第二十三話 鮮血女帝③
轟音。それと同時に閃光が走り、辺り一帯を塗り潰す。
衝撃波が空気を外へと押し出し、大蛇の肉体諸共、大地も建物も弾き飛ばした。
熱風は凄まじい攻撃性と高温を持って近寄るものを拒む。
爆発の瞬間、時越えにて後方へ退避したハルトやポチが熱波に目を細ませているのだから、爆心地にいた生物に生存の余地が無いことなど、誰がどう見ても明らかだ。
が、敵は屍人である。爆発が如何に強力であっても、命を脅かす手段にはなり得ない。
あくまでも爆発は足止め。ダッキの行動を抑制し、トドメを刺すために時間を稼ぐ一つの手段。
「おっしゃあ!今度はあれだっ、美食家の時みてぇなヘマはしねぇぞ!!」
熱風の中をダッキに向かって猛然と突っ込む人影が一つ。アンデルセンだ。
アンデルセンは再生の神格者。どれだけ肌を灼かれようと殆ど瞬時に再生する。
眼球の水分が蒸発し、食いしばった歯が抜け落ちようと、その程度の負傷であれば数秒も経たない内に元通りだ。
故に、爆発の衝撃波と熱風が吹き荒れる中、ダッキの命を絶つために、真っ先に突撃していたのである。
屍人も、身体を再生させる性質があるが、アンデルセンほどの速度でも無ければ、明確な弱点も存在し万能では無い。確実に爆心地にて弱った状態で身体の修復を待っている。
(本来なら昼間に作戦を決行すればいいだけの話。しかし自分本位なダッキが日中に地下から出てくることは無いだろう。更に奥深くへ潜られたら俺たちに追跡は不可能だ。奴を油断させ、理性を奪い、その上で息の根を止めることが最適解だった。
ーーーそして、アンデルセンならそれが出来る)
レンジは遠方から赤い爆煙の中を注視してそう思案する。
未だ爆煙の中からダッキは姿を見せて来ない。
もしアンデルセンの攻撃を掻い潜ったとしても、ハルトの遠隔攻撃でトドメを刺す算段だ。毒に対抗するマスクも装着済みで、万が一にも対応できる想定はしている。
ーーーしかしながら、ダッキの本領は“生き汚さ”。
利己的で傲慢。己本位で他を顧みないその生き方。そしてそこから生まれてくる足掻きの一手。やはりそれだけは侮ることが出来ない。
ダッキの『蛇の神』の能力は本来蛇に変貌するだけの能力。シュウの『狼の神』のように、部下を人狼化させたり、飢える程に強大化する等の特殊能力は存在しないもの。
しかしその状態から、眼を合わせた者を硬直させる技術や毒液を体内で生成する技術を生み出しており、「蛇であればこれが出来るはず」と言う解釈能力に長けていたのはダッキの強みであった。
基本、癇癪を起こさない限り自分から戦うことを好まないダッキだったが、もしこれが好戦的な人物であったのなら、その戦闘能力と脅威度は比較にならないまでに膨れ上がっていただろう。
故に、
「!?ーーーまずいアンデルセン、避けろ!!」
音で爆心地を感知していたレンジが叫ぶ。
しかしその叫びがアンデルセンの耳に入るよりも先に、ダッキの強靭な尾がアンデルセンを拘束した。
「うっ、ぉぉぉおあっ!?」
「よくもやってくれたわね…チンカスどもぉお!!!」
尾が、ギリギリとアンデルセンのことを絞めあげる。
骨が軋み、肉が圧迫され、口から血を吹き出すアンデルセン。
まるでニッパーに両断される鉄線のように、彼の肉体は今にも、上半身と下半身で千切れそうになっていた。
「っ!やめろっ、蛇女!!!」
瞬間、状況を把握したハルトはダッキに向かって光線を放つ。
この光線は、数日前、人狼の集団と交戦した時よりも大幅に速度と威力の上がっており、大砲の如き速度で迫る、死人にとっては万死の攻撃。
通常の屍人であれば成す術なく消滅させられるだろう。
