第十二話 食事
「そうか。ご苦労だったな」
豪雪の中をとぼとぼ歩きようやく北方第三支部に辿り着いたハルトたち一行へ、レンジはぶっきらぼうにそう答えた。
決して素っ気なくするつもりは当の本人には無い。寧ろ超が付くほどの合理主義者のレンジにとって言い争いに発展してしまいそうな事柄は無駄でしか無い。が、これまた合理主義過ぎるあまり余計なことは一つも言わない。自然と事務的で熱の籠っていない言い方になってしまうのだ。
結果ハルトはやはり、レンジに対する苦手意識が消えなかった。
せめて労いの言葉一つぐらいあれば心が揺れ動いたかもしれないが。
(とは言え、笑顔で迎えられてもそれはそれで気持ち悪りぃけどさ)
けっ。とハルトが肩を抱えて震えながら室内へ入ろうする。
レンジはそれを見て流石に察したのか、端的に作戦を述べた。
「恐らく美食家は配下がやられたことで動き出すだろう。であれば奴が準備を整える前に動くことが望ましい。明日の明朝、ダフタウンの町へ出発する。以上だ」
「え!おいおいアニキー、あれだ、作戦とかは無いのか?」
「ダフタウンの中央にある町役場の建物に美食家が、そして周囲に数十名の人狼屍人がいる。よって作戦は一点突破だ。
奴に浅知恵の策は通用しないし、雑魚を丁寧に殺して回る時間も無い。第二部隊がいない今、俺たち四人総出で美食家を殺すだけだ」
やはり淡々と会話を続けるレンジ。
しかし、不本意ながら言っていることは間違っていないと三人は感じた。
現在第二部隊はと言うと、北方にて別任務に当たっている。
故に美食家はハルトたち四人で倒さなければならなかった。
小細工が通用しない。もっと言えば話が通じるタイプでも無い。と言うのはジャックも三人に言っていたこと。当たって砕けろ精神も概ねズレた精神論では無いだろう。
他にも、第二部隊が合流するまで待機出来ない理由が二つある。
一つ。まず黒幕である人物の根城が明らかになっていないこと。
未だ正体の見えない黒幕であるが、北方で活動する屍人を超遠隔から操作できるとは考えにくいため間違いなく北方の領域内にいると推測されている。
しかし、その根城は一月経ってもまるで判明していなかった。
かつての有力国家の廃墟を巡れど、黒幕がどこに潜んでいるのか、また、屍人の出処はどこなのか依然として不明なのだ。
となるとそう簡単に全戦力を美食家の討伐に割くわけにはいかない。と言うのが帝国側の判断だ。
要はリスクの問題で、他屍人戦力の動向と黒幕の目的がわかっていない以上は、いざと言う時のために備えている兵力が必要になる。
二つ。もし仮に一つ目の課題を強引に解決したとしても、今度は屍人に対する有効打を用意できない。
屍人に対する攻撃手段は今のところ蓄光型照射銃とハルトの光の力のみだ。豪雪の場合は日光すらアテにならない。
加えて、蓄光型照射銃は神格者や人狼の様な一定以上の身体能力を持つ相手には特別効果を成さないのが現状だ。実質的に光の力のみが屍人を屠る手段となろう。
が、ハルトの今現在の光の内包量では十数人の武器に光を纏わすことでいっぱいいっぱいで、第二部隊に所属する百余名の兵士全員の武器に光を纏わせることは到底不可能。そもそも、無理に光の力を付与したところで長期的に纏わせ続けることは出来なかった。
短ければ数分、長くとも十数分。激戦が予期される戦場では現実的な戦術にならないのは火を見るよりも明らかだ。
以上のことから、大勢で雁首揃えて美食家討伐に乗り出すよりかは、少数精鋭にて美食家を狙った方が合理的であると判断されたと具合。
「で、他に何かあるのか?」
「?、他か?そりゃ無いけど…あれよ、アニキにほーこくしたので全部よ」
「そうか。なら部屋に戻って寝ろ」
「えぇ〜ひどいなぁアニキっ。俺たちだって歩いて来てスッゲェ疲れてるんだぜえ?」
アンデルセンが残念そうに、しかしいつも通りのおちゃらけた調子で肩を落として見せる。
レンジ的には「疲れているから休め」と言いたいのだろうなぁとハルトはぼんやり思った。
(しっかし、アンデルセンはホントに調子が崩れないな…。
常時不機嫌そうなレンジにグイグイ行けるのはなんだかんだ凄いことだぜ。俺には出来ないことだし尊敬するな)
そもそも直属の大上司であるジャックにもアンデルセンはいつもの調子だ。完全に素なのが凄い。
良くも悪くも裏表が無さすぎる人間。それがアンデルセンである。
(まぁ今回のチームメンバー的にうまくバランスは取れていると言えるかも?)
