角笛が鳴る 53 決着は近い
「よーくやった! ほんとうによくやったぞ! シント!」
大叔父上はかなりはしゃいでいる。
尚武宮の大会議室に集まるガラルの重鎮、そしてホーライの主上をはじめとしたお偉方の視線があっても、大笑いするのをやめなかった。
「イエヨシ殿! 今回の援軍にはまこと感謝いたす!」
「なに、おぬしにはかつて助けられた。借りは返さねばのう」
ダルメシアン攻防戦が終わり、二日が経った。いまはこうして戦勝における報告会のようなものをしているわけだが、大叔父上の上機嫌はとどまることをしらない。
「ティール侯爵、ヘイムダル侯爵、大儀であった」
彼らは控えめに礼を返す。
「そして……イシカワと言ったか。よくぞシントの呼び声に応えてくれたな」
「ははー」
とゴエモンさんが大げさに頭を下げる。彼はホーライ軍とうまく協力し、ダルメシアンの対岸にあるダジリン港を攻略したのだ。加えて、大量の物資を積んできており、多くの人間に感謝された。
彼は顔を上げたあと、俺に意味ありげな視線を送ってくる。顔もなんだかにやけているな。
「これでエーギルの者どももしばらくはおとなしいだろう。ガラルの勝利だ」
それを言うのはまだ早い。
エーギル家は新たな拠点としてセイヌ市及びその港にするだろうと考えていたが、今日入った情報だと、進路を北に変えたという。これは間違いなく饗団軍との合流を急いでいると見ていい。
「大叔父上、気が早いですよ。いまだに十万近い敵軍が残ってます」
「なにを言う。私とて軍略は理解しているぞ? ダルメシアンの奪還はこちらの流通を復活させ、かつエーギルの補給線を断ったことになる。おまえとて、それが目的でダルメシアン攻略を最優先にしたのだろうが」
その通りだ。
しかしそれをもってして五分……いや、もう少しは有利だと思う。だけど、そんなのはすぐにひっくり返されてしまう程度の差だ。
「大公さま、一つ懸念がございまする」
「ヘイムダル侯爵、懸念とは?」
「本国側から饗団が援軍を送り込んでくる、ということです」
侯爵の重苦しい意見に、ティール侯爵がうなずいた。
「勝ったとはいえ、我が方にはそこまで余裕があるわけではない。昨日に公表された大公さま誘拐の事実が広まるまでは時間がかかるでしょう。知らせを聞き、立ち上がる者は多い……ですが、それが集まるまではどうしても時が要る」
「援軍……だと?」
今度は俺に目が集まる。なんでだ。
言葉を待っているようなので、いちおう説明する。
「そうですね。本国やラグナの状況については情報がかなり少ない。もしかすると、もうやられている可能性もある。そうだとかなりまずい。手の空いた敵軍がやってくる」
「か、数は?」
「そこまではわかりません。百万人くらいかも」
「ぬあ……」
それを聞き、主上が笑った。
「これ、シントよ。あまり脅すでない。来るにしてもかなりの時間と軍備が必要じゃ。多少の余裕はあるじゃろうて」
「百万人のほうは否定しないのか……はあ……」
大叔父上は頭を抱えた。
「シント、なにか策はないのか?」
「なんで俺に聞くんですか」
「おまえ以外に誰が策をひねり出す」
「俺たちが請け負ったのは、天至と機械兵の駆除です。前にも言ったとおり、人同士の戦争には極力関わりたくない」
ダルメシアン攻防戦に関わったのは、あくまでも天至をおびき出すためだ。
おかげで一体はやれた。機械兵もたくさん狩れたしね。
「大公さま、よろしいか」
ティール侯爵が手を挙げる。
「シャンダール伯からの報告では、この二日間で多くの貴族や人士が続々と集まっているそうです。この上は、ガラルを荒らす者たちと決戦に臨みたい」
敵の援軍が来る前に片をつけようというわけだ。
「エーギル家が置いていった軍船や武器を接収したこと。そしてホーライからの援軍により、我らは制海権を取り戻せる。後顧の憂いはなく、前に集中できるのです。私はいまが好機に思う」
「ヘイムダル家もこれに同意するぞ。息子が敗れたという人外の敵のことも気がかりだ。早期に決着し、国内を安定させたい」
両侯爵の意見はもっとも。モンスターを野放しにはしたくない。
「うーむ、イエヨシ殿はいかがか」
「ホーライからの支援は惜しまぬし、じっくりと様子を見つつ戦うのがよい……とは思うのじゃがな。しかし、あの天至とやらがいきなりここを攻めてくればどうなる? 遠目にしか見んかったが、シントが倒しておらなんだら、負けておったじゃろう。アレがいる限り、時間をかけぬほうがよい」
天至の恐ろしさは、見た者にしかわからない。アレは単騎で街を滅ぼせるほどの存在だ。
「天至とは……それほどまでのものか?」
大叔父上が俺を泣きそうな目で見る。
どう説明したらいいか、迷うところだ。
「簡単に言うと、俺のおじい様が空を飛んで上からバンバン大魔法を撃ってくるみたいなものです。しかもそれがまだ二体いますからね」
「……」
「……」
