第二十二話 鮮血女帝②
「それで、ダッキを殺す手立てはあるのか?」
話はロングモーンでの作戦会議に遡る。
マリアが北方に不在であること。そしてダッキがあまりにも凶悪であることを踏まえ、まずは彼女を撃滅する作戦で固まっていた。
レンジはその作戦の勝率を確固たるものにするために、シャーロックへと助言を求める。
「ダッキは自身の快楽にしか興味が無い。大帝に与したのも、傍若無人過ぎるあまり立場を追われたダッキに、大帝が拠点を用意したからだ。大帝ですら、北方を統一した後にはダッキを始末するつもりだったようだな」
「そんなことはわかっている。何か助言があるならそれを早く言え」
「うるせぇなぁ、焦んなよ。つまりその、“悪い意味で欲望に忠実”な性質を使うんだよ」
逸る気持ちを抑えられない寝たままのレンジに対し、不機嫌そうに頬杖をついたシャーロックが答える。
「あの女は今、部下を使って人を誘拐し、快楽の道具にしてる。そんでもってクソ悪趣味なあの女のことだ。親子や夫婦、カップルを重点的に狙ってるはずだぜ。しかも麻酔は拷問の妨げになるからかけねぇ。眠らされる心配もねぇだろうな」
「裏を返せば、潜入できるチャンスが数多あると言うことか」
「そうだ。そんでもって、おあつらえ向きの若い男女がいるじゃねぇか」
そこまで言うと、パイプでハルトのことを指すシャーロック。
「お、俺?」
「あぁ?何驚いてんだ。お前と、クアウトリの血を引いたあの女。二人で上手く潜入してこい。なに、余程の大根役者じゃねぇ限り、あの馬鹿女が不審に思うことなんてねぇよ」
ハルトはシャーロックから突然指名されたことで面食らって目を丸くする。
シャーロックの作戦はこうだ。
なのでまずはハルトとポチが恋人のふりをして敢えて誘拐され、ダッキを捕捉した上で戦闘に持ち込んで撃破する。こうである。
もし帝国の軍勢でアベラワーの闘技場を取り囲めば、自分の命に固執するダッキは逃げ出す可能性があるため、この作戦がベストであろう。
提唱された作戦に、レンジが「確かに」と低く頷いたことで、対鮮血女帝戦の作戦はあっという間に決定された。
恋人のふりをする作戦はポチが喜びそうだなと考えながら、ハルトはダッキとの戦闘を脳内にてシュミレーションしていく。
ダッキの司る神は『蛇の神』。
巨狼に変貌し圧倒的戦闘力を誇っていた美食家シュウの大蛇バージョンと言えば理解は容易い。
警戒すべき点はアメシストのように妖艶に煌めく強固な鱗。敵を硬直させる鋭利な眼差し。岩をも溶解する強力な毒液。加えてその巨体である。
ハルトは如何にしてそれを掻い潜り、シュウを撃破した時のような一撃を撃ち込めるかどうかボンヤリと空想していた。
しかし、懊悩するハルトに気付いたのか、シャーロックは「そこまで心配する必要は無いはずだ」と口にする。
「鱗はかてぇが大技なら貫通出来る。概念攻撃も光の力を纏ってりゃ無効だ。そんで毒液も速度はねぇ。
気をつけるべきは毒液じゃあなく毒霧だが。浄化マスクさえ用意出来りゃ対して効果はねぇだろう」
「でも、美食家よりも結構デカいんだろ…?」
「デカいからなんだ?お前らは美食家を倒したんだろ?美食家と比べりゃ下衆女の戦闘力はだいぶ落ちる。油断せず四人でかかりゃ、まず問題ねぇはずだ」
「そう…なのか。まぁ情報でしか知らねぇから何とも言えないんだけど、アンタが言うなら間違い無いか」
「あぁ、多分な。だが、」
「…だが?」
顎に手を置き、どこか遠くを見るように思案するシャーロック。
若干不穏な言葉尻に、ハルトはごくりと生唾を飲み込んだ。
「下衆女は戦闘力で言ったらそこまでじゃねぇ。が、神格者としてのセンスで言ったら下手すりゃ美食家超えだ」
「神格者の、センス?」
センス。と言うワードを耳にし、ハルトは隣のアンデルセンと目を合わせる。
「美食家戦を見てたが、そこのオレンジ髪も神格者としてのセンスがある。頭は弱そうだがなぁ。直感か?」
「俺か!?あぁ、まぁ俺はそりゃそうだ!頭は良くねぇけど、再生の神様の…あれよ、ほんりょーを発揮できんのは俺ぐらいよ!」
頭が悪いのは認めるんだ。とアンデルセンに声をかけるハルト。
が、アンデルセンのセンス。言わば直感の鋭さにハルトは身に覚えがあったからこそ、強くつっこむことは無かった。
同時に、シャーロックが口にした“ダッキのセンス”について気掛かりな憂慮が増える。
「で、ダッキにセンスを警戒した方がいいってのはどーゆうことなんだシャーロック」
「どんな能力も解釈とセンス次第で化けると言うことだ。
