第十八話 シャーロック対レンジ①
アンデルセンと別れてハルトとレンジ。一分も経たない内に町役場へと潜入する。
役場の中は石造りだが高級ホテルのように荘厳とした雰囲気。ロビーに置かれたピアノも、足音が吸い込まれるほど分厚い絨毯も、どれも洗練されている。
清潔かつ整頓された屋内は、この街がそれなりに発展していたことを実感させよう。
しかし今となってはこの町役場に生物の気配は一つだけ。
と言うより、生物と言って良いのかは定かでは無いが、屍人であるシャーロックのみがこの町役場の中に存在している。
「何階だ、ハルト」
走りながら、レンジがシャーロックの居場所を問いかけた。
「何階か…は正確にはわからない。けどこの建物の高さ的に六階か七階ぐらいだと思う」
「最短距離で行くぞ。トラップには注意しろ」
レンジは階段を右へ左へ、ジグザグ折れ線を描くように走っている。そこら中にシャーロックが仕掛けたであろう罠が埋まっているからだ。
爆弾に発火装置、それに剣の雨。レンジはそれらが潜む荊の道を音を頼りに回避して進む。
ハルトの光の粒子による索敵では敵性存在は感知できても、武具や罠までは感知できない。
敵の数や戦力を把握できてもトラップや飛び道具に気付けなければ意味が無いと言ったところ。
が、レンジは『音の神』の能力で空気の流れや爆弾の微弱な機会音を聞き取ることが出来る。
それによってシャーロックが仕掛けたであろう罠の数々を無傷で避け続けられていた。
(いちいちムカつく奴だけど、実力はすげぇんだよなぁ。判断力、戦闘力共に間違いなく一流だ)
「確認だハルト。あくまでこれは試練だ。本気でやり合うが殺し合いでは無い。殺さず、捕縛しろ。奴ほどの頭脳をみすみす手放すのはナシだ」
「おう、わかってる。そのための手段も用意してるからな」
「俺が万全なら良かったんだが。お前に頼るしか無いとは、これもまた試練だ」
「いちいち癪に障るなぁ!わかってるから!もぉ!」
レンジを賞賛したことを後悔しながら階段を駆け上がるハルト。
そうして幾つもの階段を上り、上へ上へと駆けた結果、遂に目標であるシャーロックがいるはずの部屋に辿り着いた。
はずだった。
「誰も…いない?」
「確かにここなんだろうな?」
「……そうだ。さっき俺が感じだ反応はここからだった。間違いない。移動したのか?この短時間で」
そこまで言うと、俺はもう一度索敵を開始する。
(いや、間違いなく俺たちの前に屍人の反応がある…。でも、姿が無い……。
いや!違う、後ろだ!後ろにも屍人の反応がーーー)
「避けろ!ハルト!」
「!!!」
レンジの叫びと同じタイミングで、ハルトは咄嗟に胸の前で腕を交差し防御体勢に入る。が、それを貫通するほどの重い衝撃がハルトの腕に走った。
硬い鉄の棒で殴られたようなダメージはビリビリと腕から脳へと伝わっていき、ハルトは後方へ吹き飛ばされる。
何とか壁にぶつかりかける寸前でブレーキをかけ踏みとどまるが、ハルトの視界の先にはレンジと、姿を現したシャーロックらしき人影が経っていた。
白いシャツに、紺色のコートとハット。澄んだ青色のループタイ。シャキッと身なりに統一感のある見た目とは裏腹に、豪勢な装飾が施されたパイプを加えている。
片手にそこらで拾ったであろう鉄パイプを持っており、ハルトは先ほどの攻撃がそれによるものであると認識した。
(いってぇ…けど、ガードが間に合えばそれほど脅威的な攻撃じゃねぇな。シュウの攻撃の方が一撃一撃気を張らなきゃやばかったぜ)
レンジはすぐさまシャーロックから距離を取り、ハルトの背後に控える。
未だ、レンジの両手は完治しておらず剣を握ることは難しい。よって基本的には戦力に換算できないレンジは、後方支援に徹すると言う訳だ。
「奴の武器を注視する必要は無いが、この部屋。恐らく床に何かギミックがある。気を抜くなよ」
