角笛が鳴る 62 ガラル公国最終決戦・大公たち
≪魔弾槍柱≫。
詠唱が完了し、上空より魔力槍が降りる。
それは俺とヤツの間に落ち、地に突き立てられた。
「なに……?」
≪魔弾槍柱≫は、一本だけじゃない。
続けて七つの魔力槍が次々と円を描くようにイズラフェイルに周囲へと刺さる。
「これがなんだというのだ。突然現れ、驚かすだけか?」
急に現れたように見えるが、違う。
ヤツが俺の≪魔弾球≫を吹き飛ばした時、劣勢に見せかけて空に上げた。
≪魔弾球≫は≪魔弾槍柱≫に変化し、着々と準備を進めていたのだ。
領域型魔法とは別の、もう一つの到達点をいまから見せよう。
「ゆけ、≪反魔陣≫」
わずかに浮き上がった魔力槍は天至を中心として、回転を始める。
「なにをしようと、結果は変わらんぞ」
絶対的な力を持つ天至は自信に満ちた態度を崩さない。
翼をはためかせ、空いた上へ逃れようとする。
その瞬間――
「な……なに!? 飛べぬ!」
自信は驚愕に変わる。
八つの魔力槍が回転する中の空間では、魔法が使えない。
「ぐう……! なんだこれは……? なんなのだこの苦痛は……?」
反魔法が天至に効くのは、もはやわかりきっていることだ。
ヤツらの肉体を守る障壁を剥がし、神力を弱体化させる。それを目的として生み出した新たな魔法は、高い効果を発揮していた。
「……吹き飛ばしてくれる!」
手にした雷の塊を振るい、そこから稲妻が走る。しかしそれは届く前に消えた。
「なん……だと?」
イズラフェイルは驚いているが、こっちからしたらとうぜんだ。
こいつを倒すために準備し、作り上げた≪反魔陣≫は、守りもも、神力も、その全てを弱体化させる。
俺は最初からおまえしか見ていなかった。だけど、おまえはどうだ?
天下無双などというありもしないものに固執し、俺という敵単体を見なかっただろう。
「こ、こんなもの……グウウウウウウウウウウウ! 打ち破る!」
ヤツは無理やり外へ出ようとする。
「いいや、これで終わりだ。おまえは、しね」
天を指さす。
≪魔弾槍柱≫は全部で九本。
つまり、まだ一つ上空に残っている。
「≪魔槍・天墜≫」
最後の一つが墜ちる。
反魔法によって作られた魔力槍は、イズラフェイルのうなじから入り、みぞおちを突き抜けて串刺しにした。
「ぐぶ……ば、ばかな。そんな、ばかなことが」
≪魔弾槍柱≫を解除。
そしてヤツの頭部に狙いをつける。
「天下無双だぞ。それが、たったこれだけで――」
「≪真魔裂弾≫」
放った一撃は、天至の額をぶち抜く。
びきびきと音を立てて、額から亀裂が広がっていった。
体に空いた穴を、額に入った亀裂を、ヤツは必死に押さえる。
「お、押していたのは……私だ。私はもう――勝っていた。それがなぜ。どうしてこうなる」
わざわざ言う必要があるか?
「貴様はなんなのだ。貴様は……天下無双……?」
なにをもって天下無双とするのか。正直、俺にはまったく見当もつかない。聞く相手を間違えている。
「答えろ。貴様は――」
「≪真魔弾≫」
質問に答える意味を見出せない。
返事の代わりにとどめをさす。
「グワアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
イズラフェイルは困惑したような声色を出して、そして消えた。
天下無双を目指し、最強にこだわる妙なヤツだったけど、最後は呆気ないものだ。
「おっと」
危うく膝が抜けそうになった。
なんとか倒せたが、強敵であったことは間違いない。
かなりの魔力を消費してしまったから、腹が減った。
「これで……五体目」
少なくともガラルで確認された三体は滅した。追加が現れないかぎり、この国が被害にあうこともないだろう。
すぐに戻る。
上空から見る戦場では、まだ戦いが続いていた。
半包囲されている饗団軍は徐々に後退しており、勝ち目はないと思える。
ガラル軍の勢いはさらに増し、次々と敵兵を倒していた。
「終わったな」
ティール侯爵家の旗を掲げた一軍が、下がり続ける饗団軍の背後に回る。
これで包囲は完成。
急ぎ、大叔父上のところへ降りる。
「シント、戻ったのか。無事だな?」
「はい。こちらはどうですか?」
「ここまで来れば、勝利は揺るがない」
「さすがに~ 終わりよ~」
アイシアとウルスラもここに来ていたか。
ダイアナも大叔父上の隣にいて、最後の戦いを見ている。
「ダイアナ」
声をかけると、俺を見て微笑む。
「シント……服、ぼろぼろ」
改めて見ると、たしかに服が傷みまくっていた。
「だいぶやられたよ。ダイアナは平気?」
「うん、なんとか」
ガラルでの俺たちの仕事は、完全に終わった。しかし、関わったからには最後まで見届ける。
やがて――
「ティール侯爵閣下! ギヨーム・エーギルを捕縛! ティール侯爵閣下! 手ずからギヨーム・エーギルを捕縛!」
伝令の兵士が走り回り、状況を知らせる。
「饗団は投降しました! 大公さま! 我らの勝利です!」
