第十五話 美食家③
「あれだな。そう、案外ハルトはいろいろ考えちゃうタイプなんだな!」
帝国での一ヶ月猛特訓。
アンデルセンとの打ち合いの最中、ハルトは幾度となくこのセリフを言われていた。
「いって〜っ…、いや…、つってもさ〜アンデルセン。実力差で劣る以上いろいろ考えながら戦わないとじゃね…?てか、何度目よこの会話」
ハルトは毎回、ポリポリと頭を掻きながら面倒くさそうに返答する。
アンデルセンはと言うと、特別自分の記憶力の弱さを気にすることも無く、いつも通り快活に話を続けた。
「何度だって言うぞハルト!いざって時はな!あれだ、直感の方が大事だったりするんだよ!」
「そうかぁ?」
「そうだ!特にオレみたいなタイプにはそっちの方がいい。あれだぞ、アニキみてぇにコザイクが上手い相手だったら話は別だけどな!」
「小細工って…言い方(笑)。まぁでも、アンデルセンみたいに直情馬鹿正直力任せな相手にはそこまで考え過ぎない方がいいってことか?」
「おう!そうだぞ!ーーーあ…んん?褒めてるかそれ?」
「ふっ。流石に気付いたか」
何気ない軽い会話の応酬をする二人。
ハルトはいまいち納得がいかない様子だが、アンデルセンはやけに直感頼りの戦い方を推した。
(…まぁでも、一理あるのかな。実戦で同じことが出来るかって言われたら今の俺じゃキツいし、考えながら戦うって、言われてみりゃ強者相手にその余裕はねぇか)
アンデルセンのスタイルは常に猪突猛進。一直線に敵に向かって力任せに殴る斬る。レンジよりも馬力があり、良くも悪くも単調な考え方のアンデルセンらしい戦闘スタイルだ。
そしてそれはジャックの受け売りでもある。
総隊長のジャックは神格者で無いにも関わらず世界でも指折りの身体能力とパワーを誇る人物であり、その圧倒的破壊力の攻撃は文字通り大気を割る程だ。
ジャックに拾われ、育てられ、鍛えられたアンデルセンはその戦闘スタイルを継承している。
「いいか?俺みたいにガツーンと突っ込んで来るタイプには逆にコザイクは通用しないんだ。あーっと、あれだぞ、ツケヤキバの作戦ぐらい押し通して来るからな。アニキぐらいすごい策を練れるんなら話は別だけど、戦闘経験の浅いハルトにそこまでは求めてねぇ」
「力こそ全て!パワーは全てを解決する!…ってか?」
「おうっ!まぁ部分的にはそーだぞ!能力対決で決着が付かなかったら結局力のぶつかり合いになることが多いんだ。そうなった時に敵の攻撃をどれだけ食らわずにこっちの攻撃を当てれるかだな!」
「なるほど?で、そーするためにはどうしたらいいのさ」
「それは〜、”慣れ”だな!」
「…なんて脳筋なんだ……」
「いやー俺は俺の能力が特殊だから敵の攻撃を食らわない立ち回りってのがよくわからん!だからハルトが慣れれるように体に叩き込んでやるぜ!」
それ、教えるの向いてないぞ。とボヤくハルト。
しかし結局、アンデルセンとの特訓は徹頭徹尾その“慣れ”を作るための特訓であった。
とにかくアンデルセンとの徒手空拳の打ち合いをする。殴り殴られ、蹴り蹴られ。
基本的にアンデルセンの一方的なワンサイドゲームではあったが、幾度となく弾き飛ばされ、意識が飛びかけ、骨が軋む音を聞きながら、ハルトはハイペースで実践経験を積んでいった。
言葉ではなく肉体で覚えさせるアンデルセンの特訓方法。
これが正しかったかどうかはわからない。
しかしながら、その特訓の成果を見せる場は予想よりも遥かに早く訪れることになった。
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シュウはハルトの血を飲んだ後の覚醒後、先程までとは比べ物にならない膂力を手に入れていた。
それは狼化による獣の本領。
今やシュウの手には人の顔と同等サイズである黒々とした爪が生え揃い、目つきをはじめとしたその顔つきは人のそれとかけ離れている。
その姿、言わば二足歩行の巨狼。即ち人狼。
獣の本領を発揮したシュウの脚はひと蹴りで大地を砕き、助走が無くとも最高スピードに最速で到達した。
(来る!)
