変は見つけられない上、連絡も来ない。
先程までハルトやアンデルセンがこの近くにいたことは確認しているのに、それ以上がわからなかった。
否、それもそのはず。シャーロックが使いとして冥界領域の外へ伝達に行かせたワトスンは、アンデルセンやクモナと合流後、即座に冥界領域へと戻っているのだ。
冥界領域を三人には視認できず、更に現在冥界領域内で巻き起こっている戦闘も三人には知る由も無い。
「シペっち。生物の反応はシペっちの子たちで感知できるんでしょ?もう一回やってみようよ。もしかしたら何か引っ掛かるかもよー?」
「そうだな。ミシュが言うなら、やってみるか」
エルギン本城への不信感が拭えない一行は、ミシュコアトルに促される形でシペトテックが能力を発動。今一度の索敵を行う。
シペトテックが手のひらから生み出した一粒の種。それが地面に落ちるとふわりと葉が芽生え、畝る葉の茎が四方八方を向いて育っていく。
そして何事も無ければ上に真っ直ぐ育ち、生物の気配があればその方向を指して育っていく…
はずだった。
「うっわ!僕さまの子がぁ!?」
地面に落ち、十数センチ伸びた後に本城の西側を向いた植物だったが、暫くすると葉から徐々に黒ずんでいき、ものの数分で茎まで全て枯れ果てた。
「…、あちゃー。こんなこと普通無いのにね〜。元気出してよシペっち」
「おい…そんなこと言ってる場合か?どう見たって異常だ。ここから対角線上、本城の裏に何物かがいるに違いないぞ」
「そうだね〜。何だか随分と禍々しい何かを感じるー。ちょっと行ってみようか」
「無論だ」
こうして一行は、何者かの気配を察知し、遂に本城へと向かう。
ハルトの捜索、アンデルセンの捜索。そして屍人の拠点について。そのどれもが明らかになると考え歩を進めた。
どうあれ屍人は、穀物の神の探知に引っ掛からない。
では、この時植物が完治した者はーーー
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「まずいな。速度上げれるか?」
エルギン本城地下に位置する冥界領域。
それはまるでエルギンの街をそっくりそのままコピーした様な造りをしている。
シャーロックとクモナ。そして二人に担がれて運ばれるハルトとアナ。
四人はアンデルセンとワトスンの尽力のお陰でどうにかその模倣城を脱出することは出来たのだが、ネズミの指揮下にあった屍人の群れがすぐ後ろを追って来る。そんな逃避行を繰り広げていた。
それだけであれば、四人の逃避行に問題は無かった。
人を一人担いだ状態で逃走を続けるシャーロックとクモナは必然的に速度が落ちるものの、木端の屍人に追いつかれるほど柔では無い。どうにかこのまま冥界領域の出口部分まで到達できるかと思われる…はずだった。
安心していたのも束の間。今度は飛来する数多の銃弾がその行く手を阻む。
まるで飛び回る蜂の様に対象を追尾し、対象に当たるまでその勢いと速度を落とさない弾丸。いつ、どのタイミングで、どこから襲ってくるかわからない弾丸は全て同じ射手から発砲された弾丸だ。
偽エルギン本城の最上部で仰々しい漆黒のライフルを構え、死の予兆を撃ち続けるその男の名はワイルドハント。
司る神は『狙撃の神』。銃弾に意志を宿し、その速度、軌道、或いは威力そのものも思い通りに操る能力を持つ。
更には数キロ先の物までスコープが無くとも正確に捉えられる異常に発達した視力も持ち合わせていた。
かつて北方大戦において大帝と対立した人物ではあるが、現在は自我を封じられこの通り。屍人側の戦力として数えられているのだ。
シャーロックとクモナはどうにかそれを避け続け、時に武具で防いで攻撃をいなす。
目に見えた質量で襲って来る敵よりも、音もなく飛来する銃弾の方がやはり厄介だ。
クモナの影の神子の力で煙幕を発生させて自分たちの身体を隠せど、ワイルドハントは絨毯射撃でその煙を無理矢理晴らす荒技を使い、二人を追い詰める。
クモナは冥界へ侵入する際予想以上にエネルギーを使用してしまっており、これ以上の対抗策を今講じることは不可能。
どうあれ、このまま行けば後数キロで出口に到達出来る以上、二人は無我夢中に走るしか無かった。
「自我を封じられてんのが救いか。脚ばかり狙ってきやがる」
「だなっ。まだっ、ギリギリ対処しやすいかもっ!でも、そろそろ限界だぜ!」
元より北方帝国に対抗していた神格者のワイルドハントは、シャーロックやワトスンのように従順を装うこともせず、マリアによって自我を封じられている。が、それが逆に攻撃の単調さに繋がっていた。
銃弾の軌道は複雑であれど、最終的な着地点は脚部、又は頭部を狙っており、まずは逃げ足を捉えんとする思考が見て取れる。
(それでも、避け続けるには最早限界に近いな。一人ならまだしも、守るもんがある以上、下手に動けねぇ)
「お前ら〜〜!!おい!あれか!?無事か!?!?」
そんな中、飛び交う銃弾を弾き落としながら後方から起死回生の存在。アンデルセンが駆けてくる。
アンデルセンは先ほど膝から下を切り落としたことで、パンツが半ズボンになっており、上半身もところどころ服が破れて見窄らしい格好。
それでも調子だけは崩さず、普段と変わらない声色でシャーロックと合流する。
「アンデルセン…。お前、ネズミはどうした?」
「ん?あの金ピカの奴か?アイツはしばらく大丈夫なはずだ!お前らもまだ生きてっか?なんか狙撃手がいるって聞いたからなぁ、死んじまってたらどうしようかと思ったぜ」
「縁起でもねぇこと言うな。俺も影の神子も何とか無事だ。それより、ワトスンの奴はどうした?まだ城内を暴れ回ってんのか?」
「アイツはあれだ。ヒエヒエフードの奴を食い止めるために残ってるぜ。戻って来るとは言ってたけどな!」
「……そうか…ジェントリーも来てたか。ならば、尚更急がねぇとだな」
脳内で状況を整理するシャーロック。
敵はネズミにジェントリー、ワイルドハントに大量の屍人。
現状ネズミからの攻撃は暫く無いことと、ワトスンがジェントリーを押さえ込んでいることから、ワイルドハントの銃弾の雨さえいなせばこの領域を脱せることはほぼ確実であると考える。
そうして、冥界領域の出口まで残り数一キロを切った。
(嫌な予感がするな…間に合うか…?)
