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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU


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第二十六話 善い人

 



 ローズアイルの村で目覚めてから二日が経った朝方。

 俺はアナが作った朝食を食べながら、丸く小さい小窓からぼんやりと外の景色を眺めていた。



 朝食は根菜のサラダが中心で、北方独特の少し固めのパンとクリームスープが付いている。彩りも、味も、朝の忙しい時間帯に作ったとは思えない立派なものだ。




(…と、ついつい料理に目がいっちまうな)




 そうだ。料理にばかり気を取られてはいけない。俺はすぐにでも現状を打開しないといけないのだ。



 俺はこれまでの情報を整理する。

 当分は動けないことと、この村がかなり辺境の地にあること。そしてクモナが影の神子であることを知り、何が何だかわからない状態になってから丸二日。みんなと別れてからは九日目か。



 焦りや不安の感情は際限なく肥大化していくが、既に二回夜を越した今もまだ俺が生きていることは、不幸中の幸いと言えるだろうか?



 夜な夜な辺り一帯を一人で警戒しているクモナによると、不審な人影を見たと言う情報も無ければ、近隣の街や村で異変があったと言うことも無いそうだ。

 となると、ダッキは痺れを切らして他の場所へ消えたのかもしれない。



 ちなみに、クモナは日中も寝る間を惜しんで帝国兵士とのコンタクトを取るために東奔西走している。

 軍用の通信機は北方の支部全てに設置されており、軍の兵士に接触出来れば俺の所在を知らせることが出来るかと考えたのだが、




「一番近い帝国支部は第六支部…だった訳だが、ここもアレだな、多分ダッキとやらに襲撃されてたぜ。もぬけの殻だ。後片付けも終わってたみたいで人っ子一人いやしねぇ」




 結局、通信機は使えず仕舞いだった。



 通信機や軍用のハイテクな車は、近衛の第四部隊隊長にして天才科学者のダヴィンチさんが近年開発したものだ。

 まず余程の大都市以外でなければ普及していないし、ましてこんな辺境の地にはその存在すら知る人が少ない。



 では文通はと考えたのだが、それも駄目だ。

 現在の北方は屍人の影響で物流すら止まっている。商人や御者も行動を自粛している以上、手紙を数日の内に帝国へ届けることは現実的じゃあ無いだろう。



 そして極め付けは、近隣の第六支部がダッキによって壊滅させられていたこと。



 帝国も慢性的な人手不足を課題として抱えている。クモナの話から察するに第六支部の担当区域は最低限を残して捨て置き、北方にいる兵士全員で何処かから一斉に俺のことを捜索しているのだろう。



 つまりその推測が合っているならば、ここら一帯の小さな村の状況などは殆ど把握できないと言うことだ。




「……。じゃあ…帝国の兵士にも会えなかったか?」




「あぁ。流石にこの村が端っこ過ぎるからかな。ここの近辺には兵士を見なかったよ。まず、俺が夜明けから日没までに戻ってこなきゃいけない以上、そう遠くは行けねぇんだ。五十キロが限界」




「だよなぁ。張り紙とか貼っといたらやばいかな…」




「俺もそれ思ったけど、場所を晒すのもハルトを晒すのもデカすぎるリスクだしなぁ…どうしたもんか」




「そっか…。そうだよな…。軍用の電話機が一般にも普及してりゃ話は早かったんだが…」




 北方には数百の街が、或いは小さい村まで入れれば八百近い市区町村がある。そこを探索するとなれば、膨大な時間がかかるのも頷けよう。



 しかしながらクモナは、殆ど寝ずに昼夜問わず活動しているし、アンデルセンやポチを始めとする帝国の兵士たちもきっと同じように必死に俺のことを探してくれているはず。



 様々な要因が絶望的に噛み合っていないのが現状だが、あと数日で何かしら変化があるような予感がした。



 今日は村の人たちに挨拶がてら、外へと俺の存在を知らせに行って貰えるか依頼する予定だ。クモナが信頼できる人々がいるとのことで、その人物たちに伝達を頼む。



 それが叶って村の人々が帝国兵士とコンタクトを取れれば、俺もみんなの元へと戻れるだろう。

 道行は何日かかかるが、現状の確実且つ最短のルートだ。それにクモナも少しばかり休む暇が出来るはず。




(そうだ。今、恐らく一番疲労困憊なのはクモナなはずなんだ。たった数日前に出会った俺のために、こんなにも…)




