イン・シント 2 ブルーノ男爵家にて
ダメオン侯爵たちと一度別れ、アールブルクへと向かう。
あの町はラグナから近い位置にあって、橋頭保とするにはいいだろう。
ただし、饗団軍の支配下にある可能性があるため、油断はできない。
「マスター、アールブルクに到着しました」
「様子はどう?」
「破壊の跡は確認できません。戦闘は行われていないと推察されます」
「軍隊らしきものは?」
「見当たりません。問題はなしかと」
アテナの報告にうなずき、戦艦ディエンドを上空に待機させたまま、下へと降りる。同じく降りたマスクバロン、ラナ、グレイメンさんと別れ、辺りを眺めた。
「懐かしい空気だ」
名所があるわけでもない、小さな町。俺はこのアールブルクで冒険者となり、初仕事もやった。難しくもないモンスター調査の仕事だったのに、行ってみればそこには禁止されている違法薬の生産所があり、そこの長がマール従兄さんだったり、とえらいことになったんだ。
それをアリステラとともに解決し、従兄さんもぶっ飛ばした。
「ずいぶんと昔のことのようにも思える」
ここへ来たのはブルーノ男爵とフレデリカさんの結婚式以来だから、二年近くぶり。
町はとても静かで、人もまばらだった。
アールブルクと関りの深いアリステラを誘いたかったが、昼寝していたのでそのままにしておいた。あとで怒られそう。
「占領はされていないか」
饗団軍も、帝国軍も見当たらない。
アールブルクはフォールンからやや北西にあって、地域的には帝国北部にぎりぎり入る。どちらかの軍がいてもおかしくなかったが、いない。
いないならいないで好都合。町の位置を鑑みれば、帝国とラグナの情報を得られそうだ。
というわけで、ブルーノ男爵邸へ向かう。彼は面倒見がよく、気風の良い人だ。フレデリカさんも優しいし、二人にはとても世話になった。
男爵邸は特段大きいわけでもなく、少し豪華な、だけど古めかしい家だ。
手入れされた庭を横目に玄関へと行き、扉を叩く。
ややあって開き、出てきたのは懐かしい顔だった。
「あら! シント君じゃない!」
「フレデリカさん、お久しぶりです」
「見違えたわ。可愛い男の子が、なんかたくましくなっちゃって」
彼女はブルーノ男爵と結婚しており、いまや男爵夫人である。
「入ってちょうだい。お茶でも飲んでいって?」
「はい。すみません。それで、ブルーノ男爵は……」
「ちょうどいいわ」
「ちょうどいい?」
「ストレスが溜まりまくって、もうどうしようもないんだから」
「はあ」
客間に案内され、待つ。すると数分もたたずにバタバタとした足音が聞こえてきた。
「アーナズ! 久しぶりじゃねえか!」
「ブルーノ男爵」
「いやー、マジでおまえさんなんだな! 死んだって噂があったけどよ! やっぱ噂は噂だよな!」
あいかわらずのようで、なにより。
「お元気でした?」
「けっ! 体だきゃ元気でもよ、なんにもできやしねえ」
「話を聞かせてください。帝国やラグナ、それと饗団のことも」
「そりゃあいいが、おまえさん、いまはなんの仕事してる?」
「いまからラグナに行って、饗団を排します」
「なにぃっ!」
彼はびっくりして跳び上がった。
「饗団を……潰すってか」
「そうです」
「おいおい! マジかよ!」
ブルーノ男爵は嬉しそうにする。
ここでフレデリカさんがやって来た。お茶のセットをテーブルに置きながら、夫をにらむ。
「あなた、大声を出したらクリスが起きちゃうでしょ。いま寝たばかりなのに」
「お、おお、すまん」
「クリス……まさか、お子さんが?」
「そうなのー、もうちょっとで一歳なのよ」
子どもが生まれていたらしい。なんてめでたい。
「おめでとうございます」
「ありがとう、シント君。ただ、もうちょっと平和な時がよかったんだけどね」
「どこかに避難しようにも、北やラグナには行けねえからな。いっそ南方に、とも話してたんだ」
遠くから赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
「もう、やっぱり起きちゃった。あなたはシント君にお茶を煎れてちょうだい」
「わかったわかった。やっとく」
フレデリカさんが足早に出ていく。ブルーノ男爵は申し訳なさそうにお茶を出してくれた。
「饗団の軍は近くに?」