しかし、今のダッキは、上半身は可憐な十五歳の少女の姿で下半身はスミレ色の蛇の姿。口端からチロチロと覗かせる舌と、敵を睨め付ける眼は蛇そのものと言った人蛇型と呼べる形態。更に活性剤を打ち込まれていたことで機動力も抜群だ。
勢いのままにアンデルセンを捻じ切ると、強靭なバネの様に尾を丸め縮ませ、光線を軽々避けて空へと飛んだ。
「ムカつくわ!私にこんなに苦労させるだなんて最悪にも程がある!お前らみたいなのがいるから、私が楽しく暮らせないんじゃない!!いい加減死にやがれ薄汚ねぇ生ゴミが!!!!!」
激しい悪罵を撒き散らしたダッキは、落下するよりも先に毒液の熱線をハルトやポチに向かって放出する。
それはさながら、地表を焼き払う太陽光が如く地表を薙ぎ、圧縮された熱線のエネルギーは照射された物体の表面をドロドロに融解させた。
ハルトはアンデルセンの肉体を抱え何とかその場から退避するも、繰り返し降り注ぐ熱線と、その照射位置から噴出する毒素の煙は、容赦なくその場にいる誰しもの動きを鈍らせる。
「くそっ…視界が歪んできたっ…!マスクだけじゃあ間にあわねぇか…!?」
「悪りぃハルト…!あれだ!俺を捨て置いてもいいんだぞ!!」
「出来るか馬鹿野郎!!アンデルセンだって流石に肉体が溶けたら死ぬだろ!!」
「確かにそりゃそうか!いや、けどあれだ、フコー中のサイワイってやつだぜ!そこそこキレイに捻じ切ってくれたお陰ですぐにくっつきそうだ!!」
「そうかもしれねぇけど、気持ち悪りぃからその状態で元気なのやめてくれる!?」
ハルトの右脇に担がれたアンデルセンが、いつもの調子で喋りかける。異様なのはアンデルセンが上半身だけの状態だと言うこと。
臍のあたりで捻じ切られたアンデルセンの上半身からは絶え間無く血液が流れ続けているし、大腸や背骨が切断面からプラプラと振動に揺れて見える程、極めて残酷な見た目だ。
徐々に再生は始まっているものの、アンデルセンでなければ間違いなく致命的な傷。
そんな常軌を逸した異様な光景を、自由落下で地面へと向かっていたダッキは目にしていた。
「あのオレンジ髪のゴミ…痛めつけ甲斐の無い身体してやがる…!」
ダッキは着地すると同時に重力を利用し、再び尾をバネの様に螺旋を描いて丸め込む。
そして今度は、一直線にハルトの方へ向かって力を発散させた。
大きく口を広げ、二人を丸呑みするかのような態勢を取りながら、音速のミサイル弾はハルトとアンデルセンへ飛来する。
(だったら!二人まとめて噛み砕いてやるわ!)
アンデルセンが気付くより先に、ダッキの毒を宿した牙が二人に届くかと思われた。
だが、
「ーーーチィっ!!!またお前か!!!このアバズレが!!!」
「くっ…!予想以上に重いっ!!」
時越えを経て、ハルトとダッキの間に一瞬にして現れたポチ。
ギィンっと、鋼がぶつかり合う様な甲高い音をこだまさせて、ダッキの突進をポチが受け止めた。
音速の突進に対し、身体を極限まで硬直させて迎え打ったポチは、ダッキの攻撃からハルトを守ることは出来たものの、そのまま勢いに負けてアンデルセンを担ぐハルトの方向へと吹き飛ばされる。
ハルトとアンデルセンを吹き飛ばす形でポチが二人に衝突した。
「いってて…。…ポチ、大丈夫か…?」
「すみませんハルト!人型の質量なら受け止められると思ったのですが、まだまだでした…」
「いや、助かったよ…ありがとう。正直全然気が付かなかった!」
「キュン…。久しぶりに感謝して貰えて嬉しいです。ロングモーンの戦いの際はお力になれなかったので」
頬を明るませるポチは、メイド服の裾についた砂埃を叩きながら立ち上がる。
ハルトの脇に抱えられたアンデルセンも、今し方千切れた上半身と下半身をくっつけることで身体を元に戻し、再び刀を携えた。
「……おい、お前ら。流石に危なっかしすぎるぞ」
