角笛が鳴る 64 良い思い出
ティール侯爵とギュスターさんは本気だ。俺に勝ち、無理やりにでも剣を捧げようとしている。
いろいろと物申したいことがあるのだが、ここまで来たらなにも言うまい。
「では私が先にやらせてもらおう」
ティール侯爵が剣を構える。戦場で見た大剣ではなく、長剣。
「いや待て、義兄」
「いいや、おまえはすでに一度やり合っている。譲ってもらうぞ」
どっちでもいいけど、だいぶ夜が更けている。
「二人同時でおねがいします」
「公子、舐めすぎだぞ」
「いくらおまえでも聞き捨てならんな」
「三日間戦いずくだったでしょう。疲れているだろうし、さっさと終わらせたほうがいい」
「貴殿はよく相手を挑発し、心理的に優位を得る。これもその一環か?」
そりゃ考えすぎだろう。
「そうだ、義兄。シント・アーナズは一見不利と思われる立場から始め、その裏には幾千もの策を巡らしている」
いくらなんでも言いすぎ。
「より公子との戦争を楽しみたいなら、言うとおりにしたほうがいいかもしれん」
「言っておくが、あとで文句を言うなよ?」
「言いませんよ」
「では――」
剣が閃く。
ギュスターさんの鋭い突きが喉元に迫った。
身を引いて、かろうじて避ける。
「ここで始めるんですか!?」
「ぜあっ!」
今度はティール侯爵の薙ぎ払い。
しゃがみこむようにして、くぐる。
テーブルの下を四つん這いで進み、開け放たれた窓へ。
「狭い室内でも、ここまで動けるか」
「以前よりも身のこなしがはるかに鋭い。面白いぞ! シント・アーナズ!」
ここじゃ魔法を使いにくい。
斬りかかってくるギュスターさんから逃げるように窓から落ちる。
地面へ到達するよりも早く≪漆黒ノ翼≫を発動。
「――っ!」
矢が飛んできて、肩をかすった。
見れば、ギュスターさんが弓を構えてこちてを狙っている。
しかもいまの矢は、普通の矢ではない。
「魔法……? いや、違う」
風をまとった矢だ。それがまたしても俺を襲う。
高度を下げて、回避。
しかし、それを見越したかのようになにかが飛んでくる。
「槍!?」
投げ槍が脇をかする。
投擲したのはティール侯爵だった。
いつの間にか下に降りて、そばには数本の槍が突き立てられている。
ギュスターさんが弓を使えるなんて知らなかったし、ティール侯爵が槍を投げるのも想像していなかった。
だが、彼らは帝国の武を象徴するガラル公国、その重鎮たる御三家の人間なのだ。武芸百般に通ず、と言われてもおかしくない。
しかも俺が飛翔を使うと想定しての戦い方だ。
となると、武器庫を兼ねた小部屋で話し合いをしたのも、戦いになると読んでのこと。
ゾクゾクしてきた。彼らはその場にあった武器を有効に活用している。
高度を落とし、低空飛行で進む。
槍と矢を避けて距離を縮めた。
窓からギュスターさんが降りるのを見たが、彼はそのままここへは来ず、どこかに身を潜めたようだ。
「ゆくぞ公子! ぜあああ!!」
これはやばい。
急停止して、侯爵の大剣を空振りさせる。
烈風が生じ、危うくバランスを崩しそうになった。
そこへ飛来する、風の刃。
以前に見た、ギュスターさんの【才能】によるものだ。
たしか【風切】といったか。さきほどの矢も【才能】を使ったものなんだろう。
「ぐっ!」
風の刃に気を取られ、ティール侯爵の凄まじい斬撃がかすめる。
さすがにやるな。
ガラル公国御三家の当主と、次期当主。わずかにでも油断したら、やられてしまう相手だと再認識する。
「対策はばっちりってことですか」
「ただ真正面からやり合うばかりでは、戦争を最大限楽しむことはできんよ。知恵も力も、全てを出し尽くしてこそだ。貴殿と戦うならなおのこと」
じりじりと間合いを詰めてくる。
ギュスターさんはどこかに身を潜め、再攻撃の機会をうかがっているだろう。
二人が組むと、ここまで厄介なのか。
だったら、全力でやる以外の選択肢は、ない。
「≪魔弾球≫」
九つの魔力球を展開。
「……見ただけでわかる。冷や汗が出る思いだ」
ティール侯爵の足がぴたりと止まる。
「だが! 相手にとって不足なし!」
踏み込み、斬りかかってくる。
半身になって避け、≪魔弾≫。侯爵本人ではなく、≪魔弾球≫に向けてだ。
「ぬ!」
真横から軌道を変えてくる魔力弾を剣で弾く。