「いねえ。北の砦に集まってたやつらは、ラグナに侵攻してったからな」
「詳しくおねがいします」
ブルーノ男爵の話を聞く。
饗団軍は旧テラグリエン領から侵攻し、戦が始まったという。
ブルーノ男爵の上司に当たる地域長官は早々に降伏。物資を提供する代わり、安全を約束された。
アールブルクで憲兵をまとめていたブルーノ男爵は饗団に協力することを拒んだため、無期限の待機を命じられる。で、町の治安を守るという名目で、顧問官がやってきたとのこと。
「あの野郎……税を出せと言ってきやがった。だがよ、町のモン全員が出せるわけじゃねえ。しょうがねえからウチの金目のモン、全部持って行かせた。それとフレデリカの実家にも協力してもらって、なんとか金を作ったよ」
だから家人がいないのか。よく見ると、家具もあんまりない。
「顧問官は、まだここに?」
「いいや、一か月くらい前だったか、慌てた感じで出て行った。たぶん、南部で戦が激化したからだろうな」
逃げたってことか。卑劣な人物のようだ。
「なんという人物か、教えてください」
「リアネル・アクトーだ。反乱前は貴族だったらしいが」
……ここで出て来た。
どこまでも愚かなヤツ。まったく反省していないらしい。
「いまここは安全なのですね?」
「まあな。ラグナに近いっつっても、山と森で遮られてる。裕福な町でもねえ。戦略的な価値はねえだろうから、占領はされてねえ。それが余計にムカつく」
男爵は悔しそうだ。
「奴らは戻ってきそうですかね?」
「いまのところ近くに軍はいねえが……否定はできねえな。奪いに来る可能性はあるだろうぜ」
物資が不足すれば、徴用しに来ることもあるか。
そうなると、ダメオン侯爵には早めに来てほしいところだ。
「で、おまえさんはここからラグナに入るつもりか?」
「いえ、俺たちは空から行きます」
「……空?」
「ここに来るのはダメオン侯爵の軍です。なので、彼らを駐留させる休憩地として、場所を貸してくれると嬉しい」
「な、なに? 侯爵軍……だと?」
「彼らはアークス、パラメイズ港を落とし、南部をほぼ平定しました。情報は伝わっていませんか?」
「……マジかよ。フォールンはどうなったんだ? おまえさん、そこが本拠地だよな」
「フォールンは取り戻しましたよ」
「そ、そうか……って、おい。まさかおまえさんが」
「俺の力だけではありません。街に住むみんなが戦った」
「なんか震えてきたな。要はダメオン侯爵に協力しろってんだな?」
うなずく。
「よっしゃあ! やっとだぜ!」
「ずいぶんとはしゃいじゃって」
「フレデリカ! だってよ!」
彼女は赤ちゃんを胸に抱いて、戻ってきた。とても可愛らしい赤ちゃんだ。
「シントおにいちゃんよ。クリストフ、あいさつして?」
赤ちゃんは楽しそうに、俺へ手を伸ばした。
指をあてがうと、小さすぎる手で握ってくれる。
「クリストフ君、大きくなるんだよ」
話しかけると、泣かれた。え、いま指を握ってくれたのに。
「あらあら」
「嫌われちゃったかな」
「まさか。びっくりしちゃったのよねー、よしよし」
困ったぞ。泣き止まない。
「誰かさんに似て声が大きいの。すごいでしょう?」
父親であるブルーノ男爵は苦笑いだ。
「いいじゃないですか。声が大きいと演説に向いていますし」
「ウチの息子に、政治家にでもなれってか?」
「クリストフ君が大きくなるころは、きっと平和な時代ですよ。戦士ではなく、政治家を目指すほうがいい」
「そうね……平和だと、ほんとうにいいのだけれど」
この戦争がはたしていつ終わるかはわからない。
ただ、そんなに長くはないと思う。
アレスティアスさんが残り二つだとされる『時空の門』を開け、外導神の力を全て取り込めば、最悪な結末を迎えるだろう。
逆に言えば、それを阻止できた時、人類が家畜とされることはない。外導神のパーツを消滅させ、門を破壊し二度と誰も入れないようにして終わりだ。
それをするには、やはりラグナの力が要る。
ガラルはなんとかできた。ラグナをも帝国へ救援できるようすれば、東西からの挟撃により、饗団軍を追い詰めることができるのだ。
やるしかない。ディジアさんとイリアさんのためにも。そして生まれてきたばかりの生命に、今後生まれるであろう生命にはちゃんと進める道が必要なんだと強く思うのだった。