例えばハルト、お前の光の力も色々と応用が出来るみてぇだが、それはお前の創意工夫があったからだろう?本来なら光を周囲に放出するだけの攻撃手段として脆い能力なはずだ」
「まぁ、確かに?」
「だろぅ?その点、あの女は人を痛ぶることと同等かそれ以上に、生き残ることに固執している。もし命を脅かされ、逃げ場が無いと判断した時、奴は何か能力を開花させるかもしれねぇ。人を拷問させるそのためだけに能力を改良したような奴だからな」
「そうか。能力の改良ね。確かにそれが出来るんならつれぇな…それを注意しろってことか」
「まぁあくまで可能性としてあり得るって話だがな。しかし可能性は捨て置いちゃいけねぇ。念頭にいれとくことだ」
パイプを蒸し、煙の奥で言葉を発するシャーロック。
少なくともレンジやアンデルセンが合流するまでは二人でダッキと対峙することになる。
が、大帝以上の不安要素を孕んでいるダッキを討伐しないことには先に進まない。
そんなことを気掛かりに思いつつ、ハルトたちは作戦会議を切り上げるのであった。
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「とっとと死ねよぉゴミ女ぁぁぁぁ!!!」
ダッキの怒号が闘技場全体に轟き、大地を震わせる。
大蛇に変貌したダッキは今や地下室を破壊し、地上へと戦場を移していた。
ピンクがかった艶やかなスミレ色の巨躯は這い回るだけで地面を抉り、新たな街道を作り出す。
石造りの闘技場はまるで玩具のように簡単に押し潰され、瓦礫や土煙と共にダッキは暴れ回った。
だが、未だハルトやポチを捕捉出来てはいない。
それは一重にダッキの速度が足りていないからである。
ポチの時越えに反応してきたシュウのような機動力と速度がダッキには存在しない。あるのは巨躯による蹂躙と、気まぐれで振るう鞭のようにしなる尾。
ハルトやポチは難なくダッキの攻撃を躱し、攻撃を与えることに成功していた。
強靭な蛇の鱗はシュウの毛皮以上の硬度だ。当然、そう簡単に攻撃は通らない。だが、確実に内部にダメージは浸透していた上、時折り体躯を収縮させて攻撃をいなそうとするものの、ポチの時越えの前にその程度の小細工は無力だ。
ピリピリと自身の肉体を痛めつける光の力。快楽を貪ろうとしていた算段が狂い、まるで自分の思い通りにならない状況に怒りを撒き散らすダッキは、聞き分けなく駄々を捏ねる子供のように身勝手で汚らしい言葉を吐き続けていた。
そして、そんなダッキを更に追い詰める存在がハルトたちの元に到着する。
「聞いていたより、デカいな」
「あぁアニキ!!確かにコイツァデカいな!他の街に行かれたら面倒だ!!」
ダッキの表皮を削る鞭剣と、地面を這いずる轟音に掻き消されぬよう大声を発しながらダッキへと突貫する人影。
レンジとアンデルセンである。
レンジは修繕が済んだ鞭剣を振るうが、今のところまだ身体が万全の調子では無いため、基本的には後方に控えここぞと言う時に前へ出るスタイル。
逆にアンデルセンはその分いつも以上に前へ出て、当たって砕けろ精神で刀を振るった。
鱗とアンデルセンの刀が甲高い音を立ててぶつかり合う。
現状、光の力を刀に纏わせることは間に合っておらず有効打にはならないが、ダッキはひしひしと命を脅かされている感覚を感じていた。
全て、ダッキやテシンの傲岸不遜且つ、傍若無人な性格が招いた因果応報。ダッキが追い詰められるのは至極当然の帰結である。
しかし、それを毛ほども自らの責任だと考えないのがダッキと言う悪女だ。
自分がこうも追い詰められているのは部下がヘマをしたからである。
自分がこんなにも上手くいっていないのは目の前の敵のせいである。
自分が招いた不幸では無い。世界が悪い。自分の思い通りに廻らないこの世が悪い。
そう信じて疑わない。
ダッキは常に、自己中心的姿勢を崩すことは無いのだ。
即ち、この道理のないまるで理不尽な怒りを抱いてからが、ダッキの本領だと言える。
「…わかった。お前ら帝国の連中だな。あのバカ舌のアホ犬がやられたって聞いたけど、次に私をやりに来たって訳ね!?私の人生がうまく行ってないのなんて…クソムカつくわ!!絶対ぶっ殺してやる!!早くしろ!!テシン!!」
「わっ、わかりましたぁダッキ様ぁ!!」
ダッキの声に身を隠していたテシンが反応し、地中から這い出てきた。
やや小さめな銀色のアタッシュケースを懐から取り出すとゴソゴソと弄り、幾つかの注射器を取り出す。
それを端目で確認したレンジはすぐさまテシンを止めるために駆け出すが、ダッキの尾の一閃によって道を阻まれ、注射器がダッキに打ち込まれる行為を許してしまった。
