イン・シント 5 ファンタステックフォオ
急ぎ、居住区画へと走る。
俺が移動した次の瞬間に、機関部への廊下が降りてきた壁によって遮断された。
これならヤツは移動できない。閉じ込めることができる。
照明が赤くなり、点滅。緊急事態を知らせているのがわかった。
ファンタステックフォオも己の存在が気づかれたと思うだろう。時間との勝負だ。
「アテナ、どこの部屋かわかる?」
『部屋ではありません。廊下の突き当りの先の太陽光を取り入れる箇所に――』
「わかった。隔離を急いでくれ」
交信を切り、さらに走る。
廊下がいやに長く感じた。≪心意ノ波形≫による探知を限界まで伸ばし、ミコちゃんとミリアちゃんを発見。
曲がり角を過ぎつつ、魔法を構える。
即打てる状態で、体を滑り込ませた。
「シントおにーちゃん?」
「おじ」
二人はいる。びっくりしているみたいだ。
そして――
「君は誰だ?」
もう一人、いた。
柱の陰から顔と上半身だけを出し、こちらを見ている。
可愛らしい顔だ。目がくりくりしていて、濃紺の髪は長い。女の子と言ってもいいくらいには、美形だった。
「待って!」
「おじ、やめて」
二人が怪しすぎる男の子をかばう。
このままじゃ、魔法を撃てない。
「二人とも、ゆっくりとこっちに。俺の後ろへ来るんだ」
五、六歳と思わしき男の子は無言でこちらを見ている。俺もまた、子どもから目を離さない。
一見して害を及ぼすようなモノには見えないけど、不自然に隠した下半身が気になる。
モンスター特有の禍々しい力は感じない。だけどうかつに近づける状況でもない。
「僕、わるいことしてないよ?」
高い声だ。ほんとうに子どもなのだろうが、油断はしないぞ。
「シントおにーちゃん……」
「助けて、おじ」
だめだ。それはできない。
「まずは名前を。それとどうやって乗り込んだのか、言え」
「……」
「言えないのなら、撃つしかない」
ミコちゃんとミリアちゃんが男の子の前に立ち、両腕を広げる。あくまでもかばうつもりらしい。
「俺はこの二人を強制的に移動させることができる。だけど、守ろうとする気持ちを無下にするつもりはない。陰から出て、全身を見せろ」
「……」
「降伏しろと、言っているんだ」
「……」
目の色が変わる。瞳が縦に割れ、爬虫類じみてきた。
「シャアアアアアアアアアアアア!」
男の子がものすごい勢いで飛び出る。
やはり下半身は蛇。
ヤツは牙を見せつけるように、ミコちゃんとミリアちゃんへ襲いかかった。
「くそっ!」
頭が真っ白だ。魔法を撃てるタイミングを逃してしまった。
腕を伸ばし、二人の前に出る。
間に合うか。
「ぐう!」
伸ばした腕を噛まれる。
おそらくは毒牙。これは……まずい!
「……って、なんだ。痛くないぞ」
子ども姿のファンタステックフォオを剥がし、そでをまくってみる。
傷はなく、毒もくらっていないようだ。
「降参だ! 降参!」
下半身が蛇のおぞましい子どもは、両手を挙げた。
なんのつもりだ?
