角笛が鳴る 55 進軍開始
急報がもたらされてから一日、二日と過ぎ、公都グランガラルは日毎に緊張感を増していた。
敵軍が向かってきている、という話は公表されていないが、続々と集まる各地の兵士たちを見れば、なにか大きなことが起きているのだとすぐにわかる。
俺も軍議に加わるよう依頼されたけど、全てを断った。
最後の決戦は正面からのぶつかり合いになる。小細工などいらないのだった。
残る二体の天至を倒すために、ぎりぎりまで自分を高める。
集中だ、シント。集中……集中……
「って、なに?」
少し離れたところで、アイシア、ウルスラ、デューテがじっとこちらを見ている。気になるのですが。
「姉さまたち、話したいけど自分から声をかけるの恥ずいんだって」
「ちょっとデューテ~」
「そんなことはない。ただ……集中していたようだしな」
この前も似たようなことを言っていたような。
「用があるなら聞くけど」
「用っていうか~ お父さまが出るって聞いて~」
「おまえがそう進言したと聞いた」
「やめたほうがいいと思うけどー?」
そのことか。
「もしかして、反対?」
「反対っていうか~ 役に立たないし~」
「役に立たないぞ」
「いらないかな。邪魔? って感じ」
ひどい。大叔父上にちょっとだけ同情した。
「いることこそが重要なんだよ」
あの人が先頭に立つのは、この先もきっと大きな影響となる。そう考えてのことだ。
「ねえねえ、それよりもシント、これからなにするか聞きたい」
「我らはダルメシアン攻防戦に参加しなかった。次は出る」
「そうよ~ だから教えて~」
彼女たちは、いまは率いる軍を持たない。割と自由な立場だ。
デューテについてはうってつけのポジションがあるけど、アイシアとウルスラは勝手に動いていいのかな。
「大叔父上からはなにも?」
彼女たちは首を横に振った。
「どこかの軍を率いるわけじゃないのか」
今度はうなずく。つまりは、暇、ということかい。
「俺たちは天至と機械兵を叩く。最初の予定どおりだ。もう策は必要ない。正面決戦になるからね。それはいいとして、三人とも、あれからどう? ダイアナやヴィクトリアに勝てる?」
「もう負けない~」
「数日前とは違うぞ」
アイシアとウルスラは自信があるようだが、デューテは違った。
「まだだめかな。でも……もうちょっとでやれるかも」
【神格】神剣シャルウルの力を以前よりもはっきりと感じる。鼓動をしているかのような、かすかな鳴動。格が一段上がった、と思うのは気のせいか?
「デューテはウチの機械兵に特化した隊に入って、手伝ってくれ。アイリーンとシスター・セレーネ、アテナのところだ」
「機械兵に特化?」
「あの三人はダルメシアン攻防戦で十体以上倒している。そこに君が加わればまず負けない」
「十体以上って、マジ?」
「うん、そうだよ」
「信じらんない」
デューテは一人で三体を倒したのだから、機械兵の強さを知る人間だ。
彼女はうなずくと興味津々な様子で、さっさと行ってしまった。
「なんでデューテだけ~」
「私はどうすればいい?」
困ったな。この二人はとんでもない戦力なんだけど、この国の将軍でもあるから、軍を率いるものとばかり思っていた。
いざ迫られると、返答ができない。
しかしながら、【神格】が目の届くところにあるのは俺にとって良いことかもしれなかった。
「アイシアとウルスラはなにをしたいんだ?」
「……急に聞かれても~」
「そ、そうだな。すぐには……思いつかない」
ノープランか。
だったら逆にそれを利用する。
「俺とダイアナは大叔父上の側に控えるつもりだ。君たちもいっしょに頼むよ」
二人の顔がぱあっと明るくなった。
「いまはティール侯爵たちが会戦の場所を選定してる。君たちはいったんそちらに加わってくれ」
「それはいいが、おまえはどうするのだ」
「俺? 俺は――」
天至を倒すために、魔法を練る。それ以外にない。
ガラルのいる残り二体がどれほどのものかはしらない。が、殺す。
「……シント~」
「あまり……殺気を大きくするな」
おっといけない。戦いを前に気がたかぶってしまった。
「君たちも準備をしておいてほしい。きっと激しい戦いになるだろうから」
「そうね~」
「ああ、わかっている」
二人は戦の経験が豊富だ。俺が言わずとも理解している。
彼女たちが去ったあと、再び集中を開始。
負けられない戦いが始まるまで、力も、気持ちも、溜めておくとする――
★★★★★★
俺たちがガラル公国に着いた時、貿易の中心地であったダルメシアン港は敵の手にあり、帝国本国に近い西側を奪われ、実に領土の三割が攻略されていた。