傍には、急遽前線へと出てきたレンジが控えている。
当初の予定が狂い、爆弾でトドメを刺すことは出来なかったが、何とか揃ってダッキと対峙する四人。
四人とも毒による視界の若干の痺れと視界の歪みはあるが、致死性の猛毒では無いのと、用意していたマスク、そして事前に訓練していた呼吸法のお陰で、後数分は動くことが可能であった。
「何だよ…雁首揃えやがって。女はムカつくし、気持ち悪りぃオレンジ髪は苦しめ甲斐がねぇしよぉ!?白髪のガキも変な術を使いやがって!ただじゃあ殺さねぇからな!?」
「いいか?視界がぼやけようが俺が音で感知し、伝達する。加えて、こちらも光の粒子で奴の動きを鈍らせることは叶うはずだ。これでイーブン。くれぐれも焦るな、美食家と比べれば簡単な敵だ」
「…は?無視した上に…あの駄犬と私を比べたのか??おいそこの陰キャ仏頂面!」
「全員、いけ」
ダッキの罵詈雑言を意に介さず、他三人に司令して後方へ下がるレンジ。
レンジの言葉に反応した三人は、一斉に攻撃態勢に入った。
アンデルセンは右側から猛スピードでダッキに突貫し、ポチは時越えを駆使して背後からの不意打ちを狙う。
「…舐めんなよ。クソゴミどもぉおおおおおお!!!」
ダッキは先程の挑発を受け、真っ先にレンジを絞め殺すべく地を蹴る。
三度繰り出された、初速が音速を越える残像を置き去りにした突進。
が、ダッキは気付かぬうちにハルトの光の粒子を吸い込んでおり、最初と比べると速度は半減していた。
弦から放たれた矢の如く風を割いて直進していたダッキも、今ではハルトの目で追い切れる速度だ。
当然、挑発に乗りやすいダッキの性格を理解していたハルトは、カウンターを食らわせるために拳に光を纏わせる。
寸前のところで脅威を察知したダッキはハルトの攻撃を躱すべく身体を捻らせるが、大きく態勢を崩したことで速度を伴った突進を止めた。
「ションベン臭いガキィがぁ〜〜!」
渾身の尾の一振りが空を薙ぐ。
人狼の一団との乱戦、シュウとの一騎打ち、そしてシャーロックとの試練。それらを経たハルトにとって、光の粒子によってやや動きの鈍ったダッキの攻撃は難なく避けられるもの。
今や、ハルトに攻撃は掠りもしない。
レンジの的確な指示もあるが、ハルトの直感とセンスが北方の猛者たちを上回り始める。
何度も何度も、ハルトを狙った蛇の砲弾が辺りを破壊して回る。
地面は抉れ、建物は損壊し。破砕岩と土埃が舞う闘技場。
陽光が差さない暗い闘技場では、等間隔で立てられていた松明の灯りが右へ左へ大きくその全身を揺らしていた。
そして、幾度かダッキの攻撃を避け切った後、遂にハルトの拳がダッキの腹部を捉える。
「ぐっ…ぅああっ!!」
「女の体を殴りつけるなんて、ホントなら心が痛むとこなんだけど…お前に対してはまるでその感情になんないね!」
「いっ……てぇし、ウルセェなっ!クソガキ!!!」
ダッキははち切れんばかりの青筋を眉間に立て、血が吹き出すほどに歯を食い縛って激昂する。
ハルトの一撃とその後の一言は、ダッキの血を、今日一番に沸き立たせた。
しかし憤怒と同時に、ダッキの脳裏に浮かんだ感情は“危機感”だ。
光の力を伴う殴打は鱗の鎧を纏うダッキを消滅させるには至らなかったものの、確かにダッキに「これ以上は命が危ない」と言う危機意識を抱かせた。
焦燥がダッキに走る。目の前の男を極限まで苦しめて殺さなくては気が済まないのに、それが叶いそうにない。
周囲には敵影が四人。その全てを惨たらしく殺す手段をダッキは持ち合わせていなかった。
忸怩たる思いは憤怒と焦燥を更に加速させるが、今度はダッキが、繰り出されるハルトの猛攻を凌ぐので精一杯であった。
(…クソっ…タレがぁぁぁ!!!!!!!)