「……」
「……な、なるほどのう。世界一の魔法士であるジンク・ラグナか。それが空から、とは。まず勝てんじゃろう」
主上が補足してくれたけど、フォローにはならなかった。室内の空気は冷え冷え。でも俺のせいじゃないよ? 聞かれたから言っただけだし。
「し、しかし、おまえはそれに勝った。倒しただろう」
「勝つための準備はしました」
そのためにここへ来た。負けるわけにはいかない。
「やはりいまのうちに討つべきだ」
「少なくとも本国側へ追い出さねば」
「大河を完全に押さえるのもよいじゃろう。それで奴らは北へ行くしかなくなるしのう」
「なんとか兵が集まるまで待つことはできないのか」
軍議じみたものが始まってしまった。もう俺はいらないんじゃないかな。そろそろ帰ってルーナちゃんの料理が食べたいんだけど。
「俺はそろそろこの辺で……」
「待てよ、シント。おまえさんがいないとまとまりそうにないぜ?」
黙っていたゴエモンさんが止めてくる。その顔には『おれを置いていくな』と書いてあった。
「公子の意見も聞きたいところだな」
「お孫様はどう考えている?」
「シント、もしも腹案があるのならわしにも教えてくれい」
「うむ、そうだ。関わりたくないとは言っても、それはすでに遅いだろう。それに私たちを見捨てる気か?」
見捨てたりはしない。エーギル家はともかく、饗団は倒す。
「戦が長引くのはやはりよくない。ガラルに住む人たちが困るだけですし……それに」
「それに……なんだ?」
「時間をかけるほど、危険が大きくなる」
「危険? 援軍のことか?」
「いえ、そうではありません。たとえば俺が饗団の指揮官であれば――絶対にないことですが、まず大叔父上を暗殺します」
「暗殺ぅ!?」
そう驚くことでもないだろうに。
「そのあとは天至をグランガラルに送り込み、破壊」
「ぶふっ!?」
「そうしてガラルを極度の混乱状態に陥らせ、隙を見てティール侯爵、ヘイムダル侯爵を各個に撃破。その時点でおそらくホーライは撤退。その後はじっくりと丁寧に有力貴族を一つずつ潰していって、はい終わり」
「はい終わり、ではないわ!」
「なんと恐ろしいことを」
「お孫様が敵でなくてよかったぞ」
「さすがは、と言いたいところじゃが、オフトフェウス殿がかわいそうじゃのう」
仮定の話だけど、ミリアルド・エーギルがほんとうに文武両道の人物なら、このくらいは考えているはずだ。
「なのでそれをさせないために、早期の決着が望ましいです。敵に考える時間を与えない」
「ああ、そうだな。公子の言うとおりだ」
「いえ、ティール侯爵、それだけじゃ足りない」
「なに?」
「主上が最初に言ったとおり、天至がいきなり来るとめんどうだ。だから大叔父上の力が必要ですね」
「私がか?」
「ええ、大叔父上にはガラルの全軍を率いてもらい、敵を討つ」
「な、な、な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおお!」
立ち上がる大叔父上。
「大叔父上が出てくるとなれば、敵は喜び勇んで首を取りにくる。つまり釣るんです」
「なっ……おまえというやつはーーーーーーーーーー!」
「でも効果的でしょう?」
「無理に決まっているだろう! 死ぬ! 絶対に死ぬ!」
「じゃあ俺が守りますよ」
「……」
大叔父上は座った。浮き沈みが激しいな。
「たまにはいいんじゃないですか? 威厳のあるところを見せましょうよ。ガラルの子たちだってきっとそれを望んでいます。娘たちにかっこいいところを見せましょう!」
「な、なんだそのガッツポーズは! 私はやらん! やらんぞ!」
「でも、大叔父上が出れば嫌でも士気は上がる。ガラルの人々が奮い立つ、と俺は思いますけどね」
これは嘘でもなんでもない。国のトップが勇気を出して前線に立つ。それ以上に盛り上がることがあるだろうか。
「それにです。主上も出るのに、大叔父上が出ないのはまずいでしょう」
「はっはっは! わしをダシにするとは、おぬしも成長したものよ」
「イエヨシ殿! なーぜダシにされて喜ぶのだ!」
「なに、オフトフェウス殿が出るのならわしらも協力は惜しまぬ。我が国とガラルが肩を並べて戦うなど、おそらくは二度とないじゃろう。わしとしてもそなたと共に臨みたいものだ」
「ぐっ……」
大叔父上は大きく息を吐き、目をつむった。
「私の手で決着、か。思いもしなかったことだ」
俺たちは言葉を待った。
そして。
「わかったわかった。だが、シント。必ず私を守るのだぞ」
「ええ」
ここが正念場、と大叔父上もわかっている。腹をくくったみたいだ。
こうなってくると、どうやって敵を戦場に誘導するかが問題になるのだが――
「急報だ!」
突如として扉が開き、ギュスターさんがやってくる。
「やつら、どうやらグランガラルを狙うようだぞ」
こっちがなにかをする必要はなくなったか。
都合がいいんだか悪いんだか。




