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ケツァルコアトル〜太陽になる男〜  作者: AU


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第十三話 美食家①

 



「下がっててください、ハルト」




 ポチは左手でハルトを後ろに退げながら床に転がる腕を見る。



 先ほどポチが斬り飛ばした敵の腕からは出血が無く、まるでそこにあるのが当たり前だと言わんばかりに平然と食堂の床に転がっていた。




(血の通わぬ腕。消滅せず再生する肉体。この男は間違いなく…)




「屍人、ですね。そしてその顔。資料で見たことがあります。あなたが美食家・シュウ」




「いかにもそうだともっ。そう言う君は誰なのかな?名乗りもせずに腕を斬り飛ばすだなんて行儀が悪い…」




「フン。名乗らなければ攻撃をしてはいけないのですか?命の取り合いをしているのに騎士道精神を期待しないでもらいたいですね」




「ふうむ。そうかい。帝国の騎士ならばせめてそのぐらいの礼節と矜持を持ち合わせていると思ったのだが、期待外れだったようだね」




 一触即発、そんなピリッとした雰囲気が食堂に立ち込める。



 しかしハルトたちの目の前の屍人、美食家シュウはそんな空気をまるで気にせんとばかりに何食わぬ顔でその場に鎮座し、ゆっくりと腕を再生させた。



 対して周囲の帝国軍の兵士たちは異常な状況を察知したのか騒ぎ立てることなくジリジリと三人から距離を取る。



 明らかに自身の力量で及ばぬと判断し、足手纏いにならないために撤退する選択。

 遠衛の兵士と言えど、流石は帝国で訓練された兵士たちだと様子を見ながらハルトは感心した。




(どの立場で感心してるんだって感じだけどな…まずは目の前のコイツに集中しねぇと)




 シュウは腕を再生した後も依然として動く気配が無い。

 おかげで食堂にいた兵士たちにその場を離れる猶予が生まれ、ハルトはポチの剣に光の力を纏わせることが出来た。



 が、だからこそそれに動じないシュウに対してハルトとポチは不気味さを覚える。

 圧倒的な自信による余裕か、はたまた別の策を用意しているのか。



 例えば配下を既にこの支部内に忍ばせていたならばこの落ち着き様も納得出来ると二人は考える。

 シュウがどうやって侵入してきたかは不明だが、それが出来るのなら部下を率いて潜入することも可能かもしれないと。




「…荒事は好まない性格でね。僕は食べるものしか殺さないと決めているんだ」




「どう言うことですか?」




「わからないかい?僕は不必要な殺しを美しいものとは思わないんだ。()()()とは違う。

 決して必要以上を殺すことで成立させた商業を全否定する訳では無いんだ。僕にもそんな部下はいるからね。ただ、僕はそれを美し(よし)としないだけ。食事をするならば礼節と矜持。そして被捕食者に対する敬意が必要だと思わないかい?」




「ハァ…。何を言いたいかはわかりますが、あなたにそれを言われても納得はしかねますね。あなたは屍人であり、人狼の長です。殺す理由にそれ以上も以下も無い。あなたの話は聞けません」




「聞こえていなかったのかな?僕は荒事は好まないんだよ?食べたい食材を食べれればそれ以外を攻撃することは無い。つまりここにいる誰も殺すことは無いと言っているんだ」




 ゾワリ。シュウが放った威圧感が空気を歪ませる。




「…けれど、そんな僕でも、その探究心と向上心を妨害しようとするならば動かざるを得ないかな。わかるかい小さき女の子?君がしていることはこの支部内にいる全員を危険に晒す行為だよ」




「望むところです。あなたなんかにハルトは渡しません」




「そうかい。そこまで言うならば仕方がないね。

 いいかなハルト君?これから起こるのは君が大人しく僕に食べられていたならば出なかった被害だ。ただ、食材をしっかりと調達するのも料理人としての勤め。鮮度第一でいこうじゃないか!」




 そこまで言い終えると、シュウはようやくハルトの方向へ動き出した。



 普通の歩速で踏み出された一歩。が、刹那。ハルトの全身が氷水を流し込まれたかの如き感覚を覚える。身震いするほどの圧迫感の気配に押され、全身が総毛立った。



 そして先ほどのシュウの落ち着き様がどこからきているのか。その答えが前者であると理解する。




(こ…れが、近衛の隊長格にも勝る戦闘力…!一瞬でも気を抜いたら死ぬとすぐにわかる強大なオーラだ!)




