第十七話 頭脳勝負
ロングモーンの街までは軍用車で約五時間。
ザリザリと雪をかき分けながら力強く進行する車は見た目に反して乗り心地が良いように設計されており、帝国の技術力を感じさせる移動手段だ。
また、世界中の支部に一台は必ず配備されていることも帝国の極めて高い生産力を証明している。流石は世界最大の国家と言えよう。
とは言え、五時間の道のりはそれなりに苦行だ。
ハルトはアンデルセンと与太話をしていたが流石に飽きてくるし、怪我の完治していないレンジは若干不機嫌な様子。
車内には絶妙に気まずい雰囲気が立ち込めていた。
レンジの怪我は二日前と比べるとだいぶ良くはなっているが、未だ関節部分には包帯を巻いたりとやや痛々しい見た目。
やはり、いくら神格者と言えど骨が飛び出たり砕けたりするような大怪我は治癒に時間がかかるし、四肢の欠損等は治せない。
アンデルセンのように特殊な例を除けば、あくまで神格者も人の域を出ないと言う訳だ。
特にレンジは治癒能力の観点で若干他より劣る。
神格者は常人の三倍から、人によっては十数倍の身体能力と治癒能力を誇るが、その強弱は人によって個人差があるのでる。
(それで言うと俺は治癒のスピードが早いのかな?思い出したくもない記憶だがオヤジが殺された時、脇腹を軽く抉られても生きてたし…)
「お、何か考えごとでもしてんのかハルト。あぁあれだぞ、悩み過ぎはマジで体に毒だぞ?」
「特別悩んでることは無いから心配ないよ。ゴリゴリ肉体を再生出来るアンデルセンがなんだか羨ましいなぁって思ってただけだ」
「そうかぁ?案外俺の能力だって大変なんだぜ?」
「胴体食われても再生出来るのに?そんなとんでも能力、戦地にいる人間だったらみんな欲しがると思うけど」
今ここにも間違いなく一人いるだろ?とハルトは喉まで出かかったが、それは虎の尾を踏む行為だと思い我慢した。
アンデルセンはチッチッチと人差し指を左右に振りながら人を小馬鹿にした顔をハルトに向ける。
「わかってねぇなぁハルトは!再生出来るってだけでけっこー精神削られんだからな!あんのヤロー俺をバクバク食いやがって!」
「あ、そっか。精神をすり減らすんだっけ?で、どうだった??狼に食われた感想は?」
アンデルセンの『再生の神』の能力。
それはどんな傷を負っても文字通り肉体を再生させ身体を元に戻す能力。
裂傷は勿論のこと、例え四肢が欠けようと、胴を両断されようと、頭部を粉々に破壊されようと、ある程度の大きさの肉体が残っていればそこから肉体を再生させるもの。
その“ある程度”の最低値はアンデルセンにもわかっていないが、拳ほどの大きさの肉片があれば間違いなく再生は始まる。
ただし「再生出来る」と言うだけで痛みが消える訳では無いし、精神的にはダメージを負い続ける。
四肢を引きちぎられる痛みも、それこそシュウとの戦闘の時のように上半身を噛み砕かれる痛みも。何もかも全て知覚出来てしまうのだ。
実は痛みに関してはアンデルセンはそこまで関係のない話ではあるのだが…
「ま、あん時はそうだな、即死だったからなんか感じる暇はそこまで無かったぜ。でもあぁ、あれだなぁ。一瞬だけだったけどきょーれつな感覚だったな。あの牙で頭を噛み砕かれて、脳まで刃物が到達した感じ!あん時はすぐ意識が飛んだぜー」
「うぇ〜。平気で語ってるけどとんでもねぇな…。そんな経験したくもねぇし、何ならそのハナシ聞いてるだけで気持ち悪くなってきちゃうわ」
「だろ!!だから言ったろ!別に再生出来ることが何でも良いわけじゃないって。自分で言うのもあれだけど、あれだぜ?俺ぐらいポジティブで忘れっぽい人間じゃないと先に心が死ぬと思うぜ」
「ま!俺は問題ないけど!」と笑うアンデルセン。
アンデルセンの話す通り、肉体を裂かれ、砕かれ、破壊される正しく“死痛”は精神にも深い傷を遺す。
