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イン・シント 7 夜にしていること

 じっと俺を見つめるフォオの瞳からは疑念を感じる。


「俺のことなんて、どうでもいいだろう。そもそも教える気なんてない」

「……そうか。ふーん……ならいいさ」


 聞いたかと思えば、いやにあっさり引き下がる。

 こちらのことを必要以上に教えるつもりなどない。どうでもいいやり取りなどやめて、本題を続ける。


 フォオはそれからいくつかの魔法遺物を見つけ、時空の門も一つ発見した。

 ここでかねてより疑問だったことを聞く。


「饗団はなぜ、秘密裏に動かない? 反乱など起こさなくとも、水面下でやればいいはずだ」

「詳細までは知らされていない」

「最上級の幹部だろう」

「全てを知るのは饗主だけだ。幹部でもそれぞれの役目しか知らされてない」

「ずいぶんと徹底している」

「まあね。やりすぎなくらいさ」

「それで、ほんとうになにも知らないのか?」

「僕が知っているのは、いくつかの時空の門の場所が普通じゃ入れないところにあるってことくらいだよ。だから反乱を起こした」

「!!」


 疑問が一つ解決した。

 反乱を起こさなければ入れない場所か。それならだいぶ絞れる。同時に、まだ門は開かれていないということでもあると思う。


「その後も僕は饗主の言いつけどおりに動いたよ。この前なんて書宝館とかいう妙なものを見つけろと言われた」

「あそこにいたのか」

「……なんだそれ。おまえも行ったの?」

「俺はある情報を元に、時空の門を追って書宝館に行った。そこでアレス……饗主に会ったよ」

「は?」


 フォオは目を大きく見開き、驚愕を隠そうともしない。


「饗主と会った? なんで生きていられる?」

「ちょっと話しただけだ」

「ありえないな。【神格】の所有者だって饗主にかかれば瞬殺なはず」

「俺は別に所有者なんかじゃない」

「まだそれ言うの? 隠すことなんてないだろ」


 隠すもなにもない。ほんとうのことだ。


「腐った遺体もあったけど、いったい誰だ?」

「ああ……あれは剣神教団の長だよ」


 アミールの言うとおりだったか。


「なぜ、そんな人を」

「あのじいさんが書宝館の正確な場所を知っているらしかったが、結局封印の解き方を知らなかった。まあ、無理やり開けられたから、いてもいなくてもあまり変わりはなかったと思うけどね」


 剣大神官は書宝館の場所を知っていた?


「なぜ……?」

「うん?」


 フォオは俺を不思議そうに見てくる。


「剣大神官は何者なんだ」

「さあね。ただのじいさんかと考えてたが……饗主とは因縁がありそうだったよ」

「知り合いだったわけか」


 過去になにかあったのは、間違いなさそうだ。

 書宝館の話はもういい。まだ神雷ソーが出てきていない。


「結局おまえはどこで神雷ソーを見つけたんだ」

「違う。見つけたのは神雷ソーのほうだ。僕はね、書宝館で待機を命じられたけど、理由をつけて逃げた」


 逃げるって、なんでだ。


「饗主は時空の門に入るたび、おかしくなってる。もともとおかしいのに、あれ以上おかしくなればいつ気まぐれで殺されるかわかったもんじゃない」

「じゃあなぜガラルに来た」

「プロメテウスのヤツに捕まったんだよ。それでガラルの戦に参加しろって命令された。しかも監視までつけられてさ」


 ここでプロメテウスさんか。


「だが、それが僕にとっての転機だったことは間違いない。いきなり神雷ソーが現れて、攻撃してきた」

「場所は?」

「ガラルに向かう途中の、どこかの森だよ。そして追った」


 フォオの口調が次第に早くなる。


「雷を浴びせられた時、僕には直感めいたものが走った。心と肉体が剥がれるような、そんな感覚だ。だから、顧問官を言いくるめて神雷ソーの捜索を優先したんだ」

「その時に俺たちと遭遇したわけか」

「ああ! そうだ! 神雷ソーは僕がなにかと戦う時、必ず現れた! 攻撃してきては去り、まるで遊んでいるようだったんだ!」

「そんなに興奮するなよ」

「興奮だってするさ! いいか! こんな体にしろだなんて誰も頼んでいない! 元に戻れるならなんだってする! だから! 卵に戻ってさあ! 孵化したあともドブ川をさかのぼって、汚らしい下水も通り、おまえたちのところに来たんだ!」


