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イン・シント 1 晴れない目覚め

「……ト」

「……」

「……ント、シント!」


 ハッとして、起きる。

 

「あんた、だいじょうぶかい?」

「カサンドラ? それに、ミューズさんも」


 いつの間にか、寝てしまっていたみたいだ。

 カサンドラとミューズさんがそこにいて、椅子に座る俺を見ている。

 机の上にはディジアさんとイリアさんがあって、他にも【神格】たちが出しっぱなしだった。

 ちらりと時計を確認。もうお昼すぎだ。朝には起きる予定だったが、大幅に過ぎている。


「アテナが、マスターがいくら呼んでも応答しないって、慌ててたのよ。それで、わたしたちが様子を」

「そうだったんですか。すみません、寝坊しましたね」

「それはいいんだけど、疲れているんでしょ? もっと寝てたら?」

「いえ、問題ありません。すぐに――」


 立ち上がろうとして、ほんの少しよろけた。

 座ったまま眠ったせいか、腰とか背中が変だ。


「シント、アテナには言っとくからさ、あんたは休んでなよ」

「そうよ、目的地までまだかかるんでしょ? だったら」

「ああ、いえ、俺はだいじょうぶです」

「ほんとに?」

「はい、疲れてはいませんし」

「……」

「……」


 かなり心配されてる。

 

「風呂にでも入って、さっぱりしてきますよ」

「そうね」

「それがいいさ」


 二人が出て行ったので、着替えを持ち、部屋の外に出た。とたん、複数の人間が廊下のへに隠れる。他のメンバーたちも来ていたようで、なんか恥ずかしい。


 あえて気づいていない振りをして、風呂場に行く。

 ちょうどよい湯加減になるまでは時間がある。なので頭からシャワーをかぶり、目をつむった。


「……なにも覚えてない」


 昨夜のことをなにも思い出せない。俺はいつ寝たんだ。なにをしようとしていたんだっけ。

 無理に思い出そうとすると、目の奥がずーんと重くなってくる。

 机の上にはいろいろ出しっぱなしだったし、ディジアさんとイリアさんへ覆いかぶさるようなかっこうだった。


 やはり疲れているのだろうか。

 天至との戦いは熾烈だったけど、死にかけたわけじゃない。

 戦争にだってピンポイントで参加したおかげで、アークスやフォールンの時みたいな感じではなかったはずだ。


「たしかに余裕はなかったけど……」


 魔力を高める。

 特に問題はない。流れもよどみはないし、いつだって戦える。

 

「でも、なんだろう。胸が……痛いな」


 わからない。わからないけど、不安がよぎる。

 

「だめだ。気持ちを切り替えないと」


 風呂から上がり、少しだけゆっくりして、ブリッジへ。

 

「マスター」

「ごめんアテナ、心配をかけたみたいだ」

「はい、とても心配であったと、控えめに言っておきます」

「今度からも遠慮なく起こしてほしい。寝坊はいけないからね」

「承知しました」


 生き返ってからというもの、前みたいに何日も寝てしまうようなことはなくなった。それが逆にみんなを不安にいさせてしまったのかも。


「さっそくで申し訳ありません、マスター。ご報告があります」

「ああ、頼む」

「機関部にて、小さいのですが、奇妙な反応を確認しました」


 奇妙な反応?


