第二十一話 鮮血女帝①
拷問都市アベラワー。ダッキが生前拠点としていた都市の通称。
この街の中心に位置する円形闘技場ではかつて、数多の残虐行為が行われ、数多の人々の命が失われた。
飛び散り乾き切った血液は、本来石造りで荘厳な色をしていた闘技場を黒く染める。
どこの部位なのか最早わからない骨や衣服の残骸はそこら中に散らばり、人の気配など無いのに、断末魔と悲鳴の痕跡が見て取れた。
何より凄惨なのは地下の大広間に作られたダッキの趣味部屋。そこは最早、地獄そのものだ。
血と肉のこべりついた手枷足枷、錆び付いた鋸。隠部を抉るための特殊な形の器具。任意のタイミングで頭蓋や指を轢き潰す様々なサイズのトラバサミ。四肢を回転させるギミックのついた醜悪な十字架。火炎放射器に冷却装置に激薬。などなど…
ありとあらゆる拷問材料が揃っている。
否、拷問材料と呼ぶには些か加虐性が強すぎるかもしれない。
それは対象を生かすつもりのない、余りにも残虐無比な処刑道具であった。
北方大戦終結後、シャーロックの計略にハマったダッキが討伐された後もその凄惨さは消すことが出来ず、不気味な程に静まり返ったその街は、夥しい量の死と怨念を宿している。
そして今、屍人として復活したダッキはこの古巣に帰還していた。
既にアベラワーを住居とする人間は存在せず、大戦後辛うじて生き残っていた町民は別の街へ移動している。周辺都市の人々もこの街を腫れ物として扱っていて近寄ろうとしない。
本来、ダッキがこの街を拠点にしようと意味は無かったはずだ。
が、その状況が逆にダッキの野放図さを加速させる。
様々な都市から人を誘拐。下手をすれば北方以外の場所からも人をかき集め、自らの欲望を満たす道具としてそれらを使っていた。
人々は言う。ダッキは美少女の皮を被った、悪意の具象化だと。
生まれながらにして人を嬲り、弄ぶことしか知らぬ醜い存在であると。
(あぁ…私ったら今日も美しいわ…。この背丈を抜きにしたらね……)
「ダッキは悪魔だ」その言葉を発した人々は皆一様にダッキに無惨に殺されたが、評価は決して間違っていないだろう。
それがわかるのはダッキの生い立ちである。
ダッキは元貴族であった。
北方の南部、比較的他大陸との交流が盛んな国で生まれ、呪術を得意とする厳格な父を持つ。
財力も、権力も、人として生きるに不都合はまるで無い恵まれた環境と生活。だがダッキの心は常に満たされていなかった。
幼少期から傲岸不遜、唯我独尊。それらを地で行くダッキは、父から常に叱責を受けていたのである。
「何故お前は、人を慮ることが出来ないのだ?」
それがダッキの父親の口癖であった。
やがて地主貴族であった父はダッキのあまりの狂気性と、それが周囲に露見することを恐れ、娘を外に出すことを慎むようになる。
当然父以外もダッキの暴露を危惧し、ダッキの軟禁に力を貸す。二人の優秀な兄はダッキを一族の恥として扱い、敬遠した。
故に、ダッキは幼少時代を孤独を噛み締めながら過ごすことになったのだ。
しかしながら、それは当然の報いとも言える。
小動物を嬲り殺すことは日常茶飯事。時には従者や市民を自作の罠にかけ、苦悶する表情を見て楽しんだ。
何より、最も父が不快に思った行動は、ダッキの悪名を確立させた“大宴会”。
ある晩、ダッキは邸宅の庭を使い宴会を開いた。
邸宅の庭には無数の高級酒と上等な肉を並べ、「日頃の迷惑の謝罪」と称し従者を揃える。集まった従者をはダッキの改心を心から喜び、人格者であるダッキの父が娘を使って我々に便宜を図ってくれたのだと、晴々しい気持ちで庭園に集まったそうだ。
ーーー無論、それは普通の宴会では無かった。
従者数十人は集まった瞬間に全裸になり、踊りで自分を楽しませるようにダッキに強要される。高級酒の殆どは邸宅の池に流し捨てられ、男の従者はそれを余さず飲み干すように命令されたそうだ。肉も女体の上に盛られ、ダッキの目の前に差し出される。
嘘か誠か、途中からダッキも熱が入り、男の従者に自身を歓ばせるよう指示したとのこと。
ダッキは、痴態を露わにして狂人のように踊る従者たちを見て笑顔で肉を喰み、性を謳歌し、酒を嗜んだと言う。
これが齢十五の時のダッキの逸話だ。ダッキの父が実の娘を煙たがり軟禁するのも全く無理の無い話だろう。
それでも、人格者として有名なダッキの父は勘当することをしなかった。
母も、二人の兄たちも、従者の面々も、忌避はせれど、直接的にダッキを攻撃することは無かった。
が、それが間違いだったと悔やんだのは、彼らの今際の際のこと。
神は最悪の人物に微笑んだ。軟禁二週間目にして、ダッキは神格者として覚醒する。