「了解。下に注意しつつ奴を捕縛する!」
音の探知で床に異変があることに気付くレンジ。
一見すると何の変哲も無い、綺麗に磨かれ鏡面のように光を反射する石床だ。とてもここが罠として造り替えられているとはハルトには思えない。
が、レンジと言う男は無駄な戯言を言う人物では無い。
それを十二分に知っているハルトは足元を注視した。
「ーーー戦闘前に失礼。お前が、ハルトで間違いないな?」
そんなハルトを端目に見ながら、シャーロックはパイプをふかし、余裕の表情で俺の名を呼ぶ。
「お前…なんで、俺の名を知ってるんだ…?」
「重ねて失礼。お前と美食家の戦いを少しばかり見物しててな、その時に名前を聴いていたんだよ。実を言うと俺はお前が現れるのを長いこと待っていた」
「…俺を待っていた?現れるのをって、妙な言い回しだな…」
「初めからお前が現れるのを待っていた。そんで、お前がここに来るように仕向けた。隣の男はそれを理解していると思うがなぁ」
空中に吐き出された煙の奥で、泰然自若な顔を崩さずにツラツラと言葉を続けるシャーロック。
智将と言う二つ名の割にややぶっきらぼうな口調と厳格な声色。加えて底知れない力強さと悠然さを併せ持つ目の前の人物にハルトは不気味さを覚えた。
しかし、より底知れない推理力が明らかになるのはこの直後のこと。
「初め、お前らは峡谷で人狼の群れと戦闘になっただろ?その噂を耳にして、北方には今、光の神子がいると俺は推測した。そんで部下の消滅を認知した美食家は現地に赴き、光の神子の残滓を確認するだろうと」
「美食家……確かに……」
「そうなれば美食家はその食欲を止められねぇ。恐らく、お前を追って帝国の支部まで襲撃に来る。まさか下手くそな変装をしてまで潜入して来るたぁ予想外だったが、その予想は当たったな。
結果、俺たちが一番ダフタウンに近い帝国の支部まで行くと戦闘が始まっていた。と言う訳だ」
「…なっーーー」
「驚く程のことじゃねぇさ。状況を分析し予測した選択肢の一つが偶然当たっただけだ。
その時、そこにいる負傷している男が音を操る能力だともわかってな。まぁどっちかって言えば頭の良さそうなそいつに聞こえるように俺たちは言葉を放った。そうすりゃ次の目的地はここにしてくれるだろうよ。そうならなきゃそん時は見限るだけだ」
「え。お前…どうやって…そこまで?」
ハルトは驚きで一瞬声が詰める。
たったそれだけの情報量でここまで突き詰めた予想ができる推理力。
例え人狼の群れが一度に消滅したとしても、光の神子の仕業かどうか判断するには材料が不足している。
帝国には屍人に対する兵器もあるのだし、光の神子がいると確信するにはやや早計なはずだ。
が、その疑問点の多い選択肢を確信に導くべく情報を精査し、一つの正解を叩き出せるのがシャーロックと言う男。
粗暴な口ぶりの割に、その頭脳は北方一緻密にして繊細である。
(コイツ…とんでもない正確さだ…!正直言って予想以上だぞ。さっきの索敵でミスしたのもタネがわからねぇ。一体どのレベルの視野で物事を見てやがる…!)
再び、ハルトの胸中を不安が埋め尽くす。
所在無さげにレンジのことを見るが、レンジは何か考え事をしてるかの如く黙ったままだった。
「じゃあ話は終わりだ。少しお前たちを試させてもらおう。何、美食家を倒したお前たちにはどうってことない試練のはずだぞ。ほらっ」
「待てっーーー!」
ハルトの言葉を遮るように、シャーロックが手に持った鉄パイプを乱暴に床に向けて振り下ろす。
「っー!?」
すると床は一斉に崩れ去り、ハルトたちは抗えぬまま落下を始めた。
(なんだ!?今の感じ、崩れたとか壊したとかじゃない!まるで最初からハリボテだった床が勝手に元の瓦礫に戻ったみたいな感覚!これも、アイツの能力…!?)
