角笛が鳴る 63 宴の最中に
締めくくりの場として向かったのは、最前線。
勝利を歌う兵士たちの声がまだ続く中、ティール侯爵の元へと行く。
そこにはギュスターさんもいて、投降した敵兵を囲んでいた。
「ティール侯爵、ギュスターさんもご無事で」
「公子、貴殿もな」
「そっちはだいぶ派手な戦いとみたぞ、シント・アーナズ」
あいさつはそこそこに、投降したと思わしき敵を見る。
数は千人といったところか。
「将軍たちがいないようですね」
「ああ、ギヨーム殿が囮となり、血路を開いた。ミリアルド殿らはこちらの一部を突破し、逃げてしまったのだ」
侯爵は悔しそうだ。
しかし、決死の覚悟をした相手に付き合うのは、無用な犠牲を生む。
「どのみち、公国内に彼らが行く当てはありません」
「すでに我が家の騎士が追っているからな。遠からず捕まえられるだろう。少なくとも公国からは追い払う」
投降しなかった敵兵は逃亡し、ばらばらに散った。
ここから無理に西へ行ったとて、そこはもう饗団の支配下ではない帝国南部だ。となると、北へ北へと行くしかないわけだが、そう簡単には国外へ行くことができないと思う。
無理に追って無駄な犠牲を出すべきではない、と言いかけたが、やめておこう。饗団とエーギルの反乱によって傷つけられた者も多い。大叔父上誘拐の件も相まって、恨みを買っているのだ。それを晴らそうとする感情を、俺は止めようと思わなかった。
「お孫様、少し話をしたいぞ」
少し離れた場所から声をかけてきたのは、縛られた老将軍、ギヨーム・エーギルだった。
ひげをたくわえ、血にまみれた姿は迫力十分。
ティール侯爵、ギュスターさんとともに近づく。
「なんの話を?」
「……」
俺を見て、笑う。
その態度に侯爵とギュスターさんが剣を抜いた。
「ガラルへ来るまでどこにいた?」
それを語るには、長い時間が要る。
「お孫様の名を耳にしてから、まるで時間を短縮されたような錯覚がする。あっという間に敗残の将よ」
「別に俺だけの力ではありません。俺は裏方ですしね」
「裏方か。その存在に気づけなかったのが我らの敗因だな」
負けても潔い。これが『三海』の一人、ギヨーム・エーギルか。
「ギヨーム殿、なぜ反乱に加担した」
「フランツ、おまえならばわかるはずだ」
「……なんのことだ」
「我らは戦うことでしか価値を見出せん人間よ。わしは別に反乱だろうが、なんでもよい。戦ができるならな」
周りの迷惑を考えてほしいのだが。
「この度の戦は凄まじいものだった。フランツ、おまえの強さ、とくと堪能させてもらったわ」
そう言ってギヨーム・エーギルは首を前に出す。
「殺れい。見たいものは見れた。だがわしの首を取る代わり、最後まで付き合ってくれたこやつらには寛大な処置を頼む」
「まったく……度し難いものだ。武人というものは」
ティール侯爵が呆れたように言う。
「私もまたその度し難いものの一人だ。戦は体を燃え上がらせる。あなたとの一騎打ちを思い出すと、震えるのだからな」
彼は自らこのギヨーム・エーギルを倒し、捕縛した。その余韻が色濃く残っているのだと思う。
「沙汰を決めるのは大公だ。しかし、部下たちの安全はこの私が保証しよう」
「そうか」
エーギル家当主ミリアルド、弟のダヴィド、そして『流星の王子』ことフォルスは逃げた。しかし、軍は壊滅し、もはや巻き返しは不可能。
ガラルは今この時をもって勝利したのだと確信した瞬間だった。
「終わったか。義兄」
「ああ、ギュスター、これで終わりだ」
二人そろって、俺に向かい頭を下げる。彼らの周りにいる騎士たちもだ。
「公子、礼を言う。貴殿がいなければ、勝てはしなかっただろう」
「義兄の言うとおりよ」
「頭を上げてください。俺は契約に則って、仕事をしただけだ」
彼らは頭を上げて、笑った。
「ありえないことを成し遂げたのに、少しも威張らんとは」
「偉そうにしても構わないのだがな、お孫様?」
からかわれてしまった。
でも、こうしたやり取りがようやくできるようになって、嬉しいと思う。
「さて、準備といくか」
ギュスターさんが妙なことを言う。
いったいなんの準備だろうか。逃げた敵将たちを捕らえる算段でも?
「なにを不思議な顔をしている、シント・アーナズ」
「シント公子、これから宴だ」
あ、そうですか。いろいろ考えて損した。
★★★★★★
ガラル公国と饗団の戦いは、ひとまずの決着を見た。
戦後に入った急報によれば、本国側から向かってきているパスカル・ティール卿の軍が逃げ落ちる敵兵たちを狩っているいるとのことだ。
最後の決戦には間に合わなかったものの、帝国南部の制圧をバーナード子爵とともにあらかた終わらせ、すでにガラル公国へ入ってきている。疲れ切ったガラル軍にとっては、おおいに助かることだ。
そして夜――
ヴェオダンの平原とグランガラルを結ぶ中間地点にある砦に戻った俺たちは、盛大な宴の中にいた。
まさにどんちゃん騒ぎといった感じで、みんな大はしゃぎ。ウチのメンバーたちも大仕事を終え、酒を楽しんでいるようだ。
こんなに騒がしいのはいつぶりだ?
