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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU


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第十六話 ロングモーンへ

 



 突如として始まった『美食家』シュウとの戦闘はハルトたちの勝利に終わり、惨劇の残る北方第二支部も、夜には戦勝を祝う雰囲気に染まっていた。



 辛勝だったとは言え勝利は喜ばしいこと。

 本音を言えば、戦地に出て僅か数日で掴んだ初勝利をたっぷり称賛して欲しい気持ちもハルトにはあった。




(けど…おいおい。ここまで明るくしろとは言ってねぇよ)




 大穴が空いて修繕必須の食堂の隣、大々的な作戦会議などに使われる中ホールには今や酒の臭いが充満していた。

 ポチやレンジは結構な大怪我を負っていると言うのに、気にせず宴会ムードが立ち込めている。



 名目的には食堂が破壊されてしまったので場所を移した食事会。

 ただ、とある人物がバカスカ飲み始めてしまったせいで今やただの飲み会と化す。



 陽気で明朗な空気を作り出しているのは誰か。

言うまでも無い。唯一ピンピンしているアンデルセンだ。




「おいハルト!お前が、え〜っと、そう!立役者なんだからさ!もっと楽しめよ!」




 ハルトが居心地悪く感じ端っこでちびちび飯を食べていると、良い感じに酔っ払ったアンデルセンが近寄ってきた。




「あのさぁアンデルセン。俺だって流石に空気は読むぞ?あんな激しい戦いの後なんだからな。後、俺下戸…っつーかトラウマあるから酒飲めないんだよね」




「なにー!そんなつまらないことを言うなって!こーゆー時に飲まないでいつ飲むってんだ!明日には死ぬかも知れないんだぞ!ほら!一杯だけでもいいから!」




 バシバシと勢い良くハルトの背を叩く笑顔のアンデルセン。



 ハルトはまだ傷がしっかり残っている背を摩りながら、アンデルセンを睨みつけた。




(くそっ。コイツのお陰で勝てたから結構見直してたのに!なんでこんな綺麗に評価を覆せるんだよコイツ!)




「おいおい、そんなに怒るなってハルト!あん時はかっこよかったんだぜ?マジに今回のはお前が勝ち取った勝利さ!」




「その言葉は…素直に受け取るよ。ただ、俺だけで勝ち取った勝利とは全然思ってないけどね?」




「お?そうか?あれだな、あれ。ケンキョだな!ハルトは!」




「謙虚とか謙遜とかじゃないよ。アンデルセンがいて、ポチがいて、うざいけどレンジのお陰もあって、どうにかこうにか勝てたんだ。

 何なら俺は最後を決めただけだよ。美味しいとこ取りってやつ?」




「それが謙虚だって言ってんだよ!まぁいいけどっ」




 アンデルセンは手に持ったウォッカのグラスを傾けるとグイッと一気に飲み干し、またフラフラと飲み会という名の食事会へと戻る。



 一人残されたハルトはアンデルセンの背を眺めつつ、少しばかり物思いに耽った。




「まぁさ、何だかんだで嬉しいっちゃ嬉しいんだけどね。あんな強敵倒せたのってすげぇ自信になるし」


  


 結局のところ目下一番の難敵であった美食家を無事倒すことが出来て、ハルトは心が弾む思いだ。確かな自信にもなり高揚感に似た感情もある。



 それもこれも全て周囲の人間のおかげだとハルトは言うが、事実、ハルトの力無しでは達し得なかった成果でもあった。アンデルセンの発言も的を得ていると言えよう。




(そう言えば、ポチの治療はもう終わったかな。ここにい続けるのもしんどいし、ちょっと様子見に行くか)




 あの戦いの後、一人だけ無傷の(厳密には一番大怪我を負った後に完治した)アンデルセンがすぐさま重症のレンジとポチを医務室に連れて行き、速攻で集中治療が始まった。



 結果、ハルトは擦過傷や裂傷の手当てのみで特別治療が必要では無かったものの、二人は三時間近く医務室に篭っている。

 帝国の設備は支部であっても万全だが、二人の負った傷が常識の範疇を越えていたと言うことだ。



 ポチは左腕の肩骨までの粉砕骨折と背骨のヒビ。全身の深い打ち身と頭部広範囲の裂傷で緊急手術。レンジもほぼ同様の大怪我。

 いくら神格者とは言え、それ程の傷を自力で治すには時間がかかり過ぎる。



 とは言え、不幸中の幸いなのは双方命に別状は無いこと。

 美食家クラスの強敵とあの規模の戦闘を繰り広げ、一人として死者が出ず、()()()()で済んだのは奇跡的なことだと言えた。



 

