第九話 黒冠の皇女
帝国に来てから二十日と少し。そろそろハルトに課せられた修行の期日である一月が経とうとしていた頃。任務の詳細とそれに則した部隊の編成が決まったとのことで、アンデルセンとハルトとポチ、いつもの三人は天帝とジャックに呼び出されていた。
呼び出された先は天帝専用の執務室。初日に三人で談話した部屋だ。
ハルトも帝国での生活には慣れ、最初の時のような衝撃はあまり感じなくなっていたが、この部屋の荘厳な雰囲気には未だに圧倒される。神聖にして重厚なこの空気感には中々慣れることは難しいだろう。
対して天帝はいつも通り穏やかな顔つきで壮麗な笑みを浮かべながら口火を切った。
「やぁハルト君久しぶり。修行は順調かな?時には顔を出そうかと思ってはいたんだがここ最近は立て込んでいてね、タイミングが合わなかったよ。でもジャックはしょっちゅう見に行っていたみたいだね」
「まぁ一応、アンデルセンが何をしでかすかわからんですからな」
(そっか。見物人はジャックさんだったのか)
誤魔化しながらジャックが答える。
ハルトはどこか納得するように口端を上げた。
修行を重ねるに連れてハルトの五感は研ぎ澄まされていっていたのだが、そうすると同時に「何か観られているなぁ」とも感じていたのだ。
その正体は、ハルトのことが心配で見物しに来ていたジャックだった訳である。
「とにかく、聞いていると思うが今回お前たちを呼び付けたのは他でも無い。今後の任務についてだ。ハルトにとっては初任務になるもんで緊張するかもしれんが、今はそこまで気を張らずに聞いてくれ」
「おっ、もーそんな話ですか!いいな!あれだぜ。気合いが入るぜ!!」
「このアホは放っておいて…いや放っておく訳にはいかんのだが…いや、まぁいい!今回の任務は単純明快。北方で現在頻発している屍人による動乱の平定、そして首謀者の討伐だ」
「屍人…」
ハルトはズキっと針に刺されたような痛みを覚えてこめかみを押さえる。
街を破壊し、育ての親を殺した屍人。甦りによってこの世に再び生を受けた枠外の存在。それらは太陽の光以外の全ての攻撃に耐性を持ち、通常攻撃ではダメージを与えられないどころか粉々にして吹き飛ばしてもすぐさまその身体を再生する。
しかしながら、それに唯一対抗できる手段こそがハルトの力。光の力である。
光の力を持ってすれば夜間であろうと屍人に対して有効打を与えられる。北方の平定をハルトが命じられるのは自然な流れであり、元よりその予定であった。
一方で屍人の裏にいる存在、もとい屍人を生み出している神格者こそが元凶であり、それを討伐しないことには意味がないのが現状だ。
ジャックが言った通り屍人を生み出している存在を探すことこそが最重要目的となる。
「首謀者に関しては未だ影も形も見えんが、先行して北方に向かわせている第二部隊の情報からわかったことがある。それをここで共有しよう」
「おっ、何かわかったんですか?あれだ、進展があったってことですねジャックさん!」
「うるさいなアンデルセン!いちいち反応するな」
「やれやれ」と額に手を当てながらジャックさんはアンデルセンを諌める。
アンデルセンは直属の上司に対してもいつものテンションだが、こう言う緊張感のある時はこのテンションがありがたかったりするんだよなぁとハルトは独りごちた。
先行している部隊、第二部隊とは近衛の部隊の名称だ。
帝国には有事に備えて常に常駐している部隊があり、天帝直属の部隊『鷲の戦士隊』や総隊長直属の特選部隊、公にされていない暗部の部隊、そして対神格者事案専用の近衛五部隊『ペンタグラム』がそれに当てはまる。
その内の五部隊は神格者の兵士が多く配置されていることと、豊富な神格者との戦闘経験から、この様な事件があるとすぐさま現場に向かい、事態の鎮静化のために動く。
そして今回は、その中の第二部隊がハルトたちより先行して北方に向かっていた。
「まず一つ目。屍人は紫外線照射装置にて対応可能であること。レオナルドが開発した蓄光型照射装置、だったか?あれを使わせて見たところ想像以上の効果を発揮した。ハルトが前線に出るまで最早打つ手無しかと思われたが、どうにか第二部隊だけでも被害は抑えられている」
「おっ、レオナルド隊長流石だなぁ。…ん、でもじゃあジャックさん、ハルトがわざわざ出向く理由はそんなに無いんじゃあ無いのか?」
「そうでも無い。あくまで急造の兵器。雑兵相手であれば意味を成すが、どうあれ光の力が最有力手段に代わりは無いだろう。それにハルトが必要な理由も最近になって発見されたのだ。それが二つ目の情報。
やはり敵の屍人には神格者が存在する」
「!ふむふむ…なるほど…。予想はしていましたが、やはりと言えばやはり、黒幕が大軍勢を組織し何かを企んでいるのなら当然神格者の駒も作るでしょうね」
「その通りだポチ。当然神格者には兵器では太刀打ちできん。俺からすると断腸の思いだがハルトを行かせるのが有効な戦略であると思う。ただ、発見された神格者連中がこれまた厄介な奴らばかりでな」
「と、言うと?」
「姿が確認された神格者は、北方大戦の生き残りばかりなのだ」
「?北方大戦…?」
北方大戦。聞いたことがあるようで無い単語にハルトは首を傾げた。
ハルトは身を隠しながら暮らしていたとは言え北方のハズレの方に住んでいた。なのでそのワードを聞いたことはあるはずだったのだ。
ただ、意識的に情報を得ようとしていなかったハルトは、少なくともその全容を知らない。
(ジャックさんが顔を強張らせているあたり、とんでもない規模の戦争だったのだったのか?それともそこに参戦した神格者たちがめちゃくちゃ強力だったとか?)