ポチやアンデルセンが背後から加勢に入ろうとした瞬間、怒号と同時にダッキは上空へと退避する。
「いいわ!豚の糞以下のクソ共が…!お前らの顔は覚えたからなっ!!全員、地獄すら生温い責め苦を味合わせて殺してやる!!!」
劣勢の中、ダッキの脳内で導き出された選択は“逃走”であった。
ダッキはシュウやシャーロックとは違う。平時の冷静な判断力も、敵を正当に評価しようとする姿勢も、本来ならば憚られるような行動を恥じることも無い。
ダッキが求めるのはやはりただ一つ。最大限快楽に溺れ続ける人生。
一度目の人生では、怒りの感情を優先し、それを逆手に取ったシャーロックの作戦に殺された。
なので流石のダッキも、以前と同じ死に方は望まない。ただ一つ希求する人生訓のためには、憎き敵からの逃走などダッキにとってなんてことは無かった。
「……やっぱり、逃げるよな。けど、逃す訳ねぇだろ!」
空高く飛び、闘技場の外へ逃げ出そうとするダッキ。
その姿を見ながらハルトは一言だけ発すると、掌に光を溜め、すぐさま光の弾を放った。
その光線はただ直線に進む光弾では無い。
ハルトが視認している敵の姿を追尾する様に設計された、言わばホーミング機能のついた光の矢。
ダッキが光弾を避けようと尾を振り軌道を変えても、その背後に付き従って追跡した。
「ーーーなっ、にぃぃぃぃぃ!?!?!?」
「お前を逃さないために開発した、光の追尾弾だぜ」
ボムッ。と爆発音の様な音が響き光弾はダッキに命中する。
咄嗟に毒液を吐き威力を相殺した様だが、余波ですら全身を焼く様なダメージを与えるに十分。
ダッキは空中で体勢を崩し、制御を失い、身体から煙を立てながら地上へと落下した。
「ぐっ!ぁああああああああああ!!!!」
地面に落下したダッキは顔を歪め、苦悶の吐息を漏らす。どうにか生きてはいるものの、人型の蛇は既に虫の息だ。
喉から吐き出した血は止まらず、地面に突き立てて身体を支えている両の腕も不規則に震え始める。
「フーッ…フーッ…ゆっ、るさ、ねぇ…からなぁあ!!!」
ほとんど死にかけの様相でも悪態を吐き続けるダッキ。
それを見たレンジ以外の三人はまだダッキが何かするのではと警戒した。
アンデルセンが身幅の広い刀を手に敵を睨む。ポチはダッキの息の根を止めるために、敵の動きを予測し時間を測った。
ハルトも拳に光を溜めて、いつでもダッキを迎え撃つために準備を怠らない。
対美食家戦の時と同じ轍は踏むまいと、決して気を緩ませなかった。
対してダッキはギリギリと尾を捻り、またしても突進の体勢を取る。
(…また、それですか)
嘆息を吐いたポチがダッキの攻撃に備える。
限界を迎えた身体で放とうとする、最後の蛇の突進。
しかしながらポチにとって思惑は見え見えであり、ただの悪足掻きにしか考えられなかった。
すぐさま動ける様、膝を屈ませ剣の柄に手をかける。
(おおよそ、差し違える覚悟でハルトを狙ってくるか、再び上空へ逃げ天運に任せるかの二択でしょう。どちらにせよ、彼女までの時間は測れた。このまま何かしでかす前に、確実にその首を刎ねまーーー)
「ーーーす???」
予期せぬ方向からの攻撃に、体勢を崩すポチ。
「ポチ!?」
時越えを発動させ、ダッキの元へ跳ぼうとしたその瞬間。瞬きすら許されない圧縮された時間の最中。その刹那を狙った一本の針が、ポチの背に飛来した。
それは瓦礫の下に隠れ死んだフリを続けていた、否、物理的に心臓を止めて仮死状態だったテシンの毒針。注射針程の細さで敵を討つ最悪の凶弾。
要するに、テシンはダッキと比べ、やや賢明であったのだ。
レンジの音の探知から逃れるために自身の薬で仮死状態になり心音を止め、且つ心臓が数秒後には再稼働する様に薬の量を調整していたテシン。
それは賭けであった。爆発の後、もしかするとダッキが窮地に追い込まれるかもしれないと考えたテシンの賭け。自分の戦闘力では戦いについていけないと思案した末の苦肉の策。
しかしながらその賭けに、テシンは勝利した。
レンジが心音に気付くよりも先に。ハルトが屍人の反応を感知するよりも先に。もとい、ポチがダッキの首を取るよりも先に。
テシンの毒針はポチに突き刺さったのだ。
元より、シュウとの戦闘経験から四人ともまるで油断はしていなかった。これはテシンの歪んだ覚悟がハルトたちを上回っただけ。
もちろん二発目を許すレンジではなくすぐさまテシンは鞭剣による攻撃で消滅させるが、一瞬の隙を生ませることには成功した。
ダッキとて、その隙を見逃すほどに愚かでは無い。
「ーーーよくやったよ…褒めてやるテシン!!」
(しまっーーー)
好機を逃さんと地面を万力で蹴り、限界まで振り絞って得た速度でハルトを捉えるダッキ。
