第二十五話 運命
時は遡り、ハルトとダッキが同時に消えた日。
ハルトが消えたこととダッキを仕留められなかったこと。その二点に多重な責任を感じたレンジはすぐさま帝国へ連絡を入れ、判断を待った。
そしてその二時間後。ハルト捜索部隊が編成。
北方に配属されていた第二部隊もそこに参加し、徹底的に北方のあらゆる市町村を捜索する、虱潰しの探索作戦が始まった。
しかしながら北方は東西南北の四大陸の中でも最大の面積を誇る大陸。交通機関が無い部分も当然あり、もっと言えば道すら整備されていない場所も多々存在する。
例え数百余名が寝る間を惜しんで捜索しようと、途方もない時間がかかるのは自明の理であった。
ワトスンを経友してハルトの所在をシャーロックに聞くレンジ。しかし拠点にハルトは連れ去られていないと報告があった。
結果、ハルトの無事すら確認できないまま焦る帝国。
四日後の朝方、そんな帝国から援軍が到着する。
それは天帝直轄のクアウトリ家傍系の部隊『鷲の戦士隊』。そこから二名の戦士が北方へ派遣された。
名はマヤウェルとシペトテック。
特にシペトテックの『穀物の神』は、穀物の種子を生み出し、それを育てる際に探し人と縁のあるものを肥料とすることで探し人の方向と状態を指し示す能力。それを利用することでハルトの早期発見が期待される。
長らく膠着していた運命が動き出すのではと、帝国の軍勢は期待を持つことを禁じ得なかった。
しかし、次の日の明朝。悪いニュースも飛び回ることになる。
北方のとある町が襲撃を受け、町民の九割九分以上が惨殺されたのだ。
あまりに残虐な被害状況と、建物の損壊状況。また、運良く生き残った三人の生存者の目撃証言により、その襲撃はダッキによるものだと判明。
加えて、ダッキはハルトを探し、北方を飛び回っていると口にしていたこともわかった。
この四日に判明したことは二つ。
一つ。
恐らくまだハルトは生存しており、何処かに身を隠している。もとい、身体のコンディション的にも姿を潜ませねばならない状態にあると言うこと。
二つ。
ダッキも生存しており、ハルトを探していること。そして、そのせいで被害が頻出していること。
屍人であるダッキは基本夜にしか行動はしない。しかし四日目の夜、五日目の夜と襲撃される村の数はどんどん増加していった。ダッキ自身もダメージから回復し、本領を取り戻し始めていることが見て取れるのだ。帝国は焦燥を加速させる。
六日目には漸くシペトテックがハルトの残滓を掴めたものの、ハルトが潜伏している村があまりにも知名度が低いため未だ正確な位置を捉えられない。
忸怩たる思いをアンデルセンやポチは抱き、レンジですら自身の不甲斐なさと管理不足を恨む。
所用で帝国を空けていたジャックもその用を切り上げ、北方へ向かおうとしていた。が、それは天帝により静止される。
「どうしてだ?天帝様よぉ…。俺が行っちゃあまずいのか?」
「まずいよ。いいかいジャック。敵は北方だけじゃやい。『死神』に『星落とし』。この反帝国同盟の指たちの活動は激しさを増している。反帝国同盟の盟主も、最近悪魔教団との接触が報告されていたじゃないか」
「いぃや!北方に巣食う敵も、反帝国同盟じゃあねぇか!俺が行けば、速攻解決出来る!」
「最近確認された新しい悪魔教団の教祖やレッドシーの海賊による被害も甚大だ。そのせいで、今帝国に残る戦力は近衛の第四部隊のみ。第四部隊は対屍人兵器の開発に時間を費やしているから戦力にはカウント出来ないだろう?となれば後は残る鷲の戦士隊の数名だけだ」
「…だが、アンタがいれば!どんな敵が来ようがここは堕ちないはずだ!!」
「それは間違いない。如何なる敵も、私一人で対処できる。
だがそれは、犠牲が生まれないことと同義では無い。理解して欲しいジャック。ハルト君は九割型まだ生きている。彼らを信じるんだ」
天帝がどうにかジャックを諌め、不承不承ながらもジャックは引き下がる。
「もし、君にしか対処できない“皇帝級”の敵が出現したなら、すぐにでも北方へ派遣しよう。今は待機だ。いいね?」
「くっ………。では…、その通りに…」
そうして、北方での帝国戦力は粗方纏まることとなった。