となればトラウマは当然のこと、二度とそんな経験はしたくないと思うのが一般的な感性のはずだ。
アンデルセン自身も認識しているように、彼ぐらいの楽観的性格で無ければこの能力を使いこなすことは難しい。普通の人間は、到底この能力と向き合うことは出来ないだろう。
二日前のあの噛み砕かれた経験を笑って思い返せるような、ある種の我慢強さがアンデルセンの強みなのである。
「おい。後十分もすれば目的地だ。浮ついた話はやめろ」
「うぉ、もーそんな場所まで。まー何があるかわからねぇからな。油断しねぇようにしないとよ」
「能天気なのはアンデルセンだけだよ」
ハルトのツッコミにアンデルセンはニカっと快活に笑う。
が、すぐに真剣な眼差しに戻し、作戦を遂行するモードに入った。
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ロングモーンの街は数ヶ月前までかなりの賑わいを見せていたが、今や“人気の無い大都会”と言った感じの雰囲気を醸し出していた。
石造りの高い建物が並び、商店であったはずの建物や教会はそのまま綺麗に残っている。
道路沿いの並木も荒れている感じは無く、雑草が生え散らかしている部分も少ない。
当然死体が転がっていたり、血痕が散見されたりと非日常的な光景も無く、生活感のある文明的な部分と自然がしっかりと調和しているバランスの良い街並みだ。
総じて、ついこの前まで町民がここにいて、かなり栄えていた街だと知るには十分だった。
「この街は、シャーロックによって制圧…されたんだよな?にしてはちょっと綺麗すぎないか?攻撃の跡とかそーゆうのがあってもいいかと思うけど」
「それだけシャーロックが穏健派だってことだろ?あれだ、奴の能力が何か影響してんじゃねぇのか?」
「でも屍人ってのは主人の命令に逆らえないはずじゃん?いくら穏健派って言ってもそこはどうにもならない気がするけどなぁ」
「ハルトぉ。奴は歴史に名高い北のちしょーだぜ?そんじょそこらの奴じゃねぇってことよ!おれらじゃ理解できないことをしてんのさ!」
「それ自信満々に言うことか?」
シャーロックは埒外のことを考えて実行出来る人物だ。三人はそれを十分理解している。
が、そこで一つの疑問をハルトは浮かべた。
(シャーロックは智略に長けた奴だ。対抗手段はいくつか講じている。けど大前提奴が協力者のフリをして俺たちを誘き寄せてるなんてこともあり得るんじゃ無いか?)
レンジはシャーロックの裏の裏をかくために様々な作戦を立案し、事前にそれをハルトは聞いていた。そこまではとりあえず問題無かったと言えるだろう。
が、アンデルセンの言葉でシャーロックの脅威を思い出したハルトは一抹の不安を覚える。
もし、そもそもシャーロックが自分たちを陥れようと考えているのならば、それは激戦必至の展開だと。
無論レンジはその可能性も念頭に入れている上、そうでは無いと踏んでの作戦ではあるのだが、実践経験の浅いハルトはいまいち疑念を晴らせずにいた。
「おい、もう目的地の大教会だ。索敵を開始しておけよハルト」
「…了解。この感じだし、敵の数は多くなさそうだな……」
(まぁ考えても仕方がない。作戦通り、やれることをとにかくやるだけだ)
レンジの合図で俺は索敵を開始する。
索敵。それはハルトの光の力を使った悪性サーチ。
光線やホワイトアウトの目眩しと同じく、北方に来る前の修行でハルトが身につけた技術だ。
光の力を粒子に変えて辺り一帯へ満遍なく放つことによって、周囲にいる屍人、もとい敵性存在の配置と数を正確に知ることが出来るこの力は対屍人戦において有用。
加えて、敵の力量がどれぐらいか、ある程度認知することも可能だ。
基本、悪性が大きければ大きい程にその人物の戦闘能力は高く、その点でも敵の脅威度を事前に知れる効果的な技であると言えるだろう。
ハルトの力は発展途上でまだまだ索敵の範囲、精度共に不安定な部分は多い。
