イン・シント 4 緊急事態
「シント、起きてください。シント」
「今日はあそこに行くんでしょ? 起きたほうがいいんじゃない?」
あれ、ディジアさんとイリアさんの声が聞こえる。
だけど、眠い。体が縛られているみたいに、動かない。
「もう少し……あと五分くらい」
揺さぶられる。
「待って、ください。そんなに、ゆすらないで……」
だんだん力が強くなってくる。
なんかおかしくないか。
まるで地震――
「うおっ!」
椅子から転げ落ち、床に落ちる。驚いたことに俺は床をぬるりとすり抜けて、さらに下へ落ちていくのだった。
落ちた先はなにもない空間だ。それをどこまでも下へ下へ、落ちていく。
どこまで行くのだろうか。
ずーっとずーっと落ちて、いつしか底にたどりついた。
ここがどこなのか、自分でもわからない。
妙に落ち着く場所だと思う。
もうこのまま、永遠にとどまってもいい気がしてきた。
だって眠いし、だるいし、かったるいし。
ディジアさんとイリアさんはぜんぜん起きない。だけど、ここにいれば、夢だかなんだかよくわからないこの場所なら、会える気がするんだ。
「なんだ?」
急に頬が痛くなる。ほっぺたがびよんと伸びた。
いやこれ伸びすぎだろ。どんだけ――
「マスター!」
「ん?」
アテナの顔が目の前にある。
「やっと起きたー」
「……シント」
それと、アリステラとラナがいる。どうしたことだ。
他に見えるのは、天井。俺は床で寝ていたのだと思われる。
頬に痛みが走り、触れてみた。誰かがつねったのかな。
「まったく返事がありませんでした、マスター。なぜ意識を失っていたのか、説明を求めます」
「いつの間にか寝落ちしたみたいだ。心配いらないよ」
「床で睡眠をとるのは健康によくないと、注意させてもらいます」
「立てるー?」
「……つかまって」
アリステラとラナに立たせてもらう。
ふと机に目を向けると、ディジアさんとイリアさん、そして【神格】が置いてある。
昨日はなにしてたんだっけ。
貨物室を見回りに行って、謎の男の子とやらを探して……どうなった?
「だいじょうぶ?」
「問題ないよ」
アリステラにじーっと見られる。疑いの目だ。
「そういえば昨日の夜、なにしてたのー?」
「うん?」
「お水飲もうと思って出たら、シントがぶつぶつ言いながら戻ってきたの見たんだー。あんな遅い時間までどうしたのー?」
調査に行った帰りのところを目撃したようだ。
「貨物室の辺りを調べてたんだ。誰も知らない男の子がいるらしくて」
「はい?」
「……なにそれ」
「アテナ、あれから妙な反応あった?」
「いえ、特にはありませんでした」
「ど、どういうこと……?」
「まだわからない。だけど目撃者がいるし、食糧も少し減ってたって」
「……う」
「ちょっとそれ……やばくない?」
やばいかどうかはまだわからない。
「少なくとも俺には発見できなかった。魔力による探知ではなにもなかったから、ほんとうにいるかは判断できないな」
アリステラとラナは少し引いてる。
アテナはなにか考えこんでいるようだった。
「実害はほとんどないわけだし、じっくり調べようと思うんだけど」
「マスター、機関部の奇妙な反応はかなり小さいものであったと以前も報告しました」
「うん」
「場所を絞り込めばより高精度な探知が可能です」
「わかった。頼む」
彼女はさっそくブリッジへ戻って行った。
「……シント」
「なに?」
「……無理はやめて」
「無理はしてないよ。少し……寝坊しただけだから」
アリステラとラナは机の上の【神格】に目を移した。
「これは、その、ちょっと並べただけなんだ」
そうだ。思い出した。
ディジアさんとイリアさんに新しく加わった神雷ソーの力を吸収してもらったんだった。
でもほんとうにそうか?
確信がない。なんで思い出せなかったんだろう。
「探すんなら、わたしもやるよー」
「……手伝う」
「一人でやるよりはいいかも。また調べる時は頼むよ」
おねがいし、ブリッジへと向かった。
時刻はもうお昼過ぎだ。またしても寝坊してしまうとは、ギルドマスターとしてありえないことだと思う。
戦艦ディエンドはまだアールブルク上空へと待機中。これはダメオン軍と歩調を合わせるためだ。あの人たちには良いタイミングでラグナに入ってほしいのと、やはり情報がまだ少ないことで、無理はできないという理由があった。
「シント」
ブリッジへ着いたとたん、背後から声をかけられる。
振り向くとガラルの子たちがいた。
「どうしたんだ?」
「一度、地上に降りないのか」
「そうね~」
やっぱり高いところは怖いってこと?