シュウの鎌のような腕の一振りが空を薙ぐ。
攻撃の余波ですら空気を震わし、斬撃はハルトの後方に位置した大木を両断した。これを避けるのは至難の技であっただろう。
が、ハルトはその初撃を上半身を大きく屈めることでギリギリ避けきる。
(あっぶ、ねぇ!やっぱり首を狙ってくるか!もしジャンプしてたら一刀両断されてたぞ!)
後ろでドサっと倒れる大木を端目に、目の前の敵の攻撃性能に冷や汗を垂らすハルト。
次いで繰り出される二撃目、三撃目の攻撃もアンデルセン仕込みの直感でどうにか躱すことに成功した。
(うぉっ、アドレナリン出てるなコレ!!アンデルセンとの地道な修行のおかげか!?けどっ、こっちから攻撃当てれる余裕はねぇ!避けるので精一杯だ!)
アンデルセンとの特訓に感謝しつつ、後ろに大きく飛び退いて距離を取るハルト。
一時的なもので即座に距離は詰められるものの、そこから再びシュウの攻撃を何とか避け続ける。
頬を切られ、腕を切られ、服に血が滲み。全身の至る所に浅い裂傷を作りながら、自身の攻撃を当てる術をひたすらに思案した。
(このままじゃジリ貧で俺の方が先に体力が尽きる。避けることで延命してるだけじゃ意味がねぇんだ!みんながいない今、俺が時間を稼ぐしかないだろ!アンデルセンとの修行を思い出せ!)
理性を失ったシュウの攻撃。
規模、威力共に先程までとは比べ物にならないが、攻撃の指向性は逆に単調だ。
ハルトの首を徹底的に狙い攻撃を仕掛けて来る上、避けられ続けても策を講じて攻撃を当てようとする意志が見えない。
加えて、先程のように流麗な武術を駆使する動きもまるで無かった。
ハルトが今、致命傷を負わずに済んでいるのもアンデルセンとの修行の日々と、そんなシュウのパターン化された動きが理由だ。
つまるところ、実力で圧倒的に劣るハルトにも勝機はあるということ。
幾許かの間シュウの攻撃を観察したハルト。
直後、戦況は動き出す。
「!!…ッグゥォオオオ!!」
一対一の戦闘が始まって数刻、理性を失ったシュウの脇腹を、ハルトの光を纏った拳が確かに捉えた。
バリッと稲光のような音と共に屍人の肉体に光が走る。
致命傷にはやや威力不足だが、苦悶する巨狼の表情からも内部にダメージが蓄積した様子は伺えた。
(麻痺ったな!だったら、このまま…!)
想定外のダメージにシュウの身体は一瞬硬直する。
そしてその硬直はハルトにとって僥倖であった。
そのまま畳み掛けるかの如く腹部、頭部に二発の拳を打ち込む。
「ァッ…グァアァァッッ!!ウォオオオオオオ!!!」
降り積もった雪が咆哮の振動でシュウを中心に吹き飛ぶ。
同時にシュウの投げやりで大振りな攻撃がハルトを襲った。
シュウの攻撃は目に見えて乱雑になっている。間合いも呼吸も噛み合わず、呼吸が激しく乱れ、最早型と言う型がまるで存在していない。重心は安定せず、明らかに空を切る回数が増えていた。
攻撃はかえって重く鈍重になっているため斬撃は変わらず桁外れの威力でバッタバッタ木を薙ぎ倒すが、ギアのかかったハルトはその攻撃を難なく避け切る。
攻撃を連続で当てたことで流れとして動きが機能し始めたのだ。
結果、余計な感情は排除され、研ぎ澄まされた思考で体は勝手に最適解を選び続けていく。
(まだだっ、こっから手は緩めねぇ!)