「小動物と思われます」

「ミケイじゃなくて?」


 アンヘルさんの飼い猫であるミケイもこの艦に乗り込んでいる。彼はディエンド内をいつも見回りしているのだ。


「ミケイではありません。正体は不明」


 停泊中にまぎれこんだのかな。ネズミだと病気を運んでくる可能性もあるし、駆除しておいたほうがいいかもしれない。


「航行に問題は?」

「特にありません。順調に航行中」


 ガラルでの疲労を癒すために、いまはゆっくりと進んでいる。アダガンドへはもう少しかかるだろう。


「調査するか」

「ではわたしが」

「いや、俺が行くよ」

「いえ、マスターはここに」

「君はここで艦の管理を」

「しかし」


 席を離れようとするアテナを止め、ブリッジから出る。寝坊してしまったわけだし、ここは俺が行くべきだろう。


 ディエンドの機関部は後方にあり、ブリッジとは対極の場所にある。

 近づくにつれ、駆動音が大きくなってきた。

 ここへ来るのは二度目。一度目はちょっと確認に来ただけだから、まじまじと観察するのは初だ。


「たしかに小動物が隠れていてもおかしくはなさそう」


 物陰がたくさんあって、潜める場所はいくらでもあるだろう。

 ≪心意ノ波形(シンノハケイ)≫を用い、探索を行う。


「動くものはない」


 ディエンド以外の魔力は感じないし、ここにはなにもいないようだ。

 もっと奥かもしれないと思い、進む。

 さらに探索を行うものの、おかしな反応は見られなかった。


「別の区画に行ったのか……?」


 アテナが勘違いしたとは思えない。だとしたらその小動物とやらはもう機関部にいないものと思われる。

 戦艦ディエンドは広い。本格的に探すなら――


「……?」


 いま、なにか後ろを通り過ぎたような。

 いや、気のせいか。魔力もなにも感じない。音だってしなかったし。

 機関部を一通り調べ、ブリッジへ戻る。


「変わったところはなかったよ。ただ、別の区画はまだ調べていないから、そっちに移動したのかも」

「ありがとうございます、マスター」

「小動物なら食糧を狙うだろうし、保管庫が怪しいだろうね」


 ガラルでたっぷりと補充したから、食糧は潤沢だ。いるとしたらそこだろう。

 とはいえ、たいした問題じゃない。いちおう、食糧を管理しているルーナちゃんに話をしておこうか。



 ★★★★★★



 数日後、俺たちはアダガンド山へ到着。

 饗団軍はすでにおらず、ダメオン侯爵たちがふもとに陣を張っていた。

 侵入を諦めたのか、あるいは別の理由があるのか、なんにせよアダガンド山の安全は保障されたと考えていいだろう。


 さっそく降りて、本陣に向かう。

 マスクバロンが通達してくれていたおかげで、侯爵、ガランギールさん、長老、マクシミリアン君などなど、主だったメンバーが集まっていた。


「おお、来たか」

「アーナズ殿」

「シント、そっちの話を聞かせてくれ」

「シント殿!」


 みんな笑顔だ。力もみなぎっているみたい。

 彼らの他にバルジャン卿もいた。なんだか複雑な顔をしている。


「バルジャン卿、お久しぶりですね」

「あ、ああ……というか君……いえ、シント公子。さすがに意地悪ではないか?」


 誰かから俺のことを聞いたようだ。


「まさか、あなたのような超名門大貴族の子息が冒険者をしているなど、思いもしなかったよ」

「いえ、俺はシント・アーナズです。ただの一般人ですよ。それにあなただって似たようなものでしょう。そんなことよりもマスクバロンから聞きました。けっこう活躍しているそうですね」

「お褒めにあずかり、恐縮です……と言いたいところだが……」


 なにか言いたそう。


「バルジャン卿はラグナやガラルから、饗団に与していたことを責められるのでは、と心配しているのだよ、シント少年」

「アルハザード卿! そうはっきりと言わないでくれ!」


 マスクバロン二号が出てきた。


「一度裏切った者はまた同じことをする、というのが一般的なイメージでもあるし、きっと肩身が狭いのだろう」

「い、いやいや、私はですな」


 バルジャン卿が慌てているので、はっきり聞いておこう。


「バルジャン卿は裏切ったりしませんよね?」

「も、もちろんだ! あなたに忠誠を誓う!」

「俺ではなく、ダメオン侯爵にしてください」


 侯爵に目を向けると、彼はわざとらしく大きな咳ばらいをした。この話は終わりに、と示しているようだ。しかたないので話題を変える。


「ゲクラン将軍はうまくやっていますか?」

「彼か……」


 なにか問題でも起きたのかな。


「名の通った大物だからなあ……扱いに困っていたのだが」

「シント殿からいただいた宝剣を見て、私に近づいてきました」


 マクシミリアン君に?


「なんでも、元の持ち主であるエーギル家の大将軍はとてもめんど……厳しい人物であったようで、宝剣を手にした経緯を話すと、いい気味だと言ってとても楽しそうにしてですね」

 

 ダヴィド・エーギルのことか。たしかに厳格そうだった。


「それで、私の隊を結成しようということになり」

「なんてことだ。おめでとう」

「はい!」


 マクシミリアン親衛隊、ってわけか。


「そういうわけだ、アーナズ君。正直、私としては嫌なのだが――」

「父上、私にもチャンスをください。役に立ちたいのです」

「生意気を言うな。だが、努力次第では考えておこう」

「ありがとうございます!」

「ということになった。ゲクラン殿は騎士としてマクシミリアンに付ける」


 うまく収まったのなら、それはなによりだ。


「ガラルのことはアルハザード卿から聞いている。とてつもない戦いだったようだな」

「うむ、またしてもやり遂げたか」

「あの小僧からも少し聞いたが、天至を始末したのか?」

「大変でしたが、なんとか」


 いろいろと情報を交換し、話を聞いてみた。

 ダメオン侯爵らがアダガンド山へ来た時、饗団軍はすでにいなかった。ただ、痕跡はかなり新しく、規模は小さいものの、直前まではいたようだ。ダメオン軍が来ると知って逃げたのだろうと思う。

 

「これからアダガンド山へ入って、族長に話をしておきますので、必要な物資を購入してください」


 アダガンドはまだ入り口が閉ざされたままだ。まずをそれを開けてもらおう。


「頼んだぞ」


 それにしても、饗団軍はやけにあっさりと資源の宝庫であるアダガンドを諦めている。手を回す余裕がなくなったのだとしたら、好機ではあるのだが。

 どうにかして饗団軍全体の実情を知ることはできないだろうか。

 再び南部へ攻めて来るのか、ガラルに再侵攻するのか、あるいはフォールンを落としにくるのか。

 いまのところ大きな動きはないという。

 それがかえって不気味だ。


「アールブルクへ行けば、少しはなにかわかるかも」

「どうしたのだ、アーナズ君」

「すみません、独り言です。俺たちは先にアールブルクへ向かいましょう」


 行ってみなければわからない、ってことだな。

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