見ているだけでささくれだった気分が和んでくる。
「シント少年、一人でどうした」
「マスクバロン」
妖精風ミニマスクバロンが目の前に飛んでくる。
「食事も三人前ほどしか口にしていないようだったが?」
その言い方だと俺が食いしん坊みたいだ。いや……食いしん坊だな、俺。
「さすがに少し疲れましたからね」
「そうだな。私もいつになく飛び回り、くたくただよ」
「お疲れさまです」
「なに、私もいまは君のところの職員のようなものだ」
彼は貴重な人材だとガラルでも思った。数々の工作に、作戦の立案。手を組むことになったのはいまでも意外だが、心強すぎる。
「そういえば報告がある。グランガラルにいたスパイたちは全員捕縛されたよ」
「それはよかった」
戦に出る前、用済みとなった敵のスパイについて、ギュスターさんを通じガラル憲兵に報告しておいた。うまくやってくれたようだな。
「ダメオン侯爵のほうは?」
「問題なくアダガンドへ向かっている」
順調のようだ。
「では明日にでも出発しましょうか」
「少し休んでもいいと思うのだが」
「ディエンドの中で休めますし」
「それはそうだがね。まあ……緊張を切らすのもよくないか。その旨、みなに知らせよう」
「おねがいします……って、まだなにか?」
彼はその場に浮遊し続けている。
「浮かない顔の理由を聞きたくてね」
「浮かないわけではありません。ただ……」
「聞こう」
別に聞いてもらう必要はないんだけど。
まあいいか。
「今回、戦争には極力関わらないと言っておきながら、結局は参加してしまった」
「考えすぎだ。我らは仕事を果たしただけに思うが?」
「たしかに必要だからやったことですし、そこはいいんですけどね」
「なにが問題だ?」
「俺自身の気持ちの問題なんです。たいしたことじゃない」
「納得はできないか。自分でやったことだから余計に、というところかな」
「気持ち悪いくらいに見透かしますね」
「何度でも言うが私は君の最大の理解者を自負している」
「ブレませんね」
「ああ、ブレないな」
呆れる。
だけど少し……ほんの少し心が軽くなった気もするのだった。
マスクバロンは小さく笑い、飛んでいく。
また一人になってところで、ティール侯爵が酒を片手にやってきた。
しかし顔は引き締められており、まるで戦いにおもむくような雰囲気だ。
「公子、一杯付き合わないか? それと今後の話もしたい」
「ええ、いいですよ」
ガラルは国内が安定したあとも饗団と戦うつもりだろう。主たる本国はいまだ戦い続けているだろうし、皇帝陛下の安否も確認できないままなのだ。
彼に連れられ、宴会の場を抜ける。
だいぶ離れてしまったけど、どこに行くのだろうか。
「おお、来たか」
見張り台がある塔の中に行くと、ギュスターさんが待っていた。
ランタンとロウソクで照らされた小さな部屋には、テーブルと椅子があり、料理や飲み物も用意されている。それと武器庫も兼ねているのか、剣や槍、矢筒も置いてあって、鉄の匂いが鼻についた。
「用意しておいたぞ」
「すまんな、ギュスター」
「シント・アーナズ、うまそうなものだけを持ってきた。食うといい」
もう十分に食べたから、もう少し時間を置きたいところだ。
とりあえず話を、ということで座りかけたところ――
「なんの真似ですか」
ティール侯爵、ギュスターさんが剣を両手に掲げ、ひざまずいている。
「我らの剣、受け取ってほしい」
「公子……いや、シント殿に忠誠を捧げたい」
今後の話、とはこれか。
「急になんです」
「私とギュスターは常に、真に仕えるべき漢を探していた」
「あなたたちはガラルの重鎮だ。祖国に剣を捧げたのでは?」
「生まれのことは変えようもない。だからガラルへの忠誠はとうぜん。しかし、己の剣を捧げる相手は、自分で選ぶ」
「義兄の言うとおり。おまえは誰よりも強く、誰よりも賢く、公正な漢。おれたちが仕えるにふさわしい英傑だ」
おおげさなことだ。
「すみませんが、それはできない。俺は誰の上にも立たず、下にもつかない。そもそもあなたたちは友人ですし、それではいけませんか?」
「ギルドの者たちは貴殿に忠誠を誓って、ここまで来たのではないのか」
「彼らは仲間で、家族みたいなものです。あるとすれば忠誠ではなく、絆。あるいは、縁」
立場上、上司と部下、といった構造なだけで、信頼によってつながっているのだと思う。
「ふう……そうか。まあ、貴殿ならばそう言うと思ったがな」
「しかたあるまい」
彼らはひざまずくのをやめ、立った。
しかしどうしたことか、剣をしまわない。
「だが、我らも剣を引っ込めることはできん」
「シント・アーナズ、魔法士の間では、話し合いで決着を見ない場合、することがあるのだったな?」
魔法戦をしたいのか。
ひしひしと伝わってくる闘気は、もはや話だけではすまないと暗に語っている。
やらなければ、二人は納得しないだろう。
いいさ、俺も二人が簡単に引き下がるだなんて、思っちゃいない。