 俺はそんなクモナへの感謝を心の中で反芻する。

 加えて、この村で匿われてからずっと身の回りの世話をしてくれているアナにも目を向けて、感謝の言葉を述べた。




「アナも…ありがとな。俺なんかのために。俺がもっと早く動けるようになれればいいんだけど…」




「そんな、無理はしないで下さいましハルト。(わたくし)も散々この村の方々に助けて頂きましたの。だから、目の前に困っている方がいたならば、同じことをするだけですわ」




「…優しいな。それが出来る人間って俺は少ないと思うぜ?」




 ここ数日、北方に来てから出会った敵には、そのような慈愛の精神は感じられない。



 特に直近で出会った奴がダッキだったからこそ、アナの博愛と共助の精神は俺の目にとても眩しく写った。




(そう言えば、俺とアナはやけに境遇が似てるんだよな)




 ふと、俺とアナが育って来た環境の類似点が頭に浮かぶ。



 俺は母親を失い、これ以上自分が原因で何も起こらぬよう辺境の村で身を隠して生きていた。

 アナも記憶を失い拾われたこの村で、ひっそりと暮らすことを望んでいるそうだ。



 クモナ曰く、何かしら強いトラウマや心に傷を残すようなショックな出来事があったはずとのこと。そうで無ければ突発的に長期間の記憶は無くならないのだ。

 何しろ、記憶が全てなくなってしまったその分岐点は北方大戦の終幕直後だと言うのだから、きっと俺以上に辛く、忘れ難い出来事を経験したのだろうと推測できる。



 その出来事から身を守るために脳がとった手段が“記憶喪失”であったと言う話。

 いったいそこから、どうしてここまで優しくなれるのだろうか。




「どうかされました?ハルト?」




 相変わらず美麗な顔立ちでアナは俺の顔を覗いてくる。



 スラッと整った目鼻立ちに長い睫毛。背丈も俺と同じぐらいで非常にスタイリッシュな見た目だ。碧眼の目の色と、腰あたりまで伸びたシルクのように綺麗な白髪が美しい。

 ポチがクール系の美少女だとするなら、こちらは柔和な雰囲気の美少女と言えるかも。




「っ。…い、いやさ?なんか髪色が似てるなぁって」




 俺は咄嗟に話題を誤魔化す。



 だがすぐに、アナはパァッと顔に笑みを浮かべて俺の手を握ってきた。




「!そう!そうですわ!ずっと不思議だなぁと思っていたんですの!私たち、境遇も髪色も、どこか似てるなぁって!」




「おっ…、うん?」




「昨晩もハルトのお話をたくさん聞かせてもらえて何故か嬉しかったんですわ!何か、クモナ以外にも私のことを理解してくれる人がいたんだって!しかもクモナはちょっと皮肉屋さんですけど、ハルトはとても優しいから…。私たち、とても似てると思いませんこと?」




 ウキウキで、飛び跳ねる様に、逸らした話題を戻してくるアナ。

 アナは割と普段から無邪気な感じだ。本人は過去について気にした様子は見せないので、無理に話題を逸らす必要も無いのかもしれない。



 ただ、この村でひっそりと十数年生活し続けていると言うことは、過去を敢えて思い出さないようにしている証左とも言えるだろう。

 無闇矢鱈にその疑問をぶつけるのは良く無い気もする。




(いや、こんな上機嫌なんだ。考えるだけ野暮ってもんか?)




