イン・シント 6 逃亡者
戦艦ディエンドに密航していたのは、饗団の最上級戦士『一桁』のファンタステックフォオだった。
この事実には怖気が走る。しかもいまは五、六歳の子ども姿なのだ。瀕死の重傷を治癒するために卵にまで戻ったらしいが、馬鹿馬鹿しくて聞いていられない話だろう。
こいつは取引を申し出てきた。応じるつもりなどない。
しかし、このままでは話が進まないのもたしかだ。
「俺は化粧品なんて、持ってない」
「ここのクルーは女性ばかりだよね? 少しくらい都合してくれてもいいだろうに」
「だめだな。勝手に持ち出せるものじゃない」
代わりといってはなんだが、床に落ちているパンを投げ渡した。これはミコちゃんとミリアちゃんが持ってきたものだろう。
フォオは受け取るなりかぶりついた。
「もっとないのか」
「調子に乗るなよ。恵んでもらっておいて、言うことがそれか?」
「僕はか弱い子どもだ。おまえこそ博愛精神はないわけ?」
やっぱりこいつ、ぶっとばしてやろうか。
「そろそろ喋ってもらう」
「わかったよ。なにが聞きたい」
「饗団についてだ。全部、話せ」
「あくまでも僕が知るかぎりのことだ。それでいいよね?」
うなずく。
同時にヨルムリアを展開。フォオを取り囲む。
「……これ、なんだ」
「気にするな。話せ」
「……」
ヤツはヨルムリアの力に気づいたのか、額に汗を光らせている。
そして、饗団について語り始めた。
饗団、という組織の歴史は古い。さかのぼれば源流は剣帝アーサーの時代にまで到達するという。まさかそこまで古いとは、思いもしない。
初めは神秘を解き明かすための研究をする集団。時には迫害され、時にはその時代の皇帝に近づき、細々とやっていた。
名を変え姿を変え、【神格】、空白の時代、そして外導神の研究を行っていたのだ。
「ほんとうのところは僕だってわからない。そういうふうに話しているのを聞いただけだ。ただ……世界を変えようとするまでになったのは、いまの饗主になってからだってさ」
アレスティアスさんか。
「おまえはいつから饗団に?」
俺は聞いた話だと、饗団は孤児を囲い、幼少から鍛え上げるそうだが。
「僕は大戦後からだ。新参だよ」
「それなのに『一桁』にまで上ったのか」
「……」
フォオは黙った。なにかあるな。
「教えろ。わけを話せ」
饗団がどのような人物に狙いを定め、スカウトしているのかがわかるかもしれない。
「僕はもとは安全保障局の人間だ。安全保障局っていうのは、帝国の諜報組織だよ。知ってる?」
「名前は聞いたことがある」
ウチのグレイメンさんはかつてそうだった。ラナや彼女のお父さんであるウィリアムさんもだ。
「じゃあおまえは、スパイだったのか」
「いや、そうじゃない。安全保障局には様々な部署がある。僕はレプリカを含む魔法遺物の収集と研究が主だった」
なるほどな。
「大戦が終わって少したったころだ。僕は遺跡発掘の任務を言い渡され、南方へと出向いた。そこで……見つけたんだ。【神格】神氷スカージズをね」
【神格】を見つけた? よほど運がよかったのか、それとも。
「そして僕は所有者となった。選ばれたのさ」
「……それなのに、饗団に参加したというのか?」
目の前が真っ赤になる。
「待ちなよ。なぜそうも――」
「……」
やっぱりこいつ……
「だから待てって! 最後まで聞いてよ!」
伸ばした腕を止める。そうだな。最後まで聞いてから、始末するか考えよう。
「なんなんだよ、まったく」
「続きを」
「ちっ……いま僕を殺そうとしたくせに」
「そうされたくないなら、さっさと話せ」
フォオは何度も舌打ちしながら、言葉を続ける。舌打ちしたいのはこっちだってのに、ふざけたヤツ。
「……神氷スカージズを手に入れたあとが問題だったんだよ。上層部の連中が僕を殺そうとしやがった」
「【神格】のせいか」
「そういうこと。やつらはまっさらな【神格】を皇帝に献上したかったんだろう。それか、もしくは誰かが自分で欲しがったのかもしれないが、とにかく襲われた。僕は加護を受けてはいても、元は研究者に過ぎない。戦闘の【才能】なんてなかったから、逃げるのでせいいっぱいだった」
そこに手を差し伸べたのが饗主、とフォオは語った。
「饗主は僕を匿い、追手を始末した。そのあと仲間になってくれとおねがいされたよ」
アレスティアスさんは頭を下げたのだという。あの人にそんなことされたら、おねがいを聞くしかないように思ってしまう。
「僕は……逃げようとしたんだ。なにもかもが恐ろしくてさ。だが、そこで、ありえないことが起きた。神氷スカージズが暴走……のようなものを起こした。僕以外の周囲のものが、一瞬で氷漬けとなったんだよ」
暴走……?