 かなり息が荒い。


「だから神雷ソーを僕によこせ! 頼む!」


 よこせだと? ふざけるな。


「千載一遇のチャンスなんだよ!」

「やめろ! 落ち着け!」


 ≪魔弾マダン≫を放つ。

 弾はフォオの頬をかすり、後ろの壁に当たった。


「こ……殺す気か!」

「興奮するからだ」

「くっ……」


 フォオは焦り、下がる。

 

「【神格】を取引材料にすることなど、しない」

「……」

「おまえの処遇は、あとで決める」


 言い切ると、ヤツは静かになって、妖しげな目を向けてくる。


「……なあ、シント・アーナズ、おまえ、夜になにをしてる?」


 夜? 


「なんの話だ」

「とぼけるなよ。夜な夜な【神格】に話しかけているだろ」


 とぼけてはいない。でも、なんだこの違和感。


「…………し、知らない」

「僕は見ていた。おまえは何日もそれをしている。いまさらとぼけたって、意味はないよ」


 頭が痛くなってきた。


「なんなんだその顔はさ。まさか、憶えてないっていうの?」


 わからない。記憶はうっすらとしかない。


「まあいい。じゃあとぼけたまま聞けよ。おまえ、【神格】の中に入りたいんだろう?」

「なにを……」

「僕もだ。あれは素晴らしい。まるで全能にでもなったかのような感覚だよね」

「そんなことは、ない。そんなはずは」

「否定するなよ。恥ずかしいことじゃないさ」


 気が狂いそうだ。こいつの言うことを、聞いてはいけない。


「俺はただディジアさんとイリアさんに……会いたいだけだ」

「なんだよ。【神格】に名を付けているのか?」

「違う!」

「別にいいじゃないか。僕はそれを変には思わないな。【神格】は愛すべきものだ。たとえ、愛されなくとも」


 フォオの言葉がまるで蛇みたいに下から巻き付いてくる錯覚。

 ほんとうに、だめだ。これ以上聞いていられない。


「中に入りたいなら、手伝ってやるよ。それが取引だ」

「取引には……応じない」

「いまの僕じゃほんのちょっとしか力を出せないけど、導くことはできるはずさ」

「なにを言ってるんだ」

「毒だよ、毒」


 フォオがにんまりと笑う。

 反射的に構えた。


「僕は体内で様々な毒を作れる。これも能力の一つ」

「やはり、おまえ……!」

「早とちりするなよ。ほんのちょっと、と言ったろう。ネズミすら殺せないレベルの毒だが、それでも感覚を曖昧にすることができる」

「感覚が、なんだって?」

「トランス状態になれるんだよ。神氷スカージズを取り上げられる前まで、何度も試した。あの感覚をもう一度味わいたくてね」


 ヤツは恍惚とした顔になる。気味が悪い。


「でも、だめだった。拒絶されたんだ。こんな姿になったから……! くそ!」


 一転して、怒り。

 だめだ。こいつ、おかしくなってる。


「頼むよ、シント・アーナズ。僕はおまえの敵じゃない。むしろ共感を覚える くらいだ。この空飛ぶ船だって【神格】を利用したものなんでしょ?」

「それが……どうした」

「これ以外にもたくさんあるはずだ。おまえは【神格】にとり憑かれてる。僕と同じなのさ」


 俺は、ほんとうにただ二人に会いたいだけなんだ。

 だから、いつも夜に声をかけている。

 そうだ……はっきりと思い出した。

 ディジアさんとイリアさんはもう魔力を取り戻しているはず。なのに、返事がない。復活しないのは、なにか他に理由があるかもしれないから、俺はずっとそれを知りたいと――


「僕と手を組め。そのほうがいいよ」


 もう耐えられない――そう思った時、アテナから通信がきた。


『マスター、みなさんが不審がっています』


 そうか。締め切ったままだったんだ。

 我に返り、話を聞く。


『扉が開かないことに、気づいたようです。おそらく、マスターとミコとミリアがいないことも』

「艦内の安全は?」

『問題はありません。全区画の確認をただいま終えたところだと報告します』

「じゃあ開けていいよ」


 怒られるのは確定だろうけど、いまはいい。

 フォオに視線を移し、≪遮断障壁シャットシールド≫を使う。あとは物置に放り込んでおこう。


「おまえを拘束する」

「ふん……いいさ。どうせおまえには僕が必要になる」

「いいや、必要はない」


 【神格】に入る方法なら、すでにある。

 こいつと取引をすることなんて、あるはずがないんだ。

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