「でも、あれですわね。髪色で言うと、ハルトはところどころにシルバー…と言うよりグレー寄りの色の髪の毛がありますわ」




「え?ほんと?んー、最近まじまじと鏡を見てなかったもんだから知らなかったな?もしかして…なんか知らん間に歳とった??」




「そんなことはないと思いますわ。でも、ほら。こことか…」




 アナが人差し指と親指で、俺の前髪をクルクルと弄る。



 アナの胸元が目の前に現れる。ネグリジェがふわりと揺れ、花畑のような可憐な香りが広がった。

 同時にこの距離、アナの吐息まではっきりとわかる。目も、鼻も、口も、髪も。女の子の顔をこんなに近くで見たのは初めてだ。



 咄嗟に視線をズラそうとしても、思わず見入ってしまって目が離せない。



 ベッドの脇から身を乗り出すように俺を覗き込んでくるアナの体を、俺は止めることが出来なかった。




「目の色も…だいぶ違いますわね」




「ちょ、…あ、アナ…さん?」




 緊張でものすごく時の流れがスローに感じる。

 いつしかアナはペタペタと俺の頬を両手を重ね、じーっと俺の目を凝視していた。



 先程よりもより一層、アナの顔が近くなる。



 一体、これはどう言う状況なんだろうか……




「おーい。やけに朝飯が遅いと思って来てみりゃ何してんだ。別に構わねーけど、今日は村のみんなに会いに行くんだぞ。夜にしてくれ」




「っ!クモナ…」




 そんな不思議な展開は、俺たちを呼びに来たクモナによって中断される。



 どこか焦らされたような、心を弄ばれたような気分になりながら、俺は残りの朝食を爆速で食べ進めたのであった。




  ===============




 村の人々へのお願いも済み、と言うより二つ返事で快諾してくれたので話し合いは一瞬で終わり、俺たちは折角来たのだからと言うことで少しばかり村を見て回ることにしていた。

 幸いここ二日で、短い距離なら歩けるぐらいには体調が回復しているしね。



 俺たちが現在寝泊まりしているのはクモナが住んでいる家屋なのだが、百ヘクタールぐらいの村の外れにある家屋で、ほとんど村の人間は近付かない。

 否、外側を森で囲まれている盆地のような村なので、ほぼ森の中に位置するクモナの家の方角には用が無いのだ。



 俺の存在があまり公になり過ぎてもリスクなので、ここ数日、村人に接触することもしなかった。無論、俺が帝国の兵士だと言うことも伝えず、たまたまクモナの旧友が立ち寄っているだけ。と言う体になっている。



 が、この村の人々は信用できるから。とクモナが言うので、素性を隠した上なら交友が出来るかと考え今に至る。




「じゃあ俺ちょっと村長に話があるから、ハルトは適当にフラフラしててくれよ」




 と言われ、久しぶりに一人になった俺はフラフラと村を散歩していた。



 村の様子はと言うとそれなりの活気に満ちていて、陰鬱な雰囲気はまるで感じられない。



 面積は極めて小さいものの、所狭しと家屋が並んでおり、人口で言ったら数百人程度はいそうに思える。

 十数年前に逃げるように急造した村という割には建物や道もしっかり整備されていて水道機能もあり、生活水準が低いと言った印象はまるで無かった。



 基本は自給自足に近い形で生活しているそうだが、週に一度か二度、男衆が近隣の街とを一日かけて往復し物資や食物を運んでくるそう。



 ただし、一番近くにある大きい街。即ちこの村を援助してくれている街はというと、それは北方では無く西大陸に位置する街になるとのこと。

 故に、北方ではこの村の存在があまり知られていないらしいのだ。




(にしても、クモナが戻ってくるまで急に暇になっちまったな…)




 思考の整理をしながら、行く宛てもなく行脚する。



 この家屋は整頓されてて綺麗だとか、奥の方に見える雲の形がどうとか。そんな呑気な思考を抱けたのはいつぶりだろうか?

 なんだかんだで北方に来てから戦い漬けの日々で気を抜けない状況が続いていたからこそ、こんな余裕のある雰囲気は久方ぶりに感じた。




(まぁ、そんなこと考えてる場合じゃ無いんだけどな…。真っ先にみんなと合流しなきゃあならないってんだ。とっとと万全の状態に戻さねぇとーーー)




