角笛が鳴る 54 ガラルへの想い
ダルメシアン攻防戦からわずか二日足らず。
エーギル家と饗団の軍は早くもしかけてきた。
急報を受けたあと、大叔父上たちはすぐに話し合いへ入る。
俺はそそくさと抜け出し、ディエンドへ戻ろうと廊下に出たのだった。
「シント、ちょい待て」
「ゴエモンさん」
ゴエモンさんも抜け出て来たようだ。
「ふいー……緊張したぜ」
「でも嬉しそうでしたね」
「まあな。主上とも話せたしよ、大公からも仕事を請けた。おまえさんのおかげだぜ」
主上はゴエモンさんの父親と会ったことがあるらしく、ダルメシアン港で合流した時はその話題で盛り上がっていた。彼の本家であるイシカワ家はホーライ南部に小さな領地を持つダイミョウ。帝国で言えば貴族ということだ。ゴエモンさんの祖父にあたるイチノスケさんは、主上と戦友らしい。
「こりゃまーじで覇権あるんじゃねえ? 大船団も夢じゃねえな」
イシカワ商社は南方、特にウンディーネ方面との太いパイプとなる。大叔父上や主上にとっても、有益な人間だと判断されたのだろう。
「こうなりゃ目指すはてっぺん! 櫂を漕ぐのみだぜ!」
世界一のギルドを目指す俺としても負けてはいられないところだ。
なんとしてでもディジアさんとイリアさんを復活させて、日常を取り戻す。
「シント、おれぁダルメシアン港を中心に動くつもりだ。用があるならいつでも呼びな」
「はい、頼りにします」
エーギル家は大陸東沿岸部にある港を多く支配していたが、本拠であるダルメシアン港を落とされ、各地の水軍は身動きがとれない。ゴエモンさんはホーライ水軍とともにそれらを攻略してもらう手筈となっている。
彼の活躍は予想以上のものだ。まだ知られていなかった南方の英雄として開花する時なのかもしれない。あるいはゴエモンさん自身が憧れるキャプテン・ルルイエの再来となるかも。
★★★★★★
戦艦ディエンドに戻り、メンバーたちに決戦が近いことを話す。
敵の規模からして、モンスターウォーズ以上の激戦となるだろう。
そしてもう一つの不安要素である巨大な蛇男の存在も気がかりだ。間違いなく『一桁』の戦士であり、不気味な力を持っている。
そして一番気になるのは【神格】神雷ソーだ。
空に消えた気まぐれ【神格】は、まるで遊んでいるようだった。
イリアさんの陽気さを固まりにしたような、そんな印象を受けたのだ。
捕まえたいけど、行方がわからいままである。いったいどこにいるのか、とても気になった。
「あたしらのやることは変わらないんだろ?」
カサンドラはなにをすべきなのか、わかっている。
彼女だけではなく、メンバーたち全員が自信を持っているように思えた。
それはとうぜんだ。
先のダルメシアン攻防戦において、約二十機の機械兵を全て破壊することができた。アイリーンとシスター・セレーネを中心とした攻撃はばつぐんの効果を発揮していた。さらに驚いたのは、ヴィクトリアが単独で二機、ガディスさんが一機をぶち壊した。ほんとうにありえないことだった。
「ガラルにいる天至と機械兵を完膚なきまで叩く。改めて力を貸してほしい」
「問題ないさ。だろ? みんな」
厳しい訓練をして連携を高めてきた。俺はみんなを信じる。
「そういえば公女さまたちはどうしてるのー?」
ラナが思いついたように言った。
ガラルの子たちにはダルメシアン攻防戦から外れてもらったのだ。
大叔父上の護衛が必要だったのと、彼女たち自身、そして【神格】に対していま一度見つめ直してほしいと思った。
「まあ、あれだけハイマスとダイアナにやられたんじゃねえ……」
「正直、見てて気の毒だったぜ……」
テイラー夫妻は意外にも彼女たちと仲が良い。ドラグリアでの一件ではともに旅をしていたから、話す機会も多かったのだろう。
たしかに彼女たちとした訓練は一方的だったけど、得るものも多かったはずだ。
「最初は気落ちしてたけど、きっとすぐにわがままを言い始めるよ。昔からそうだし」
気分がころころ変わるから、扱いには苦労した。いまとなっては懐かしい思い出だ。
「それに、あの子たちには強くなってもらわないと困る。【神格】を奪われることなんて、あってはならないんだ」
「そんなこと言えるの、シントだけ」
「たしかに……【神格】を持つ人たちですからね。シントさん、さすがです」
「ガラルの頂点にいるような人間なのに、やべえですぅ」
「いまならわたしのほうがすごいんだぞ」
「ヴィクトリアは黙ってな」
空気が和む。決戦は近いけど、ずっと緊張しているのもよくない。こういう緩急がウチの強みだと心から思った。
「シントさん~ わたしは少し心配ですよ~」
「アクエリナさん?」
「天至って、まだいるんですよね~? なにかお手伝いできませんか~?」
気持ちは嬉しい。
でもだめだ。天至に対抗できる人間は、ウチのメンバーにはいない。
「ヤツらを倒すのは、俺の役目です。でも心配してくれてありがとうございます」