「さらにありえないことが起きた。饗主は氷漬けになったはずなのに、死ななかったんだ。どんな力を使ったかはわからない。氷を粉砕し、あろうことか僕に微笑みかけてきた。それがたまらなく怖くて、気づけば命乞いしていたよ」
フォオは饗団に加わり特別な待遇を受けた。【神格】を持っていたからだと思ったが、別の理由があったという。
「たまたま僕は邪格と相性が良かったらしい」
「邪格?」
「人間をモンスター化する、饗主の特殊な力。神の力と聞いたね」
それもまた、外導神の知恵から得たものだと思われる。
「饗主は僕を実験台にしたんだ。【神格】に選ばれたものが邪格を得たらどうなるのか、非常に興味深いと言っていた。そうさ、あの人にしたら僕なんてそんなものでしかない」
「それで?」
「蛇の怪物となった僕は【神格】から見放された。加護が、消えてしまったんだよ」
そんなのはわかりきったことだ。
「とたん、饗主は僕に見向きもしなくなった。神氷スカージズを取り上げて、指示に従えとだけ言い残してね」
怪物と化したこいつは、ファンタステックフォオ、という名を授けられて饗団の仕事に従事することとなった。
哀れなことだと思う。饗団なんかに入るから、ひどい目にあうんだ。
「僕が命じられたのは、力の捜索だった」
「なんの力だ?」
「なんでも、だよ。饗団の役に立ちそうなものさ」
「おまえにはそんな能力が?」
「うん、そうだね。蛇ってのは頭部にいろんなものが備わっている。熱だの、魔力だのを感知する器官があるんだ。それを使って、【神格】を見つけたこともある」
「なんだって?」
「神剣ハルペリアだ」
そうか、こいつが発見したんだな。
「神剣ハルペリアのその後は?」
知っているけど、いちおう聞いてみる。
「詳しくは知らない。ただ、門を開けるために使われたと聞いたけどね。でも、誰かが早まって使用し、事故が起きたそうだよ」
考えていたことはだいたい当たりだったな。モンスターウォーズは人為的に起こされた。ただし、それは事故だった、というわけだ。
最悪だよ。おまえらが起こしたもので多くの人が犠牲になった。それを――
「僕を責めるなよ。それから、魔力を出し過ぎだ」
「黙れ」
「ここまで話させといて、殺す気か?」
「黙れ!」
襟を掴む。ヤツもまた俺の襟を掴んできた。
「おまえたちが起こしたモンスターウォーズでどれだけの人が……!」
「僕がやったわけじゃない! こっちだって死にたくないんだよ! 従うしかないでしょうが!」
「やっていいことと悪いことがあるんだ! なんでそれがわからない!」
「知るか! おまえに僕のなにがわかるっ!」
眼前にある子どもの顔をにらみつける。
そのまま時が過ぎた。
だめだな。こんなんじゃ、せっかくの機会も無駄になってしまうだろう。
襟から手を離す。
そういえばこいつ、どこから服を調達したんだ。
「その服、どこから?」
「……あの二人に持ってきてもらったんだよ」
「女児の服を着てるってこと?」
「見ればわかるだろ」
「大のおとなが恥ずかしくないのかよ」
「いや、別に悪くないと思うけど。っていうか人の趣味にケチをつけるな」
「……」
「……」
マジでなんだこいつ。空気がおかしくなった。
「……それで、そのあとは?」
「……饗主は各地にいる部下たちに反乱を起こさせた」
ヤツも気まずいと思ったのか、話を再開する。
「僕は戦に参加せず、引き続き【神格】や時空の門の捜索をしたんだ」
「それで神雷ソーを見つけたってことか?」
「あれは偶然だよ」
「偶然とは?」
「ここで逆に聞きたいんだけど、シント・アーナズ、おまえは【神格】の所有者か?」
「違う」
「……ほんとうに?」
妙な目で見てくる。
なにか言いたそうだな。




