角笛が鳴る 57 ガラル公国最終決戦・英霊たち
ガラルにおける最後になるであろう戦闘は、すぐに開始された。
ギュスターさんが見事なほど大きな角笛を鳴らし、絶叫とも思える雄叫びが響く。
ガラル軍は傾斜があるところまでは踏み込まず、手前で守りを固め、突っ込んでくる敵を受け止める形となった。
剣と槍と斧、そして矢が乱れ飛ぶ戦場は砂埃を舞わせ、血と汗によってまみれていく。
戦いは日が落ちる手前の時刻まで続いた。
両軍は示し合わせたように引き、負傷兵や死人を回収していく。
今日のところは引き分けだ。一進一退の攻防が続き、どちらもさほど損害がない。小手調べのようなものなのだろう。
主だった方々が本陣に集まり、戦況を報告する。ただ、特筆すべきことはなく、すぐに解散となった。
天至と機械兵はまだ出て来ない。
いつ出て来るか、それは誰にもわからないが、俺には予想がつくことだ。
これまでに見聞きした経験が、それを直感させる。
天至にとって人同士の戦いなど見世物でしかない。
全ては遊びであり、余興。だからやつらは、饗団軍が押された時にだけ、現れる。
最初に遭遇したゼフィゾルは、切り札として負け際に召喚された。
アバディオクはフォールンの饗団が追い詰められた時に現れた。
ここガラルでも同様に、やつらは決まって饗団が負けそうな時に来る。
夜が来て、深夜が過ぎ、そして朝になっていく。
今日か明日、戦局は動くと思う。
俺たちの出番は、おそらくその後。
集中して時を待つ。
★★★★★★
二日目の戦場は、敵の猛攻から始まった。
傾斜を利用した突進から、大量の矢。そして魔法。
魔法士の部隊がいたとは驚きだ。一日目は隠していたらしい。
崩れかけたガラル兵のうち、右翼、左翼は両侯爵の指揮のもと、立て直す。
しかし中央は押され、少し後退した。
本陣にはひっきりなしに報告の兵がやってきて、慌ただしい。
ここで主上が立った。
「シゲノブが苦戦しておるようじゃの。どれ、わしが行こう」
「主上、気をつけて。無理はせず」
「なーに、まだまだこれからよ」
余裕の笑みを見せて、主上が本陣を出た。
残された大叔父上はかなり不安そうだが、周囲の視線を感じ、すぐにきりっとした顔となる。
「父上、大将が不安な顔を見せるのはよくない」
「ウルスラよ、そう言うな。私は初陣なのだぞ」
戦はまだ続いている。
攻防は休むことなく続き、前線の怒号がここまで聞こえてきた。
「娘たちはともかく、シント、おまえは平気なのか?」
「急にどうしました?」
「ずっと涼しい顔をしている。おまえとて、戦争の経験などないだろう」
まったくないわけではないが、たしかに少ない。
人相手のものは、アークスとフォールンだけか。
「俺だって恐ろしいですよ。できることならさっさと別のところに行きたいですね。ですが、それはできない」
「……やらねばならんことがある。そういうことか」
「ええ、そうです」
このままじゃ終われない。だからやる。ここに集った者のほとんどはそうだろう。
こうして二日目もまた終わる。
今日は激しい場面が多かった。
ガラル兵はときおり飛んでくる魔法に苦戦したようだ。
特にエーギル家の攻撃は凄まじく、押し込まれそうな時もあった。
しかし、ティール侯爵は巧みに防ぎ、終わる時まで崩されなかったのだ。
彼の攻撃と防御を使い分ける手腕は凄まじい。敵にすればもっとも手強いのは間違いなくティール侯爵だと思う。
一方で押されかけていた中央は主上が直接指揮をとってからは盛り返し、戦線を元に戻した。
今日は痛み分け、といったところか。
そして三日目――
一気に戦局が動く。
中央の軍の一番奥で戦場を見る大叔父上はうなった。
ティール侯爵軍がいるはずの左翼にはヘイムダル家の旗が、ヘイムダル侯爵軍がいるはずの右翼にはティール家の旗がいきなり立てられたからだ。
密かに右翼へ移動していたティール侯爵が大剣を掲げ、突撃を開始。
彼は先頭を走り、先の尖った槍を思わせる『槍穿』の陣形にて突っ込む。
ティール侯爵は敵部隊を気持ちいいくらいに切り裂き、混乱させる。乱れた者達に対しては、一拍遅れて歩兵隊が襲いかかり、敵陣形を崩した。
一方、左翼ではギュスターさんが率いるヘイムダル騎兵の一隊が離れ、横から何度も突撃しては戻り、また突撃。高い機動力を生かした一撃離脱戦法でエーギル軍を苦しめる。
敵の前線はおおいに怯み、徐々に下がっていった。
「こうも一気に……なんたることだ。これが奇策か」
大叔父上のつぶやきのとおり、これは奇策だ。
戦が始まる前、もっとも警戒されているだろうティール侯爵軍には、おそらくエーギル家が当たると予想。
その場合のみ、左翼と右翼は司令官だけを入れ替え、指揮をしてもらった。
両侯爵には慣れないことをやってもらったが、効果は十分。
突如として始まった、警戒の外からの激烈極まりない突撃で、敵左翼は半壊の憂き目に遭っている。
「エーギル家は陸に上がったとはいえ、『三海』が健在。質も高い。中央はとうぜん精鋭が集まっているでしょうし、防御重視で当たる。二日間で相手の力量を見、敵左翼が少しばかり劣っているとわかったので、今日しかけました」
「ティール家の力であれば、突破は可能と判断したのです、父上」
