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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU
第一章 北方攻略編

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第二十話 協定と覚悟

 





 ロングモーンの街で行われた、シャーロックによる帝国軍勢の“試験”。

 シャーロックとレンジの頭脳戦の行方は、結果レンジの勝利で幕を閉じた。




 戦場だった場所にてレンジに簡易的な治療を施すシャーロック。




 何か下手な動きをしないか監視していたハルトだったが、「心配せずとも妙な気は起こさねぇよ」と思考を見透かすようにシャーロックが呟いたので、試練の終わりを感じ取り安堵する。




 だが、事態を察して町役場まで戻ってきたアンデルセンは、傷が倍近くまで増えてより痛々しい見た目になってしまったレンジを見て、動揺と疑念の視線をシャーロックに向けていた。





「マジかよ…おい、大丈夫なのかアニキ!?」





「デカい声を出すな。傷に響く」




「けどよぉ!」




 アンデルセンの疑念は晴れない。

 作戦を伝えられていなかったからだ。




 ハルトはレンジから、シャーロックを謀るための作戦を事細かに伝えられており、その通りに動くことで敵を出し抜くことが出来た。

 そもそもレンジのことをあまりよく思っていないからこそ、命を危険に晒すような作戦も受け入れたハルト。




 しかし情報が漏洩しかねないため、アンデルセンに作戦は伝えられていなかった。




 ただただ愚直に、一直線に、いつも通り目の前の敵と戦っただけ。

 それも協力を乞いに行くという名目で来ていた為、多少いつもよりか軽い気持ちであったのだ。




 それが蓋を開けてみると、ボロボロになって半分死にかけのようなレンジが出てきたので、アンデルセンの瞠目と、ある種の怒りに似た感情は間違ってはいないだろう。




 そんなアンデルセンを軽くあしらい、当のレンジは会話を始めるようシャーロックを促した。





「コイツの話を聞いてると明日の朝まで話が終わらん。早く始めてくれ」





「随分と冷淡だな。まぁいい、急ぐのは俺たちも一緒だ。これ以上お前らを長居させると疑惑を持たれかねねぇからな」





 それで、何から聞きたい?とレンジに返すシャーロック。





「全てだ。首魁の存在、根城、そして敵の数。その他有力な屍人の存在」





「お前、傷を手当てしてもらった瞬間急に欲張りやがって…。まぁいい、順にいこう。

 出鼻を挫くようだが、俺は敵の首魁、もとい屍人の主人の名前は知らない。それが正直なところだ」





「なに…?」





 地面に横たわりながら怪訝な表情を浮かべるレンジ。

 ワトスンが持ってきた簡易的なマットレスに横になっているが、傷が痛むのか起き上がりはせず、表情だけでその不機嫌さを表していた。




 シャーロックはやや高級感のある椅子に腰掛けながら、パイプを蒸して「まぁ待て」と一言レンジを静止する。





「名前は知らん。が、大方予想はついている。奴は恐らく『大帝』の娘だ」





「!?…大帝だと…。まさか、奴の子供が生きていたのか。であれば俺は名前を知っている。長女マリア、長男アレクセイ、次女アナスタシア。この三人だ」





「当たりだな。さすが帝国の情報網だ。屍人を生み出しているのは十中八九、長女のマリアだろうよ」





 レンジは事情を飲み込み、どこか納得した表情を浮かべる。




 大帝の血筋。三人の子供がイヴァン大帝にいたと言うのは有名な情報だ。




 だが、その安否は北方大戦後不明となっており、北方における謎の一つでもある。




 大帝を怨む人々による血筋の根絶運動は大戦後に激化し、各所で謂れのない罪を課せられた人々の犠牲が頻出した。

 それを危惧した帝国によって後始末が行われその動きは徐々に終息に向かったが、恐らくその血統殲滅の流れに巻き込まれ三人の子供たちは殺されてしまったのだろう。と誰もが口を揃えて憐れんだのは有名な話。




 その話で不可解なのは、遺体が見つかっていないことであった。




 本来、大帝の子供を捕らえたのならば見せしめとして大衆の前で残虐な目に遭わせようとするものを、全くそのような噂も無く、忽然と三人の子供たちは消えたのだ。




 一つ気掛かりな点があるとするならば、血筋を根絶しようと動いていた人々の一団が、ある時血溜まりの中で発見されたこと。そしてその猟奇的な殺害方法。




 一団の男たち十数名は全員眼球が繰り抜かれており、十二指腸や片肺、そして背骨が消失していた。四肢を引きちぎられている遺体も確認されており、更にその千切られたであろう四肢の残骸が発見されないことからも、誰もがそれを行ったのは人では無い何かだと信じて疑わなかった。