結局「一旦各々体を休めるように」とレンジが発してその場はお開きになった。
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北方第三支部は美食家がいるダフタウンの街から十数キロ離れた場所にあり、ダフタウンから最も近い帝国支部である。
普段であれば人々の往来がそれなりにある街のハズレに鎮座しているのだが、現在は住民に避難勧告が出されているため人の気配がほとんど無い。
とは言え、帝国の支部が存在していることである程度の安全が担保されているからか、支部周辺には残留を選んだ人々がちらほらと存在する。
加えて、現在の北方の状況を鑑みて各地から応援の兵士が駆けつけているため、支部内は普段以上の活気と熱気を帯びていた。
そんな中、ハルトとポチは食堂にて早めの夕飯を食べる。
明日は明朝に出発だから、のんびりと夜更かしする訳にもいかず、まだ日も沈みかけの段階で夕飯を食べることになってしまったいたのだ。
大量のサーモンと野菜をじっくり煮込んだシチュー。保存にも便利そうな小麦粉の素朴なパン。ラム肉のミートボールにマッシュポテト。少しばかりのブランデーを溶かし入れたコーヒー。
兵士の士気にも関わってくるため食事には一切抜かりが無い。
ハルトが思わず笑みを溢してしまう程には美味な食事。少し時間的に早いことさえ考えなければ完璧な夕飯だと言える。
けれどハルトは、明日のことを考えると料理から一気に意識が離れるのを感じた。
今日二人が戦った人狼とはまず比べものにならない敵が明日の討伐対象である。
おまけに真っ当な作戦は無い。
まずは光の弾幕を張り、その間にレンジが能力を使用し雑魚を一掃する。そこまでは作戦として打ち合わせされていたが、それ以降はその瞬間その瞬間で最適な行動をとる必要がある。
一対一の戦いならまだしも集団戦であればその難易度は遥かに上がるだろう。そんな戦場にてハルトは自分の役目を果たせるかどうかが不安だった。
が、それ以上にハルトの胸中を埋め尽くしていたのはやはり恐怖だ。
死ぬのが怖い。周りで死なれるのが怖い。そうならないために、何より心の平穏のために戦う選択をしたはずだが、言うまでも無く戦うと言うことは死と隣り合わせの足場に身を置くこと。
ハルトの選択は二律背反の粗末で安直な決断とも言えてしまう。
{…わかってたことだ…。戦えば死んでいく人々がいることなんて馬鹿な俺でもわかってたことだ。でも、大勢の人たちの犠牲の上で守られて、のうのうと生きていくことを俺は平穏とは思わない。
だから戦うんだ。一月前に覚悟はしただろう。俺なら大丈夫、さっきだって上手くやれたじゃねぇか…。明日も上手くやれるはず)
「どうかしましたか?ハルト」
「…ん、なんでも無いよ。武者震いってやつかな?」
ポチの心配そうな問いかけに俺は空元気で応える。
ポチは相変わらず落ち着きを乱すことが無かった。
自分よりも一つ年齢が下の少女が命懸けの状況に身を置いて尚、常に調子が変わらず乱されない在り方にハルトは感嘆する。
時々、ハルトは自分の優柔不断さが嫌になっていたが、その要因は快活で一直線なアンデルセンと、自分よりも周囲が見えていて経験が豊富なポチによるものだ。
(さっきの戦いで少しは自信がついたんだ。俺も早く現場慣れしないとだな…)
「そうでしたか。なら良かったです。とりあえずもう少し時間がありますし、コーヒーのおかわりを持ってきますね」
「おう、ありがとうポチ」
ポチがコーヒーポットを取りに席を立つ。メイド服のフリルがフワフワと揺れた。
(こう後ろから見ると、ほんと紛れもなく普通の女の子なんだけどな)
と、そんなことを考えていると、代わりに一際体躯の大きい男が向かいにやって来た。
「ーーー失礼。こちらのテーブルは使っていいかな?」
「…あ、どうぞ。隣でなければどこでも」
男は音も立てずスッと向かいに座る。
ある意味ギャップが凄いとハルトは感じた。静かさと気品のある言葉遣いに似合わないその体躯は見る人を驚かせるだろう。
迫力で言ったらジャック程では無いにしてもその身長とガタイの良さはかなりのもので、制服もかなり突っ張っている。服の上からでもその筋肉量が見て取れた。
(うぉ、デカいな。こんな一般兵もいるんだ。…や、てかテーブルめちゃくちゃ空いてるのに、なんでわざわざ俺たちの前に…)
「時に、中々美味しそうな夕食じゃ無いか。大人数分作らなければいけないわりに、一品一品手が込んでいるね。ここの支部にはハイレベルな料理人がいるようとすぐわかる。僕は今日ここに来たばかりなもので、正直驚いているよ…」
「そう、ですか。まぁ間違いなく美味いけど…」
「恐らく、ここの料理人はできる限り美味なものを作ろうと日夜励んでいるのだろう。毎日同じメニューであるはずも無いしね…。
食への探究心。そして食をより良いものにしようとする研鑽の志。本当に素晴らしいっ!いつだってそれらが人類の文明を発展させてきた。そうだろう?」
「…?」
何を言っているのか、ハルトにはまるで理解できなかった。
目の前に座ったと思いきや、いきなり熱の籠った話を始める大男に対し、ハルトの背筋に薄い冷気が走った。
(知り合いか?俺が忘れてるだけで仲良くなってた人がいたかな?