そんなことを考えながらハルトが隣のポチの方を見ると、「そうでしたね」とポチが解説を始めた。
「北方大戦は北方統一を目論んだイヴァン大帝率いる勢力と、それを止めるために集った北方神格者連合による史上稀に見る大規模な戦争です」
「イヴァン…大帝…。なぁんか聞いたことがあるような気がするな…」
「はい。超がつくほど有名な人物です。主に悪名ですが。
特に大帝率いる神格者たちには規格外の者が多く、北方中部に住む市民の二割が死に絶え、三分の一の都市が壊滅する程まで被害は膨れ上がりました。最終的に帝国が介入したことで北方神格者連合の勝利にはなりましたが、被害は甚大。神格者連合の生き残りは少なく、結果としては実質的な共倒れ状態になっています」
「そうだ。そしてそこに参戦していた神格者たちが現在屍人として確認されている。第二部隊とは別でレンジも北方に向かわせていてな。そのアイツが送ってきた情報だと確認された強力な神格者は三名。『北の知将』シャーロック、『鮮血女帝』ダッキ。そして『美食屋』シュウ」
「マジか…結構な…あぁあれだぜ。ビックネームが出てきやがったなぁ…」
「?ん、そんな有名なのかそいつ??」
アンデルセンの表情に緊張が走る。やや身構えた様な雰囲気になるアンデルセンとポチ。
強張った表情のままポチがハルトに対して言葉を探した。
「…美食屋は北方の歴史を見ても大帝の次の実力者で間違いない人物、北方戦争はこの二人がいたから深刻化したと言っても過言ではありません。残虐性ではダッキに遅れをとりますが、単純な戦闘力がかなり破壊的で、飢えるほどに増長するその体躯と凶暴性は二十数年経った今も尚語り継がれています」
「人を、喰らう…。まさか、そいつが」
「そうだハルト。人狼の屍人が発見された段階で大方予想はついていたがそれが確信に変わった。この美食屋こそがお前の育った街を襲った一団の長。『狼の神格者』シュウだ」
狼の神格者。美食屋シュウ。かつて北方戦争の被害を拡大させた強力な人物。その実力は近衛の隊長でも一対一では勝利が難しいレベルだ。
そしてハルトにとっては育て親の仇でもある一団の長である。
と、そこまで聞いたハルトは、アンデルセンやポチと同じく緊張を顔に浮かべた。
隊長格でも相手が難しいのなら、たかだか一ヶ月そこら修行しただけの自分が相対していい人物では無いとわかったからだ。肩書きだけ聞いてもこれなのだから、一対一になればまず間違いなくハルトに勝利は無いだろう。
「こりゃああれだ、任務の難易度も爆上がりだなぁ」
「それだけでは無い。レンジの報告では反帝国同盟の使い魔も北方で発見されたとのことだ。つまるところ、この一件の首謀者は反帝国同盟幹部クラスの人物であると見て間違いないだろう。未だ明らかになっていない幹部が北方に巣食っていると考えるべきだ」
「まじかぁ。ジャックさん、本当にハルトを連れてっていいんですか?」
「…当然苦渋の決断だ。俺が同行できるならまだしも、近衛五部隊の半数が任務で出払っている今この俺が帝国を離れる訳にはいかない。何度も想定しては躊躇ったさ。しかしハルトを行かせることが有効打になると結論付けた…ハルトも覚悟は決まっている様だしな。無論、代替案はいくつかある。お前が望むなら再編成もーー」
「いえ、それは大丈夫です。やります。寧ろやらせて下さいジャックさん」
ジャックの言葉に、ハルトは間髪入れずはっきりと決意を表明する。
実力は足りない。故に恐れはある。知恵も経験も足りない。故に不安もある。しかし、それ以上にこの作戦を遂行しなければならない理由がハルトにはあった。
北方に行って、まずはここ一ヶ月の自分の運命にケジメを付けること。それが自分の人生の平穏を得るための一番の近道であるとハルト自身が誰よりも理解している。