「動きますか。では今度こそ卑怯とは言わせませんよ」




 シュウの放たれた殺気にハルトは一瞬硬直したが、ポチは泰然と攻撃の姿勢に入る。



 右手を剣の柄に置き、静かに重心を落とした力みの無い抜刀の構え。目の前の敵を一瞬のうちに斬り伏せんとする攻撃的な所作。

 それら全て剣豪が見ても美麗な程研ぎ澄まされてるものの、ポチの真骨頂はそこでは無い。




 次の瞬間。ポチはゼロコンマ五秒時を越え、シュウの懐に瞬間移動した。




 その予備動作の無さと、ポチのコンマ数秒以下のズレすら生まない天性の時間計測センスは攻撃を必中必殺の不意打ちとする。



 呼吸一つに満たない刹那の間の奇襲。普通の相手であれば迎撃はまず不可能で、この最初の一撃で肉体を両断されて戦闘が終わるだろう。



 空気を裂いたポチの剣は今にもシュウの首筋に届き、その頭部を目にも留まらぬ速さで肉体から斬り離すことが出来るかに思われた。




 ーーーだが、その期待は泡沫と化す。




「ふむ。やはり瞬間移動か」




「!?」




 そう。先ほどの話はあくまでも普通の相手であればの話。



 圧縮された時間の中で音速にも匹敵する反射神経を持つものには通用しないのだ。




「予想通り、君は神格者だった訳だね」




「っ!!」




 ポチの剣を右手の爪で防いだシュウ。シュウの右腕は既に人狼のものへと変化しており、強靭な爪がポチの剣とギリギリ金切音を出しながらぶつかっていた。



 ポチは鍔迫り合いを切り上げると地面に着地して体勢を立て直し、そして再び時を越えてシュウへと斬りかかる。



 何度も、何度も。時越えを繰り返してはシュウへと奇襲をかけ続けた。



 が、それでも、結果は変わらない。




(敢えて狼化を進行させておいて良かったかな。狼の動体視力、聴覚、嗅覚、触覚。これらを総動員させれば瞬間移動にも対応出来るようだね)




 ポチがシュウの腕を斬り飛ばした瞬間から、シュウは自分でもまるで知覚の出来ない唐突な出現に驚きポチが神格者であると推測。

 そこから能力を予測し、高速移動か瞬間移動の二択までポチの能力を絞っていた。



 そして、どちらにせよあのスピードの急襲に対応するためには五感を鋭敏にする以外の選択肢は無いと判断する。



 よってシュウは腕を再生させている時間を使い頭部と攻撃用の爪部分のみ狼化を大幅に進行させ、奇襲であっても対応出来るように地盤を整えた。




(くっ!なんて奴!全て攻撃が防がれる!!まるで心でも読まれてるんじゃ無いかってぐらい、的確にっ!)




 数回の時越えを繰り返し、攻撃を当てるスレスレまでいくものの、結局一太刀もシュウに剣撃を浴びせられずにいるポチ。



 光の力を纏った剣も、シュウの巨大化した爪には効果を成さなかった。




(恐らく、あの刃のような爪には光の力が効果を成さない…。屍人であっても、肉体全てが弱点になる訳では無い…!)




「そう睨まないでおくれか弱きガール…。まだ戦闘は始まったばかりなのだから、せめて楽しまないと。それとも、自慢の能力が防がれて焦っているのかい?」




「…べらべらと、よく喋るんですね。そう言うアナタも防戦一方では?」




「防戦一方?僕は、君をどう調理すればハルト君を喰べる前のオードブルになり得るか考えていたんだ。強がりはよしたまえ」




 そう言うと同時にシュウはギアを上げる。



 ポチの時越えを繰り返した実質的な瞬間移動の連続攻撃。その初撃を防いだシュウは度重なる攻撃で目を慣らし、今では特別気を張らずとも時越えに対応する。



 ポチの言う通りまるで先を読んでいるかの如く、ポチの攻撃をその場からほとんど動かずに捌き続けるシュウ。



 やがて自暴自棄になりかけたポチは時越えの秒数を誤ってしまう。




(…しまった…!コンマ数秒…時間測定がズレた!)




 ポチの時を跳躍する能力はゼロコンマ数秒、ないしは更に凝縮した時間がものを言う世界。



 天性の時間測定センスを持ち合わせるポチも、自分の体調や環境、相手の動きを常に完璧に算出するのは難しく、今回のようにほんの一瞬ズレが生じることも多々あった。



 そしてそのズレを、歴戦の猛者ほど見逃さない。




「うん。捉えれるね。目測が少しズレたんじゃないかい?」




「くっ!あぁっ!」




 シュウの狼化した右腕がポチの首を掴む。今にも首を捻じ切りそうな力をシュウはギリギリと拳に込めた。



 ものの十秒にも満たない攻防戦はシュウの勝利によって終わりを迎えたと言える。




「このまま首を握り潰してもいいのだけれどね。君の調理法をまだ考えあぐねているんだ。肉は鮮度が命だろう?出来ればハルト君と君はどちらも生かして捕えたいのだけれど…」




