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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU


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第二十七話 雲外蒼天①

 



「助けっ…助けて…なんでっ…!」




 夜の帳が下りって数刻。また一つの街が壊滅した。



 暗闇に燃え盛る炎の渦。こだまする絶叫。飛散する数多の血飛沫。



 建物は紙切れのように破壊される。人々は丁寧に、一人一人、その巨体に轢き潰され形を失った。



 これがたった一人の屍人によって成された所業だとするには、あまりにも悲惨で、あまりにも残虐性に富んでいる。現場を見た誰もが、これは群れによる反抗、或いは獣による反抗であると口にするだろう。



 けれどやはり、ここ数日に起こった悲劇は全て、一人の女蛇によるものだ。




「ほんっと役立たず!!どうしてあんなののために私がこんな何日も!苦労!しなきゃっ!いけないのよっっ!!!!!」




「やめろ!!せめて嫁と子供だけは!!俺は!どうなってもいいから!!」




「ウルセェなぁ!?まじでどいつもこいつもイライラさせやがって!!」




 大蛇は、人型に戻って街の蹂躙を止める。



 目の前には、同郷の人間が生み出した血溜まりの中にへたり込む一つの家族がいた。



 夫婦と見られる男女に、その子供である女児。

 見たところまだ十歳にも満たない幼児であるだろう。



 ダッキは怒りのままに怒鳴り込み、変貌した下半身の尾で真っ先に嫁の方と女児を掴むと、ギリギリと首を絞めながら宙に浮かせる。




「ぎぃ…うっ……ぐっ…はな、して…!」




「待ってくれ!!頼むお願いだ!!俺はどうなってもいいから!!俺のことはどうしてもいいから、せめて!!!!!」




 男は、地に両手をべたりとつけて懇願する。額を土に擦り付け、手のひらどころか肘まで地面につけ、祈るような体勢で救いを切望した。



 しかし、当然ダッキはその無情な尾を緩めることをしない。




「どうなってもいいって言ったじゃねぇか!?だからお前を苦しめてやるんだよ!!!違うか!?恨むなら、私の求める情報を持ってねぇ自分を恨めよ!!」




「ぐっ……うっ、あぁぁー!!!!痛い痛い痛い痛い痛いぃ!!!!!」




「やめろぉーーーーーっっ!!!!!!」




 平伏した男の必至の嘆願も叶わず、男の嫁はその首を勢いよく捻じ切られる。



 胴から切り離された首は、血飛沫を引きながら宙を舞い、勢いよく吹き出した赤が弧を描いて男の手元へと転がり込んだ。



 苦悶の表情を浮かべたまま硬直した顔は、たった今命が奪われたことを男に理解させる。



 涙と、返り血と、涎を垂らし、男の表情はみるみる内に崩れていった。




「………頼む……もう、やめてくれ…。せめて娘は…、娘だけでも…!」




「ハッハッ!男のくせに頭ばっか下げてみっともねぇやつ!!そんなに生き残りてぇならよぉ、少しは有益なことを言ってみろってんだ!!」




 尾で女児を縛り上げたまま、ダッキは男の髪を掴んで唾を飛ばす。



 蛇の双眸に睨まれた男は硬直し、一秒でも早く生き残る答えを出さんと思考を限界まで巡らせた。



 娘を助ける手段。回答。男は今すぐ、目の前の残虐無比な女に有益な情報を演算しなければならない。


 何を言うべきか。自身の体力を誇示するか。それともこの街の諸税を保管している場所を明かすか。

 脳が焼き切れるほどに高速で頭を働かせ、次にどの言葉を発するか思案し、追い詰められた状況で男が出した答え。それは、




「さっき、お前さんはここが北方最西端だと言った…。他に探している人物はいなかったと……。だけどここは、………北方最西端の村じゃ無い。この奥に、大戦後に出来た小さな村がある…」




「で?」




「北方にはそんな村がいくつかあるんだ…。大戦後に身寄りのないもので立ち上げた集落が。お前さん…人を探しているんだろ…?数日探し回っても見つからないなら、もしかするかもしれない……」