(…怪しさ満点だな)
躊躇いなく突き立てられた注射器の針がダッキの鱗の奥へと侵入する。
赤紫色の液体は静かに体内へと打ち込まれ、ゾッとするほど無機質な音と共にダッキの肉体は流動を始める。
レンジの危惧は的を得ていた。
今、テシンがダッキに打ち込んだ薬物はダッキ専用の活性剤。
元来、薬学の知識に秀でていたテシンは屍人の肉体を得たことで人体実験を生前よりも自由に行えるようになり、かなりの激薬を生成するに至っていた。
その一つが爬虫類専用の活性剤である。
本来は拷問用途で作成された激薬の数々。それを打ち込まれることをダッキは基本拒んだが、追い詰められた時には欲望のままに自身を強化させる手段を選ぶ。
そして今、活性剤を得たダッキの鼓動は異常とも言える速度で早鐘を打つ。
全身の骨と言う骨が軋み、筋肉は膨張。先程とは比べ物にならない肥大化した肉体と速度を得る。沸き立つ血液は全身から赤茶けた煙を噴出し、生物の限界を越えて肉体は流動した。
その様相は正しく神話に描かれるような怒り狂う龍の如く。肥大化した悍ましき体躯はやがて闘技場全体にまで及び、自身の命に刃を突き立てる敵影を悉く蹂躙する態勢に入った。
大地を揺らし、軋ませる姿には、最早先刻までのような美麗な鱗は見る影も無かった。
ダッキが活性剤を拒んでいたもう一つの理由はこれである。シンプルに「可愛く無い」から。
「けど、お前らを轢き潰すのに手段は選ばないわ!お前らの肉体が弾けるその感触をっ、!私がこの手で味わうのよ!!」
しなやかでいて不気味な大蛇の肉体が牙を剥く。
理性の欠片も無く、ただ暴れ回るその巨体は空気を裂いて帝国の軍勢四人に暴威を振るった。
真っ先に狙いを定めたのはポチである。
大地を砕き、建物を紙切れのように崩しながら、全身をミサイルに見立てた猛進がポチへと向かう。
ポチは時越えを繰り返し難なくそれを躱すが、縦横無尽に角度を変えて突貫してくるダッキの速度に次第に押され始め、避けることが精一杯になってきた。
「おい蛇女!ポチばっかり狙ってねぇで後ろも注意しやがれ!!!」
「は!!笑える!正真正銘のバカなのねお前!!」
その後、光の力を付与されたアンデルセンがダッキの背後を取るが、何故か攻撃前に叫んだアンデルセンはダッキの超感覚によって認識されてしまい、返す刀でアンデルセンの方へとダッキの尾による一撃が走る。
刀で威力を相殺しようとするも、そもそもサイズが圧倒的に違う上に、更に活性剤を投与されたダッキの攻撃を防ぐことはアンデルセンには不可能だった。
「うっ、ぉおおおおおお!!!!!!」
遥か後方へと吹き飛ばされるアンデルセン。
躊躇いなく打ち込まれたダッキの尾は、アンデルセンの上半身の骨を粉々に砕き、普通であれば即死の傷を与える。
一人、敵を撃破したと思っているダッキは余裕綽々と言った表情だ。
「ホントに、救いようの無いバカがいるものね?脳を子宮に置いてきたのかしら?ほら、次はお前らの番よ?」
ダッキはその場に居座り、眼下にて自身と対峙するハルトとポチを睨む。
光の力によって蛇睨みによる麻痺は引き起こされないものの、しかしその巨大さと、十数秒前とは打って変わった攻撃性能は二人の脚を竦ませることは十二分に可能であった。
だが、ポチは一歩も後ろに退かず、殺意を持ってダッキを睨み据える。
ハルトは微動だにせず歯を食いしばって拳を握っている。
その姿に動揺や恐怖は殆ど感じられない。
何故なら…
「お前。アンデルセンのことを馬鹿にするけどさ、お前も相当馬鹿だと思うぜ?」
「は?なに?負け惜しみ??もっともっと苦しんで死にたいなら素直にそう言いなさいよ」
「何もわかってねぇんだなお前。残忍さ以外の部分がまるで語られていない理由がわかったぜ」
「だから、何を言ってるのかさっぱりだわ!乳臭いクソガキ。お前はもうその口をひらーーー」
キンキンと甲高い声でハルトを罵り、全身の筋肉を張り詰め、そして今にもハルトを捕食せんと口を開けたダッキ。
しかし次の瞬間、地面の下から膨張するエネルギーがあることを感じ取る。
「マジで安心したよ。ーーー予定通りにいってさ」
ハルトとポチは、この時初めて後ろへ飛び退いた。
ダッキを殺すべく用意した策に、自分たちが巻き込まれないように。
シャーロックの支援。それは情報支援だけでは無い。
兵器や機械部品の援助も豊富に行っていた。
それによりレンジは鞭剣を早い段階で修繕することが出来たし、更に大量の爆薬を手に入れていたのだ。
刹那、レンジが事前に設置していた大量の爆薬がダッキの足元で爆ぜ、その巨体を悉く吹き飛ばした。