が、ハルトの精神的且つ肉体的な成長と実践での“慣れ”次第でこの技術は大きく伸びる。うまくいけば一つの街を一気に索敵できる程の潜在能力を秘めていた。
(まだまだ、あの町役場風の建物まで索敵するので精一杯…もっと修行しなきゃな…)
と、ハルトがそんなことを考えながら索敵に集中していたその時、
「ーーー!?なんだ!?結構強い奴がこっちに歩いてきてる…。一人だ!たった一人でそれなりの実力者がこっちに向かって来てるぞ!」
「シャーロックの基礎戦闘力はそれほど高くないはず。別の人物だな」
「とにかくだハルト!あれだ、ソイツはどんぐらい強敵なんだ!?まさか美食家ぐらいとか言わねぇよな!?」
「それはない…シュウ程じゃない…。けど、そうだな。推測の域を出ないけど、万全の時のアンデルセンと同じぐらい…そのぐらい強い気がする…」
「シャーロックはどこにいる?」
「シャーロックらしき奴は…あの町役場っぽいでかい建物の上階にいる。ここら辺にいる屍人はその二人だけだ!」
「なるほど…やはり、な」
何かを理解したように頷くレンジ。
ふと後方に控えていたアンデルセンに目を向けてから、納得した表情で口火を切った。
「十中八九、シャーロックは俺たちを試している」
「試してる?どう言うことだアニキ」
「黒幕からの呪縛は解いているようだが、どうあれ屍人たちの主人を目に見える形で敵に回すことはシャーロックにとってもリスクのあることだ。
俺たちへの期待値がそのリスクを上回るかどうか、それを判断しようとしている。と言うことだろう」
レンジはそこまで言うと町役場を指差す。
「しかし予想通りだ。俺とハルトは町役場へと向かう」
「二人で?俺はどうするんだよ?」
「当然、お前は近付いて来ている敵を迎え撃て。いいな」
そこまで司令を下すと、早くしろとばかりにハルトを睨むレンジ。
ハルトはレンジの視線から何を言いたいか汲み取り、すぐさまアンデルセンの身幅の広い大太刀に光を付与する。
ちなみに、ここまではレンジの予想通りの展開。事前にハルトに共有されたレンジの予測と同じ展開である。
その事実に若干安堵しながらアンデルセンの剣へ光を付与し終えたハルトは、町役場へ走り出す前にアンデルセンへと声を向けた。
「アンデルセン。わかってると思うけど、俺が付与した光が持続する時間は持って十分だ。それまでに決着つけてくれよ」
「ん、オッケーだ。でも、シャーロックは俺たちの力を試すつもりでやってるんだろ?あれだ、しょーめつさせちまってもいいのか?」
「問題ないだろう。殺す気で来るはずだ。こちらも相応の覚悟で当たれ」
「アニキがそー言うなら!オッケー、じゃああれだ!えーと、そう。殿は俺に任せて、二人はシャーロックのとこへ急いでくれ!!」
「多分殿の使い方間違ってるぞアンデルセン…」
俺は小言を言いながら先に駆け出していたレンジの後を追った。
そう。今回レンジが立てた対シャーロック用の幾つかの作戦は、性格的にもアンデルセンには通達されていない。
向かい来る屍人に対して作戦を知らない兵士一人を残していく作戦は本来なら危険なことだろう。
ただ、ハルトはアンデルセンに不安を抱いてはいなかった。
“死なない”。この一点に関してはアンデルセンの右に出る者はいない。
アンデルセンより強いであろう屍人が近づいて来ていても、不思議とアンデルセンならどうにかするだろう、最悪負けても死にはしないだろう。と言う妙な心強さが彼を知る者の心の中にあるのだ。
手を振り、呑気に俺たちを送り出したアンデルセンを一瞥し、俺たちは大きく迂回して町役場を目指す。
(シャーロックが俺たちを試してるってんなら見せてやる。美食家を倒した俺たちの力を誇示してやるぜ)
ハルトたちは急ぎ、誰もいない閑散とした街を駆ける。
シャーロックの智略とレンジの頭脳。どちらが勝るかの勝負が始まろうとしていた。