「そ。マシな情報持ってるじゃない。初めからそう言えよザコ」




 ペッと唾を男の顔面に吐き、髪から手を離す。



 男は顔から地面にドシャっと崩れ落ちたが、すぐさま顔を上げた。



 有益な情報は提示することが出来た。北方大戦を生き延びたものとして同郷の人々を売るのは心苦しい手段ではあったが、娘のためとあれば致し方ない。



 これで娘は助かる。街の人々は一人残らず殺されたし、妻も失ってしまったが、唯一の一人娘だけは救うことが出来る。



 そんな希望を抱き、男は顔を上げた。

 今一度、娘をこの手で抱き上げるために。



 涙を拭い、震えるように顔を上げた男は娘と目があった。




「ーーー、え」




 ーーーその双眸は蛇のものでは無い。即ち、目が合ったのは娘の目だ。

 もう光を映していない、正気が失われて澱んだ二つの目。




「えっ…ーーーど、…して」




 地面にべったり付けたままの手の甲に、血液が滂沱と流れ落ちる。



 娘の生死を確かめるまでも無かった。男の目に映った光景は、それほどまでに残酷で、すぐにはこれが現実であると信じることが出来ない。



 目の前の娘の首は、既に胴から切り離されていたのだから。




「っ〜〜〜〜!!!!!!」




 じわり。男の目が絶望の色に黒く染まっていく。



 既に枯れかけた喉からは最早声も出ず、絶叫では無い悲痛な音が奏でられた。



 妻の死と、娘の死を目の前にし、一瞬にしてまるで二十年近く年老いたかの様に力を失う男。



 ダッキはその哀切と喪失感。生きる希望を確かに失ったことを確認すると男の首を乱雑に掴み、再び男の目の前に顔面を寄せた。




「クソザコがっ、私のことお前呼びしてんじゃねーよっ!!!!!」




 そう言うと、もう片方の手で男の顔面を貫いた。



 鈍い破砕音と共に、眼球が破裂し、頭蓋に孔が空き、脳髄が外部へと弾け飛んだ。




「チッ。きったねぇし気分悪りぃ。苦しみ方も変わり映えしねぇし、どうしようもねぇ奴だな」




 人型の少女の姿に戻ったダッキは顔に飛び散った返り血を綺麗に拭き取る。

 そして血と肉片に塗れた手首を乱暴に払うとくるりと体の向きを変え、進路を西に向けた。




「けどまぁ、ザコにしては少しは気になる情報か?()()出来るか、試してみっか」




 ダッキは西に聳える山を見つめる。



 屍人として甦り、ハルトたち一行に追い詰められたことで手にした転移能力。

 それは通常、任意の場所に転移する能力では無いものの、北方大陸の中であれば、ある程度縁のある場所へと瞬間移動することが出来た。



 ハルトを人質にこの能力を使用した際は何もかも定まらず、ダッキは北方第六支部近くの街へ、ハルトはローズアイルの村へ飛ばされたが、ここ数日転移能力を多用したことにより、大まかな方向は定めることが可能になっている。



 今ダッキがいる地点から西へと指針の向きを決定すれば、その方角にあるどこかへと転移するのだ。



 そしてここから西の方角にある人里はローズアイルのみ。

 どうあれダッキはローズアイルへ向かうために舵を切ったのである。



 ダッキは未だ治りきらない腹部を撫ぜながら、帝国の軍勢の顔を一人一人頭に浮かべる。




(あのゴミ共…この手で殺すまで、絶対忘れねぇからな…!

 特に白髪のガキ!!アイツに受けた傷が未だに治らねぇ!数日経って体調は万全なはずなのによぉ!)




 そうしてダッキは、心中でハルトへの怨嗟の言葉を吐露すると、血溜まりと瓦礫の中を静かに歩き始めた。



 転移の能力はダッキとしてもかなりのエネルギーを消費するため連続で使うことは出来ない。街を襲撃する際にも蛇へと変異させ動力を使っているため、少なくとも次の使用までに一時間以上のインターバルは必要だった。




 時刻は現在、午後の十時過ぎ。

 これより数時間の内に、運命は絡み合うこととなる。



 好転か、暗転か。大きく事態が動くことを知るものは現時点では誰もいない。



 しかしながら、約二週間前に始まった帝国の北方平定作戦は、これを機に一気に終息へと向かうことになった。




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