そこからは一瞬の出来事であった。
北方の歴史に残る最悪の事件。全てが崩壊した夜。
『蛇の神格者』として目覚めたダッキは真っ先に邸宅に務めていた従者三十名を殺害。その家族、恋人をも街から探し出し、死体をまざまざと見せつけた後に絞め殺した。
次いで実の母親と実兄二人を捉えて縛りつけ、父の目の前で拷問し殺害。
最後に残された父は衣服を剥かれ、皮を剥がれ、手脚を捥がれ、臓器を引き摺り出された挙句あまりに猟奇的な方法で殺され、最終的に残った僅かな肉体は大衆の面前に放り捨てられた。
凄惨かつ残虐。悪逆で唾棄すべき自己中心的な最悪の行い。
「お前は最悪だ。人の形を持って生まれただけで、最早人では無かった。私は、お前を罰しなかった自らの行いを悔いると共に、呪詛をお前に与える。必ずやお前のした行いの報いを受けるように」
ダッキの父は、命尽きる寸前、息も絶え絶えにダッキに対して呪いの言葉を吐いた。
それは呪詛の言。怨嗟と憎悪と忌避。そして悔恨。負の感情が全て入り混じった最後の言葉。
そして呪術を得意としていたダッキの父による最後の抵抗であった。
その抵抗は、ダッキの命を絶つことは無かったものの、ダッキに呪いを宿すことには成功する。
ダッキにかけられた呪いは未成の呪い。
ダッキは、どれだけ時が経とうと十五歳の肉体から成長しない呪いをかけられた。
年齢を重ねても子供のまま、極めて利己的且つ自分本位な思想のまま成長していない。と暗に示唆されているようなもの。
ダッキはその呪いとその呪いを自らに課した父に対して、骨の髄まで震えるほどの殺意を抱いている。
二度目の人生でもそれは変わっていない。
その証左に、ダッキは再び、アベラワーの街で最悪の祭典を開催していた。
側近であるテシンが誘拐してきた人々を丁寧に虐げ、愚弄し、嘲り、侮蔑し、殺す。
対象の尊厳を極限まで破壊し尽くしてから殺すこと。それのみがダッキの生き甲斐であり、欲を満たすための最高の在り方であった。
今日もダッキの渇望を潤すためアベラワーに連れてこられた人間が2名。若い男女がアベラワーの地下深く、拷問部屋まで拉致された。
「あら。あらあらあら?なんだかとっても可愛らしい顔の二人だけど、驚かないの?あまり恐怖が無いじゃない。ここに連れてこられるとみんなすっごい震えて可愛い感じになるんだけど」
「………」
「あぁ。逆に恐ろし過ぎて声も出ないのかしら?二人とも可愛いわねぇ!」
連れてこられた二人を頭から爪先まで睨め付けながら、頬を上気させて興奮した様子のダッキ。
弾む声で手を叩き、目を爛々と輝かせるダッキの表情からは理性が感じ取れない。
シュウは獲物を狙う獣の目つきであったが、ダッキは恍惚としたシリアルキラーの目つき。シュウに対して、逆に人間らしい狂気をダッキは宿していた。
「私ね、ふと思うのよ。世の中には人を喜ばせることが沢山起きるけど、喜んでいる顔ってみんな同じかなぁって」
ダッキは、目の前の二人が硬直してしまっていることを愉しんでいるかのように、胸の前で手を合わせて語り始める。
「でもね、苦しんでいる人って表情が多様なの!人を苦しませる手段や方法って沢山あるでしょ!それによって苦しむ顔って変わるのよ!」
「何が……言いたいんだ??」
「だからぁ。子を目の前で殺された親も、恋人を目の前で犯された男も、助かると思っていた人間が現実を知った時も!みんな違う表情なのよねぇ…!それってすごいと思わない!?ねぇテシン、そーよね!」
「もちろん!ダッキ様!何よりそれがいいんですよね!」
二人の後ろに控えていたテシンは、ダッキの問いかけにテンションを上げて答えた。
四十代ぐらいで背が高く、太い骨格の男。顎には鋭角な髭を蓄えている。
ぎょろりと眼窩から零れ落ちそうな目は暗い拷問部屋にて不気味な狂気を映しており、見るものに一目でこの人物が正気では無いと理解させるに相応しい外見であろう。
「えぇ、えぇ!ただ拷問するだけだなんて勿体無いことはしません。じっくり、しっかり、その人物がどうすれば苦しむのか、どうすれば絶望するのか、それを限界まで引き出す方法は何なのか!私は真摯に追求しましょう!目的はただ一つ!ダッキ様に悦んで頂くためにぃ〜!」
「そーよ!わかってるじゃないテシン!!今回はどんな饗宴を見せてくれるのかしら!と、言うことで二人とも。これから全力で虐めるから、全力で私を悦ばせて頂戴ね?」
パンっと手を叩くと、テシンが後ろ手に縛った二人を連れて何かを始める準備をする。
死の匂いで充満した拷問部屋に、今まで以上の不吉な気配が立ち込めた。