レンジ、アンデルセン、ポチの特別部隊の三人。隊長のローラ率いる第二部隊に所属する百余名の兵士。そしてミシュコアトルにシペトテックの鷲の戦士二人。大きな動きは出来ないが、敵地に潜伏し、情報収集を行っているシャーロックとワトスン。
このメンバーでハルトを捜索、保護し、北方を平定すること。これが確定したのだ。
そんな七日目の朝、シペトテックが掴んだハルトの痕跡が共有された後。事態は動き出す。
「おい。もう出るぞ。アンデルセンはまだか?」
ここ六日間と変わらず、北方の町々を探索するために軍用車を出そうとするレンジ。傍らには、血清により解毒を終えたポチが控えていたが、アンデルセンは集合の時間になっても現れない。
確かに時刻は明朝四時である。昨晩もかなり遅くまで作戦会議と情報共有が行われていたため、寝過ごしていてもおかしくは無かったが、流石のアンデルセンでもそんなことをするような人物では無いとレンジは知っていた。
「アンデルセン…まさかこの状況で寝坊しているんですかね?」
「そんな訳は無い。…と言いたいところだが、一応確認しておくか」
時間通りにことが進まないことに若干苛ついた様子のレンジ。五日前にも電話越しのジャックにとてつもなく叱責されている彼は、これ以上の火種を作りたくは無かった。
軍用車を降りるとすぐさまアンデルセンの私室へ向かう。
そしてノックもせずに扉を蹴り開ける。
「………」
ーーーされどそこに、アンデルセンの姿は無かった。
ベッドは昨晩の状態を崩さず、綺麗にメイキングされた状態を保っている。私物も最低限のもの以外は完全に残されたままだ。
無くなっているのは愛用している幅広の刀のみ。
そこでレンジは全てを理解する。
「…あンの……馬鹿野郎!!!」
レンジはすぐに状況を面々に伝えた。
アンデルセンは一人で、単身命令無視をしてハルトの捜索に向かったのだと。
胃がキリキリと鳴る音を感じながらも、すぐさまレンジは帝国へも報告する。
報告を受けたジャックも、レンジも、最早何から手を付けていいのかわからずに頭を抱えた。
ポチも懊悩し、自分の油断が無ければハルトがいなくなることは無かったのではと自責の念に苛まれる。
対するアンデルセンは前日までとは違い、希望を持って仲間の元を離れていた。
ハルトの光の力がない以上、もし強力な死人に出会って仕舞えばひとたまりも無い。
もっと言えば、マリアはまだ北方に戻っていないとのことで何かしらの策を講じていることは想像に容易いもの。
よって、基本は十人一組、あるいは神格者を含めた数人一組での行動が義務付けられていたのだが、当然ながら一人一人、個別に行動した方が効率は良い。
情報共有がつつが無く出来るかどうか、死人に対する手段を豊富に用意できるかどうか。それらの点を除けば、単独行動の方が捜索には理に適っているのだ。
シペトテックにより粗方の位置を知ったアンデルセンは一人孤独に、そして真っ先にハルト捜索へと駆け出したと言う具合。
どうあれ隊律違反且つ、命令無視の行動であるために、レンジの気はこれまでに無く荒立っていたと言えよう。
しかしながら、この行動が後々に功を奏すとは誰も考えていなかった。
アンデルセンの独断専行は、これより四日後。ハルトを救う契機となる。
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「しっかし、まさかシュウが早速やられるなんて、予想外でした…」
北方から遠く離れた地にて、黒い傘を差した男女が歩いている。
片方は齢十歳程に見える男児。短く切り揃えた白い髪に碧眼。銀色の装飾が施されたやや旧式の貴族風の服を着ており、幼子ながら、どこかで近寄り難い雰囲気を放つ。
もう片方は女性だ。二十数歳に見える、容姿端麗で透き通るような白い肌の女。男児と同じ髪色、瞳の色。違うのは分厚い黒いコートと、荒々しさの影すら見えない大人びた清廉さ。そして頭部にあしらえたティアラのような黒冠だろうか。
黒冠の女は片手に黒い傘を、もう片方の手に十字架を模したステッキを持っている。
身長ほどもある長さの黒いステッキは女性が扱うにも便利そうな細さであったが、そこから放たれる禍々しさは見た目に反したものだ。
