角笛が鳴る 56 ガラル公国最終決戦・まずはごあいさつ
なだらかな傾斜が見渡すかぎりに続くヴェオダンの平原。
ここは近年になって木々が刈られ、新たに開拓が始められた地である。
グランガラルから進発し、会戦を想定された地へとやってきた俺たちは驚くしかなかった。
高い位置に陣を張り、待ち構える予定がいきなり狂う。饗団軍がやってくるのは早くともあと一日か二日後だと考えられていたのだが、かなり速い。
俺たちが来た時にはすでに、やつらは待ち構えていた。
敵の手強さは考えているよりずっと上だ。放っていた斥候隊に見つかることなく、有利をとるとはたいしたもの。
だが、ティール侯爵もヘイムダル侯爵もまったく動じていない。
落ち着いて軍を展開させ、いつ始まるとも知れない戦闘に対応する。
「シント、これは不利なのではないか?」
「待ち構えられてしまいましたね」
「しかたなかろう。じゃが、相手も必死ということじゃ。負ければあとがないのやもしれぬ」
本陣にて、大叔父上と主上が向かい合い、地図を眺める。
『剣棋』の駒が置かれているのは、この戦場を上から見た配置図だ。
今回、左翼にはティール侯爵が、右翼にはヘイムダル侯爵及びギュスターさんが入り、中央の大軍をガラルの精鋭とホーライ軍が担当する。
対して、饗団軍も同様の陣形だ。右翼、左翼、中央と三つの軍に分け、ティール侯爵軍と相対するのは、エーギル家である。
ダルメシアン攻防戦にてエーギル軍は三割ほどを失ったはずだが、それでもまだ五万程度の数を残している。饗団軍も同様の規模。総計十万もの大軍だ。
こっちもホーライ軍が加わったおかげで、兵数は拮抗している。
位置的には不利。だけど騎馬の数はこちらが多く、平地では有利。
あとは――
「天至と機械兵が出たら、俺たちが行きます」
敵の最大戦力がいつ出現するのか、それを警戒しなければならない。そしてさらにもう一つ。
「そういえばアイシアとウルスラ」
「な~に~?」
「どうした?」
俺とダイアナは大叔父上の護衛として側につき、アイシアとウルスラもまた、本陣に来てもらっている。
「蛇って得意?」
「なんの話~?」
「意味がわからないぞ」
「じゃあ苦手?」
「苦手じゃないけど~」
「特に苦手ではないな。というか、わざわざ接するものでもないだろう」
「じゃあだいじょうぶか」
「??」
「??」
「??」
アイシアとウルスラ、ついでにダイアナもそろって首をかしげる。
「ついに始まるのか……シント、それに娘たちよ、私を守ってくれ」
「お父さま~ 自分のことは自分で~」
「ここはもう戦場です。なにがあってもおかしくはないのだから、剣は手放さぬよう」
娘たちの至極まっとうな返しに、父親は言葉に詰まった。
それはいいとして、時間はまだ午前。日が高いうちに敵が行動を起こす場合もある。
「大公さま!」
言うが早いか、騎士の一人が汗だくでやってきた。
「敵の一部隊がこちらへ近づいてきております!」
「な、なに! 数は!」
「おそらく十人にも満たぬかと……」
「なんだそれは……なんのつもりだ」
「まあ、顔合わせじゃろうな。敵の大将が来ておるのではないか?」
主上はこの戦場の誰よりも戦を経験してきた人だ。それを知り尽くす人が言うのであれば、間違いないんだろう。
「オフトフェウス殿よ、本陣にはわしがおるゆえ、行ってくるがよい」
「いや、それは」
「大将同士、語らうこともあるじゃろう。おぬしとて溜まっておるはず。言い負かしてくるのじゃ」
「なっ……」
主上に背中を押される形で、大叔父上はしぶしぶ外に出た。
ティール侯爵、ヘイムダル侯爵もすでに待機していて、出る気は満々だ。
「公子も来てくれ」
「俺もですか?」
「なにが起こるかわからん。いざとなれば身を挺して大公をお守りするが、罠という可能性も捨てきれん」
そうだな。天至が出て来る可能性もないわけではない。
「わかりました。行きましょう」
「すまない」
ということになり、互いの軍から等距離の場所まで足を運ぶ。
エーギル家の旗と見慣れない紋様の旗が並び、待ち受けるのは六人。
近づくにつれ、二人ほど見覚えのある顔が目に映った。
エーギル家当主のミリアルドとその弟ダヴィド。隣にいる巨漢の老将軍はギヨーム・エーギルだろうか。
真ん中であごを撫でているのは、頭にターバンを巻いた褐色肌の男性だった。垂れ気味の目でこちら側を興味深そうに眺めている。側には重装備の騎士が二人。護衛だと思う。
近距離で向かい合い、大叔父上がごくりと息を呑んだ。
たしかに相応の緊張感はある。