「決まったねジャック。では、改めて司令を言い渡そう。
ここにいる三人にレンジ、そして第二部隊。以上の面々で屍人の主人を討伐し北方の動乱を平定したまえ。よろしく頼むよ、みんな」
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反帝国同盟。それは先先代天帝の暴政に対して組織された反帝国主義団体の後進。
先代天帝の改革により一時亀裂の芽は縮小したかに思われたが、影の神子による混沌の誘発とカリスマ的指導者の存在により組織自体は無くならず、今現在じわじわとその勢いを取り戻し始めていた。
その規模は今や世界全土に同盟国を持つ程に拡大化し、帝国を始めとする幾つかの大国に拮抗し得る兵力を保持している。国家を持たない単一の存在としては世界最大の力だ。
構成は世界各国に散らばる同盟国の兵力と、盟主の元に集う七人の幹部達。手段を選ばず表舞台で動く者もいれば、重要な作戦の時のみ姿を表す暗躍家もいて、帝国はその全貌を把握できていないのが現状である。
しかしながら目的は誰もが了知している。それは天帝を堕とすこと。
唯一無二にして世界最強。絶対の存在である天帝を墜とし、平等とは言えぬまでも今よりも格差の無い世界を創る。それが反帝国同盟の目的であるのだ。
盟主はとにかく、用心深く知謀に長けた人物だ。その裏にどんな思惑があるのかは未だわからない。
が、帝国は軍事力では圧倒的に勝っていながらも反帝国同盟を等閑視することはまるで出来なかった。
それは何故か。答えは単純、天帝が圧倒的に強いからだ。
誰かが言った。「当代天帝が仮に非道も辞さない性格だったならば、世界中の神格者が束になっても勝つことは出来ないだろう」と。
歴代の天帝も強かったが、ここまででは無かった。間違なく人類史上最強の存在であると誰もがそう思っているであろう。
しかし、反帝国同盟の盟主は「それを打破する手段と準備がある」と言ったのだ。
盟主が譫言を言う様な人物であれば良かった。だが、盟主が知謀に長けた策略家である以上、その言葉をただの戯言として受け取るのは些か軽率。
万が一にも考えられないが、天帝を堕とす手段があるのだとすればそれを潰さぬ手立ては無い。
こうして、帝国と反帝国同盟の攻防はここ十年近く拍車がかかっていたのである。
そして、ここ北方にも、そんな反帝国同盟に与する存在が一つ。
数年前に盟主によりスカウトを受け反帝国同盟の幹部としての地位を得て以降、着々と作戦実行のための準備を重ね、遂に二月前より北方の蹂躙を開始した。
その目的は北方制圧による大陸の支配。ひいては帝国に対する牽制材料。反帝国同盟にとっての軍事力と兵力の増長であるとされているが、腹のうちはまた違う。
彼女の目的は北方帝国の再建である。
屍人を生み出し、北方を蹂躙し、イヴァン大帝の悲願とも言えた北方統一を成さんとする姉弟は、戦争に巻き込まれ命を追われた凄惨な過去を持つからこそ暴力による支配を望んだ。
二度と戦争や反乱が起こらぬ様、徹底的に北方を支配するつもりだ。
その行き過ぎた野望はしかし、反帝国同盟と言う後ろ盾を得たことで現実味を帯びる。
今や帝国も無視できないほどに屍人の勢力は増長し、市民の被害も多発している。手始めに屍人の脅威を示し自らの存在を誇示する作戦だと屍人の主人は語った。
当然帝国は屍人の脅威を祓わんと大幅に兵力を割いたが、そんな帝国の動きを知りながらも屍人の主人は泰然と平常心を乱さない。
これはまだ、悲願に向けた作戦の第一段階である。そこで躓く様ではどうあれ目的は達成不可能で、躓かないための力を蓄えてきた。
そうしてとある玉座に坐す黒冠の皇女は、静かに帝国兵士の到来を待つ。
権勢を狙う企てを潰さんとする外敵を、徹底的に迎え討つために。