ヒットアンドアウェイを続けるハルトのスピードが格段にあがる。
鉄のように分厚い毛皮によって威力は押し殺されるものの、着実に鋭いダメージを内部に与えることに成功していた。
先刻のように裂傷を負う回数も徐々にだが減ってきている。
「グッ…ウゥ…ハル、ド、クゥンッ!!!」
対してシュウは目の前の獲物を捕らえられない焦ったさを眼に宿し、明らかに失速している。
シュウの力量であればハルトを捕えることは本来容易い。ポチの時越えをも冷静に防いだあの時のシュウであれば、戦闘は一瞬で決着がついていただろう。
だが、現在のシュウにはその冷静さが無い。理性的に行動を選択し、感情を制御する余裕が無いのだ。
即ち、本能のままに目の前の獲物に襲い掛かり、“喰べる”ことしかシュウの頭には存在しなかった。
正しく獣。獣の欲望とそれに対する獰猛さを前面に押し出した姿。
つまり、今のシュウはーーー
「おい…おいおい!うそ…だろっ!なんでコイツ止まんねぇんだよ!?!?」
獲物を捕えるまでどんな痛みにも傷にも気を留めず暴れ回る。制御不能な食事衝動の権化である。
更に言うとシュウの能力は“飢えれば飢える程に強くなる”。
それと引き換えに理性は失うものの、屍人に対して特攻作用を持つハルトですら小手先の攻撃で今のシュウの勢いを殺すことは出来なくなっていた。
そして、再び戦況が変わる。
今度はシュウの方へと天秤が傾く形で。
攻勢に回っていたハルトが一気に巨狼の勢いに押され始めた。
(やばいっ!もう十発ぐらいぶん殴ってるのに!肉体のあちこちが塵になりかけてボロボロなのに!コイツ、…一向に止まらねぇ!!)
ハルトの攻撃も確かに的を捉えてはいる。が、猛攻もまるで意味を成さなかった。
攻撃が当たった部分は焦げて塵になるが、それと同時にシュウの体は巨大化し、相対的に傷が小さくなっていくのだ。
次第に劣勢に追い込まれていき、今度はハルトが焦りを見せ始めた。
(俺がっ、みんなが戦線に復帰できるまでどうにかしなきゃいけねぇのに!コイツ!なんでこんなに傷を負って怯まねぇんだよ!?)
止まらないシュウの攻撃。息つく間も与えない斬撃の嵐。
攻め手は緩まず、間断なく刃が振るわれ続ける。
淡々と、躊躇なく、巨狼の攻撃はハルトの退路を絶った。
「うっ、おぉぉぉぉぉぉ!!!」
ハルトの絶叫がこだまする。
当たれば終わり。ほんの数ミリズレただけで致命傷。死と隣り合わせの絶望的な状況下でハルトは直感と反射神経を頼った。
紙一重で避け続けるも、シュウの進撃は最早妄執だ。
逃げることなど当然出来ないが、仮にこの場を脱することが出来たとしても無駄であるとハルトに悟らせる程、執念深い黒い光をシュウの眼光は孕んでいる。
やがて錆びついた鎖のような鈍い音を響かせながら繰り出される斬撃の雨は、ジワジワとハルトを追い込む。
観戦者がいたならば、あと数秒でハルトの首が飛ぶであろうと誰もが予測するだろう。
ーーーだが、そうはならなかった。
「グッ…オォ……オ…ウォ…オッ!?!?」
猛攻から一転、シュウが体を屈めながら急激に苦しみ始める。
外的要因では無く、内的要因で苦しむシュウ。腹の中で何かが暴れているのか、内側から締め上げられるような痛みに巨狼は顔を大きく歪めた。