 これも北方の謎の事件の一つであるが、三人の子供たちの痕跡が絶たれたタイミングと時系列が一致し過ぎているため、何かしらの因果関係があるのではと睨んでいる人物も少なからずいる。




 その因果関係が遂にここで証明された。

 三人の子供たちは神格者であり、屍人を率いた黒幕であり、そして猟奇的殺人事件の犯人であると。




 レンジはシャーロックの話を聞き、その関係性に得心する。





「それで、マリアはどこにいる?」





「あぁ、そこなんだが」





 シャーロックは張り詰めた空気など気にせんとばかりにマッチをこすり、パイプに火をつけ、煙を燻らせる。




 紫煙が空に浮かび、燈のような火と灰を軽く弾くと、息を吐いてから改めて話を続けた。





「マリアは今、北方にいない」





「なに?」





「言葉の通りだレンジ。何でもお前らがいきなり美食家を倒したもんだからなぁ、焦って屍人の調達に行ってるとのことだ。だから、ここからは敵の全貌が掴めなくなるぞ。下手に動くわけにはいかんからな」




「なら、現状の敵戦力をわかっている範囲で教えろ」




「有力なところで言うと、蛇の下衆女(ダッキ)に『黄金龍』ネズミ。雑魚の屍人は凡そ千体程度。それと、マリアの隣にも常に男児が控えている。奴からも底知れない何かを感じたが、何者かわからん。予想はつくがな。とりあえずはわかる範囲でこれだ。

 他にも口ぶり的に1、2体は神格者の屍人がいるだろう。北方以外の場所からも死体を回収しているみたいだな。ーーーだが、総じてそれはどうでもいいことだ」




 わかるだろ?とシャーロックはレンジにパイプの先を向ける。

  



 ハルトは何のことかわからず首を傾げたが、すぐに筋道を立てた結論を導き出した。





「まさか…イヴァン大帝!!」




「ふっ。存外頭が働くじゃねぇかハルト。正解だ。まぁ奴が敵勢力にいるかどうか確定した訳じゃねぇ。死体もどこにあるのか知らねぇしな。

 だが、連中の目的は北方の支配、ひいては世界に向けた武力による発言権の獲得だと聞いた。死体があるなら真っ先に使うだろうな。実の娘でありゃ、父親の死体の場所ぐらい見当がつくんじゃねぇか?」





「大帝が屍人として現れることは予想していた。ならばより一層早期撃破せねばならんだろう。必要であれば増援も呼ばなければ。

 とにかく、マリアの根城を教えろシャーロック。帰ってきたところを速攻で叩く。いや、暗殺だ」





「焦るなレンジ。気持ちはわかるが、それが出来ないからこちらも苦悩しているんだ。理由は三つだ」





 レンジの訝しげな目線を他所に、そこからシャーロックは懊悩している要因をゆっくりと話し始める。




 一つ目はまずマリアの根城の秘密。




 マリアは根城を持っているが、その場所は()()であり、北方の表の世界に拠点は存在しない。

 地底深くに冥界を形成し、そこを拠点としているのだ。




 そこに自由に出入りできるのは冥界の主人であるマリアと冥界に属する屍人のみ。

 悪性を纏う手段、或いは冥界を消し去るほどの光のエネルギーがあれば突破可能だが、この冥界領域を突破するにはまだ手段が足りない。




 そして難儀な点として冥界の入り口は範囲内ならどこにでも設置できる点と冥界領域内での生者の動きは全て屍人の主人に感知される点がある。

 故に待ち伏せは不可能に近かった。




 二つ目の理由は際限なく増え続ける戦力とマリアの性格だ。




 死体を媒介に兵士を生み出せると言うことは無限に兵士を充填することが可能と言うこと。面倒な勧誘や交渉が必要無いため、今回のように有力な屍人が減れど、外部からまた新しい駒を連れてくるだけでその穴埋めは十分に成し得る。




 加えて、猜疑心と警戒心の高いマリアは、普段から屍人の兵士を増やし続けている。

 もしマリアを刺激して屍人が更に増えた場合、ハルト一人では賄い切れない程の光のエネルギーが必要となるだろう。




 更に、シャーロックの見立てでは、屍人はマリアが死んでも現世に残り続ける。屍人の量が倍近くになった場合、事態は北方だけに留まらないのだ。




 敵を消滅させる手段が限られている以上、帝国側は数で押されれば勝ち目が無くなる。

 出来る限りマリアに疑念を抱かせず、現状の均衡を保ち、そして一気に冥界側と総力戦を挑むこと。これが重要になってくるのであった。見え見えの待ち伏せで雲隠れされた日には一貫の終わりだ。