一点。根拠の無い不吉な胸騒ぎをシャーロックは覚える。
クモナの影の力も温存出来ており、冥界領域から計五人が脱出するのは問題ない。更にアンデルセンも合流した以上、この窮地はひっくり返ったはず。
が、しかし。シャーロックは禍いの前触れを感じて焦りを見せていた。
当然、その背筋を撫でるような焦燥感の正体はわかっている。そしてそこを脱するための手段も幾つか用意している。
(だが…、何だこの嫌な予感は?)
されど、今できることはやはり駆けることのみ。
ただひたすらに三人は足を動かした。
「おいお前たち!!早くあの裏切り者共を捉えなさい!!それに何をしているのですワイルドハント!?なぜあんな程度の狙撃しか出来ないのですか!?」
「おっ!あの金ピカ予想より早い戻りだな!!」
「くぅ…業腹ですが…業腹ですがぁ!!私の財産を更に叩くしかないと言うことですかぁ〜!!」
「おい!もっとスピードを上げろ!あのドケチ野郎何かするつもりだ!」
シャーロックが切迫感に声を荒げる。
後方では復活してきたネズミが自身の金を更に使い、自身の体躯を倍近くまで拡大させていた。
まるで山かと勘違いしてしまう程の巨体は膂力が増しているのか、速度を上げ、三人の後を猛スピードで追う。
その上、より一層銃弾の常識から外れた軌道を描くワイルドハントの射撃が一行を襲う。
襲い来る銃弾は先ほどよりも応用性が増している。
人を狙うだけで無く、周囲の地面を削ることで破砕岩と土埃で目を眩ませ、前方に落とすことで進路を断つ。
シャーロックの規律の神の力は物事を禁ずる能力。ネズミや屍人たちの追跡を止めることも可能だ。しかしながら触れなければ意味が無い。
速度を上げた状態で銃弾に反応し、それを叩き落とすことは難度が高いこの状況。一人ネズミを止めるために戻ろうかとも思案したが、この後の展開を考える以上、その決断は出来なかった。
「くそっ!やばいぞ!!あれだ!!もうあの黄金龍に捉えられちまうぞ!!!」
「いや…大丈夫だ。後二百メートル無いぞ…気合いで切り抜けろ。アンデルセン!」
「あぁあぁ!ここまで大金を叩いたんだ!逃しません逃しませんんんん!!!」
冥界領域出口まで後百メートルと少し。ギリギリ届くか否か、その瀬戸際であった。
走る。息を切らして。
残り百メートルを切る。
クモナが影を全員に纏わせる準備を整え、出口まで辿り着けどそこを通れないそんな事態は防ぐ。
走る。喉が焼けるように悲鳴を上げるが、ただ走る。
残り十数メートル。そして、出口に足をかける。
「あぁ〜〜〜〜!!!まずい!!私がいながら!奴らをみすみす逃してしまう!!!」
ネズミの絶叫が背後で響く。
遂に出口まで辿り着いた三人は荒い息を吐きながらただ前に一歩踏み出した。
そうして三人は出口を通り抜けのうとしーーー
「!?!?おい!なんで…通れねぇ…!?!?!?」
ーーー出口の闇に、弾かれた。
「ーーーそれで、貴様の策はこれで終わりか?シャーロック」
「……くそ、間に合わなかったか」
冥界領域の外は既に昼間である。外に出さえすれば五人は確実に逃げ延びることが出来るし、レンジたちとも合流が叶うだろう。
しかし、そうはならなかった。彼ら五人が冥界領域から出ることは出来ない。
侵入する時は、影を纏えば冥界領域を潜ることが可能だった。
それは冥界領域の扉が屍人に準ずるものか、それ以外かで判別するシステムになっていたからだ。
だが、今はそのシステムを逆手に取った影の力が作用しない。
即ちこれは…
「そうか……コイツが…」
「あぁ…。クモナ、構えておけよ。コイツが屍人の主人 マリアだ」
冥界領域の主人が戻ってきた以上、そのシステムは既に捨てられ、主の意思一つで門を開けるか否かを決定する。
要するに、既に五人は、冥界領域から出ることを許可されていないのだ。
「コイツが…屍人の主人か…!!!」
「その呼び名はやめて欲しい。私はマリアと言う名がある」
「………」
北方平定のために動き出した帝国。その帝国が探し求めた元凶たる屍人の主人。
その存在が、遂に五人の前に姿を現した。
「それで?釈明があるのなら聞いておこうかシャーロック」
遂に、黒冠の皇女到来。
運命は、今一度軋みを上げて狂い始めた。