「…ま、そーだよな。こうやって馬鹿騒ぎ出来るのもみんなが無事だったからだよな」




「はい。そうです。何やらおかしなことになっていますが、ハルトが無事で良かったです」




「うんそうだなポチ。俺もポチが死ななくて良かったよ………え!?ポチ!?!?」




 隣に座った予想外の来客にハルトは目を丸くする。



 たった今心配していたとんでもない重傷の張本人が、まさかすぐ隣に登場するとはハルトも全く予想だにしていなかった。




「はい、ポチです。何をそんなに驚いているんですか?ハルト」

  



 当のポチは左腕を三角巾で吊るして固定し、ヘアバンドのように額にぐるりと包帯を巻いている怪我人スタイルだが、いつも通りグレーの綺麗な目をしており、声にもハリがある。



 ビリビリになったメイド服は着ておらず、取り急ぎ身に纏ったであろう白いパジャマのような服に身を包んでいるポチ。



 ハルトは「俺の心配を返せよ」とぼやきつつ、ポチの無事を喜んだ。




「てか、もう自力で歩けんの?背骨もヤバかったって聞いたけども…。いや、今見てもやばそうなんだけど…」




「大丈夫です。と言いたいところでしたが、割と大丈夫では無い大怪我でしたね…。

 ただ私、神格者である以前に普通の人間より丈夫に作られているんです。治癒能力もそれなりに高いみたいで」




「流石は天帝様の義妹ってとこか…。にしてもあの傷だぞ?今日ぐらいは部屋で大人しくしといた方がいいんじゃ無いの?」




「キュン。そんなに心配して頂けて私は嬉しいです」




「や、そーゆーことじゃ無いんだけど……」




 ポチは予想以上にケロッとしていつも通りの会話を繰り広げる。

 これはもう心配いらないなとハルトは感じた。



 ポチが真面目な表情に戻って会話を続ける。




「真面目な話、一応用があってハルトを呼びに来たのです。何やらレンジが話があるとのことで」




「え、アイツも重傷だったろ?何この会社スパルタ過ぎ…。とは言え、話って何なんだろな」




「私も話としか聞いていなくて…。レンジはアンデルセンを探しに行ったんですが…あ、」

  



 何か嫌なものを見つけてしまったような目をして冷や汗を垂らすポチ。



 空気がやや重くなったのを感じその視線の先を追うと、騒ぐアンデルセンの背後に腕を包帯でぐるぐる巻きにしたレンジが立っていた。



 眉間に皺を寄せたレンジは、包帯で腕が見えないのに、腕を組んで貧乏ゆすりをしていると錯覚するぐらいには不機嫌だ。




「おい…これは一体どう言うことだ…?」




「あ!アニキ!もう大丈夫なのか!?」




「今、大丈夫では無くなった。おい、誰かコイツを殴れ。俺の代わりにな」




 相も変わらず無邪気な子供の如くレンジにひょこひょこ話しかけるアンデルセン。



 余計に苛立ちを顔に表したレンジは、今にも青筋がブチ切れて別の怪我をしてしまいそうな予感すらある。




「あぁ。今回ばっかりは流石にレンジに同情するかもな…」




「確かに、あのふざけたアンデルセンの様子を見たら誰だって苛立ちますね」




「ちょっとアレは長引きそうだから、俺らは先に会議場所に行ってようぜ。ポチ」




「あ、それが」




 そこまで言うと、ハルトはレンジと目があった。




「おいハルト。お前もこの間抜けに同調していたのか?調子に乗るなよ」




「してねぇよ!寧ろ止めてた側だからな!」




「そうか。ならまず、ここにいる連中を部屋から片付けろ。アンデルセンは氷水でもかけて椅子に縛っておけ」




「あ、まさか。場所って…」




「いいな。早くしろよ?早急にお前たちに伝えねばならんことがあるからな」




 レンジは語気を強め、いつも以上の早口でハルトに命じる。




(なるほど、レンジが俺たちを呼び出した理由は何か今後の作戦立案のためで、用意してた場所はここだったのか…)