「僕はなにもしないよ。撃たないでほしいんだ」
「ばかな。いま子どもたちを狙っただろう」
「いまの僕じゃ子どもにだって殺される。いまのは近くにいけば殺されないと思ってやっただけ」
「それは結局人質ってことだろうが」
「取引がしたかったんだよ」
こいつ、なにを言っているんだ。
ミコちゃんとミリアちゃんを見る。二人は床にぺたんと座り、呆気にとられていた。
「取引とは?」
「……まずは、その腕を下げてくれないかな」
「ありえないことだ。いいから言え」
「命を保証してほしい。それと、食べ物も」
なんて図々しいヤツだ。
滅ぼしてやりたい気持ちをぐっとこらえる。ミコちゃんとミリアちゃんの前ではやりたくない。
魔法を構えたまま、二人の前に出る。≪遮断障壁≫を発動し、彼女たちを守った。
「アテナ、すぐに来てくれ」
『はい、ただちに』
ここまでやっても安全ではない。こいつはモンスターを生み出すことができる。一部を隔離したままにして、見つけたら処理だ。
「おまえはファンタステックフォオだな?」
「そうだよ。でもその名は好きじゃない。僕の名は……」
「名は?」
「いや、いい。フォオとでも呼んでくれ」
「じゃあフォオ。おまえは喋れなかったはずだよな?」
「あれは融合が進みすぎて、うまく喋れなくなったんだ。だけど、おまえと神雷ソーにやられたことで、死にかけた。生き残るためには卵にまで戻る必要があったんだよ」
卵だって? めちゃくちゃすぎるだろう。
「なんとか孵化して、神雷ソーを追い、ここまで来た」
「どうやって侵入したか、言え」
「あの時の僕はミミズみたいな小ささだったから、入るのはわけない。まあ、ネコやネズミに出くわしただけで命の危機だけどね」
ガラルを発つ前に入り込んでいたようだ。
「力を失っているのか」
「そのとおりだ。いまだって、ネコには勝てる気がしないよ」
探知に引っかからなかったのは、魔力がほとんどないからか。
たしかにかなり弱そうだ。なんにも感じない。
「いま喋れるのは、退化したからってわけだな」
「その点については感謝しておく。おかげでその二人には助けられた」
「ふざけるな。ミコちゃんとミリアちゃんを利用しようとしただけだろう」
「否定はしない。だけど助けてほしかったのも確かさ」
しゃあしゃあと言いやがって。
「マスター!」
アテナが駆けつけてくる。
「アテナ、ミコちゃんとミリアちゃんをブリッジへ避難させてくれ」
「わたしも戦います!」
「いや、いい。まずは艦内の安全確認だ。こいつはモンスターを生み出せる」
「……承知しました。ミコ、ミリア、行きます」
「やだ!」
「だめ!」
二人の障壁を解く。
だけどこんな状況じゃ、動けないな。
「だいじょうぶだ。こいつと話すだけだよ。殺したりしない」
腕を下げて、振り向く。微笑むと二人は渋々といった様子でうなずいた。
「ほんとにやっつけない?」
「ああ、やっつけない」
ほっとしたようだ。
アテナを急かして外へ出す。しかし、隔離はしたままだ。できれば、俺とこいつの二人だけにしてほしい。
「あの二人に感謝しろ」
「わかっているさ。あの二人……【神格】の所有者だろ? いまの僕じゃ瞬殺されるし、そもそも危害を加えるつもりはないんだ」
「信用なんて一ミリもできないな」
「それでいいよ。で、命は保証してくれるのか?」
「保証など、しない」
「だが、いきなり撃つ気もない、だろ?」
見つめてくる。
ミコちゃんとミリアちゃんとは、殺さないと約束をしてしまった。
「そうだな。だけど少しでも怪しい動きを見せれば、殺す」
「穏やかじゃないな。どうしてそこまで殺気を放つ」
「おまえたちは饗団の一員だ。許さない」
「……誰か、家族でも殺されたのか?」
「そうじゃない。おまえたちが外導神の眷属だからだ」
「そういうおまえは、女神の眷属なの?」
「かもしれないな。しかしおまえには関係のないことだ」
「……」
「……」
フォオはその場で蛇の下半身をとぐろに巻き、姿勢を正す。
「神雷ソーを追ってきたと言ったな? 追ってなにをするつもりだ?」
「元の姿に戻りたいんだよ」
なんだって?
「神雷ソーの攻撃をくらうと、そんな気がするんだ。実際、融合の度合いが下がっている」
「詳しく教えろ」
「教えるもなにも、こんなことは初めてだ。だから試したい」
「……おまえはなんなんだ。最上級の幹部じゃないのか」
「だった、だよ。過去形だ」
「よくわからないな」
理解に苦しむ。
しかし、わざわざ単身で乗り込むくらいには必死だったということか。
「おまえはシント・アーナズっていうのか」
「そうだが、なぜ聞く」
「別に。シント・アーナズ、もう一つ取引しよう」
もう一つの取引、だと?
「応じるわけがない」
「まずは話を聞けよ。それくらい、いいだろ」
「……」
フォオには力がない。それはわかる。ここで解放してもたいしたことはできないとは思うが。
「なら、おまえが知っていることを全て話してもらうぞ」
「わかったよ。そのかわり――」
「だめだ。おまえはなにも要求などできない」
「せめて食べ物と、化粧品をくれ」
食べ物はわかるけど、化粧品とはなんだ。
「口紅だけでもいい。落ち着かないんだよ、いまの顔が」
「おかしいのか、おまえは」
「それは差別か? 人の好きなものを否定するのがおまえなのか? シント・アーナズ」
思わず舌打ちしそうになった。
ほんとうになんなんだ、こいつは。頭がおかしくなりそうだ――