いや、そんなことはない。一度挨拶してくれた人を完全に忘れるなんてことは無いし、そもそもこんなキャラの濃い人物を忘れるもんか)
では、この目の前の人物は一体誰だ?と脳が回答を弾き出すより矢継ぎ早に、大男は会話を続けた。
「例えば、文字が発達したのは食材を管理するためだと言われているね…。また下水設備が設けられたのも調理時の衛生意識の高さからだと言う説もあるよ…。人口爆発を支えるための品種改良は科学を萌芽させたし、食事に併せて開発された酒類は世界中の輸送ルートを作った。どれもこれも食への精進心が生み出した文明の成長だと言えるだろう。そうじゃ無いかい?」
「ま、まぁ。それを聞くと凄いなとは思うけど…」
「そもそも、食事は人を形作るものだろう?発展云々以前に、その観点でも当然エクセレントだ。
だから、僕もそうありたいと思うのだよムッシュ。食への探究心が人を成長させるのだから、僕も常により良い食事を、より良い食材を、やがては文明の発展を求めていきたい。一度目の人生は夢半ばで終わってしまってね…」
(……何を…一度目の、人生??)
ゾワリ。背を刺していた冷気が一層勢いを増すのを感じた。
心臓は、激しく、荒々しく警鐘を鳴らす。
ここまでの会話を纏めると辿り着いてしまう結論が一つある。即ち、今ハルトの目の前にいる人物は、
「ーーーっ、まさか!?美食家!?!?」
ハルトは自然と前屈みになり、椅子を後ろへ跳ね除けて勢いまかせに立ち上がった。
異常なまでの食への執着心。サイズの合っていない隊服と一般兵には見えない体躯。そして先ほどの「一度目の人生」と言う台詞。
全ての不自然さが繋がった瞬間だった。
ハルトは光の力を眼筋に集め、透視や索敵に近い形で目の前の人物を見る。そして再確認する。
今目前にいるこの人物は間違いなく魔のモノ。即ち屍人であると。
「おっと、そう身構えないでくれたまえよ。決して荒事を起こしたい訳では無いんだ。僕はただ、一つ提案をしに来てね」
「……提案、だと…?」
「そうだとも。僕は二度目の人生でのメインディッシュを君に決めて、君のことを心から求めている。だからこれは提案なのだが、ーーー僕に君を食べさせてはくれないだろうか?」
ハルトの視界を塞ぐ異物は、さも当然のように手を差し伸べる。
まるでこの提案を断られる理由が無いとでも思ってるかのように自信に満ちた堂々たる表情で。
美食家は話が通じる相手じゃない。
異常なまでの食への執着心と探究心。そしてそれを自信満々に誇示できる圧倒的な自己。それは見るものを畏怖させる捕食者の目をしていた。
ハルトは差し伸べられた手を掴むまいと現状を否定したが、蛇に睨まれた蛙の如く後退り以外の身動きが取れなくなってしまう。
「勿論、タダでとは言わないよ。しっかり、対価は払うとも。ただ、…もう我慢が出来ない…。目の前に置かれて初めてわかった!!君は最高だよ!!やはり僕の嗅覚に狂いは無かったと言うことだ!!さぁ後生だ…、まずはまずは!味見程度は!させてはくれないだろうか!?」
そうして、敵の手が俺の首筋に触れようとした次の瞬間、
「対価はあなたの命です。もっとも、ハルトを渡すつもりもありませんが」
ポチの剣が、美食家の右腕を斬り飛ばした。
宙に舞った右腕が床に落ちる音が、交渉が決裂したことを示し、開戦を告げる。