男児はそんな彼女の腕にべたりとくっついたまま、一時も離れることをせず、言葉を続けた。
「どうやったんだろう…。奴ら兵器を開発してるって言うけどさ、あの人狼をそう簡単に倒せるかな?」
「さぁ…。私はどうも思わない。より強い駒を集めるだけ」
「まぁ、そうだよねっ。元々あの狼と蛇は時が来たら消すつもりだったし〜。シャーロックはどうしようね?うまくやってるみたいだけど」
「上手くやってる。けど上手くいきすぎてる気もする。ダッキは逆。アイツは自由過ぎる。どうあれ、もっと従順で強い配下が必要」
軽い会話を交わしながら、ツカツカと、どこか古城のような雰囲気の回廊を歩く二人。
しばらくすると目の前に、寝室ほどの薄暗い空間と、蝋燭の灯りに照らされる一羽の黒々としたカラスが現れた。
吸い込まれるような深い漆黒の翼を持つカラス。普通のカラスと比べ人間大の体躯を誇るカラスはまるで魔物のような見た目だったのだが、更に異様なことに、そのカラスは人語を喋るのであった。
「よぉ。進捗はどうだ?二人とも」
「北方でも会話できるのに、こんなとこまで呼び出すなんて…暇なの?私たちは暇じゃ無い。要件があるなら早く言って」
人のものとはまるで違う、しゃがれた声で喋る大カラス。
黒冠の女はそれにやや不機嫌そうな視線を向けた。
「こちらとしても、この状態で話すのは疲れるんだ。早めに終わらせよう。
結論から言うと、戦力増強の一助をしてやろうと思ってな」
「戦力を?」
「そうだ。どうも報告によると、お前らより強い兵を求めてるらしい。だったらおあつらえ向きなのが二体いるんだよ」
カラスは背後の棺桶にチラリと目を向けると、それを開けるように二人に視線を飛ばした。
「……これ、は」
「綺麗に残ってるだろ?大体、歴戦の猛者ってのは死ぬ時に死体が残らないんだ。激しい生き方をしてるからな。
だがこの死体は俺が埋葬して骨一つ欠かせずにおいた。どうだ?知ってる顔だろ?」
「えぇ。知ってる。この三人、特にコイツは…だいぶいい戦力になる」
「そうだろ?感謝しろよ」
「えぇ。感謝する。じゃあこれで」
遺体に一度だけ手を触れると、気持ちのこもっていない感謝の言葉を吐き、黒冠の女はすぐさまその場を後にする。
その後ろをバタバタと着いていく男児は、振り向きざまにカラスを睨め付けると、すぐさま姉に対して甘い視線を向け直した。
カラスはしばらくその二人の背中を見つめ続ける。
じーっと見つめ、何かを考え込むかのように視線を逸らさず、空気を歪ませる程の不穏さを絶えず放っていた。
そして黒色の二人の影が暗闇に消え入りそうになった際、ようやく二人を呼び止める。
「そう言えば、有力な屍人が狩られたらしいじゃあ無いか」
「…貴方には関係のないこと」
「確かに、関係無いな。お前らがデカくなり、帝国の戦力を脅かしてくれれば、その過程は関係無い。だが、気をつけろ?屍人の天敵は何も同族と太陽の光だけじゃあ無い」
「光の…神子」
「そうだ。奴を見つけたら、すぐさま俺に伝えろよ?俺が何故、つい先月まで光の神子のことを忘れていたか。それこそ、この際どうでもいい。今はとにかく、光の神子と影の神子を捉えることを優先しろ。
まぁ…北方に現れればの話だが」
鋭く二人を射抜くカラスの視線は、感情が読み取れないにも関わらず二人を一瞬萎縮させる圧力を孕んでいた。
抑揚の無い声、感情の無い視線。全てが人ではなく動物のそれだ。
しかしながらその姿、その声色は見るものに漠然とした不安や恐怖を感じさせる。屍人を生み出している首謀者ですら圧倒されるような途轍もない“不気味な強さ”。と言えば正しいだろうか。
ともあれ、黒冠の女は「最善を尽くす」と一言だけ告げると、再び帰路につくのであった。
「あの二人。さて、どこまでやれる?」
カラスが静かに、低くしゃがれた声で一言吐き捨てる。
女の目に決意を感じたが、その決意がどの方向に向いているか判断し切れなかったからだ。
これより四日後、屍人の主人たる二人は北方に帰還する。
そしてダッキが再びハルトと相見えるのも、アンデルセンがハルトを救うきっかけを作り出すのも四日後ののとだ。
噛み合わなかった数奇な運命の歯車は、確かに今、静かな音を立てて廻り始めた。




