第二十四話 影との出会い
「起きて。ハルト」
「?…母、さん…?」
「起きて。ハルトは強い子よ。きっとこれからも自由に生きていける」
「…うん…そうかな?あんまり自信無いけど…」
「そうよ。でも、これだけは忘れないでね。人間は善行を成せる生き物。けれど大元は悪い生き物だわ。それを忘れちゃダメよ?」
「…わかった」
「偉いわハルト。じゃあ、いってらっしゃい」
「待って、母さん…!もう少し、母さんと話がしたいんだ!!ねぇ母さん!ずっと気になってたんだけど!その髪の色ってーーー」
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「ーーーっ母さん!!!!!」
「うぉあ!なんだ急にっ!びっくりした!!」
布団を跳ね上げて俺は目覚める。
周りを見渡すと家屋の中。石造りで、暖炉があって、分厚いカーペットが敷いてあって…。造り的に北方の家屋っぽい。
そう言えば、なんだか前にもこんなことがあったっけ。
そう、オヤジが人狼に殺された後、帝国に拾われた時の目覚めがこんな感じだった。
あの時は傍らにアンデルセンがいて、レンジがいたんだが、今回は…
「…誰だ…お前らは?」
「誰だ?って酷い言い方だなぁ。なんならお前の命の恩人なんだぜ?」
黒髪を右目上ぐらいで分けた二枚目な好青年は、胸に手を当て鼻高々にそう語る。
キレイな黒髪と黒色の瞳。黒いパーカーに、黒いズボン。全身黒ずくめでどう見ても怪しい奴なのに、どこか親近感を沸かせる。
多分、歳は俺と同じぐらいだろうか?声にも元気があって、ほんのりとアンデルセンを彷彿とさせる雰囲気だ。それもあって妙な親しみやすさがあるのかもしれない。
「命の恩人…。そうか。お前が俺のことを助けてくれたのか…」
「ん?いや。俺じゃあ無いぜ。助けたのは、ほら。そこの女」
「そこのって…どこの…。あ、」
黒髪の青年が指差した方向。丁度俺が寝ている寝台の足先のところ。
そこには椅子に腰掛けたまま体を前に倒し、ふかふかの布団に顔を埋めるようにして眠る少女がいた。
消え入りそうな寝息を立てながら静かに眠る少女は透き通る白い肌に綺麗な白髪で、まるで作り物なんじゃ無いかと錯覚させる。
現状、水色のカーディガンから少し覗かせる指先の赤らみが唯一の人間らしい要素であった。
「この子が、俺を?」
「そ。甲斐甲斐しく世話してたぜ?俺はもうやめろって止めたんだけどよ、結局治療を手伝わされちまった」
「あぁ、そうか…。…いや、悪いな。助かったよ」
「だから、礼はそいつにしてやんなって。俺はなんもしてねぇからさ」
「でもこーやって見張っててくれたんだろ?ありがとう。あんた名前は?」
「けっ、不思議な奴。ま、俺はクモナってんだ。よろしくな」
「よろしく、俺はハルトだ。突然で悪いんだがクモナ、幾つか質問してもいいか?」
俺は挨拶もほどほどに、まずは状況の整理を試みる。
一旦、目の前にいるクモナと足元で寝息を立てる少女は敵では無いようでそこの心配は無い。
だが、ここがどこなのか?俺がどんな状態なのか?そして、あれから何日経っているのか?それらの情報を整理しなければ何も始まらないと思った。
クモナたちには感謝している。礼もしっかりしたい。とは言え、俺が真っ先にしなきゃいけないのはアンデルセンたちと合流することだ。
まずはそれを最優先事項に据えて行動しなきゃいけない。
「ん…むにゃ…。…お、ねぇ…ちゃん…」
「あ、悪い。起こしちゃったか?」
「んん……。…あっ!ぁあ!白髪の方!!
ようやく起きたのですね!!もう死んでしまったのかと思ったのですわよ!」
「いや、お陰様でこの通り。ホントありがとな」
「いえいえとんでもございませんわ。苦しんでいる人がいたら助けるのが普通のことでしょう?」
「そっか…。そりゃそうだ。流石だな…。で、だ。俺ってその〜…今はどこにいる訳?」
「え?もしかしてご記憶がないのですか?」と目を丸くする少女。
うっかり名前を聞きそびれてしまったが、とりあえず話し始めてしまったので質問が終わってから改めて聞くことにした。
少女は数秒の間、顎に手を当て考え込むようなポーズを取る。
(?眠ってる間に、なんかまずいことでもしてたのかな…?)