これより行われることが確実に碌なことにはならない、最悪の展開になると言うことは誰の目にも明らかであっただろう。
全身から血の気が引き、背筋が凍りつき、胃の底が冷たく沈む程の悍ましい展開の予感。
ここまで連れてこられた人間は、ここで初めて、もう自分たちは手遅れであると悟るだろう。
だが、今回の二人は違った。
これ程までに絶望的な雰囲気と人物を前に、毅然とした態度を崩さず、恐怖よりも怒気を孕んだ言葉を紡ぎ始める。
「……お前は、一体ここで何人殺したんだ…?」
「??何よいきなり。訳のわからないことを言って、恐怖で気が触れたの?そんなの数えている訳無いじゃない」
「そうか…じゃあ質問を変えるよ。お前はどうして、人を進んで苦しめることが出来るんだ?どうして、少しも人を慮ることが出来ないんだ…?」
「ーーーはぁ???」
眉間に深い皺が刻まれ、明らかに不機嫌な顔になるダッキ。
こめかみに青筋が浮かび、膨れ上がった憤怒の奔流が発散場所を求めてダッキの脳内で暴れ回った。
それを見た白髪の青年は言葉を止めることなく、そのままの勢いでダッキから視線を逸らさない。
「人を苦しめ、まして殺す。それを好き好んでするお前らの気持ちが本当にわからない…。どうしてそんなことが出来るんだ?人の気持ちがわからないのか?わかった上で苦しめるのが好きなのか?お前にも良心はどこかにあるんじゃないのか?」
「…お前。…何だ。私を憐れもうっての?私に意見をしようっての!?しかも…忌々しいあのクソッタレと同じようなことを言いやがって…!」
先程までの歓喜雀躍とした顔はどこへやら。怒りに満ちたダッキは目の前の白髪の青年に自身の父の姿を重ね、最大級の殺意を向ける。
「私に提言するなんて、ただじゃあ殺してやらない…!!爪を全て一斉に剥いでやる。鼻と耳を削いで隣の女に食わせてやる。もちろんポコチンは切り刻んで男としての尊厳を無くす。そんで熱した鉄で四肢を斬り落として人としての尊厳も無くした後で、女を目の前で死ぬまで犯してやる。お前に今から、最大限の地獄を味合わせてやるからな!!!」
怒り露わに、指を青年に向けて宣言するダッキ。
しかし、絶望的な宣言に対して青年は目を逸らさなかった。
青年はこの地下室とダッキを直で見たことで情報に齟齬が無かったことを実感した訳だが、そこから生まれた感情は怒りを通り越して憐憫である。
ダッキはシュウとは違う。シュウも人を食べずにはいられないと言う異常性癖を持っていたものの、人としての矜持や芯のようなものは持ち合わせていた。
同じ狂人でもそこが最も異なる点だ。
故に青年は、敢えてテシンに捕えられることで潜入に成功したハルトは、ダッキに対して最早稚児に抱く情にすら近い、憐れみの感情を抱いたのだ。
対して、隣に控えていたポチは怒りを露わにハルトの半歩前に進む。
「もういい。無駄話はもういいでしょうハルト。こんな下衆の声、聞いているだけで苦しくなる。レンジやアンデルセンを待つより先に、とっとと殺しましょう」
「…あぁ。そうだな。コイツは、やっぱり生きてちゃいけない奴だ」
「何よ…何よ何よ何よ!!!テシン!!何を連れてきたんだよお前!!」
「いえ!!…私、は!」
身体の前で手を振り、動揺した様子のテシン。
まさか自分が連れてきた存在が、帝国の兵士であるとは露ほども考えなかったのだろう。
「ダッキとテシンは欲望に一直線過ぎるガキだ。演技さえ上手くやれれば疑われることはない」とはシャーロックの言葉だ。
レンジはその言葉を元に潜入作戦を組み立て、案の定油断した二人はハルトとポチを自らの拠点に引き入れてしまう。
危機になればそそくさと逃げ出すことに抵抗のない、あまりに生き汚いダッキを、目の前に捉えることに成功したのである。
それに気付いたのか、気付いていないのか。ダッキは更に怒りのボルテージを上げて、ゴスロリ風の服の裾を掴む。
ヒールをカツカツと鳴らしてハルトたちの方へ向かうと、蛇のように縦に裂けた瞳孔でポチを睨みつけた。
「いいわ。もういい。本当に興が覚めた。お前らの血で、肉で、この怒りの火は鎮めることにするわ!」
「喋ってないでとっとと来てください、蛇女。あなたの性癖の話は心底どうでもいい。ハルトを侮辱するような先ほどの物言いも含め、耳が腐りそうです」
「あぁわかった!!お前から殺してやるペチャパイゲロ女!!!!テシン!!そいつらを押さえつけろ!!」
ダッキの怒号に反応し、テシンが戦闘態勢に入る。
が、それよりも先にハルトとポチは敵を滅する構えを取っていた。
次の瞬間、蛇に変貌したダッキの肉体とハルトの拳が激しい音を立ててぶつかった。