「うーん……でも」
「そうですよ。できることがあるなら言ってほしいですう」
シスター・セレーネまでそんなことを言う。
「わかりましたよ。なにかあればおねがいしますから」
こればかりはどうしようもない。だけどじーんときた。
「シント、ぶつかるのはいつになりそうだ?」
「敵軍の速度次第ですが、けっこう早いかもしれません。こっちの態勢が整う前に戦いたいでしょうからね」
ダルメシアン攻防戦に参加した兵たちは、海路を利用してグランガラルに向かってきている。味方に関しては間に合うはずだ。
問題は敵の速度。ガラル公国は縦に長い領土を持つ。つまり、横断に関しては遠い距離ではないわけで。
「敵も鉄道を利用した場合は、数日後になるかも」
「はやっ!」
機関車は大陸の速さに関する感覚をすさまじく縮めた。世界が狭くなったと言う者もいるくらいだ。特にガラルは大叔父上の指導のもと、どこよりも鉄道の敷設に熱心だったと聞いている。
利便性の高さを考えれば、とうぜん敵だって利用するだろう。
「みんなもそのつもりでおねがい」
疲れもまだ抜けきってないはずだし、今日のところは解散だ。
★★★★★★
そして夜。食事を終えて部屋に戻ったところ、ドアがノックされた。
やって来たのは――ダイアナだ。【神格】疑剣サナトゥスを胸に抱き、思い詰めたような顔をしている。
大事な話かな。ちょっと緊張してきた。
「シント、いきなり、来て、ごめん、なさい」
「いや、いつでも来て構わないよ」
とりあえず座ってもらい、話を聞く。
「その……今度の、戦い……」
「うん」
「今度だけで、いいの。ガラルの、人間として、戦ったら、だめ、かな?」
つまり、ウチの仕事からは外れたい、ということか。
「ずっと、変な気持ち、なの。わたしは――」
「ダイアナ、俺も同じ気持ちだ」
「!」
天至と機械兵を倒す。その目的は変わらない。だけど、それ以外のなにかがある。そのなにかは、俺の母さんの故郷だからだ。
ダイアナにとっては生まれ育った地。俺などよりもずっと、祖国のために戦いたいに決まっている。
「いいよ。ダイアナは俺といっしょに大叔父上の側にいよう」
「うん!」
饗団はダイアナの存在を知らない。ガラルの人間だって彼女の真の力を知る者は少ないだろう。それが必ずアドバンテージとなる。
この国をめちゃくちゃにした奴らに目に物見せてやる時だ。
それからダイアナとたあいのない会話をして、別れる。
俺も少し運動をしてから寝よう。
みんなもまだ起きているだろうから、静かにディエンドから外へ出た。
闘技場のすみで修練を始めようとしたのだが……
「アルクルス君?」
「ああ、シントか……」
びっくりした。闘技場の真ん中で王子が佇んでいる。
「てっきり飛んで帰ったとばかり」
「帰ろうと思ったんだけど」
表情が暗い。いやもう夜だからそう見えるだけかもしれないが。
「僕はショックだ」
いきなり妙なことを言い出した。
「天至……あれはなんだよ。あんな存在がいるなんて」
無理もない。魔法を超えた魔法を使う存在だ。魔法に関して並々ならぬ熱意を持つ王子には、刺激が強いはず。
「でも、それはいい。そんなことよりも」
王子は、ばっ、と振り向き、俺を見る。
「君はそれを倒した! 信じられないよ! 天至が放つ炎は……僕にはわかる! あんなの、街一つ滅ぼしかねないものだ!」
「君は炎属性を使えるものね」
「ああ! そうだよ! なんで倒せるんだ! どうやって……」
「どんな存在だって、つけ入るすきはあるよ」
「いや、違う。天至は人知を超えてる。ねえ、シント、君は【神格】の所有者なのか?」
「違うよ」
「だったらどうして!」
熱い気持ちが伝わってくる。顔は悔しさでいっぱいで、拳を握りしめていた。
「僕は君と同等のレベルだと思っていたんだ。ようやく同じレベルの魔法士が現れたって、思った。でもそれは……思い違いだったよ。君は僕の……はるか上をいってる。なぜ、どうやってそんな高みにのぼれたんだ!」
「落ち着いて。みんなが起きてしまう」
「……ごめん。ちょっと興奮しすぎた」
王子はうつむいたまま、動かない。
どうしたものか。理由はさまざまあるけど、どこから話せばいいのかな。
「ガランギール様のところに帰るよ……こんな気持ちのままじゃ、君の隣に立てない」
「そこまで思い詰めなくても」
「いや……送ってほしい」
「わかった。でももし……もっと強くなりたいんなら族長に聞いてみるのがいいと思う」
「アレスターのおじいちゃんか……はあ……そうしてみる」
族長は五百歳で、俺のおじい様と同等か、それ以上の大魔法士だ。学べることはいくらでもあるだろう。
王子を魔法で送り、一息ついた。
だいぶ落ち込んでいたけど、だいじょうぶだろうか。俺としても同い年の友達があんな顔をしているのは心配になる。
「でも彼なら、きっと」
あれだけの熱意と素質があるんだ。心配するほうが失礼だと思うのだった。