それでも戦力としては拮抗していたものの、ガラルの要であるティール侯爵は大公の代理となってしまい、実質的には封じ込められ、もう一つの要であるヘイムダル侯爵もまた、怪我で療養。
さらには大公であり、帝国全体の経済に大きな影響力を持つオフトフェウス・ガラルホルンまでもが行方不明――といった具合に、最強として知られるガラル軍はその武をまったく発揮できない状況に追いやられていた。
しかしいまは違う。
大叔父上を取り戻し、ティール侯爵は自由となった。ガラルの子たちは【神格】の輝きを増し、全力で戦える。そしてダルメシアン港を奪還し、ホーライから援軍が来て、海側の安全は保障された。
グランガラルに集う多くの者達が士気を上げ、来るべく決戦に際し、準備は整ったと言えるだろう。
そう、もはや小賢しい策は必要ない。これより全軍をもって決着をつける時が来た……のだが。
「大叔父上、なにをしているんですか」
「……シントか」
グランガラル近郊の巨大な練兵場。その中で最も大きなテントの中、大叔父上は一人、椅子の座ってため息をついている。
大公の官服ではなく、立派な鎧に身を包んでいて、それなりには威厳のある姿だった。
「ぜんぜん出て来ないってみんな言ってますけど」
これから全軍に対し、出立の挨拶をする予定が、大叔父上はいつまでたっても出て来ない。それでなぜか俺が呼んでくるという話になってしまった。
「ふうー……」
「緊張ですか?」
「緊張ではないが……私が総大将だなどと」
大叔父上は軍を率いたことがない。大公となる前は内政官であり、就任後も戦は臣下に任せ、直接出ることはなかった。
「挨拶くらい、お手の物でしょう」
「状況が違う。会見やスピーチではないのだ」
似たようなものだろうに。
「シントよ、やはりおまえが」
「嫌ですよ」
「しかし、私は軍人どもに好かれていない。すでに空気が冷えているような気もする。そんな中で話をしてさらに冷え……いや、凍えてしまったらどうするのだ」
なんだそりゃ。いまさら空気を気にしてどうする。
そもそもなぜ俺が大叔父上とはいえ、大の大人を元気づけないといけないんだよ。
でも、そんなこと考えている場合じゃないか。いまこうしている間にも、饗団軍は進軍を続けているのだ。
「大叔父上が武の【才能】を持たないことも、軍なんて率いたことをないことも、みんな知っていますよ」
「そんなことは自分がよくわかっている!」
「だけど、一方であなたがガラルを栄えさせ、豊かにしたことも、みんなわかっています」
「なに……?」
「確かめるいい機会だ」
テントの入り口を開ける。太陽の光が差し込んでまぶしい。
「大叔父上、行きましょう。みんなが待ってる」
「……」
「別にいいじゃありませんか。空気が凍えたらそれはそれで、次からは暖かくなるだけだ」
「それはどんな励まし方だ?」
彼はふっと笑って、立ち上がった。
テントから出て、五万を超す兵士たちが整然と並ぶ前に立つ。
言葉はなく、みな大叔父上を見つめている。
マイクを渡された大公は一つ咳ばらいをしてから、話を始めた。
「皆の者、よく集まった。ガラル大公、オフトフェウスである」
静まり返った練兵場に、よく通る声。大叔父上は良い声をしていることで有名だが、いまは鳴りを潜めているようだ。
「私は……」
目をつむり、口を閉ざす。
やはりだめか、と思ったが――
「私は武の【才能】を持たない。軍を率いたこともない。それは皆が知っているとおりだ。だが、それでも、いまが戦う時であると、私は思う」
そのとおりだ。
「力を貸してほしい。いまこの時にあっては【才能】など気にしている余裕などない。父シャルルのように、兄ジェラールのようには戦えん。しかし! 皆の熱意が私を……奮い立たせる! ガラルを取り戻せと訴えかけてくる! だから頼む! 非力な私に……力を貸してくれ!」
なんだよ。普通にいいスピーチじゃん。
静かだったのは最初だけだ。最初に叫んだのは誰なのかはわからないけど――
「大公さまのために!」
一人が腕を上げると、それは伝播して、巨大な熱となる。
「ガラルのために!」
「我らは負けない!」
「剣神の末裔に祝福あれ!」
「大公さまととともに!」
「そうだ! そうだ!」
とんでもない叫び声の集合だ。空気を揺るがさんばかりの咆哮がいつまでも続きそうだった。
「ゆくぞ! 我らが敵を討ち果たす!」
大叔父上が腕を振るい、全軍が動き出す。
ティール侯爵も、ヘイムダル侯爵も、ギュスターさんも、その熱に当てられ、吠えているようだった。
すでに敵はグランガラル圏内に近づこうとしている。
決着の時はすぐそこ。
俺も少しだけこの熱いものに身を委ねよう。