その理由はーーー
「ーーーぃヨシっ!あれだ、いくらガイヒが硬くても内側は柔いんだな!安心したぜ!」
「っ、アンデルセン!!」
「わりぃ!まだ生きてっかハルト!?再生に手間取って遅れたぜ!!」
目に見えて動揺するシュウと、その隙に距離をとるハルト。
その目線の先にはこちらに向かってくる上半身を噛みちぎられ喰われたはずのアンデルセンがいた。
上半身裸で素手のアンデルセンは、凍えるような寒さを一切気にせず一直線にハルトの加勢に急ぐ。
アンデルセンの能力は『再生の神』。
四肢を切断されようと、身体を両断されようと、頭部を爆破されようと。致命的な傷をいくら負おうが、最も大きい肉片を元に肉体を再生させる“再生者”。
その能力でアンデルセンは下半身を元に噛みちぎられた肉体を再生させた。
加えて再生の神の能力は、分断された肉体が一定以上の大きさを保っている時、その肉片に回帰命令を下すことが出来る。
つまり、肉片が拳大サイズ以上であれば元の肉体に自動的に引っ張られるということ。
今回シュウはアンデルセンを入念に咀嚼することをしなかった。
そのため胃袋の中でアンデルセンの肉片がある程度のサイズで残存しており、それを元の肉体へ引っ張ることでシュウに内部から激痛を与えていたのだ。
悶え、苦しみ、動きがほぼ完全に停止するシュウ。
ハルトはその間に大技の準備に入り始める。
今度こそ、確実に一撃で滅するために。先ほどよりも長く、強く光を拳に溜めていく。
「よっしゃハルト頼むぞ!!次は確実に決めてくれよ!!シュウが動き出しても俺らで止めるからよ!!」
アンデルセンが拳を思い切り振り下ろして巨狼の顔面を殴りつける。
そしてそれとほぼ同時に何者かの剣が巨狼の脚の腱を斬った。
ガクンと崩れ落ちるシュウの背後に立つのは、腕や額から血を流し限界をとうに越えているポチだ。
(ポチ!?あの傷で!!)
「ーーーこの傷は…一時的なものです…後は、お願いしますハルト…!」
ポチの剣からは既にハルトが付与した光の力は消えている。
アンデルセンの持っていた刀も、レンジの破壊された鞭剣の残骸も同様だ。
が、それをわかっていても、ポチはハルトの元へ駆けつけようとする気持ちを抑えられなかった。
光の力の込められていない攻撃。いずれはシュウの脚の腱は再生する。それでもいくらか時間は稼げるとポチは判断したのである。
「ウォォォォォォオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!ハッ、ルトォォォォォオオクゥン!!!!!」
倒れ込むポチ。ハルトとシュウの間に立ち塞がるアンデルセン。
火を見るよりも明らかにシュウは劣勢に追い込まれていた。
「…コイツ…敵ながら感心しちまうぐらいとんでもねぇしゅーねんだなっ!」
にも関わらず巨狼の進撃は止まらない。
斬られた脚の骨が砕け再生する前に、異様な方向へひしゃげた脚でまた次の一歩を前に突き出す。
グシャリグシャリと歪な音を立て、殴りかかってくるアンデルセンを力の籠らない腕の振りであしらいながら前進し続けた。
「けどな、かわいそーぁとは思わねぇぜ。お前ら屍人は、あれだ、キンキの存在だ。あぁそうだぜ、世界のルールから外れてんのよ!!