そのわずかな隙に≪魔弾≫を連射。加えて≪心意ノ波形≫を使い、ギュスターさんの位置を把握。
「はああああああああああああ!」
乱響する≪魔弾≫を侯爵は全て斬り払う。が、できた隙のおかげでギュスターさんの潜む場所を見つけることができた。
「≪魔衝拳≫!」
「ぜあっ!!」
打ち込まれた一撃を防御。腕が痺れ、感覚が麻痺する。
「まだまだ!」
さらに追撃してきた。足を浮かせて威力を殺し、衝撃を利用。
かなり吹き飛ばされたが、計算通り。俺が飛ばされた先はギュスターさんが隠れる岩の手前だ。
「≪発破≫!」
岩を破壊し、彼を陰から引きずり出す。
「ちいっ! やはりバレていたか! しかぁし!」
弓を捨て、剣を持つ。
とてつもない速さの斬撃。さらには背後から来る強烈な気配。
挟み撃ちにされるのはとうぜん。
「≪衝破≫! で、≪地雷之天≫!」
ギュスターさんを衝撃波で下がらせ、背後のティール侯爵へは地を這う雷。
さらに――
「≪土之石陣≫」
ギュスターさんを土の壁で半包囲し、横や後ろに行かれるのを防ぐ。
追撃のための魔法は、あえて少し遅らせた。
「やらせんぞ! むうん!」
雷を乗り越えたティール侯爵が迫る。
「義兄! 待て! それは罠だ!」
「なに!? 後ろかっ!?」
ティール侯爵が背に受けた衝撃で、俺のほうへ加速。
彼は雷をやり過ごせたことで、置いたままの≪魔弾球≫に気づけなかった。そこから放たれる魔力弾をまともに受けたのだ。
「≪魔衝発破≫!」
対人用最大のぶっ飛ばし魔法を発動。
「【剛体万力】!!」
小さく跳んで体を丸める侯爵は、魔法を喰らい地面を転がった。
【才能】を使ったようだが、これで数秒の余裕ができる。
「【風太刀】!」
「≪次元歪曲≫」
範囲を狭めた空間の歪みが、ギュスターさんの斬撃をぬるっと逸らさせた。
「なんという奇っ怪な……!」
「≪魔衝八極蹴≫!」
「ぐお!?」
渾身の前蹴り。ギュスターさんは腕を交差させて守った。が、威力を殺しきれずに吹き飛び、近くの大木に背を打ちつけた。
次いで≪魔弾球≫を呼び寄せる。
二人とも、このくらいでダウンするとは思えない。ギュスターさんを放置してティール侯爵を追いかけた。
彼は立ち上がり、俺を迎え撃つ。やはりダメージは少ないようだ。
魔法を構えつつ、≪魔弾球≫の一つを足場にして跳ぶ。
「『天衝剣』!」
侯爵を上空にいる俺に向かい、剣の切っ先を向けて地を蹴った。
それは悪手だ。≪魔弾球≫から目を離してはいけない。
「なんだと!?」
九つの魔力球から放たれる≪魔弾≫がしたたかに侯爵を撃つ。
俺自身が撃つものよりかなり威力は落ちるものの、態勢を崩すのは十分。
両手を組み、ハンマーを作って≪魔衝拳≫を頭に叩きつけた。
「ぬがはっ!」
決まったと思われたが、彼は首をひねり頭への直撃を回避する。だが、首の付け根にクリーンヒットし、痛撃を与えた。
片膝をつくティール侯爵。これで終わりだろう。
「俺の勝ちですね」
「……いいや、終わりではない。私はまだまだ元気だが?」
「おれもだぞ、シント・アーナズ」
ギュスターさんがふらふらの状態でやってきた。
オッケー。だったらとことんやろうじゃないか。
★★★★★★
戦闘は朝まで続いた。
でもようやく終わり。俺は地面に座り、天を仰ぐ。
ティール侯爵とギュスターさんはすぐそこでダイノジとなって寝ていた。
「ここまで強いとはな……ふう」
「おれたちが死力を尽くしてこれか。呆れるぞ、まったく……」
彼らはもうボロボロだ。俺はまだ少しマシな状態だけど、それでも服がところどころ破れてしまった。
「一対一ならまだしも、二人がかりで負けたか。初めてだ」
侯爵はなんとなく満足そう。
「おれなど負けたのは二度目だぞ。今度こそはと思ったが」
ギュスターさんは少し悔しそうだ。
そうは言うけど、ぶっちゃけ【神格】に選ばれた者レベルで手強かった。
「しかしこれで慢心は完全に消えた。上には上がいるのだとはっきりわかったのだ。さらなる高みを目指し、次は必ず勝ってみせよう」
もう勘弁してほしいのですけれど。
それにしても朝日がまぶしい。めっちゃ運動もしたし、清々しい気分だ。
今日明日にはガラルを発つ。
最後にこうして彼らと手合わせできたことは、良い思い出になりそうだった。