大叔父上はかなり大きな安堵のため息を出した。すぐ側ではダイアナの力によって現れた夫人のゴーストが寄り添っている。
「さあ、あなた。勝鬨を」
「……私が、勝鬨か」
「父上が総大将なのですから、そうしないと」
「ウルスラ」
「やらないと~ 終わらない~」
「アイシア……」
「おねがい、します。お父さま」
「ダイアナまで」
大叔父上はまるで信じられないものを見るような目で、剣を握る自分の手を見つめていた。
そして数分間の後、天に向かって突き上げる。
「ガラルの勝利だ! みな! 高らかに吠えよ! 我らの勝利を!」
少し遅れて、みんなが続く。
「ガラル万歳! 剣神にこの勝利を捧げる!」
「大公さま! 大公さま!」
「ガラルホルンこそ最強! 勝利は我らに!」
「勝った! 勝ったぞ!」
「饗団なにするものか! ガラル公国に敵う者なし!」
大地を揺らす咆哮が空に響き渡る。耳が痛くなってきた。
武器を天に突き出しているのは、生身の人間だけではない。ダイアナが疑剣サナトゥスを用いて出現させたゴーストたちもまた、勝利を分かち合う。
すごい光景だ。こんなの、二度と見られないだろうと思う。
彼らの雄叫びは永遠に続くかと思われたが、半透明な馬にまたがった騎士が来ると、静かになった。
騎士は大叔父上の元までやってきて、颯爽と降りる。
「兄上……」
「オフトフェウス」
その男性は爽やかな笑みを見せて、大叔父上に声をかける。
「老けたな」
「いきなりそれですか。兄上のほうは姿が若すぎる」
「サナトゥスの力だよ」
先代と現大公の会話を、周囲の兵たちは信じられないといった目で見ている。ジェラール・ガラルホルン。俺の祖父に当たる人だ。
「そんなことよりも――」
「オフトフェウスーーーーーーーーーーーー!!」
おじい様の話をさえぎり、バカでかい声が響く。
巨体をひっさげて来たのは――シャルル・ガラルホルン。俺のひいおじい様であり、先々代の大公。『雷王』の異名を持つ最強の武人。
「ち、父上ぇ!」
以前に聞いた話では、かなり恐れていたらしいから、大叔父上は真っ青だ。
「まったく……おまえというやつは。余を見ただけで腰を抜かしそうになっておる」
「……」
やはり馬が合わないのか、空気が悪くなった。
しかし、ひいおじい様はその怖すぎる顔を柔らかくし、微笑む。
「いつまでも、どうしようもない青びょうたんかと思っていったが……オフトフェウスよ! まことに天晴であった!」
「父上……?」
「自ら剣を振るい兵を鼓舞する姿を見ていたぞ! やはりおまえは余の息子よ!」
大叔父上は傍目でもわかるほど、身を震わせた。父の言葉がどれほどのものであったのか、俺には想像するしかないけど、少なくとも悪い気分にはならないだろう。
「おまえに任せてよかった。私などよりもずっと、大公にふさわしい」
今度はおじい様が大叔父上の肩に手を置く。
「ガラルを頼んだぞ。そして」
おじい様は俺に顔を向けた。
「おまえがシントか」
「はい」
「アンナによく似ているな。私のことは覚えているか?」
首を横に振る。
「しかたないか……赤ん坊のころに二度会っただけだからなあ……」
なんだか寂しそう。
「見ていたぞ。あのような怪物を倒すほどに成長するとは、驚きを通り越して呆れたよ」
人好きのするような笑顔をする。
「余のひ孫なのだぞ。そのくらいやってもらわねばならぬ」
「父上、それはあまりに無茶ですよ」
とっくに故人となっている二人と、こうして会話ができるなんて思いもしないことだ。書物でしか知らない先々代と先代の大公は、想像したよりもずっと気さくだとわかった。
気がつけば、この場にいるほとんどの者がひざまずき、首を垂れている。泣いている者さえいた。
ガラルの民にとって彼らがどんな人物なのか、あえて言う必要もない。
「ガラルの者たちよ! よく聞けい!」
ひいおじい様の超でかい声がこだまする。
「武に励み! よく戦い! 勝利をもたらせ! おまえたちはみな勇者である! 我らは英霊となり見守ろう! 『神の原野』で再びまみえることを願っておるぞ! はーはっはっは!」
彼は最後に大叔父上を見て、消えていく。
「父上はああ言うが、無理はするなよ。だが……君たちは真の勇者だ。これからも家族を、国を守ってくれ」
おじい様もまた、満足したように去って行った。それに続き、ゴーストたちが徐々に粒子となっていく。空を魔力が覆って、この世のものではないような、綺麗な光景が目に映るのだった。
「あなた、わたしも行くわ」
「カトレーヌ……」
「ちゃんと運動してね。アイシア、ウルスラ、ダイアナも、自分を磨くのよ?」
ガラルの子たちはやっぱり寂しそうだな。
「シント、この子たちをおねがい」
前も同じようなことを言われた。あの時は『善処』します、とか言ったと思う。
「ええ、みんな、家族みたいなものです」
「そう」
俺の返答を聞き、カトレーヌさまはうなずきながら、消える。
それからしばらくは沈黙が続いた。
みんな余韻に浸っているのだ。
俺は静かにその場を離れるのだった――