 それがいざ来てみれば宴会ムードになっている訳で、そんなのキレないはずが無いな、とハルトは珍しくレンジに気の毒に思った。



 数分後ハルトは、ほろ酔いで頬が紅潮しているアンデルセンを引きずって椅子に座らせ、会議の開始を待つのだった。




  =============




「で、話ってなんだよアニキ〜。俺らはハルトの勝利を祝ってただけだぜ〜?」




「おい、誰だそいつの口を塞いでいないのは。猿轡をはめろ。俺の血管が切れる前に」




 しばらくの後、先程の宴会が強制的に終わり、整備整頓され直した部屋で会議が始まる。



 椅子に縛られたアンデルセンはそんなの気にせんとばかりにいつもの調子だったが、手負いとは言え思い切りレンジに蹴り飛ばされた後は少しだけ大人しくしていた。




「話はすぐ終わる。それまで黙れるな?」




「ほーはいひあひた」




「話は次の作戦についてだ。先程、美食家討伐を本部へ報告したところ、この後の動きも同時に決定した」




 口にタオルを噛まされ、さながら拷問スタイルで椅子に縛られるアンデルセン。



 一度だけ声をかけた後、その姿を気にする素振りも無くレンジが口火を切った。




「次の作戦。早いですね」




「鉄は熱いうちに、だ。次の目的地の名はロングモーン。『北の智将』シャーロックに協力を仰ぎに行く」




「シャーロック、北の智将…。ん、待てよレンジ。討伐じゃ無くて協力って、それはどう言うことなんだ?」




 ハルトはレンジの言葉の奇妙な点に首を傾げる。




「言葉の通りだ。俺の見立てでは奴らは屍人ではあるがこちら側である。これを利用しない手は無い。

 出発は明後日の朝。吹雪で陽の光が薄いと屍人は行動できることが証明されてしまった故、降雪が酷ければその時はまた別の策を講じる」




「…ちょ、流石に言葉が足りないぜ。何を根拠にシャーロックが敵じゃ無いって判断なんだ?」




「……えぇ。私も同意見です」




 レンジが口にした「シャーロックはこちら側である」と言う言葉をハルトたちは何一つ理解出来ない。



『北の智将』シャーロック。かつての北方大戦にて神格者連合側を率いた人物。

 その智略があったからこそ本来であればイヴァン大帝の圧勝に終わるはずだった北方大戦を()()()までに収めることが出来たと言われている。



 その頭脳と戦闘経験はハルトたちの遥かに上をいくものだ。

 故にこそ、下手をすれば『美食家』シュウよりも厄介な敵になり得ると予想していた。



 力のシュウ。頭脳のシャーロック。そして残虐さのダッキ。

 この三者三様の強敵は少なくとも帝国側の戦力以上の()()を持ち合わせていると言えよう。




「シャーロックが敵で無いのならこちらとしてはこの上ない僥倖です。アンデルセンじゃあるまいし譫言で無いのもわかります。ただ、根拠は聞いておきたいですね。ともすれば戦闘になるかもしれませんし…」




「お前たちは気付いていなかったか?奴は先の美食家との戦いを見物しに来ていたぞ。それでいて手を出して来なかった。会話も聴いていたが、どうやらこちらと協力体制を取りたいらしい」




「それは…本当ですか?」




「さっきお前が自分で言っただろう。俺は戯言を言うタイプでは無いと。それに心配するな。今回お前は留守番だ。シャーロックのことを逐一聴いたところでお前には関係ない」




「え?」

 



 ポチが力の抜けた声を出す。



 そう。ポチはまるで戦える身体では無かった。

 例え頑丈に作られているとは言え、例え神格者であるとは言え、それでも常人であれば致命的で少なからず後遺症が残る大怪我。無闇に動けば二度と身体が動かせなくなってもおかしく無い。