 三つ目はダッキの存在。




 ダッキは北方史上最悪の汚点と呼ばれる人物。

 冷血無情、淫虐暴戻、天資刻薄。これらの言葉はダッキのためにあると言っても過言では無い。それでいて自身の命には固執する生き汚さ。あまりにも命根性が汚い。




 屍人の主人を打破しようと屍人は残り続けるその能力の性質からも、ダッキの性格からも。真っ先にマリアを狙うよりもダッキを撃破する必要があると言えよう。





「あの下衆女はもし総力戦になったとしても自分の命と快楽を優先するだろう。今は北方にいるからまだ良いが、万が一外に出て()()()()と徒党を組んでみろ?大帝が目覚めるのと同等以上に最悪だ」





 と、シャーロックは語る。





「例の教団?」





「あぁ〜ハルトは知らなかったっけか?あれだ、悪魔教団のことだよ」





「悪魔…教団…。いや、流石の俺でも名前は聞いたことあるな。詳しく知ってる訳じゃあ無いんだけど」





 腕を組み、視線を落として思案するハルト。




 そんなハルトを見兼ねてか、レンジが悪魔教団について説明した。





「簡単に言えば悪魔復活を大義に掲げて活動している狂人の集まりだ。帝国は今でこそ反帝国主義との戦いに明け暮れているが、帝国軍ってのは元々悪魔教団を殲滅するために立ち上げられた軍隊」





「その思想が行きすぎて先先代の天帝は世界を獲ろうとしたがなぁ。俺は独裁者は嫌いだ」





「それに関しては弁明の余地も無い。が、今は関係ないだろう?」





「ふっ。それもそうか。とにかく、悪魔に贄を捧げるとかほざいて人を殺しまくってる連中が悪魔教団だ。その残忍さと悪辣さは世界中の人間が知っている。唯一の救いは表舞台で活発に活動しないことだが、そこに下衆女が加わってみろ。考えたくも無い事態だ」





 世界にて、最も恐れられている組織は反帝国同盟では無く悪魔教団である。




 悪魔を信奉し、悪戯に人を殺す。心の枯れきった、正しく人の皮を被った外道。人を殺すことが本気で悪魔復活に繋がると考え込んでいる狂人。

 その脅威は語るまでも無く、時折り表舞台に出てきては途轍もない甚大な被害を出して煙のように消えてゆく。




 反帝国同盟と敵対するのは帝国だけだが、教団とは世界各国が相対している。言わば世界の敵だ。




 資料の情報では無く実際にダッキの性質を見てきたシャーロックだからこそ、その教団とダッキが結びつくことを何よりも危惧していたのである。




 シャーロックは、しばらく思案した後、煙を吐きながら椅子から立ち上がった。





「これより、俺とワトスンは敵の根城、冥界に潜る。そこで内側から瓦解させる手段を模索しつつ、常に新しい情報をお前たちに届けよう」





「俺たちはまず鮮血女帝を討伐しろと?」





「そうだ。敵の全貌を把握しなけりゃ勝ち筋は薄くなる。お前たちはまずあの下衆女を狩れ。期限は五日だ。五日もすればマリアはこの北方に帰還するだろう。それまでにダッキを殺し、総力戦に挑める準備をしておけ」





 パイプの灰を乱雑に落とし捨て、改めてハルトの前に立つシャーロック。




 生唾を飲み込みやや緊張するハルトにシャーロックは手を差し出した。





「協定は成立…ってことで良いのか?」





「そうだ。気合い入れろよ?そもそもここからはお前の力次第でどうとでもなる問題だからなぁ」





 握手と共にシャーロックとの交渉はまとまり、両者の思惑と利害は一致した。




 方や、北方に巣食う反帝国同盟の軍勢を殲滅するため。

 方や、再び危機に陥った祖国を魔の手から取り戻すため。




 ここに二つの勢力が協定を結んだのである。




 北方に存在する帝国の味方軍勢はハルトたち一行と、帝国の第二部隊。そしてシャーロックにワトスン。

 ハルトの光の力の付与できる限界値的にもこのメンバーで敵と当たることになるだろう。





(そうだ…俺が頑張ればやれるはずだ。気合い入れなきゃな。一月でこれだけやれるようになったんだ。この数日で、より成長してやる)





 シャーロックの言葉を反芻し、ハルトは静かに決意を改める。




 目を開けたハルトの視界に迷いは無く、腹を括った男の覚悟の光が灯っていた。





 その光は不安定で小さく、いつでも簡単にかき消されてしまうものだったのだと、ハルトはこの時考えもしなかった。






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