あまりに真剣に熟考する少女。それを見て何か粗相でもしていたもんかと一瞬不安に思ったが、間髪入れずに「やれやれ」と肩をすくめたクモナが口を開いた。
「コイツはさ。この村以外の小さい頃の記憶が無いんだよ。そんで何故かここら一帯からも出たことが無い。だから説明に悩んでるって訳。
ま、俺が説明するから安心してくれよ」
「っ。…そう、だったのか」
俺は、少女の境遇につい一月前までの自分の姿を重ねる。
幼い頃の記憶を封じ込めた俺と、記憶を失ってしまった目の前の少女。
そして敢えてオヤジのいた村から出なかった俺と、何故かこの村から出たがらない少女。
同じような髪色なのも含めて、どこか親近感の湧く人物である。
「ともかく。この村はローズアイルって村だ。北方大陸のハズレにあって、どちらかって言ったら西大陸の方が近い。昔イヴァン大帝ってやばい奴が仕切ってたエルギンって国が近くにあったんだが、そのせいで一度滅ぼされてる。でも、細々と生き残りだけで復興したって訳よ。イカした村だろ?」
「確かに、イカしてるな…強い人たちだ」
「だろ?もうちょい元気になったらみんなを紹介するぜ」
「もうちょい元気になったら、か。割と喋れるまでには回復してるんだけど、まだ立って歩くのはキツイかな?ちょっくら、試してみよーー」
「それは駄目ですわ」
ピシャリと、俺の提案は少女に否定される。
「ハルト…でいいでしょうか?私名前ははアナと申します。自分の名前しか覚えていない使えない女ですが、そんな私から見てもハルトは超がつくほど重症ですわ。
そもそも、ハルトはご自身がどれほど長い間昏睡状態にあったかご存知で?」
「どれほどって…まぁ言っても丸二日とか…?」
「…一週間。ですわ」
「ーーー。…は??」
一週間?その単語を聞いた俺は頭の中で思考回路がショートするのを感じた。
何せ北方に来てからダッキを襲撃するまでが一週間と少しだったわけで、俺はそれとほぼ同じ期間眠っていたことになる。そんなあり得ない話、信用出来なかった。
が、先ほどから動かそうとしても動かない腕を見るに、その言葉は恐らく真実だ。この少女が嘘をつく理由も無い。
俺は、ダッキに際限なく毒を注入されたことで、一週間もの間深い眠りについていたのである。
「じゃあ…アンデルセンは…!?ポチはどうしてる!?北方にいる他の帝国の兵士たちは!?
一週間の間に何があった!?」
「おいおい落ち着けって。お前が帝国の兵士だってことも服装からわかってたし、焦る気持ちも理解出来る!ただ、ここは山奥の十数年前に復興した小さな村だ。それこそ近隣の街にもここを知らない奴がいるぐらいにはな。帝国の奴らがハルトを全力で探してても時間がかかる!」
「なら!こっちから何か…!」
「もちろんしてるさ。だが…」
「だが…なんだよクモナ…。…まさか……、あの蛇女が……、?」
クモナが神妙な面持ちになり、部屋の空気も一気に重苦しいものへと変わる。
その空気感から、まず間違いなく不穏なニュースが飛び込んでくるであろうことは誰にでも理解できるだろう。
そして俺は、その情報が何であるか。否、不吉な事件が誰によるものなのか容易に予測できてしまった。
「四日前あたりにな、数キロ離れた村の住民が惨殺されるすげーグロい事件が起きてよ。俺もこの村を守らなきゃなんねぇんだ」
「……そうか。…やっぱり……ダッキだ…」
「何だハルト。知り合いか?」
「勘弁してくれ。敵…いや、仇敵だ。最悪のサディストで、俺をこんな状態にしたのもソイツ。多分…ソイツは俺を探してるんだ…。自分の手で、苦しめて殺すために」
ダッキはやはり、俺のことを探し回っていた。
探すついでに住民を皆殺しにするなんてこと普通はやらないが、アイツであればまるでおかしくは無い自然な行動。
あの蛇女め。どんな技を使ったのかまるで想像もつかないが、俺をこんな辺境の地まで飛ばし、更に自分自身もレンジやアンデルセンから生き延びていたなんて。
あり得ないと否定したい。可能性を一蹴したい。
けれども、どう考えてもその可能性を除外することが出来ない。
ダッキは血眼になって俺を探しており、獲物である俺は逆に動けない状態。
自分ではどうしようもないなんて、考えうる限り最悪の展開であった。