「お初に。斜陽のガラル大公よ」
ターバン男が初手からかましてくる。
「くっ……斜陽とは言うが追い詰められているのはそちらだろう。まずは名乗ったらどうだ」
おお、言い返している。
「私は太陽の国エイジフトから来た軍神の如き星……フォルスと申します」
エイジフト、と聞き、ティール侯爵やヘイムダル侯爵が眉をひそめた。
その国はもうない。十二年前の大戦中に内乱で滅んだはず。
エイジフトはガラル軍の侵攻ルートに入っていたが、戦う前にクーデターが起きてめちゃくちゃになったと聞く。
「して、フォルスとやらが何の用だ」
「ちょっと、ね。戦う前にお顔を拝見したく。エイジフトを滅ぼした方々ですし」
「それは言いがかりではないか。聞けば、エイジフトはもともと反王族勢力との対立が激化していた。権力の座が奪われたのは、王の問題だろう」
「ガラルの工作によってそう仕向けられたのですよ。よって恨みを晴らさせてもらいます」
「貴殿は王族か?」
ティール侯爵が質問すると、フォルスは小さく笑った。
「これはこれは金獅子侯爵殿……あなたもあの時にいたのですよねえ?」
「雌雄を決するというのなら構わん。だが、エーギル家もまたガラルだった。それはどう説明する?」
彼は場にいるミリアルド・エーギルを見た。
対してミリアルドは眉一つ動かさない。
「エーギル家は直接戦に関わってはおりませんからね。手を組むに問題はない」
「そうか。ミリアルド殿、ほんとうにやるのだな?」
「フランツ、勝つのは我らだ」
「海の者が陸で勝つ気とは」
「言っておくが私の敵はおまえではない」
今度は俺に視線が集まる。
「私も、弟も、用があるのはそやつだ」
「シント・アーナズ……雪辱は晴らさせてもらうぞ。そして私の宝剣も返してもらう」
悪いけど、無理だ。あなたたちなど、相手にしている暇はない。
「そんな的外れなことを言ってると、負けますよ。アークスやダルメシアンと同じように」
「貴様ァ……」
「ダヴィド、挑発に乗るな。それがお孫様の手だぞ」
「叔父上っ! しかし!」
巨漢の老将はダヴィド・エーギルを止めた。叔父上、呼ばれているのなら、やはりこの人がギヨーム・エーギルだろう。
「猪武者どもを制御し、策を弄したまではいい。しかしもはやこの決戦を前にして小細工は通じぬよ。であろう? お孫様」
「そうかもしれませんね」
とりあえず言葉は濁しておこう。
「ふふふ……イイ感じに盛り上がってまいりましたなあ。それでは始めるとしましょうか、オフトフェウス大公」
大叔父上はなにも言わなかったけど、顔には『え、もう?』と出ている。
彼らは馬首を返しさっさと戻っていった。
「んなぁにが斜陽だ! 軍神の如き星だ! 気障な男め! 吐き気がするわ!」
大叔父上の反応は至極まともなのだが、普段は見ない姿なので驚いてしまう。
「あのフォルスという男、ただ者ではなさそうだ」
ヘイムダル侯爵がそんなことを言う。
「歳のころから見て、大戦の時は少年であったのだろう。もしかすると、『流星の王子』かもしれん。名前も同じだしな」
「知っているのですか?」
「我らヘイムダルが先んじてエイジフトへ行った時、王宮は焼けたあとだった。そこに王や王妃、王子の遺体が放置されていたのだが……」
そんな惨状だったとは思いもしない。
「王妃の面影がある。あとで聞いた話だが、第三王子フォルスは聡明で、武術にも優れ、エイジフトの将来を背負って立つと期待されていたらしい。生まれた時に流星が見えたことから『流星の王子』と呼ばれたそうだ」
つまり、クーデターから難を逃れ、反乱が起きるまで雌伏の時を過ごしていたのだと思われる。
「行方不明とされ、新政権からはお尋ね者として追われていた。饗団に拾われていたのか。厄介なことだ」
饗団はムンゾォさんのことも生い立ちにつけこんで、引き入れていた。
もしも、などと考えたくはないが……彼がまだ生きていたら、どうなっていただろうか。フォルス王子のもとで戦ったかもしれないし、そうでないかもしれない。いまとなっては、知りようもないが。
「大公さま、そろそろ戻りましょう。すぐに始まる」
「う、うむ。敵がどうあれ、もう戦うしかないわけだからな……」
俺たちも陣に帰る。
「ティール侯爵、それにヘイムダル侯爵も気をつけてください。それと」
「わかっている。公子こそ本陣を頼んだ」
「手筈通りにやるぞ。敵陣も予定どおりだ」
小細工はなし、とは言ったが、奇策は使わせてもらう。
効果があるかどうかは、あとで嫌でもわかるはずだ。