「こら。あまり無理するんじゃあないよ」




「?」




 ふと、後ろの方で聞こえた声に振り返る。



 聞き馴染みの無い声色。声の主は縁側に座った老婆であった。



 北方ではあまり見ないような作りの家屋。手の込んだ綺麗な庭づくりと軒下が存在するような家の設計は、雪があまり降らないローズアイルの村だからこそ出来ることだろう。



 身体の前で杖をついてポツンと座り、俺のことを焦点の合っていない左右の目で見つめる老婆。

 それ以上何も喋らなかったが、不思議と示唆に富んだ沈黙を感じる。




「お婆ちゃん。俺の身体の調子がわかるのか?」




「お婆ちゃんだなんて失礼しちゃうね。わたしゃまだまだ九十の死に損ないさ」




「九十…それをお婆ちゃんって呼ぶんじゃ…。てか死に損ないって笑」




 老婆の軽口にふと笑みを溢す俺。



 するとその様子を見てやや口端を上げた老婆は自分の隣を杖で叩き、隣へ座るように促してきた。



 俺は言われるがままに、老婆の隣に腰を下ろす。




「…あんたは若い割に、随分と体にガタが来てるんだね」




「ガタと言うか…まぁ、違いないか…。けど!すぐ治るさ。そんな大したことじゃあ無いし、なにより治さなきゃならないから!」




「そうかい。苦労してるんだねぇ。だが外見は治っても、中身がそれじゃあてんでダメだねぇ」




「っ…!?…そんなことは…無い…」




「ほーう。随分も焦っているように見えるがね」




 そんなことは無い。そんなことは無いはずだった。



 俺は自らの意思で選んで戦地に立っている。

 どうあれ不利益が起こるなら、自分も戦って、せめて納得の出来る不利益にしたい。

 どうあれ災いが起きるのなら、最大限自分の力でそれを解決できるようになりたい。

 そう考えて戦場に向かった。



 今までのように平穏のために逃げ続けて生きるよりも、戦って平穏を勝ち取りたい。そう考えて俺は北方に来たはずなんだ。そしてシュウにも勝利し、シャーロックの協力も勝ち取り、ある程度の自信にはなったはず。

 帝国にいることに決して迷いがあるとか、そんなことはきっと無いんだ。



 ただ、ここ数日で激しく感情が揺さぶられたのは紛れもない事実である。



 アベラワーの街でダッキの所業を目にして、人間の醜悪さに辟易した。その後ダッキに負けて、自分の不甲斐なさを憎んだ。けれどクモナやアナに出会って美しい人間がいることを再確認した。これらの感情の起伏は妙に俺の心を打ってくる。



 元々考え過ぎてしまう性格なんだ。だからこそ全てから逃げて世間に触れないように生きてきてたのだが、世間に触れたことで、より一層ダッキのような人間に出会うことが怖くなってしまった。



 あんな奴と出会ってみんなと離れ離れになるのが怖い。奪われるのが怖い。それにやっぱり、自分が死ぬのも怖かった。

 帝国で修行を始めて以降なんだかんだで上手く行ってたからこそ、ダッキからの敗北に堪えているのかもしれないが。



 とにかく、たった一度の敗北で、自分でも気付かない内にこんなにも打ちひしがれていたなんて。情けないことこの上ない話だ。




「現状が気に入らないと言うより、ずっとあった不安が増大している…って感じかね」




「…どうして、そこまでわかるんだ?」




「わかるさ。伊達に長く生きていないからね。どうだ、少し女子と話していくかい?」




「だから、女子って年齢じゃ…。……まぁ、少しならいっか」




 ふと嘆息混じりの息を吐いて、俺は差し出された紅茶を一口啜る。



 これも何かの縁と感じ、少しばかり話を始めることにした。




「……まぁ、…ちょっと自信無くすことがあってさ…。別にすっごく落ち込んでるって訳じゃあ無いんだけど、ほら。この世には良い奴もいれば悪い奴もいるだろ?今まであんまり人と関わらずに生きていたから、ちょっと面食らってると言うか…」




「悪い奴が怖いのかい?」




「そう…かも。どうしようもなく恐ろしいって訳じゃあなくて。上手く言えないけど、良い奴だけに囲まれて生きれたらどんなに楽なんだろうなって考えちゃうんだ。そうならないために頑張ってたんだけど、上手くいかない時もあるんだ」




「生きてりゃ上手くいかないこともあるだろう?どうしてそんなに悩むんだい?」




「そりゃ…なんで、だろうな」




 ふと、答えに詰まった。

 そう言えばどうしてなんだろう。ただ一度、上手くいかなかっただけなのに。



 アンデルセンやポチ。ましてやレンジなんかはこんなことで思い悩むはずも無い。その失敗を次に活かしてつなげることが出来るだろう。



 それに今回、確かに皆とは逸れてしまったし、ダッキも仕留めることが出来なかったとは言え、八方塞がりの状態では無い。

 クモナやアナに出会えて、みんなのお陰でポチたちと合流できそうな気配もあるんだ。それはこの状況下でまだ幸運と呼べるはず。



 となると俺は今、原因に対処する術を見失っているんだ。だからどこかでモヤがかかっている感じがするのかも。




(じゃあ、このモヤを晴らすにはどうすれば)




