角笛が鳴る 58 ガラル公国最終決戦・大叔父上の反撃
ダイアナと【神格】疑剣サナトゥスの力により、戦は覆りつつある。数千もの英霊たちは一人一人が凄まじい戦士。
ここで総大将の大叔父上が立ち上がり、前に出れば形勢は一気に傾くはずだ。
俺たちは言葉を待つ。
敵も味方も呆気にとられているいまがチャンスなんだ。
「大叔父上」
俺は彼の手をとる。
「大叔父上はあの時……【才能】がないと言われて俺が小屋に移されたあと、贈り物をしてくれた」
「シント……?」
「そんなことをしてくれたのは、あなただけだ。俺をきっと、生涯忘れないでしょう」
「……」
「ちょっと言うのが恥ずかしかったんで、いま言いますけど、だから俺はガラルを見捨てられなかった。大叔父上を、見捨てられなかった」
「それは……」
「俺が守りますよ。ですから、行きましょう。だいじょうぶ。やれる」
「……そうか。だが……手が震えて」
ぶるぶると震える手は、止まろうとしない。
「シントの言うとおりよ、あなた」
ふっ、と現れる女性のゴースト。たくましく美しい肉体を伴侶の隣に並べる。
「カトレーヌ!? おまえまで!」
「さっ、やりましょう。あなたが立てば、勝てるわ」
ニッと男前な笑みを見せ、剣を構える。
恐れによる震えは、別のものに変わった。これはきっと、武者震いってヤツだ。
「ううううう……おおおおおおおおおおおおおおお!」
ついに大叔父上が剣を抜いた。
天高く掲げ、あらんかぎりの声で叫ぶ。
「勝利は我にあり! 皆の者! 続け! ガラルの勝利を我らの手に!」
「おお……おお! 大公さまが!」
「い……行け! いっけえええええええええええ! 大公さまとともに!」
「大公さまの道を空けるのだーーーーーー!」
一気にきた。士気の爆発だ。本陣付近に集まっていた者達が一斉に動き始める。
「アイシア! ウルスラ! ダイアナ! 正念場だ! 来い!」
「なんかすごい~」
「シント、命令するのか……ああ……」
「お姉さま、たち、そういうの、あとで」
もう止まらない。大叔父上を中心に一塊となった軍は中央を押し上げて、巨大な剣と化す。
アイシアの神剣『水姫』が、アイシアの神剣インドラが、ダイアナの疑剣が、いままで溜まった鬱憤を晴らすかのように、威力を発揮した。
「あなた、さすがに運動不足よ。いつも言っていたでしょう」
「ええい! いま後悔しているわ!」
夫婦によるコンビネーションで、敵兵が倒れていく。まあ、だいたいは奥さんの攻撃のおかげだが、それは言わないでおこう。
「≪魔衝撃≫」
彼らを狙う弓兵は、俺が倒す。
≪魔弾≫による連射で援護を行い、邪魔はさせない。
突撃の勢いは続き、とどまることを知らなかった。
驚きおののく敵兵は下がることしかできず、まともな対応ができないでいる。
俺たちはさほど時間もかけず、苦戦していた主上のところにまで追いついた。
おじいちゃんはこちらを見て驚いていたが、すぐににやりと笑う。
「者ども! 救援がきおったぞ! 今ぞ! 押し返せい!」
おお!! と雄叫びが揃って上がり、怒涛の勢いが生まれた。
隙を突いてやってきたはずの敵中央軍は返り討ちに遭い、ばたばたと倒れていく。
「そろそろだと思うが」
敵軍の動きが明らかに変わった。攻勢に押されまくる敵中央軍が、こちらから見て左に流れていく。
敵中央の背後に土煙ができているように思う。
おそらくティール侯爵軍が突破し、後背に回れたのだ。饗団軍は片翼を失い、ひとところに集合しようとしている。
こうなると、包囲殲滅が可能となるわけだが、それを許すほど甘くはないだろう。
「止まれ! 全員止まれ!」
「シント、どうしたのだ」
「大叔父上、いったん止まるよう伝令を!」
この巨大な気配。禍々しい力。
「来る!」
上空でなにかが光ったと思った瞬間、最前線が爆発。
この身を切り裂くような風は――
戦場のど真ん中にぽっかりと穴が空いたみたいになっている。
すぐに叫び声がこだまし、ひりついた空気となった。
「大公さま! て、て、天至です! 化け物が!」
「くそう! なぜいまなのだ!」
いまだからこそだ。
落ち着いて深呼吸をし、魔法を放つ。
これは合図。≪光輝弾≫を空に放つ。
「機械兵も来るでしょう。それに」
巨大な気配は、一つだけじゃない。しかもそれはすぐ側。
「なん――!」
「ちょっ……」
「モンスターだと!?」
たくさんの影が忍び寄る。うねるように近づいてくるおそるべきモノ。
現実とは思えない大きさの蛇が群れをなして近づいてきた。
「シントー!」
「ヴィクトリア! 来てくれたか!」
空から降りてきたのは、ヴィクトリアだ。彼女はダルメシアンの時と同じく、合図をしたら来るように言っておいた。
「こいつらをやればいいのか?」
「ああ、アイシアとウルスラ、君の三人で頼む」
「だからおまえは蛇がどうのと」
「う~ 先に言ってよ~」