てことで、大人しく消えてくれや!!」
アンデルセンの剛腕がシュウの腹部を打つ。
その攻撃は、当初の人の姿からは三倍以上に膨らんだ人狼の体を吹き飛ばすには至らなかったが、その脚を少しばかり後退させることは可能だった。
「おっしゃ!!後は頼んだぜ!!ハルトォ!!!!」
そうしてそこまで言うと満足したように、アンデルセンはシュウの目の前から飛び退く。
しんしんと白が吹雪く世界に残されたのは、傷だらけの巨狼と白髪の青年。
両者が、再び向き合った。
「…化け物じみた執念だ。いや、文字通り化け物だったか…。…でもいい加減…その歩みを止めやがれ!美食家!!」
八秒。これはハルトがシュウにトドメをさすために光を拳に溜めた秒数。
最初に放った際の三倍近くまで蓄積したエネルギーは、一点に押し固められたことで周囲の空気を歪ませ、今にも臨界を迎えそうな脈動と音を生む。
「ハ……ル…トくん…」
ハルトへと手を伸ばす巨狼。
最後の最後まで歩みを止めず、微塵も揺らがぬ執念と欲求が獲物の首ギリギリへと迫る。
だが、とうとうその手は届かなかった。
未だ獲物を捉え続けるシュウの視界が、膨張しきった光の一時的収束を見た次の瞬間。
「ーーー大神の…槍!!!!!」
ハルトの拳が、今度こそシュウの腹部を激しく貫いた。
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「ほらな。面白いものが見えると言っただろ?」
「…まさか、いきなりあの美食家を倒すか。アンタはこの展開も見えてたんですか?」
北方第二支部に隣接するような形で聳え立つ崖。白く雪の積もったその場所にて、ハルトたちの戦いを観戦していた影が二つあった。
一つは腰に貴族の紋章のついた剣を携える騎士風の人物。ややヤンチャ風なブロンドの髪とキリッとした青い瞳は、そして純白の甲冑は見る者にこの上ない凛々しさを感じさせる。
もう一つの影はそれとは対照的に掴みどころの無い風貌の四十代ぐらいの男。
紺色のファーコートとシャキッとしたみなりの髪型。それに対しパイプを咥えて飄々とした雰囲気の男は、その雰囲気を崩さず騎士風の男の問いかけに返答した。
「流石に断言出来るほど自信は無かったがなぁ。
だが、人狼の連鎖的消滅から光の神子の出現は予測できた。加えて人狼の元締めである美食家が欲求の矛先をそれに定めることもだ。奴が我慢の知らない人物だと言うことは俺らが一番よく知ってることだろ?」
「……そうっすか。いやしかしあの光の神子はよくやった。大金星っすよ」
騎士風の軽い口調の男は驚いたような、しかしいつものことだと諦めるような顔をした後、階下へと視線を戻して今回の戦いの勝者を称賛した。
「それで言うと、俺もこれは予想していなかったかな。想像以上の成長曲線だ。当代の光の神子も例に漏れずそれなりに強いか。安心したな」
「えぇ。で、これからどうするんです?わざわざここまで来たんだから、まさか観戦だけって訳ないっすよね?」
「何言ってんだ?観戦だけに決まってんだろ。こっちから露骨な動きをするのは流石にまずい」
当たり前だろ?と煙を吐きながら呟く男。
「…なら、本当に光の神子を見に来ただけ…?」
「もちろんだ。だが、案ずることは無い。奴らの方から俺たちの所へ来ることになるからなぁ。
あの鞭剣使いの兵士をよく見てみろ。奴は自らの傷の治癒に全力を注ぎながらも、こちらへの警戒を目に現している。気付いているんだよ。俺たちの存在を」
そこまで言うとパイプの先で、雪原に座り込みながらも支部の兵士から治療を受けるレンジを指し、クルクルと指でパイプを回した。
レンジの視線と騎士風の男の視線がぶつかる。
鞭剣の男が自分たちに敵意が無いことを見抜いているのか、それとも敵だとわかった上で傷だらけの自分にはどうすることも出来ないと判断しているのか。
騎士風の男にそれはわからなかったが、いずれにせよレンジが自分たちの存在を認識していることは見て取れた。
そんな姿を端目に、くるくると髪を弄りながら男は帰路へと足を進めた。
「あの傷の状況から見て、恐らく二日三日後にはここを出るんじゃねぇか?」
ハルト、と言ったか?会うのが今から楽しみだな。何をしてやろうか」
自分の予測に余程の自信があるのか、口元をほんのりと歪ませて確信めいたセリフを吐く男。
やや遅れて後ろを歩く騎士風の男は肩を竦めながらも共に帰路についた。
数分後、レンジによって派遣された帝国軍の兵士が崖の上を確認し、足跡のみが確認される。
そしてそれから更に数時間後、美食家の討伐を帝国本部へ報告すると同時に、北方に派遣された四人の次の目的地が決定するのであった。