「まぁ、あれだね。前提が違うのかもしれないね。アンタは人を過信しちゃってるのかもしれないよ」




「過信…?」




「さっきアンタ、人間には良い奴も悪い奴もいるって言ってたろ?その考えは合ってると思うけど、私は少し違う考えでね。人間の根源は悪だと思ってるのさ。みぃんな誰しも生まれながらにして悪さね」




「…それは…、そう…なのか??」




「あぁそうさ。人間だけじゃ無いよ、生物はみぃんなそう。だけども、人間はその中で唯一“善行”を成そうとすることが出来る生き物なんだ。


 いいかい?例えば獣はその日その日を生きることに必死だろう?だから姑息な手段も、残虐な手段も厭わない。体裁を気にしないからね。生存やら欲望に直結するルートを合理的に攻めるのさ。

 でも、人は違う。時に合理性を欠いてでも“善いこと”を優先することが出来る。「そうしたいと思ったから」とか希薄な理由でも人助けが出来る。自分の命すら投げうることが出来る。もしかしたらアンタもそんな人物に心当たりがあるんじゃあないかい?」




「……たし、かに…」




 心当たりがある。と言われれば間違いなく思い当たる節が多すぎた。



 レンジやアンデルセン、ポチの三人は当然そう。

 クモナやアナも、見ず知らずの、出会って数日の俺のために必死で動いてくれている。



 それは残酷な言い方をすれば極めて合理性に欠けた無駄な行動だ。自分の生存のためを第一に考えるならばそんなことはするべきじゃあ無い。



 けれどしてしまう。勝手に体が動いてしまう。合理的で無いとわかっていても()()()()をしてしまう。それが人間なんだ。




「悩む必要は無いんだよ。アンタがどれだけ悩んでも、獣は獣だ。人は悪しき生き物だ。

 だから、善い人間に囲まれて楽に生きるでは無く、善いことを成せる人間を大切にして生きるんだ。目的が自分本位か否か。この二つは似て非なるものだよ?」




 老婆はそう言うと縁側から立ち上がり家の戸を開けた。




「さ、あたしゃこれから昼飯だよ。アンタも食べてったってイイけど、そろそろ迎えが来るんじゃあ無いかい?」




「………なんでも、わかるんだな。すげぇや。でも、ありがとう。少しスッキリしたかもしれない」




「そうかい。老婆心ながら話し過ぎちゃったかねぇ。ま、ほどほどにね」




 老婆の話がどことなくストンと腑に落ちた。



 そうだ。物凄く初歩的で単純な話だったのだけれど、俺の今までの考えはどこか自分本位だったんだ。



 辛い思いをしたく無い。平穏に過ごしたい。善い人に囲まれて生きたい。それら全て、自分の心身の健全のために願った利己的な目的だったかと思う。



 だからダッキみたいな自己中心的な奴と出会って怒りに身悶えた。

 だから己の苦難を顧みず無私の精神で人を助けることが出来る人たちに疑問を抱いた。



 けれど、そうじゃあ無いんだ。平穏に暮らすことも目的だが、それ以前に、周りの人々を助ける。俺を助けてくれた人たちを大切にする。そうしなきゃあいけなかった。

 結論ばかり求めて過程を蔑ろにしたから俺は心に引っかかるような漠然とした不安を抱えていたんだ。



 ダッキに負けたからでも、みんなと逸れたからでも無い。初めて挫折して、離れ離れになったことで気付いたのは自分の力不足だけでは無く、自分の気持ちのズレだった。




「おぉいハルト、ボーッと突っ立って何してんだそんなとこで?」




「クモナ。悪いちょっと考え事してた。でも、まぁ大丈夫だ」




「なんだ大丈夫なのか?まぁじゃあ帰ろうぜ。アナが飯作って待ってる。俺もちょっとねみぃからよ」




 歩き出すクモナに追いつくよう、少し駆け足で帰路につく。



 山の方へと歩き出した訳だが、奥には一番高い場所へ昇った太陽が見えた。



 眩しい太陽の陽射しが黄金色に煌めいて俺たちに降り注ぐ。

 人が膝を抱えてたような形の太陽は、今日も長閑に北方を照らしていた。






 ーーーダッキと再び相見えるまで、後二日。





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