言いつつ、神剣を構える。
「ダイアナは大叔父上と……お母さんを守って」
「あら、娘に守られるほど弱くはないわよ?」
カトレーヌさんはウインクしてきた。チャーミングだ。
「わかった、よ。任せて」
「ああ、頼む。アイシア、ウルスラ、敵はモンスターじゃない。気をつけてくれ」
「モンスターではない……?」
「それって~……あれのこと~?」
アイシアが指さした先にぬうっと現れたのは、常軌を逸した姿の存在だ。人間の上半身と、太すぎる蛇の下半身。人外の存在となり果てた饗団最上級の戦士がここで来た。
「くしみりひ、あをるぢ」
あいかわらずなにを言ってるか、わからない。だが、前とはちょっと様子が違っていた。
『一桁』と思われる怪物の隣に、一人の男が立っている。
帝国軍の軍服を着た、若い男だ。
「失礼。私は饗団が顧問官ダリエス・モーゼロットと申します」
場違いなほど丁寧に礼をする。
一見して美青年だが、荒々しい雰囲気を感じる。腰に差した邪剣といい、不気味な男だ。
「ファンタステックフォオさまはいま『きさまらは、終わりだ』と申しております」
「ぢろまうきすときおしにう」
「今度は『誰も生かしてかえさない』だそうです」
ファンタステックフォオ、というのが化け物の名前らしい。
それにしても通訳付きか。どこまでもふざけている。
「俺は天至を倒す。ヴィクトリア、頼んだ」
「任せるんだぞ!」
「アイシアとウルスラも無理はしないで」
「案ずるな。神剣インドラの輝きを目に焼き付けさせよう」
「シント~ 行って~」
大叔父上をちらりと見る。だいぶビビり散らかしているが、奥さんとダイアナがいればなんとかなるだろう。
「大叔父上、ここを凌げばガラルは勝ちます。あなたは主上と合流し、ヘイムダル侯爵のもとへ行ってください」
「ま、待て! シント!」
「もうだいじょうぶです。俺は――」
「そうではない! 一人で行くな! 死んではならんぞ!」
心配してくれているのか。でも問題ない。ここからは俺たちの仕事なのだ。
親指を立てて返事代わりとし、すぐさま飛翔を開始。空へと上がる。
眼下では本陣に待機していたウチのメンバーたちがすでに移動をしていた。
まずはそこに降りる。
ガディスさんに用があるのだ。
「みんな!」
「シント?」
「……どうしたの?」
「少しだけ予定変更。ガディスさん」
「なにがあった?」
「饗団の顧問官と怪物が現れました。あなたには――」
「大公のところか。ようやくおれの仕事だな」
ガディスさんは武器をかつぎ、言い終える前に言ってしまった。
これには苦笑するしかない。
「カサンドラ、アリステラ、グイネヴィアさん、十分に気をつけて。みんなを頼みます。あとデューテも」
「ああ!」
「あんたは気にせず行くじゃん」
「……だいじょうぶ。心配いらない」
全員がうなずき、走る。
「ね、シント、わたし」
デューテが声をかけてくる。
「うん?」
「ううん、なんでもない。シント、こっちは任せて」
「ああ、任せたよ」
彼女は笑顔だ。力んではいないし、緊張してもいない。
デューテを頼もしいと思うなんて、初めてだ。
なんだか力がもらった気になるな。
彼女の小さな背中を見送り、再び空へ。
前線の爆発があった場所へ急行する。
そこでは多くのガラル兵が血だらけで倒れ伏し、奇妙な空間ができていた。
「ほーっほっほ! 脆い! 弱い! なんと無様なことですか!」
耳障りな声が聞こえてくる。
鉄の翼を持ち、銀の髪を振り乱して、斧を持つ騎士を殴る。
まずい。このままでは。
「ほーっほっほ! 死になさい!」
「ぬぐわ!」
騎士はかろうじて防いだが、防御に使った斧がバラバラに砕け、衝撃により血を吐き出した。
「くっ!」
吹き飛んだ騎士を抱きとめる。
「お、お孫様!」
「ダーゲッソ伯爵」
なんということだ。ただの斧騎士じゃなかった。ここにダーゲッソ伯爵がいたとは。
「おお! サル! また会いましたねえ! 自分から愛玩動物へとなりに来るとは!」
「黙れ。殺す」
とりあえずガラル兵は邪魔だ。巻き添えになってしまう。
「ダーゲッソ伯爵、みんなをここから遠ざけてください」
「し、しかし……」
「俺はこいつを倒すために来た。だからだいじょうぶ」
「そんな……お孫様お一人で、このような怪物を」
「ガラルは負けない。でしょ?」
「……わかり、ました」
伯爵はフラフラだが、なんとか走り出し、すぐに指示を出し始める。
饗団の軍もあえてここには近づこうとしない。好都合だ。
「ほーっほっほ! お話は終わりましたか? んん?」
「ああ、終わったよ」
「サルよ、あなたは楽しませてくれるのでしょうね?」
「楽しめないさ」
「はあ~?」
「おまえはいまから、敗北する。これ以上ないほどに!」
「なんと馬鹿馬鹿しいことを! それはこちらの言葉ですよ!」
こいつはここで倒す。
大詰めだ。必ず、勝ってみせる。