「でもそれだったら、やっぱり…ダメだ!無理にでも俺はこの村を出る!!でなきゃこの村も危険なんだよ!」
「そりゃそうかもしれねぇけど、出てどうするんだよ。俺だってこの村が大事だ。帝国のお仲間探すよりも、この村を守ることを優先してる。けど、お前をむざむざ見殺しにするってのも俺は納得いかねぇぞ」
「俺一人で済むならいいだろ!この村全員が死ぬかもしれねぇんだぞ!」
「だから…そーゆーことじゃなくてなぁ。アナの努力を無碍にする訳にもいかねぇっつーか…。なぁ?アナもなんか言ってやれって」
「私は…。せっかく助かったのですから、ハルトには生きてて欲しくて…でも…」
ダメだ。話にならない。俺がいるとどうなるのか。それを理解していないんだ。
ダッキは何だってやる。早ければ数日後にここを見つけて襲撃に来るだろう。そして、みんな死ぬことになる。
俺は動かない腕に万力を込め、無理矢理に上半身を起こしてクモナを睨む。
「何を言われても、俺はここを出るぞ。俺は光の神子で神格者だ。ボロボロの状態でも、屍人に遅れは取らない!」
そうして、俺はどうにかこうにか寝台から抜け出そうと身体を捩らせた。
「だぁ〜!…なんだよ、大人しそうに見えてなんでそこだけ強情なんだよ。まぁいいさ!だったら動けるようになったら勝手にすればいい!それまでは俺らがまも……ーーーー。お、あ?え…??」
「?」
すると、ここまで割と冷静だったクモナが突然に平静を失い、目に見えて狼狽した。
チラチラと目を見開かせ、言葉が出ないと言った表情のクモナ。
やがて、何が何だかわかってない様子のアナを他所に、クモナはバンっと勢いよく俺の眼前に身を乗り出してくる。
「な、何だよクモナ。何かあったか?そんなに怒るほどのことじゃあねぇじゃねぇかーーー」
「っんなことはどーでもいいんだよハルト!!お前…今!何て言った!?!?」
「はぁ?いやだから、怒るほどのことじゃあねぇって」
「その前だその前!!俺の聞き間違いかもしれねぇが、お前今確かに、自分が光の神子だって言ったよなぁ!?」
鼻頭がくっつくんじゃ無いかってぐらいの距離で、猛烈に唾を吐き散らかして言い寄ってくるクモナ。
思わず目を瞑りながらその言葉を聞いていた俺は、こくりと一度だけ低めに頷いた。
「それ…マジ…で…??」
「うん。それに関しちゃ大マジよ…」
どこか納得したクモナは、力が抜けたように元座っていた椅子にへたり込む。
張り詰めていたものが切れ、どこか安堵したような。それでいてどこか昂っているような。
火がつく前の蝋燭のように静かに、期待と高揚に満ちた笑みを浮かべていた。
「………いいか。よーく聞いてくれハルト…。俺は、生まれてこの方、母親を知らない。父親も病弱だったもんだから、俺は十歳の頃から必死に働いたんだ。でもソイツはホントの父親じゃなくてな。俺は傭兵として文字通り必死で働いてたのにって、親父が死んだ時はなんだか割を食った気分だったぜ…」
「…そっか…。それで…結局何が言いたいんだよ」
アナ同じく、どこか自分と似た境遇のクモナに少しばかり憐憫の感情を抱く。
「だからさ。俺は碌でも無い人間なんだよ。金のためって言って散々人を殺してきたんだからな。ある程度腕っぷしもあったから金を貰えれば何でもやったんだ。
けど、ある時知った…。帝国にすげぇ奴がいたって。光を操ってみんなを照らせるようなイカした奴がいたんだって。俺はそれを知ってから、そいつに会うのが生き甲斐だったんだ」
「それって…俺の、父さん…。じゃあクモナも俺のことを探してたってのか?」
「そーだ!北方で屍人を狩ってる奴がいるって聞いてよ。もしかしたら会えるかもって期待してたんだ!だから!折角出会えたお前を無駄死になんかさせねぇ!お前が戦えない間は俺が責任持って守ってやるよ!!」
「……え、そーゆー展開?」
「そう!!そーゆー展開だ!!」
込み上げる歓喜を抑え切れず、クモナはガッツポーズを俺の前に差し出す。
俺もつられて重た過ぎる腕をグッと上げるが、その拳がぶつかるより先に、俺は衝撃の言葉を耳にした。
「みすみすお前を殺させはしねぇ!なんたって俺は、影の神子だからな!」