 それはレンジも同じことではあるのだが、どうにか作戦に参加しようとするポチに対し、釘を刺すように言葉を続けた。




「何を驚いている。お前はその傷で戦えるのか?」




「戦え…ないかもしれません…。ですが、二日とは言わず三日。三日頂ければ最低限みんなの力になれるまで回復出来ます!一日遅らせることは…可能ではないですが?」




「ダメだ。俺たちは美食家を討伐した。敵の首魁にとって俺たちがもう無視出来ない存在になったと言う訳だ。いくら頭が足りなくとも、即断即決の行動が求められる状況だと言うことはわからないか?」




 そんな言い方…と口にしようとしてハルトは踏み止まった。

 相変わらず冷淡な言葉遣いのレンジだが、確かに言っていることは理に適っていると思ったからだ。

 


 美食家は判明している範囲で言うなら敵の最大戦力であった。



 無論、遺体か遺留品かを媒介に屍人を生み出せる以上、これ以後より強力な敵が出てくるかもしれない。と帝国は予測している。

 が、現状ではとにかく美食家が最強の敵であったのだ。それを倒されたとなれば未だ姿を見せない敵の首領も動き出すと考えるのが至極当然な思考の流れであろう。



 となると事態は一分一秒を争う。

 中一日と言う猶予も、レンジが断腸の思いで設定した期間だ。既に光の神子の存在が敵側にバレている可能性もあるため、尚更行動を急がなくてはならない。



 シャーロックと協力体制を取れる。ハルトにとっては眉唾の話だが、それが本当ならば、勝てるかもしれない勝利を手放す行為とも取れるだろう。



 それら全てを、妙に頭の冴えていたハルトは理解していた。




(そうだよな…ポチには酷だが、ほんの少しでも先手先手で立ち回らねばこの戦は負けちまう。これは間違いなく正当な判断だ)




 ハルトもポチを引き連れて行きたい心持ちではあったが、レンジの合理的過ぎる性格が叩き出した最適解の選択を優先した。




「お前は理解している顔だな」




「あぁ。言い方はずーっと気にくわねぇけど、言ってることが正しいのはわかるぜ」




「ならいい。ロングモーンへは俺とアンデルセン、ハルトの三人で向かう。明後日の明朝まで身体を休めろ」




「…レンジは、その傷で行くのですか?」




「直情のバカと発展途上な男を二人で行かせるのか?折角の機会を無駄にしたいならそうするべきだが」




「おい、だから言い方!」




 どこまでも皮肉っぽく冷淡なレンジが作戦を告げる。




「戦闘になることもあるかもしれん。身体を休めろとは言ったが、精神を緩ますなよ」




「ぶぇっ、ぺっ。…ま、あれだぜ!力比べで負ける気はしねぇよ!美食家の時みたいにな!」




「誰が轡を解いていいと言った」




 そんなレンジに対して、若干まだほろ酔い状態のアンデルセンが無理やり猿轡を解いて吐き出し、意気揚々と言葉を発した。



 苛立ちが目に見えて増すレンジ。

 下手に飛び火すると面倒なので、もうこれ以上何も言わないで欲しいとハルトは肩をすくめる。



 レンジは「知恵比べで負けそうだから言っているんだ」と捨て台詞を吐くと、もう言いたいことは言い切ったのか、それともまだまだ身体が本調子では無いからか、足早にホールを出て行った。



 結局、ハルトの心配も杞憂に終わり、三人はポツンと部屋に残される。

 隣のポチは一緒に行けないことが悔しいのか、どうも傷心気味だ。




「そんな落ち込むなってポチ。逆にその身体で動く方が心配だからさ」




「シュン…でもやっぱり悔しいです…。私だって戦えるのに…。私からその役目を取ったら何も残りません」




「いや、そんなことはないんじゃない?少なくとも帝国にいる時は散々ポチが世話してくれて助かったし、俺は戦ってないポチも大事だけどね」




「そう…ですか」




 ポチはまだ納得がいってない様子。



 が、流石に動けてるだけでも奇跡的状況。戦闘などやはり以ての外。



 それに今回の目的はあくまでも交渉であり、シュウの時のようにいきなり激しい戦闘になるとは考えにくい。一人休息を取ったところで凡そ問題ないだろう。




「心配すんなって。ちゃんと協力を得て、良いニュースを引っ提げて帰ってくるからさ」




 ハルトはポチに傷だらけの手でグッドサインをし、決意新たに次の展開への覚悟を決めるのであった。








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