「くっ…そんなことは…っ、させません!」




「説得力が生まれない状況だね。この状況をどう切り抜けると言うのかい?」




 骨が軋む程に力を加えるシュウ。ポチがどうにかこの状況を打破しようとシュウに触れようとしたその時、




「!」




 まるで獲物を見つけた蛇の如く音も無く忍び寄ってきた二振りの鞭剣を、シュウは咄嗟に回避する。



 ポチは、シュウの時を数十秒飛ばすことでホールドから抜け出そうと画策していたがそれをするまでも無かったようだ。




「新手かな。まるで音が感じられなかったね」




「音を立てていないから、そうだろうな」




「ふむ。帝国には奇怪な能力使いが多いね」




 鞭剣による追撃を背後に飛ぶことでやすやすとかわすシュウ。



 しかし、まるで一つも音を立てず、予備動作なく繰り出されるその攻撃は厄介だとシュウは感じた。



 鞭剣の使い手はレンジ。『音の神』の神格者だ。




「おい!そっちばっかに気ぃ取られてていいのか!?!?」




「いいんじゃないかい?ただ単調に突っ込んでくる君は片手間で対処できるから」




 対して、鞭剣に合わせて猪突猛進突っ込むのはアンデルセン。

 アンデルセンはその性格が表す通り、力任せに、一直線に、幅広の殺傷能力が高そうな刀を振り回してシュウに向かっていく。



 鞭剣を避けながらも、余裕の表情でアンデルセンの猛攻に対処するシュウ。



 どちらも速度、攻撃力共にシュウにとって恐るるに足らない敵だ。多対一ということを加味しても難なく対処することが出来る。




(…が、このオーラ。妙だね)




 そんなシュウでも、無視できない要素が一つ。

 二人の武具に込められた眩いオーラである。




(爪で防ぐ分には問題ない。けれど直撃すればまずい。そう直感が判断している…)




 シュウとポチが戦闘している最中、到着したレンジとアンデルセンの武具にハルトは光の力を付与していた。

 それにより、通常屍人であれば何のことはない鞭剣や刀による攻撃も、命を絶つに足るものへと昇華していたのだ。



 そしてその脅威を、歴戦の猛者であるシュウは直感で感じ取る。

 この攻撃を目の前から喰らってはまずいと、そう判断した。




(なるほどね…)




 同時に理解する。

 この武具に纏われたオーラ。短刀のような爪で防いでも、その上からピリピリと微弱な電流が走り身を焼くようなこの感覚。即ち




「僕の部下がやられたのはこの能力か」




 流麗な動きで二人の攻撃をかわしつつ、何かに納得したのか、顎に手を当てて頷くシュウ。




「ふふふ。ふはははっ!なぁハルト君。僕はますます君に興味が湧いてきたよ!」




「き、気持ち悪りぃな!俺は全くお前に興味なんか湧かねーよ!」




「それでいいとも!食材に愛してもらおうとは思わない。ただこちらは礼節を持って対応すると言うだけ。礼を尽くして君を獲る。ただそれだけ!!」




 シュウのボルテージが更に上がったことを四人は語気から感じ取った。



 レンジとアンデルセン、加えてポチの三人の攻撃を大きく跳躍してかわすと、シュウは食堂の中二階に降り立った。



 食堂を見下ろし、木製のガッチリとした長机や椅子、言わば障害物の数々を睨め付ける。

 バスケットコート程度のサイズの食堂は所狭しと物が置かれていた。



「さて、となるとここは…狩場にしては窮屈だね」




 そう言うと、とてつもない勢いで、シュウは再び食堂に飛び降りる。



 刹那、衝撃の余波が食堂全体に走った。




(なんて…破壊的なエネルギーだっ)




 地面に綺麗に敷き詰められていたタイルはひび割れて粉々になって弾け飛び、重量が人の何倍もあろう骨太な長机すらも振動で宙に浮く。



 レンジも、アンデルセンも、ポチも、それにハルトも。

 四者が誰一人として一瞬動くことを躊躇う程の衝撃。



 やがて真っ先に動き出したのはレンジだ。シュウが何かしらアクションを起こす前に叩く算段。



 続けてアンデルセンがレンジとは反対方向からシュウに向かって突貫し、ポチは時越えを経てシュウの頭上へと移動。そして続け様にハルトもシュウに向かって光線を放つ。



 四方向からの攻撃はシュウに逃げ場を作らせない、連携の取れた攻勢であった。




「窮屈…なら、一旦壊そうかな」




 だが、シュウはそれらの攻撃をまるで意に介さない。



 悠然と、流れるような動きで地面を強く踏み込むと前方の壁に向かって豪速で突進し、ミサイルの如き拳を壁面に放った。




「!?!?」




 次の瞬間、先程とは比べ物にならない程の衝撃波とけたたましい破砕音を伴い食堂の壁が破壊された。



 砲弾を撃ち込まれたかのような大穴は、人の力で破壊された跡であると信じる者は少ないだろう。

 それ程までに激しく、一瞬にして行われた破壊行為だった。



 瓦礫が崩れ、弾け飛び、遅れて舞った粉塵が四人の視界を瞬時に奪う。




(なんて…奴だ。まるでジャックさんを見てるかのようだぞ)




 レンジは、今し方とてつもない暴壊行為を行い粉塵の中に仁王立ちする影に自らの上司の姿を重ねる。



 超人ジャック。帝国における暴の象徴。

 その圧倒的な存在感と同様の敵影。



 敵の想定外の膂力にレンジですら身震いした。



 大穴から見える雪原の景色と吹き込んでくる吹雪はやがて粉塵を消し飛ばし、その中央に立つシュウの威圧感を一層引き立たせる。




「さぁ、ラウンドツーだ。いくよハルト君」




 そうして、突如として始まった人狼の長との戦闘は、更に熱を帯びていくこととなった。







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