「体を動かしたいのだが」
「また訓練しようよ!」
そういうことでしたか。
悪くない考えだ。ガラルを出て数日がたつ。艦内にいるばかりでは窮屈かもしれない。
それに、良い考えをたったいま閃いた。
「……ちょうどいいな」
「ちょうどいい~? どういうこと~?」
「いい予感がしないのだが」
いや、ちょうどいいんだ。
艦内にいるかもしれない謎の男の子に会えるかも。
★★★★★★
戦艦ディエンドをアールブルクの近郊にある平原に着陸させ、外に出る。
そろそろ夕方、というところで、みんなにはキャンプを張ってもらうことにした。
たまにはみんなでたき火を囲むのもいい。
そう言って半ば無理やりみんなを外に出す。
戦闘員には訓練をしてもらい、連携を強化。事務方のみんなには外で料理を作っていただく。
で、俺はというと。
「アテナ、どう?」
『はい、ミコとミリアが艦内に入りました』
やはり動いたか。
謎の男の子に関して、鍵を握るのは子どもたち。
今日は彼女たちをそれとなく見張っている。こうしてみんなを外に出せば、会いに動くのでは、と思いついたのだった。
アテナには艦に残ってもらい、動向を監視してもらっている。いまもこうしてリアルタイムで通信しているのだ。
「シント少年、少しの間、別行動にしたいのだが」
みんなの訓練を見ている俺のところに、マスクバロンがやって来た。
「構いませんが、どこへ?」
「どうにもラグナの様子が気になる。もう少し調べたい」
「わかりました。ですが無理はしないように。ラグナの民にいきなり魔法をくらうかも」
「国民性は理解しているよ。子どもまでもが魔法士だ。妙なことにならないようほどほどにやるさ」
宙を飛ぶ仮面をつけた小人など怪しすぎる。ラグナ側ならまだしも、饗団に囚われでもしたらまずい。
いささか不安ながら、彼を送り出した。
「さて、そろそろ行くか」
ディエンドに戻る途中、料理を運ぶメンバーたちとすれ違う。不思議がられたけど、トイレに行くと言ってごまかした。
「気づかれるわけにはいかないな」
魔力をぎりぎりまで抑え、さらに靴を脱ぐ。いちおう、声に感づかれないよう、アテナとの通信も極力控えることにした。
ここまでやれば忍び寄れるだろう。
「二人はどこに行った?」
まずは貨物室へ。
動くものはなく、静寂だけがそこにある。
「誰もいないか」
そして次は、機関部に向かった。
だが、ここにも人の気配はない。
「残りは武器庫と司令官室……あとは格納庫だよな」
しかたないので、しらみつぶしに行こうとしたその時――
「……なんだ?」
かなり奥の方に、なにかがある。
たまたま目に映ったソレは、一見しただけではなんなのかわからない。
白っぽい布のようななにかだ。
うなり声みたいな駆動音を出す機関の下部に張り付いているようにも思える。
「せまっ」
大人がぎりぎり入れるくらいの空間しかないところを抜け、しゃがむ。
近づいてみて、ぞわっとした。
「皮だと? これ、まさか」
半透明のぶよぶよした皮だ。
嘘だろ。
まるで、脱皮でもしたあとのようなモノ。
記憶の中にある存在がよぎる。俺はこれを二度見ているのだった。
「アテナ、緊急事態だ」
『マスター?』
「ディエンドを封鎖してくれ」
『どういうことか、説明を求めます』
「おそらく、饗団の化け物が潜んでる」
『――っ!?』
まずいぞ。
俺の考えが正しければ、あの蛇の怪物ファンタステックフォオがいる。
「ミコちゃんとミリアちゃんの居場所は?」
『現在、居住区画に』
「いまから向かう。君は全ての区画を隔離だ」
『承知しました。ただちに』
交信中のアテナはひどく慌てていた。
無理もない。俺だってさっきから冷や汗が止まらないんだ。