「まあね~ ちょっと危険だったけど~」
この奇策については、反対もあった。しかし、ガラルの子たちの後押しもあり、最終的にはみんな承諾してくれたという経緯がある。
「ティール侯爵が敵左翼を切り崩せば、中央は前後からの挟撃が可能。なにもなければ勝ちます」
「そうか! そうか……って、なにもなければ?」
「敵もバカではありません。なにかしら手は打ってくるでしょう」
話しているうちに、敵陣は変化。真っ二つになったはずの敵左翼が奇妙な動きをし始める。
「やるな」
「片方が後背に回ったか」
ウルスラの言うとおり、二つに分かたれた片方がティール侯爵軍の後ろに回り、されに中央軍の一部が離れ、もう片方に加わる。
挟撃するつもりが、逆に挟み撃ちにされてしまったかっこうだ。
「でも~ 想定済みよ~ 旗~ 上げて~」
アイシアの指示で、三本の旗を使った指示が行われる。
こちらの中央軍が一部離れて、ティール侯爵軍の後ろに回った隊を、さらに後ろから襲った。
鮮やかで隙のない連動だ。これにより、一時止まったティール侯爵軍は再び蹂躙を開始。
「これは……勝ったのでは?」
大叔父上の笑みは、すぐに消されることとなった。
たくさんの悲鳴が聞こえてくる。その箇所はこちらの中央軍だ。
一部を分けて有利を取ったはいいものの、わずかな時間で敵は守りの薄くなった箇所を見抜き、絶妙なタイミングで突撃をしてきたのだ。
率いているのはおそらくエイジフトのフォルス。
その鋭さには驚嘆するしかない。
「まさか左翼を捨ててこちらにも痛撃を与えようというのか。シント、わたしも出る」
「だめだ」
「なに?」
ウルスラが前線に加われば、いける……かもしれない。でもだめだ。
「しかし、このままではここへ到達するかもしれないぞ」
「う~ん、ちょっと想定外~」
舐めていたわけではない。十分に気をつけてはいた。だが『流星の王子』と呼ばれる男の力量がずっと上だったわけだ。
「まだだ。まだ行ってはいけない」
「おまえはなにを……」
ティール侯爵軍はいまにも完全に突破し、敵左翼を完膚なきまで叩くだろう。中央もまだ崩れてはおらず、踏みとどまっている。
だが――
「大公さま! ヘイムダル軍、苦戦! 苦戦! 支援を乞うとの由!」
「なんだとぉ!」
ミリアルド、ダヴィド、ギヨームの『三海』が出てきたのだろう。
よし、役者は出揃った。
「ダイアナ!」
ここで声をかけるのは、ダイアナ。
彼女は力強くうなずき、【神格】疑剣サナトゥスを地に突き立てる。
「詠唱だ。いっしょに!」
「うん!」
言葉にするのは、女神たちの真の名。ダイアナとともに発する。
「「【ディルジアルエンドカデス】【イリィズアルスフォリアカデス】」」
疑剣サナトゥスがそのおおいなる力を発動する。
「サナトゥス……おねがい……ガラルを、助けて!」
ダイアナの想いがあふれ、サナトゥスから身も凍る恐ろしい魔力が解き放たれた。
「なんだこれはーーーーーーーーー!」
大叔父上の絶叫。
大地が揺れ、空気が変わる。
異様な雰囲気に、わずかな間、戦場が時を止めた。
「なんだ……いったい、なにが」
誰もが起きたことを理解できないだろう。でもすぐにわかることだ。
「あ……」
「な……ゆ、ゆう、れい?」
「ちょっと待て……なにこれぇぇぇぇぇ!」
戦場に出現する半透明の兵士たち。みなそれぞれに旗をかかげ、武器を構える。
「シント!」
「うっそ~!」
アイシアとウルスラが服を掴んでくる。目を大きく見開き、びっくりしているようだ。
それは俺も同じ。現れたゴーストたちの数が多すぎる。ざっと見て数千。そしてそれはただの数千ではない。
「し、信じられん! あれは!」
大叔父上が指をさした先で、敵軍が吹っ飛ぶのが見えた。あの巨体は遠くからでもよくわかる。
「冗談なのか? それとも悪夢か? あれは……あれは父上ぇ!?」
剣と斧をそれぞれの手に持ち、暴れ狂うゴースト。豪快に笑いながら、敵前線をいとも簡単にぶっ飛ばしている。
ガラル公国先々代大公、『雷王』シャルル・ガラルホルンのお出ましだ。
以前、一度だけ出てきて、いきなり襲いかかってきたことがある。あれ以来見ていなかったが、まだサナトゥスの中にいたようだ。
「せ、先々代さま! 馬鹿な!」
「いや、しかしあの御姿は!」
「雷王! 雷王が……『神の原野』から来てくださったというのか!」
主に歳が上の兵士や騎士たちから、驚愕の声が上がる。
そしてさらに――
こちらの左翼側には、淡く光る馬に乗り、大剣を振るう輝ける騎士の姿が。
どこか見覚えのある顔立ちをした人だ。
「あ、兄上まで……?」
大叔父上の兄ならば、俺の祖父、ジェラール・ガラルホルンに相違ない。
先代ガラル大公の颯爽とした姿には見惚れるばかりだ。
「今度は先代さままで……し、信じられん!」
「英霊が……我らが祖先が……」
「い、行け! 続け! 今が好機だ!」
全ての場所でガラル軍の意気が上がる。
劣勢に陥るかと思われた戦は、ひっくり返ったのだ。
これを逃すことはできない。
すかさず大叔父上に声をかけた。
「大叔父上、行きましょう」
「シント、行くとは?」
「あなたが剣を振るう時です」
「わ、私が……」
大叔父上は動けない。剣を抜こうとするも、それができないでいるのだった。