一瞬、ポチのことに気を取られたハルトの首に、ダッキの牙が突き刺さった。
「っ!うっ、ぐぅあぁぁ!!」
「はっははは!!あははははは!面白い声で鳴くのね!クソガキ!!」
脈打つ血液に乗せて、ハルトの首から毒液が注入される。
致死性の毒ではないものの、猛毒であることに変わりは無い。しかも空気を介してでは無く、直接血液へと流し込まれた毒液。
直ぐにハルトの呼吸は乱れ、全身に痺れが広がる。視界は暗転しかけ、意識は虚ろに。心臓の鼓動も不規則になり、ダッキが掴み掛かっているいるから立てているが、既に一人で立つことは出来ずに膝が折れた。
反撃をしようにも光の力は練れず、もっと言えば腕も上がらない。
正しく今のハルトは無力である。
「アンデルセン!畳みかけろ!!コイツはハルトを最大限甚振ってから殺す!今なら間に合う!!」
レンジが、ハルトをかかえて首に牙を突き立てたままのダッキへと疾駆する。アンデルセンも持てる全ての力を振り絞りレンジに合わせた。
鞭剣と身幅の広い刀がダッキへと迫る。
レンジの言葉は的を得ており、ダッキは苦虫を潰した様な表情を浮かべた。
ハルトを餌に三人に絶望を与えたい。しかしハルトのことも最大限苦しませて殺したい。そう思案していたダッキは、自身に攻撃が到着するまでの刹那で能力の解釈を広げようと試みた。
ーーー曰く。北方で語り継がれる神話に登場する大蛇は、大陸を一周するほどの全長を誇っていたとのこと。
体躯が長すぎるあまり、どこの街に住んでいようと、海に潜ろうと山に登ろうと、常にその姿を観測することが出来たそうだ。
つまりは、どこにでもいる。
蛇はどこからでも観測できる故に、どこにでも存在すると言えるのだ。
レンジの鞭剣が異様な軌道を描きダッキの首へと迫ったその瞬間、ダッキの天性のセンスは本領を発揮する。
神は、あろうことかダッキの側へ微笑んだ。
「……じゃあな!クソ野郎共!地獄の責め苦を楽しみにしてろ!!」
「!?!?」
捨て台詞を最後に、ダッキは姿を消した。
ポチの擬似的な瞬間移動とは違う、完璧な転移。
ダッキは「蛇がどこからでも観測できた」と言う伝承のみに焦点を当て、「何時も任意の場所に存在出来る」と能力の解釈を広げた。そして、自身と自身が触れたモノに対する転移能力を獲得したのだ。
「…ハ…ルト?……ハルトッ!?!?」
アンデルセンの呼びかけも虚しく、応じるものは誰もいない。
闘技場には三人と血溜まりだけが残っていた。
「ハルトォォォォォォォォ!!!!」
北方平定を目指した帝国の軍勢は、ここでハルトと分断されたのである。
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「え、嘘…こんなところに、人が倒れてるわ…」
俺は、誰かの声を聞いて目を開ける。
けれど、意識が戻っただけだ。自分の足で立てる訳でも、声を出せる訳でも無い。
土の冷たさを感じる。耳を澄ませばチロチロと水が流れる音が聞こえた。
ここは、どうやらどこかの川のほとりみたいだ。
どうして、俺はこんなところにいる?
「あ、助けなくっちゃなのだわ!ちょっと!大丈夫ですの!?」
あぁ、そう言えば。おれはダッキに首を噛まれて捕まって、それでその後…
だんだん思い出してきた。同時に不自然な身体の重さの正体がわかる。
出血のせいだけじゃ無い。多分これは、ダッキに噛まれた時の猛毒だ。
俺はダッキに負けた。そしてどんな能力なのかはわからないけど、どこか見知らぬ土地に飛ばされたんだ。
「……さ…ぃ…あく…だ……」
「え!?え!?何を仰ってるのかしら…?しかも近くで見たら…すごい出血の痕…!こんなの早く手当てしなきゃなのだわ!!」
隣で慌てふためく女の声が聞こえる。
声色からして、年齢は俺と同じぐらいだろうか?
上品な言葉遣いだからダッキで無いことは確定だ。どこかに監禁されている訳でも無いらしいし、そこだけは安心出来る。
けど、みんなはどこへ…。
ポチは?アンデルセンは?レンジはどこにいる?
(あぁ…やばい……ダメだ…。やっぱり頭が回らない…。力が…入ら…ない……)
みんなのことを探せど周囲に気配は無い。どうにかしてみんなと合流しなければ、再び闘いに戻らなければ。
そう考えても、毒のせいで頭がまるで働かなかった。
そして、再び眠りに落ちる。深い深い眠り。
まるで行く末に暗い混沌があると暗示する様な重苦しい意識の落ち方。
俺はまたしくじってしまったのだと、その眠りの感覚で理解した。
「…まずい、のだわ。私がどうにかしないと…!私がこの方を村に連れ帰らないと!」
傍らの少女が俺を抱き抱える。
どう考えても少女の身体で俺を支えるのは無理があるってのに、それでも少女は力を入れ続けて俺を運んだ。