「軽く、乗り越えてくれよ。俺を捕捉できたらその時は話をしてやる」
暗闇に落下していくハルトとレンジ。
下には先ほどの索敵には引っ掛からなかったはずの屍人の反応が無数にあった。
「レンジ!!屍人だ!屍人が下に大量に!」
「わかっている。だが、それだけに気を取られるな。周囲から無数の機械音がする…これは屍人をブラフに使ったーーー」
屍人が潜む暗闇への落下。
ハルトは、なぜこんなにも大量の屍人を感知できなかったのか考えるのを止め、光を放出する準備を整える。
そうして着地するまでの数秒。レンジが音の探知で周囲を確認した次の瞬間。
激しい爆発音と共に、暗闇に火炎と瓦礫が舞った。
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「げぇー。また制服ビリビリにしちまったぜ!お前これ毎回怒られてんだからな!」
「…」
町役場で爆発が起きる数秒前。
アンデルセンは向かいくる屍人と一対一の剣戟を繰り広げていた。
敵の名はワトスン。かつて北方大戦にてシャーロックの右腕を務めた人物。
そしてレンジがこの街にシャーロックと共にいると推測した人物だ。
粗暴な立ち振る舞いに反して純白の甲冑を見に待とう美丈夫で、返り血をまるで浴びず、真っ白の甲冑のまま戦地から帰る姿を見て、人々は彼を『純白の騎士』と呼んだ。
司る神は『決闘の神』。
自身の能力で作り出した鎖に触れた相手をその場に拘束し、強制的に一騎打ちに持ち込む能力。
その能力が成立した時、拘束を解く方法は二つのみ。ワトスンを殺すか、自分が死ぬかの二択である。外部からの攻撃は基本的に意味を成さない。
当たって砕けろ精神のアンデルセンはまんまと初撃の鎖を食らってしまい、結果この場で一騎打ちを強制させられていた。
剣の腕は圧倒的にワトスンが上だ。
アンデルセンは幾度となく制服ごと肉体を斬られ、致命傷に近いような傷を負っている。
しかし、継戦能力では逆にアンデルセンに軍配が上がる。
何度斬られようとまるで気にも留めず、殆ど顔色も変えずに立ち向かってくる一直線なアンデルセンに、ワトスンは驚嘆していた。
その時、町役場の爆発音が二人の耳に入る。
「おっ!なんだこの音!!」
「…はぁ。だから制服を気にしてる場合じゃねぇって。早く俺と決着つけないと手遅れになっちまうぞ?」
ブロンドの髪の隙間から碧い瞳を覗かせ、美丈夫なワトスンがアンデルセンに語りかける。
アンデルセンは傷を癒しながら忸怩たる思いで顔を顰めた。
「俺だってあれだ、あれ。そう、助太刀に行きてぇからよ!早く退いてくれると助かるんだけどなー!」
「それはさせねぇーんだけどな。悪いな、シャーロックさんの指令なもんでよ」
「かぁー!屍人討伐に協力してくれるって話じゃなかったのか!?あれだぜ、試してるって言っても俺たちはシュウを倒してんだぜ!もーいいじゃんかよ。何考えてんのかわかんねぇな北のチショーさんは!」
「俺だってわかんねぇーよあの人のことは。それこそ、お前如きにわかられちゃ困るってもんよ」
大振りな一閃をハラリと躱し、銀色に光る剣でアンデルセンの背を切り裂く。
一言「あぶねぇ!」とだけ呟くと、返す刀でアンデルセンは反撃した。
(ホント、バケモノじみた我慢強さだな。俺が攻撃を食らわないことで勝つタイプなら、コイツは攻撃を食らっても怯まない精神力で勝つタイプってとこか…)
「ま、当たらないなら問題ないんだけど」
ワトスンはまるで風に靡くカーテンのような動きを続ける。
軽めに作られているとは言え、甲冑を胴に纏い、刀身の長い片手剣を携えているのだ。本来であればこんな動きは成立しない。
が、それを成立させているのはワトスンの異常なまでに発達した脚部の筋肉だ。
人の数倍量編み込まれた筋繊維は頑丈にして柔軟な筋肉を生み出す。故に、車で言うところの急ブレーキ急発進をワトスンの脚部は可能にしていた。
そしてその一連の動作を更に洗練することで、“攻撃の当たらない状態”を作り出している。それが『純白の騎士』のカラクリである。
アンデルセンは度重なる突貫でワトスンの踏むステップや動きにタネがあると読めていた。だが、結局アンデルセンの身体能力ではワトスンの身体を捉えることは不可能。
決してアンデルセンの戦闘力が低い訳では無いものの、感覚型のアンデルセンは対抗手段を練れる程の頭脳に乏しく、格上相手にはスタミナ切れの戦法を挑むのがいつものスタイルであった。
「コレ、いつまで続けるんだよ。そろそろ飽きてきたぜ」
「はっ、俺の仲間がシャーロックを捉えるまで続けてやらぁ!」
「だぁから、それはあんまり期待しない方がいいって。何考えてるのかはわからないけど、常に正解の手段を講じるのがあの人だからな」
優位になっているワトスンは変わらず気怠げにアンデルセンの攻撃をいなし続ける。
当たってさえしまえば一撃で戦いは決着すると思われたが、未だその時は訪れなかった。
しかし、アンデルセンが焦ることは無い。
何故なら、必ずしも勝つ必要は無いと理解していたからだ。
自分はあくまで、目の前の男がシャーロックの加勢に行かないよう食い止めるだけ。
存外アンデルセンは存外作戦をしっかり認識しており、その性格に反して情に流された行動をすることは少なかった。
「ま、問題ないぜ!あれだぞ、俺のアニキだって作戦考えさせたらピカイチなんだからな!何考えてんのかわかんねぇってやつだ!!」
アンデルセンは自信満々にワトスンと対峙し続ける。
彼は、レンジとハルトの勝利をまるで疑っていなかった。




